13.
「これは……」
風一つ無い星空の下、目に映る光景に息を飲む。
平原の中にあるそれは瓦礫の村(固有の名前はないらしい)だった。
ここ数日の内にこうなったとは思えないほどに村としての面影は無い。
本来ならば入り口として機能していただろう門はその支柱を残しているに留まり、シンボルであっただろう風車の羽は瓦礫に埋もれてしまっているのが星明りの僅かな明るさでも見て取れる。
暗いからかもしれないが村の動線である筈の道にも瓦礫が散在していて、辛うじて道が在ったとわかる程度だし家という家もその全てが全壊していて、柱や塀、基礎などから家屋を数える事ができるレベルだ。
「感傷に浸るのは後にして、とりあえず色々と見て回らないか?」
だから、そこに違和感を覚える。
ここまで徹底的に破壊されているというのはどうにも人の手が介在しているようにしか見えない。つまり、あまりにも綺麗に破壊し尽くされすぎている。
本能の赴くままに蹂躙の限りを尽くしたのならば、もう少し破壊に偏りがあるのではないだろうか。
適当な瓦礫に視線を移したトールはそれに残る傷を確認する。その傷はどう見ても、牙や爪のそれではなく剣戟の痕だ。
「――なにか、新しい発見もあるかもしんないしな」
「そうですね。皆で手分けして見て回りますか?」
見たところ、そう広い村ではない。全員で手分けして回れば一時間もかからないだろう。夜中であるという事を考えれば手早く済ませたほうがいいのだが、
「いや、分かれるのはよそう。李天の話の通りならばここは既に〈貧狼小鬼〉の行動圏内の筈だ」
「虎穴に入らずんばって奴だけどまぁ、分散するのは止めた方がいいだろうな。アイツらがどうやって現れてるか解らない以上、気付いたら周りを囲まれてる、何てこともありえるしな」
「そうだね。時間が掛かってでも皆で回ろっか。李天、簡単な道案内って程でもないけど記憶にある範囲で説明とかお願いできる?」
「――はい。……と言っても、そんな説明が必要なほど大きい村だったわけでもないですけど。村長の村と集会所があったぐらいですし」
広場に面するのは一番大きな建物であり倉庫も兼ねた集会所と、その隣にあった村長の家。四箇所の井戸に、名ばかりの診療所。共同の馬小屋に、鶏小屋。道行く馴染みの人たちに、井戸端で話をする母親達。そんな、有り触れた日常を思い出して、僅かに涙がこみ上げる。
気遣う視線を感じて拭いながら「大丈夫です」と呟く。
もう、それは戻ってこない過去なのだ。仇を取る為ならなんでもする。そう決意して、彼ら〈冒険者〉と行動を共にする事にしたのだ。一度悲しみに暮れている。二度目は全てが終わってからだ。そう、決めた筈だ。
〈バグズライト〉と、トールと春猫娘の二人の重なった言葉が響き周囲に明かりが灯る。彼ら二人の周囲にしかその効果は及ばないが、星明りに比べれば遥かにマシな光量である。
顔を上げて光の下になった村を静かにぐるりと見渡した李天は、ある一点で視点を止めてそこで僅かに首を傾げた。
「……え?」
李天はまず自分を疑って、それを否定する。
あの情景が偽りな訳が無い。基本的に、この村と〈紅葉樹海〉でしか生活していないのだから村の形や建物の場所を間違えるわけがない。
そうなると、次に疑うべきは場所。
いや、自分の頭の中にある地図と港町からここまでのルートを照らし合わせてもおかしな点はない。仮にも方向感覚に優れている〈狩人〉だ。疑うべくもなく、この場所こそが村だと示している。
では、何を疑うべきか。
それは。
「――えっと、ここ、どこですか? いや、その、ここが村です。でも、村じゃ、ない? いや、えっと、何言ってるんだろ。あの、違うんです。ここは僕の知ってる村じゃないんです。道もこんなに広くなかったし、家もこんなに多くなかった。それに、あんなもの、は、僕の村、に、無い」
震えながら指し示したものは瓦礫の下敷きとなっているそれだ。
「……落ち着け、李天。ここは、君の村ではないのか?」
「はい、えっと、だから、その」
