11.
月明かりの下で煌々と燃える街の灯火を眼下に捉えながら黒兎は〈鷲獅子〉に跨り、空を飛んでいた。
この街は夜になっても灯火を落とすことは無い。だが、よく見ると灯火台の三分の一は沈黙していている。
もともと、形ばかりの防壁しか持たないこの港町ではモンスター避けの為に火を焚き続けなければならないという現状があるのだが、それは十分な薪があっての事だ。それの確保が困難、又は今後困難になるというのならば少しでも節約しようとするのは自明の理である。
黒兎は街の外縁を周回しながら視線を動かす。
その先には、かつて〈蒼葉樹海〉と呼ばれていた場所とかつて〈紅葉樹海〉と呼ばれていた場所。この辺りの〈大地人〉の村や街における薪材の一大産地――というと語弊はあるが、〈冒険者〉向けのクエストで『村に薪を○○個納品する』というものがあり、その薪の効率的な入手にもってこいのダンジョンが〈蒼葉樹海〉〈紅葉樹海〉〈黄葉樹海〉といった〈冒険者〉が呼ぶところの『樹海シリーズ』だった事を考えればあながち間違いという訳でもない。
そして、そのうちの二つ。〈蒼葉樹海〉と〈紅葉樹海〉は消滅してしまい、復活をしている様子もない。
「ダンジョンの消滅、か……」
つい零れた言葉は静かな夜空に残り、その事実を際立たせた。
恐ろしいことだ。
上限が有るのかは未だ不明だが、現状では死して尚蘇る不滅の肉体を持つ〈冒険者〉に対して、消滅するダンジョン――いや、オブジェクトか。
あの影の目的が何かは解らないが、この調子でこの〈エルダー・テイル〉のダンジョンや村、さらにはプレイヤータウンを消滅させられていくと考えれば自分たちはどうなるのか。一緒に〈冒険者〉は消滅して元の世界に――あの慣れ親しんだ上海の町並みに帰れるというのならば良い。
だが〈冒険者〉だけこの世界に取り残されるとしたらどうなるのか。モンスターやダンジョン、〈大地人〉が居なくなれば様々な物資が滞り、その絶対数もまた減少していく。そして恐らくその消滅していくものが〈エルダー・テイル〉のプログラムデータという括りならば、神殿や眼下に見える大地や海までもが消えていく事になるのではないか。
そうなれば現れるのは地獄に他ならない。
いや、地獄ならばまだマシなのかもしれない。
「――やはり、あの影に接触しなくては駄目か」
正直、二度と相対したくは無い。
だからといってそういうわけにもいかない。少なくともこの事態の引き金になっているのは彼らであることに疑いは無いのだ。
むしろ〈大災害〉ですら彼らの所為ではないかとすら思えた。
確かに、そう考えた方が少なくとも自分の精神は安定させる事ができる。
周囲からは常に冷静で落ち着いている、などと評されることが多いが自己評価的には、そう在りたいと願い続けているだけの小者に過ぎない。
身の丈に以上に張り詰めてばかりの弦は何れ耐え切れずに弾け飛ぶ。
「おーい、黒兎ー」
「……もう動いて大丈夫なのか?」
不意に足元から聞こえてきた羽音と共に掛けられた言葉に視線を向けるとそこに居たのは昼に目を覚ましたばかりのトールだ。
この世界ではヒットポイントで肉体的なダメージが表現されるためにヒットポイントさえ回復していれば行動するのに支障は無い。行動に支障が出るとすればそれは精神的な疲労の方が大きなウェイトを締める。
そして、トールは恐らく精神的な疲労で倒れていたのだ。
幾ら超人的で超絶的な強さを持つ傑物だとしても流石に心配の声ぐらいは出てしまう。
「柳千と春ちゃんは無理しないでって言ってるけど。ある程度は身体動かしとかねーとな」
「そうか、ならいいのだがあまり春猫娘に気を揉ませるなよ。彼女は意外と世話焼きだからな」
「ん、了解」
