12.
〈大地人〉にとって〈冒険者〉の持つ装備やアイテムは基本的に未知の代物だ。たとえ、自らが知っているものであったとしてもその性能は異なる事が多いし、不思議な魔術が掛けられていたりとする事もある。
ヒュン、と風を切る音が響いた後に空から五羽目の鳥が近くの茂みへと落ちてくる。
それを満足げに確認したトールは左手に持つ特殊な形状の弓のようなものを〈魔法の鞄〉へと収納しようとして、向けられている視線を辿った。
「……あれ、李天は鳥が苦手だったか?」
はてな、と首を傾げる〈冒険者〉に対して「いえ、その、むしろ好物の類です」と視線の主である〈大地人〉の李天は首を左右に振った。
「けど、その、トールさんの持っているそれ、弓……ですか?」
長さは四十センチほどでその中ほどから二股となっているY字型の形状に、二股の先には伸縮性に富んだ素材が張られている。鳥を打ち落としたのはそれから射出された礫であったが、このような狩猟道具は〈狩人〉である李天の記憶には存在しない。
「これ? ……って、呼び捨てでいいぜ、李天」
「い、いえ。そんなとても……」
恐縮するように首を左右に振る李天を見て、まだ恐がられてんのかなぁ、と呟く。
李天も最初は全員を『様』付けで呼んでいたが、『様』付けなんてされる器じゃない、という四人の反対から『さん』付けで呼ぶ事を一応の妥協点としている。
「……まぁ、これはまぁアメリカじゃ――」
「アメリカ?」
トールの口から漏れた聞きなれない言葉に疑問符を浮かべて鸚鵡返しをすると、バツの悪そうな顔をして頭を掻く。
「あー、〈大地人〉には『ウェンの大地』で通じるかな。あっちじゃ結構一般的なモノなんだけど――」
一旦言葉を区切ったトールは頭を掻きながら背後の黒兎、柳千、春猫娘へと視線を向けた。
「そういったものはこちらではあまり見た事は無いな。確かに弓の一種にカテゴライズされているが」
「スリングショット系はこっちだと確か〈通常品〉しか出回ってないってのが大きいんじゃない?」
「トールさんのはなんでしょう、〈魔法級〉あたりですか?」
広げた地図の上にコンパスや定規を並べて道程の確認と調整をしていた三人はトールが僅かに掲げて見せた武器を目にしてそう口にした。
「素材的には中の上ランクの〈製作級〉だよ。〈アイテムスリング〉っていうこれ自体の攻撃力は皆無なヤツでさ。どっちかっていうと謎解きとか、あとは遠くの仲間に回復アイテムとか使えるっていうちょっとしたネタ武器だったのよ。まぁ、弓カテゴリだから矢も撃てるんだけど」
「回復アイテムも?」
「回復アイテムどころか、アイテムなら何でも飛ばせるよ。けどまぁ、こんな感じに……」
おもむろに〈魔法の鞄〉から〈ポーション〉を取り出し、〈アイテムスリング〉にセットして空へ向けて構える。
よっ、と声を上げて上空へと撃ち出したそれはかなりの速度でそれなりの高さまで上昇し、そのまま下降。そして地面とぶつかり小気味いい音を出して砕け散り、中の液体は地面に染み込んでいく。
粉々に砕けた硝子片を全員が注視する。これもまた〈大災害〉後の変化の一つであり、アイテムの使用の現実化による弊害、とでも言うべきものだ。
アイテムの使用には所持アイテムにカーソルを合わして、使用のコマンドを選ぶだけだった。もしくはショートカット登録してある場合はそのショートカットを選択するだけでアイテムを使用し、その効果が現れた。このシステムは現在も有効である。もちろん実際に手に取り飲み物系アイテムならば飲む事で、食べ物系アイテムならば食べる事でも効果を発揮する。
〈アイテムスリング〉を通しての使用では、使用アイテムをセットして使用対象に向けて射出し、命中させる事でしか効果を発揮させる事ができない。ゲーム時代ならば、命中するとその使用アイテム毎に決められた色のエフェクトを発して効果を発揮した――の、だが。
「……まぁ、ご覧の通りに回復アイテムをぶつけるだけという残念な状態なんだけどな」
「恐ろしいな」