困惑したままの李天は促されるまま一度深呼吸し、彼の中の事実を口にする。
「ここは、この場所は確かに僕の村なんです。――でも、ここは僕の村じゃない」
告げられたそれは、四人にとって理解の範疇の言葉だった。
「ちょ、ちょっと待て、李天。えーっと、つまり、場所は合ってるけど、建物の配置が違うって事か?」
「は、はい。そうです、その通りです」
「……それは、その、夜だからとか瓦礫の山だからとかじゃなく、ですか?」
「はい。だって、この村に風車の羽なんてものは無かったし、その、そもそも、門なんて無かった!!」
そう叫ぶ李天に対して、答えれる者などいない。
これが『大都』など、自分たちに馴染みのある場所ならば、間違い探しも出来るだろう。だが、〈名前の無い村〉である以上、ゲーム時代にも存在していたのかわからない。なぜなら〈冒険者〉――プレイヤーが立ち寄る可能性のある村には全て名前が付いていたからだ。そんな村の間違い探しなどできるはずが無い。それに〈冒険者〉が見ることが出来るこのゾーンの名前は〈平原〉でしかない。
しかし、李天が嘘を付いているとも思えないし、嘘を付く必要があるとも思えない。
「ここは、一体なんなんですか? ぼ、僕の村はいったいどこに――」
と、半ば錯乱状態に陥っていた李天の言葉が途切れ、糸の切れた人形のようにそのまま地面へと倒れこんだ。
急な展開に何事か、と三人は傍まで駆け寄ると李天は規則正しい寝息を立てている。そして、それを行った本人へと視線を向けた。
「〈スリーピング・ヒール〉を掛けました」
それは〈施療神官〉による〈睡眠〉をバッドステータスとして与える術。バッドステータスとしてはかなり厄介な〈睡眠〉ではあるものの〈付与術師〉の扱う〈アストラル・ヒュプノ〉などとは異なり、味方にしか使用することは出来ない。だが、この術はそれを与える見返りに自然回復力を増大させるという効果を有する。そのため、基本的にはダンジョン内の安全エリア等での使用や〈大災害〉以降では眠る事が怖い〈冒険者〉への睡眠導入の術として使用されている。
「あのままですと、ほら、李天君発狂しそうでしたし」
それに異論を挟む余地は無いが「なぁ、春ちゃんって案外ぶっ飛んでんのな」「何言ってんのさ。トールがそれを言う?」「……まぁ、自覚が無い方が恐ろしくはあるな」と男衆三人は身を寄せ合ってひそひそと小声で意見を交わす。
「こ、こほん。それで、どうしましょうか?」
「まぁ、李天が眠ってるんだから色々とぶっちゃけて話そう。多分、李天の話は本当だろう。この場所は確かに李天の村のあったゾーンでありながら、現状のこの上物は違う村のオブジェクトを引っ張ってきてる」
〈冒険者〉にとっては〈エルダー・テイル〉というゲーム世界だとしても〈大地人〉にとってこの世界こそが全てでありこの世界こそが唯一だ。彼らにそういう情報は与えない方がいいとの判断から今まで口にするのを極力避けていた話題を口にする。
「えっと、それはどういうこと?」
「ほれ、外見はデータに準拠するだろ? いかに戦闘で装備がボロボロになっても、耐久度が残ってればデータ側に修正されていく。それと同じだよ。耐久度の無くなった〈武器〉が〈壊れた武器〉になるように耐久度の無くなった〈村〉が〈廃村〉になったんじゃないか?」
思い返してみれば、ゲーム時代の村は数パターンの基本モデルを配置して作られていて、オブジェクトがまったく同じ配置の村も存在した。
〈大地人〉が〈大災害〉によって爆発的に数を増やしたのだから、家の数も爆発的に増えてもおかしくはない、というか増えてなくてはおかしい。そうなれば、まったく同じ配置の村など存在する筈がない。
「――〈李天の村〉では無く〈廃村〉に内部データが更新されたから、外見もそれに倣って〈廃村〉になった、と?」
では〈廃村〉とは一体なにか。
基本的には〈○○村跡〉などと表記される、ダンジョン扱いだ。もちろん、敵とのエンカウントも発生する。むしろ〈廃村〉となったがゆえに〈不死系〉モンスターや、残された武器を自らの物とした〈亜人系〉モンスターの根城となることが多い。