黒兎と同じ高さにまで並んだトールは先ほどまで自分が見つめていた方角に視線を運ぶ。
その面差しは言葉通りに快気の色に満ちていて、確かに行動に支障がないことを感じ取ることができる。そもそもが、北米から船旅を経て中国までやってくるような人間だ。元来、じっとしてはいられない性分なのだろう。
「とりあえず、現状の話は柳千から聞いたよ。一応、自分の持ち物探してみたけど竜骨として耐えれそうなものは無かった」
「そうか。……だがまぁ、そちらは〈龍牙団〉の方で何とかなるかもしれん。私達が『大都』を出たときよりも人数は増えているようでな。『大都』のマーケットを探して回ったり、持ってそうな〈木工職人〉などの生産プレイヤーを当たってくれているようだ」
何回かの念話を経て得た〈龍牙団〉からの情報はやはりというべきか状況の悪化を知らされるものが大半であった。篭城を決め込んでいたギルドキャッスルやタワー持ちの各ギルドも各々の備蓄の底が見え始め焦り始めているものの、その各ギルドのトッププレイヤーは〈飛剣隊〉含めた複数人が正体不明の〈貧狼小鬼〉に襲われ、殺されたという情報を持っている所為で狩りに対して尻込みしてしまっている。そのため狩りが捗らず、結果として消費に供給が追いつかない状況に陥ってしまっている。
〈龍牙団〉自体は〈飛剣隊〉の所有していた備蓄を譲り受けていた為、他のギルドよりは余裕があったのだがギルドマスターである“獅子竜”の方針により広がり続けたその所属人数を賄いきるまでではいかないらしい。それでも黒兎が『大都』を出る前に翠鉄に伝えたとおりに戦闘訓練を兼ねた狩りをなんとか実施している為、その消費は幾分緩やかではあるようだ。
「……もし有ったとしても、足元見られそうだな」
「それは仕方あるまいさ。その辺りは彼らの交渉頼みという事だ。――ただ、それよりも」
「言わなくても解ってるよ、黒兎」
言葉を遮ったトールは、視線をそのままに続ける。
視線はそのままだが、果たして自分と同じものを見ているのか。いや、おそらくは自分の見ているものの先を見ているのだろう。
「あの影か、あの影が言っていた彼女とやらのどちらかに接触しなきゃ『狂イ』の謎は解消しないだろうさ。いや、解決するかどうかも解らないけどな。まぁ、放っておいても俺たちはターゲットになってるみたいだから向こうから接触してきてくれるだろうけどさ」
「だからと言って、ここで待ち受けるわけにもいくまい」
〈蒼葉樹海〉であれだけ苦戦――いや、トールの切り札が無ければ恐らく死んでいた。黒兎は自らの切り札を使ったとしてもそれは揺るがなかったと認識している。精々、戦闘時間が五分ほど引き延ばせたかどうかに過ぎない。
自分達しかいない状況でその有様だったのだ。
他に守るべきものがある状況では考えるのも馬鹿馬鹿しいほどに戦いにはならないのは明白だ。〈大災害〉発生当時ならば守るべきものなど自分の仲間と自分の身だけだった。だが既に〈大地人〉を見殺しに出来るような状況ではない。貴重な〈船大工〉も含まれるというのもあるが、彼らの生産するアイテムが無くなれば、〈冒険者〉の補給がさらに酷い事になってしまう。
それに、黒兎は気付いていた。
果たして、このサーバにそれに気付いている〈冒険者〉は何人居るのか。
「まぁなー。そうすると何処でどうやって接触するか、だけど――。なんか良いアイデアあるか、黒兎」
「……〈黄葉樹海〉のダンジョンならば遭遇できるかもしれんが、如何せんここからだと〈鷲獅子〉でも十日は掛かるから得策ではないだろう。あとは〈大地人〉の彼が言っていた〈紅葉樹海〉だろうな。やはり自分の目で確かめたいものだし、なんらかの手がかりはあるかもしれん」
