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C.S_  作者: らっく
16/19

16.

 目を覚まして視界に飛び込んできた光景を信じることが出来なかった。

 弓と矢を手にしながらも、それを番える事は出来ない。

 自分が父と狩場にしていた〈紅葉樹海〉はレベル平均として30前後のプレイヤーばかりだ。父である李秀のレベルは42。レベルだけで言えば〈紅葉樹海〉を訪れる〈冒険者〉よりも高く、劣るとすれば一人でしかいない父とは違い、パーティによる連携力ぐらいのものだろうと思っていた。

 だが、ここまでの道中での〈冒険者〉四人の戦いぶりは自分の想像を超えていた。彼ら四人のレベルは初めて目にする最高位と言われるレベル90。数字として三倍。ならば、強さも三倍ぐらいだと勝手に想像していた。しかし、それは想像を超えていたが納得のいく強さだった。納得できる強さだった。

 そして、今。

 目の前のトールと黒兎の二人の〈冒険者〉は想像を超えた強さをも超えていた。

 何の事はない。ここまでの道中での彼らの戦いは手を抜いたものに過ぎなかっただけ。これが魔法を扱う『職業』なら、その自分とは異なる理解できない強さでも強引に納得することができる。

 しかし、あの二人は装備から見る限りでは物理攻撃を主とする『職業』だ。

 だから、その強さが自分や父――〈大地人〉とは全く異なる地平に立つ存在なのだと理解できる。彼らの本気は自分の想像できる有り得ない強さですら足元にも及ばない。自分が霊峰だと願った高みは彼らに取っては山ですらない事実に恐怖した。

 自分の中の常識が、音を立てて崩れていく。

 さらに恐ろしいのはそのトールや黒兎の相手をする〈ラミア種〉と〈貧狼小鬼〉だ。

 特に〈ラミア種〉は極稀に森の深奥に現れ、討伐には〈冒険者〉の手助けを必要とするモンスターに似た感じがする。〈貧狼小鬼〉のような群隊ではなく、彼らを統べる〈貧狼大鬼〉に、だ。

 

『……どっちにせよ、また距離を詰めなきゃな」』


 〈ラミア種〉の攻撃でここまで吹き飛ばされてきたトールの言葉に身を震わせる。なぜ、立ち上がることが出来るのか。なぜ、立ち向かうことが出来るのか。

 自分も、と弓を持つ手に力を入れるが上手く動かない。既に身体が恐怖で硬直している。

 なにが、村の皆の仇を取る、だ。

 なにが、父の仇を取る、だ。

 なにが、あの子の仇を取る、だ。

 ――悔しい。

 自分の力の無さが。

 ――悔しい。

 自分の力の無さを呪う自分が。

 ――悔しい。

 自分の力の無さを呪う自分を仕方ないと思う自分が。

 ――悔しい。

 自分の力の無さを呪う自分を仕方ないと思う自分を許してしまう自分が。

 ――悔しい。

 自分の力の無さを呪う自分を仕方ないと思う自分を許してしまう自分を認めてしまった事が。

 一矢報いるどころか、一矢を番える事すら出来ない。

 それでも、この両手は弓矢を放さない。

 心の下した決断に抵抗するように。お前は戦える、と本能が訴える。


『あぁ、柳千に春猫娘。――今のアレは行動に意味を持たせるのだ。いや、意志を乗せると言ってもいいかもしれないな』

『? どういう意味ですか、黒兎さん』

『柳千、君は〈料理人〉だろう。おそらく、アレと同じだ』

『え?』

『アレは『自らの手で料理を作る』という意味を持たせているのではないか? メニューからの選択ではそれに意味は持たない。形だけ、上辺だけのモノが出来るに過ぎない。確証はないが、私達が使う特技も未だ形だけ上辺だけのモノに過ぎなかったとは考えられないだろうか』


 〈冒険者〉の人達の声が聞こえる。


『……ってのも有り得るってこと?』

『検証は必要になってくるだろうが、その可能性は高いだろうな。“獅子竜”からの報告にあった〈黒剣騎士団〉は間違いなくそれに至っているだろうな。……行くぞ、柳千。トールに合図を頼む』