つまり〈廃村〉になるということはそのゾーンがタウンからダンジョンへとその本質を変容させるという事に他ならない。〈村〉と〈廃村〉は全く別の代物なのだ。
「あぁ。だから、李天には見覚えの無い村なんだ」
「ですけど、李天君はこの村が壊滅してすぐの村に入ったんじゃ……」
そうだ。
李天の左胸に付いている女性物のブローチは、見つける事のできた形見だ、と聞いた。
だから、その時点まではまだ、この村は〈李天の村〉だったはずだ。
「タイムラグ……じゃないかな。〈武器〉の復元力も常に発動してる訳でもないし。急に、その村の耐久度? がゼロになったからって一気にこうなる訳じゃないんじゃない? 〈蒼葉樹海〉も僕たちが入ったときはまだ森だったわけだし」
「それか、そうだな。村人がいなくなった段階で内部にて〈廃村〉化へのフラグが立ち、一定の期間をおいて〈廃村〉へと移行した、というのも有りだろう」
「あー、そっちの線もあるな。でも〈名前の無い村〉なんだろ? そんなフラグ設定があるもんなのか?」
「トールさん、それを言ったら〈名前の無い村〉に耐久度が設定されているかもわからないんじゃないですか?」
……。
……。
……。
……。
一拍の沈黙の後、四人は顔を合わせてため息を漏らす。
結局、解った事は何かが起きている、という事だ。
そう、何かが起きている。
「……ねぇ、一旦ここを出ない? 調べた方がいいのは解るけど、なんか静か過ぎて気味が悪くなってきたし」
「そ、そうですね。〈廃村〉なら、モンスターもポップしますし……」
「かといって何処で一夜を明かす? 〈紅葉樹海〉に行くのはさすがに止めた方がいいだろう?」
「なら、野営するしかないんじゃない?」
「そうですね」
――いや、起こされた。
では誰に?
勿論、あの影たちだろう。
「なら、途中に〈炭鉱夫〉のスキルで知覚できた洞穴があった。一時間ほど戻ればいけるだろうが、どうだ?」
「洞穴、かぁ。まぁ、風を凌げるのは良さそうだね。寒くもなってきたし」
「それじゃあ、行きましょうか」
それはどうやって?
それは。
「トール、ここを出るぞ。ここの調査は夜が明けてからにしよう。もし、ここが〈廃村〉ならばポップするモンスターは〈不死系〉が多い。戦うならば陽の下の方が対処も――」
「待て」
実験と言っていた。
ステータスが読めない事に対して実験は成功、と言っていた。
なにを、実験していた?
実験と口にした奴は、何を、召喚した?
『狂イ』の〈貧狼小鬼〉。
「? 何か見つけたんですか?」
探せ。
彼らは〈貧狼小鬼〉を『狂イ』状態にしている?
探せ。
『狂イ』は見ることの出来るステータスに差異を発生させている。
探せ。
「どうしたの、トール」
名前の見えない影。
レベルに差異のある〈貧狼小鬼〉。
ゾーンが変質した村。
共通点を、探せ。
「――黒兎、柳千、春ちゃん。ここはヤバイ、逃げよう」
「え? いや、ですからここからとりあえず出ますよって言ってるじゃないですか」
「――ん? あぁ、スマン聞いてなかった。なら急ごう、ミイラ取りがミイラになっちまうかもしれない」
そうだ。
あの影たちの実験とは〈ステータス〉の改竄を差すのではないか。
〈ステータス〉――内部データの書き換え。
データの書き換えによる改造行為こそが、奴らのいう実験だとしたら。
「――ここはもうあの影の影響下だ」
「なに?」
「〈李天の村〉が〈廃村〉になったのは内部データを上書きしたから。なら、誰が?」
「――っ! 李天は私が運ぶ。走るぞ!」
トールの言葉に理解を示した黒兎が未だ〈睡眠〉下にある利点を肩に担ぎ、ゾーンの切り替え点向けて走り出す。柳千と春猫娘はそれに、一拍遅れながらも追従する。
だが、
「――アラ、門ハ既ニ閉ジテイルノニ、何処ヘト向カオウトシテイルノデスカ?」
無機質な声が空を支配した。
「――コウイウ場合ハ、ハジメマシテ、ト、言ウノデシタカ?」
その声の主は、平面で構成された闇を身に纏う異形の少女だった。