戦闘中にいきなりこんな物が飛んできたらと思うとぞっとする他はない。回復だ、と言われて後方から硝子の瓶をぶつけられれば困るし、途中で割れて中身をぶちまけられても困る。
その他のアイテムも飛ばせる、と言っていたがこの様子だと現物をそのまま飛ばすだけのようで〈エルダー・テイル〉時代ならば良かったのかも知れないが、この現状を見る限り確かに残念な状態だ。
「……それじゃあ、普通の武器として使うしかないんじゃないの?」
「言ったろ? これ、弓としての攻撃力は皆無なんだよ。しかも命中補正も付かないし。射程も並だし。そこいらの〈通常品〉で矢を撃った方が威力出るだろ」
「あー……」
通常の弓矢は弓と矢の双方に攻撃力が設定されている。用いる弓や矢によって多少の差はあるが、基本的には双方の数値を合算して攻撃力が決定される。
なんともいえない表情を見せる三人に対して、李天はうんうんとしきりに頷く。
「……でも、工夫次第でいろいろと使えそうですよ。破裂すると激臭のする甲孫樹の実を飛ばせばその激臭でモンスターの動きを止めれそうですし、そのほかにも本当に全てのアイテムを飛ばせるのなら……うん、やっぱり〈冒険者〉の皆さんは凄いですね」
〈冒険者〉の扱う道具は自分にとっては摩訶不思議な代物ばかりであるが、この〈アイテムスリング〉という道具は自らの扱う弓に比較的近い為に、理解が及ぶ。
一般的に〈狩人〉というと弓を用いて戦うものだと理解されがちだが実際には短剣や槍、罠なども用いる。その中でも罠は標的のクセや周囲の環境などを考慮して設置する事で最大の成果を発揮するものの為に、並外れた観察眼と創意工夫が必要になってくる。
そういう生活しか知らない李天にとって、自分の理解が及ぶ〈アイテムスリング〉の使用方法を考えるのは当たり前の事だ。
だから、こういった応用性の高いアイテムを容易く所持できる〈冒険者〉は凄い。李天は心の底からそう思った。
「……いや、そう言われると確かにそうだな」
予期せぬ李天からの言葉にトールは頷き、武器としてみなくてもいいんだわな、と思案顔で呟く。
「……それで、進路はこっちで間違いない?」
改めて〈アイテムスリング〉を〈魔法の鞄〉へと収納したトールは三人へと問いかけた。
もともと、進路の確認をするに当たり、地理に詳しくないトールが手持ち無沙汰を紛らわす為、食料の確保の為に始めたのが先ほどの鳥を撃ち落す行為だ。進路の確認が終われば適当な安全地帯を見つけて夜営の準備を始めなくてはいけない。
「そうだね、進路は合ってる。難所も越えたし、強行軍でもすれば今日の夜中にでも着くと思うよ」
「だが、どうする?」
柳千の肯定に被せるように言葉を発した黒兎は、李天へと視線を向けた。
「君の住んでいたという村と〈紅葉樹海〉。どちらを先に調べるべきだろうか」
「李天君のお話から大体の位置は地図に落としましたけど、ここからですと大体同じくらいの時間が掛かりますね」
「……えっと、出来れば、その」
「なら、村の方に行こうぜ」
言葉をためらった李天を後押しするかのようにトールは口を開く。
「現状、どうなってるかしらねぇけど元々村ならそれなりに夜営には適してんじゃね? そこで一泊して明日の朝から〈紅葉樹海〉ってのでどうよ。さすがに、夜にダンジョンには入りたくないし。……それに、李天の村の人たちを弔ってやらねぇと」
「ぼ、僕も出来れば先に村に行きたいです。あの時は、必死だったから混乱してたから、ちゃんと見てないんです」
左胸に着けられた〈茜色のブローチ〉をそっと撫で「駄目、でしょうか?」と小さく続けた。
そう言われれば、答えは決まったようなものだ。
「うし、じゃあ決まりだな」とトールが頷き、続く様に春猫娘は「ですね」と頷き、柳千は「じゃあ、移動の用意しようか」と頷く。そして最後に黒兎が「だな。先ほどのトールの案でいこう」と、地図を片付け始めたところで「む、〈念話〉か」と呟き、右手を耳に当てた。
「――あぁ。こちらは問題ない。――ふむ、そうか。すまない、面倒をかけるな。あぁ、ちょっと待ってもらえるか? 皆、先に移動の用意を進めておいてくれ。ん? ――あぁ、すまない。こちらの話だ」