『……だね。トール? そのまま聞いて。僕と隊長の二段構えでぶち込むから、そっちで上手く合図お願い』


 彼等は、まだ戦うのだ。

 そうだ、戦う(・・)んだ。

 『仇を取る』んじゃない。

 順序が違うじゃないか。

 その為には『戦う』んだ。戦わないと、仇なんて取れるわけがない。

 なら、その意志を込めて。

 『戦い』の先に行くために。 


「――ッ」


 思考が晴れたように急にクリアーになる。

 そして、視界に飛び込んできたのは〈ラミア種〉を覆う砂煙。

 目視できないほどだが〈狩人〉の特技を使うことで正確にその位置を捉える。

 自然と、弓に矢を番える。

 放つタイミングはまだ。

 視界の外れでは、駆けていく二人の〈冒険者〉。

 無意識に聞こえていた会話から察すれば何かを仕掛けるのだろう。

 〈狩人〉の戦いは周囲の環境を利用することだ。

 なら〈冒険者〉の人たちが仕掛けた後。

 たとえ自らの攻撃が届かないとしても、戦うために。

 呼吸は静かに、自然の息吹と一つに。

 番えた矢を持つ右手に意志を乗せて。


『わたくしノ舞台。――エェ、わたくしノ舞台ノ幕開ケデス』


 ――そして。

 右手から矢が放たれた。





「――――え?」


 春猫娘は小さく、疑問の声を上げた。

 トール、黒兎、柳千の三人は〈闇を纏う少女〉を前に身構えたままでそのことに対して疑問を持った素振りは見えない。

 だから、自分の気の所為かとも思った。

 けど確かに〈闇を纏う少女〉は矢を叩き落した。

 何故だろう。

 彼女はおそらくあらゆる攻撃を無効化する事が出来る存在なのに。

 無効化……つまり、ダメージがゼロというものは圧倒的な防御力相手に攻撃をするか攻撃そのものを回避する事、または圧倒的な属性耐性値を持つ相手にその属性攻撃を行うかでしか基本的にあり得ない。

 攻撃を防ぐ、攻撃を避けて結果ダメージを受けないという事と、攻撃そのものを受け付けない結果ダメージを受けないという事はヒットポイント上で考えればどちらも同じだが、まったく同じ意味を持つというわけではない。

 そして、先ほどのトールの話からすれば彼女は後者に類するタイプなのだと思う。そうなると全ての属性に対して完全・完璧な耐性値を保有するのか。そんなモンスターは過去ゲーム時代から遭遇したことはないし、絶対強者である〈衛兵〉ですらそんなものはもっていない。

 そんな馬鹿げた存在になる事こそが〈闇を纏う少女〉が再三口にしている実験の成果なのだろうか。

 そうなのかもしれない。

 でも、もしそうならば今の一撃を叩き落す必要など無い。叩き落すまでもなく、無効化できるはずなのだから。

 ならば、何故?

 当たれば、ダメージが発生するから叩き落した……つまり、防御したのでは?

 〈闇を纏う少女〉が防御したのは自分の背後から飛んでいった一本の矢。

 背後には、矢を放った一人の姿がある。

 レベル20の〈大地人〉が放った特技も発動していない普通の一矢。

 

「――まさか」


 そして、一つの可能性に行き当たる。

 思い至ったのは今回の〈闇を纏う少女〉との戦いの中で春猫娘が唯一、最初から今まで戦いの全てを俯瞰していたからかもしれない。

 彼女の言葉を思い出す。


『……舞台ニ不釣合イナ、人形ガイマスネ』

『……邪魔ヲスルト?』

『足掻キマスネ〈神祇官〉。貴方ノ攻撃デハわたくしハ傷ヲ負イマセン』

『何度モ何度モ無駄ナ足掻キヲ』

『幾度モ言ッテイルデショウ……。貴方ガ〈冒険者〉デアル限リ、わたくしニ勝ツ事ハ出来マセン』

『今、わたくしハいれぎゅらーノ攻撃スラ凌駕シタ! 〈冒険者〉ナド恐レルニ足リヌト、ソノ証明ヲコノ身ヲ持ッテ!』


 思い出してみれば〈闇を纏う少女〉は、彼を最初に攻撃のターゲットとした。

 もっともらしい理由を口にしていたが、別に考えてみれば必要ない筈だ。こう言ってはなんだが〈冒険者〉を苦にもしないのだから〈大地人〉などそれ以下の筈だ。

 ならば、あの攻撃は一体何の為に?