〈念話〉による会話は相手側が何を言っているかは基本的に知るよしもない。傍から見てる分にはその断片から誰と会話しているかを推察するぐらいの事しか出来ない。
そして、黒兎の口ぶりから推察されるのは〈龍牙団〉のギルドマスターだろう。毎日の定時連絡を聞きなれている三人には簡単にそれは容易にたどり着く答えだ。
「珍しいですね。“獅子竜”さんの方から〈念話〉を掛けてくるなんて」
「……そういや、そだね。いっつも隊長から掛けてたし」
「そいじゃ、なんか『大都』であったんじゃない? まぁ、ほら黒兎の荷物も纏めとこうぜ。李天、さっき獲った鳥を加工しといてくれるか?」
「あ、はい。わかりました」
「あー、じゃあ僕もそっち手伝うよ。行こっか、李天」
〈料理人〉の柳千と〈狩人〉の李天が連れ立って茂みの方へと歩いていく。〈狩人〉の職業は野生動物の簡易料理も可能とするスキルを持っている。この現状だとこういった比較的なんでも出来る職業の方が便利だなぁ、と〈剣客〉のトールは何の気なしにそんなことを思う。
「――うん? いや、こちらでは接触した事はないし見かけたことも無いな。所詮噂の域を出ないだろ――なに? 恐慌状態のプレ――〈冒険者〉が見た幻では無かったのか? 桃仙さんが? では、何処の――」
耳に入ってくる黒兎の言葉からどうやら込み入った話だ、と判断した春猫娘は笛を吹き鳴らし馬を呼び寄せて、その手にブラシを持つ。どうせ、黒兎の〈念話〉が終わらなければ出発出来ないのだから、その間の時間で馬のブラッシングでもしようというのだろう。
「マメだねぇ、春ちゃん」
「そ、そうですか? まぁ、その、動物は好きですし……」
何処からともなく駆け寄ってきた春猫娘の馬は小さく嘶き、じゃれる様にその頬に頬ずりをしている。
どう見ても完全に懐いている。トールや柳千の馬が懐いていない、と言う訳でもないが春猫娘の馬は懐き度マックスだと言われても信じることができる。
「でもさ、こっちって移動用には狼がメジャーじゃなかったっけか」
「そうでもないですよ? 〈騎乗用大型狼〉は確かに人気がありますけどやっぱり入手と手入れのしやすさから馬の方が使用者は多いです。それに“獅子竜”さんの〈絶影〉のような〈固有軍馬〉もいますからね」
「へぇー。やっぱ馬が基本なんか。まぁ、向こうもなんだかんだで馬がメインだったしそんなもんなんだろうなぁ……。俺もブラッシングするかー」
黒兎の荷物を纏め手終えたトールも笛を吹き鳴らす。やはり何処からとも無く現れた〈軍馬〉は春猫娘の馬よりも一回り大きく、どちらかといえば精悍な顔つきをしている。ゲーム時代では精々、馬の毛色程度しか判別材料にならなかったがこうやって見てみると確かに二頭の馬は別個の生き物である事が見て取れる。
そういや、と、トールは柳千と李天が向かった茂みへと視線を向ける。〈大地人〉もあそこまではっきりと見分けは付かなかったな、と思う。
まぁ、それも当然だ。そもそもゲーム時代よりもはるかにNPC人口は増えている。それも、急増したと言っていいレベルだ。自分たちが見ていたNPCは自分たちにとって必要最低限の人数だけだったのだろう。
いくら世界規模で各国にサーバを設置していたとしても〈ハーフガイアプロジェクト〉によって現地球の半分のサイズで中世という事を考えるとこの世界に住む〈大地人〉の総数は一億~三億人ぐらいの筈である。下限で見てみれば日本の人口をそう差異はない。それだけの数を全て違うポリゴンで表現するなど素人目に考えても不可能だ。せいぜい、『エリアス=ハックブレード』や『鈴香鳳』といった〈古来種〉や主要NPCをオリジナルでつくり、後は数パターン用意された汎用モデルを基本に流用していたはずだ。そうでもしないと、サーバはたちどころにパンクしてしまう。
「柳千さん、もう少し刃を立ててですね」
「んっと、こんな感じかな?」
「はい、そうです。あとはこの香草を内臓を抜き取った後に詰めましょう」
「? それ入れるとどうなるの?」
「あ、いえ。保存状態が長持ちするのと香味が肉に移るんです」