 ――そんなこと、決まってるじゃないですか。


 攻撃をするのは、相手を倒す為だ。彼を真っ先に倒すべきだと判断したからでは?

 だから、対峙したままの彼女と三人を視線に捕らえたまま、春猫娘は動く。


「……李天君。もう一度、攻撃お願いします」

「へ、――え?」


 びっくりした様にこちらを見る李天へ向かいもう一度。


「私が術を放った後、二秒後に着弾。出来れば〈陰矢〉かそれに準じる特技で。――出来ますか?」

「……っ、はい」


 李天の頷きを得て、ショートカットメニューからではなく、口頭をもって詠唱を始める。

 口頭から詠唱を行うことで魔法が発動出来る事は知っている。何回か練習したこともあったが強力な術であるほど詠唱は長くなり、間違えると魔力を消費しながらも魔法が発動しなかったりとデメリットが多く見えていた。

 しかし、『行動に意味を持たせる』。

 黒兎から聞いた『あの光』の使い方。詠唱を続けると共に、祈る様に錫杖を両手で握り締めて遊環を天へと掲げる。

 魔力が身体の中から放出されていくのを感じると共に、闇夜に浮く月の如く魔力の塊が〈闇を纏う少女〉の頭上へと現れ光を湛える。

 春猫娘は自分の事を至って少なくとも中国サーバでは普通のオーソドックスなタイプの〈施療神官〉だと思っているし、事実としてその通りだ。完全回復特化型やサブ職業〈戦司祭〉を持つ前衛対応型でもない基本型。

 仲間に守ってもらい、仲間を助ける。そんなプレイヤーだ。

 そもそも〈回復職〉をメインとするプレイヤーはギルドに所属していれば勿論、野良でパーティを組む際であっても基本が出来ていれば重宝される。その三職の中でも〈守護戦士〉と並んで〈施療神官〉はパーティには必須とされる立場にある。 

 そうだ。

 自分も今までそうだった。

 〈飛剣隊〉への加入前も、加入後も。

 〈守護戦士〉黒兎、〈盗剣士〉柳千、〈暗殺者〉黄燕、〈妖術師〉翠鉄、〈森呪遣い〉静香月、〈施療神官〉春猫娘。

 黒兎が壁となり道を定め、柳千と黄燕が刃をもって道を広げ、静香月と春猫娘で癒す事で道を整え、翠鉄が魔法を持って道を蹂躙する。

 それが一つのパターンだった。

 ハイエンドコンテンツでも安定して結果を出していたパターンだ。

 でも、それは既に崩れている。

 『狂イ』の〈貧狼小鬼〉によって崩された。

 それでも、黒兎と柳千にまだ守られている。

 けど、それは崩れた道を前に、一歩も踏み出していないだけだ。


『出来る事をしたいんじゃなくて出来ない事をしたいんだわ』


 そう。

 だから。

 私も、と一歩を踏み出す。道を開く為に。

 春猫娘も、中国サーバの〈冒険者〉だ。勿論、切り札がある。〈施療神官〉は〈回復職〉ではあるが、攻撃系や支援系、阻害系の魔法がない訳ではない。もちろん〈魔法職〉三職に比肩する威力の物は殆ど無い。

 だからこその、切り札。

 殆ど無いだけで、無いわけではない数少ない〈魔法職〉三職に比肩する魔法。


「――〈セイクリッド・バインド〉」


 静かに呟くその言葉と共に、上空で夜空に咲く月の如く湛えられていた光が闇夜を切り裂く幾本もの鎖へと整形しながら〈闇を纏う少女〉目掛けて降り注ぐ。

 彼女に、この魔法は通じない。通じる訳がない。なぜなら〈セイクリッド・バインド〉という魔法は、敵を対象としない魔法だから通じなくて当然だ。

 光の鎖が縛るのはこのゾーンそのもの。直径にしておよそ五メートルという範囲の時間の流れを戒めるというあまりにも強力で絶対的な時間停止という名の行動阻害魔法。

 さっきのトールの〈颶風の神呪(シナトベ)〉のゾーンへの干渉は発生していた。少なくとも、何者かの手によるデータの改竄が行われたモノへの干渉は出来るということ。そして、それによる暴風で彼女は僅かに身じろいでいた。