「へー、そっか。そういうのも料理の一つか」
「はい。これで終わりですね」
慣れた手際でテキパキと鳥を保存用に加工し終えた李天と、諸所に注意を受けながらも見様見真似でそれに倣う柳千。そうやって並んでる姿を見るだけではどちらが〈大地人〉でどちらが〈冒険者〉かなどステータスを見ない限りはわかりそうもない。
「……恐ろしいな」
ぼそりと呟きながら〈軍馬〉の身体に当てたブラシを動かす。
「え、可愛いじゃないですか。トールさんの馬も」
「……そう――か? いや、間近でマジマジと見ると結構恐くないか?」
「そうですか? 円らな瞳と凛々しい顔立ちで格好いいじゃないですか」
「んーあれだな。こうなって初めて戦ったモンスターが馬面だったからかもなぁ。なんかこう、トラウマ的――」
「なんだとっ!」
「――……な?」
トールが言い終わるよりも早くに響いたモノは黒兎の声で、右手を耳から離した姿から念話を終えたようだ。
「どうしたの、隊長。そんな顔して」
「……」
「まさか『大都』に〈狂イ〉が?」
「……」
二人の問いかけにも答えず、右手をやや呆然とした表情で見つめるその姿はまさに心此処にあらずである。
「……大丈夫か?」
「あぁ。――いや、まだ少し信じれんだけだ」
一体何にだろう、と全員の頭にハテナが浮かんだところで小さく頷き言葉を続けた。
「どうやら『アキバ』の〈冒険者〉は健在らしい。――トール、君の推測は間違ってなさそうだ」
「“獅子竜”君からだろ? 何があった?」
「兼ねてより噂のあった『この世界に順応したと思われる〈冒険者〉』の件でな。遠目で確認した限りでは『アキバ』をホームとする〈黒剣騎士団〉だったようだ。接触する前に〈帰還呪文〉で転移してしまったらしいが」
静かに告げられたその言葉に、柳千と春猫娘は息を飲んだ。
〈黒剣騎士団〉。
それは日本サーバでも屈指の戦闘系ギルドの名であり、何よりもギルドマスターである〈黒剣のアイザック〉の名は〈幻想級〉の武器を世界で最も速く手に入れた人物として世界的にもそこそこ名の知れた有名人だ。ただ、それはもちろん〈冒険者〉の間だけの話である。
だが、そんな彼らが十中八九〈妖精の環〉を使用して各地に出没しているという事はおそらくではあるが“獅子竜”も余裕があれば行いたい、と言っていた〈妖精の環〉の調査だろう。彼らにはそれを行うだけの余裕が存在しているという事に他ならないのではないか。
つまり、『アキバ』は健在であることの証明になるのではないだろうか。それは『アキバ』を目指す彼らにとっての希望に他ならない。
「――おかしいな」
だが、トールはトーンを落とした声で呟く。
「いや、『アキバ』? がまぁ健在なのは多分そうなんだと思う。ただ、そこのギルマスのアイザックとは何回か同じレイド組んだ事は有ったけど、アイツ、調査だとかそんな長期的で計画的な事が出来るような奴じゃないと思うんだよなぁ」
「そうなんですか?」
「んー、アイツはどっちかって言うと仲間内でワイワイやってる方が楽しいってタイプだよ。行き当たりばったりで、それこそ『死に戻り』で情報を経験として蓄積していくタイプだったと思う。いや、まぁ、もう結構前の話だからそれこそプレイスタイルが変わってるかもしんないけどな」
「けど、この状況なら慎重にやっててもおかしくないんじゃない?」
「そりゃ、確かにそうだけどさ」
なんかしっくりこないんだよなー、とボヤキながら先ほど纏めた荷物を黒兎へと放り投げる。
彼らが気付く筈などない。
『アキバ』の街は現在〈円卓会議〉と呼ばれる十一のギルドからなる自治機構によって運営されているという事を。
〈妖精の環〉解明の為のクエストが〈円卓会議〉から発布されているという事を。
『アキバ』の街は、彼らの想像を遥かに凌駕した地点にいるという事を。
「ま、とりあえず先を急ごうぜ。ここで他所の話をしてても始まんないし」
「そうだな。李天君、此処から先の道案内はお願いできるか?」
「はい。ここからなら、大丈夫です」
李天は胸のブローチに一度視線を落とし、そのまま決意の篭った目で村の方角を見た。