 副次的なダメージすら発生しないが、それによる影響は受けるということ。

 〈セイクリッド・バインド〉の効果は僅かにニ秒。

 〈再使用規制時間〉は六十分。

 〈術後硬直時間〉は十秒に加えて、発動中の身動きも許されない。

 まさしく、切り札。ただ、その切り札も他者の援護が目的であるという辺りが春猫娘の性格なのだろう。

 春猫娘のMPの二割を犠牲に具現された光の鎖は空間に溶ける様に消え、トールと黒兎、柳千にそして〈闇を纏う少女〉四人の時間の流れを空間ごと戒め、停止させる。


「李天君!」


 呼ぶ言葉と共に〈闇を纏う少女〉目掛けて飛んだ一矢。

 矢は心臓に当たる部位目掛けて風を切る。離れた場所からも正確にその部位を狙えるのは〈大地人〉とはいえ流石は〈狩人〉。

 四人は未だ停止した時の中。

 二秒後の着弾。

 それは、効果が切れるのと同時に〈闇を纏う少女〉を穿て、という指示そのもの。

 〈セイクリッド・バインド〉によって停止中のユニットへの干渉は可能だ。むしろ、あらゆる攻撃に光属性が付与され、一方的に攻撃が可能となるボーナスステージと言っても良い。

 だが、それでは〈大地人〉の攻撃に〈冒険者〉の色を付けてしまう。

 春猫娘が見たいのは、先程の一矢と同じ〈大地人〉の攻撃だ。

 だからこその、二秒後。

 空間に溶け込んだ光の鎖が浮き出て、一斉に皹が走る。〈セイクリッド・バインド〉の効果が切れるエフェクトだ。

 そして、砕ける。

 三人の隙間を縫うように、放たれた矢は既に〈闇を纏う少女〉との距離を一メートルを切った。効果が切れるのと同時、とはいかなかったが対応は不可能といえる領域。

 時間が流れ出した四人からすれば、突如として眼前に現れた矢。

 〈闇を纏う少女〉は為す術も無く矢に貫かれるかと思われたが、彼女はそれを蛇の下半身の尾先で払い除けた。

 当たり前だ。

 暴風と砂埃による遮断の上に背後からの柳千の奇襲を容易く避けたのだ。対応できるに決まっている。だからこその次の一手に彼女の顔が強張るのを春猫娘は見た。

 いや、彼女の目の前にいる三人も見たはずだ。

 〈陰矢〉。それは弓依存の特技であり、矢の陰に矢を隠して放つもの。

 一本目の矢を払い除けても間髪射れずに、一本目の矢に隠れていた二本目の矢が標的を再照準し、狙う。

 受ける側からすれば、予期せぬ二本目が現れる。

 それを〈闇を纏う少女〉は身を捻り辛うじて直撃を避けた(・・・・・・・・・・)


「やっぱり……」


 疑心を確信に変える、決定的なものを春猫娘は見た。

 まず、一本目の矢をやはり弾いた。闇となって(・・・・・)無効化しなかった(・・・・・・・・)

 そして、二本目の矢に対しては避けた。だが、彼女の頬には完全に躱しきれなかった為の、一筋の朱線(・・・・・)

 朱線は紅い雫となって、顎先を伝い、地面へ落ちた。

 トールが、黒兎が、柳千がその意味に気付き、驚きの表情で振り返った。

 だから、それに応えるように頷く。


「――皆さん! 〈大地人〉の攻撃は、彼女に通用します!」

 

 そう。

 この場における〈闇を纏う少女〉の最大の脅威は自分では無いのはもちろん。トールでも無く、黒兎でも無く、柳千でも無い。


 たった一人の〈大地人〉。


「だから、李天君の援護をっ!」


 レベル20。

 職業〈狩人〉。

 名は李天。


 ――彼に他ならない証明だ。


「さぁ、李天君。貴方は彼女にひたすら攻撃を。君が、私達パーティの()です」

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