「そこは、ここからだとどれくらいの距離なんだ?」
黒兎は頭の中で地図を思い浮かべる。
自分たちの行動範囲からは逸れている為に、細部までは思い起こす事はできない。しかし
「馬で二日ほど見ておけばまず間違いないだろう。途中で一つ難所があるが『狂イ』ではない限り問題は無いはずだ」
「難所?」
「あぁ。〈紅葉樹海〉の手前のダンジョンには特異種と呼ばれる通常よりもレベルの高いモンスターが出没するのだ。レベルで言うと他のが三十前後に対して五十あたりか」
「『狂イ』に掛かってるとすると百を超えるっぽいなぁ」
小さくため息をつくトールを尻目に捉えた黒兎は唇に笑みを浮かべる。
「楽しそうだな」
「否定できないなぁ。実際、強い奴と戦うのは楽しいし。如何に楽しめるか、ってのが行動指針だしなぁ、俺」
「……では〈紅葉樹海〉に行く方向で少し日程を調整してみるか?」
「そうだな。……まぁ、アイツらにとっても自分の縄張りに入ってきて貰った方が出てきやすいだろうしな。飛んで火にいる夏の虫だろうが大いに結構」
自らの駆る〈鷲獅子〉の頭部を撫でながらトールは一つ、言葉を続けた。
「それと、あの彼。〈狩人〉の少年も連れて行こう」
「? 何故だ?」
「んー、実況見分もかねて。それに、あの辺りの〈狩人〉ならではの意見も聞いてみたいし」
「……」
言葉を噤んだ黒兎の沈黙は否定の意だ。
〈大地人〉を守れないから、討って出ようとしているのだ。それなのに、一人――例え戦闘経験が有るとはいえ守りきれる自身は彼に無い。もっとも、その李天自身が守られる事を望むかは別の話ではある。
「その子に聞いてみればいいさ。俺たちはちょっと〈紅葉樹海〉まで行くけど一緒に行くか? って」
「……だが、彼は」
「死にたがってるんだろ。話を聞けば分かるさ。だったら、勝手に死なれる前にこっちで死ぬ日取りを設定してあげた方が先走りさせなくて済む。酷い事だけどな」
情報を持っている人物に、勝手に死なれては困る。
にべも無く、トールはそう言い捨てた。
「〈大地人〉は確かに生きてる。けど、俺らが絶対的に庇護しなきゃいけない存在って訳でもないだろ。確かにこの港町は船の建造に必要だから守らなきゃいけないけどな」
「……解った。彼には私から打診しておこう」
「おぅ、頼むわ。……風が出てきたなぁ」
もう一度、〈紅葉樹海〉を睨んだトールは目を細めて呟いた。
「夜間警戒は私がこのまま続けよう。トール、君が幾ら規格外とはいえ病み上がりである事に違いはないのだから君は休め」
「んー、了解了解。……まったく、お前らは過保護に過ぎるよ」
「君が無鉄砲すぎるだけだろう」
■
「ギルマス、やっぱ何処も手放そうとしないですよ」
「……」
今では『大都』で最大規模のギルドとなってしまった〈龍牙団〉のギルドキャッスル。その中の『統括本部』と書かれた札が掲げられている部屋でギルドマスターであり“獅子竜”と渾名される青年は簡素な椅子に腰を深く落とした。
机の上から溢れた報告書の類の巻物や割符が足の踏み場を疎らに残して床にも乱雑に置かれていて、ここ最近の多忙さを物語っている。
この部屋の中にいる他の四人はなんとか椅子の置き場を確保しているような状況だ。
「……狩猟隊の成果はどうだ?」
「第一から三までは概ね予定数量を確保できてますが、第四と第五の隊はどうにも芳しくありませんね」
毎夜に行われている定例会議の席で〈龍牙団〉のナンバー4である孔明は手に持つ報告書を読み上げながら、壁に掛けられた『大都』周辺の地図に必要事項を記入しては、古くなった情報を消していく。
「黒兎さんからの情報と合致すると見ていいかと思いますけど……」
地図に記された一から三の数字はそのまま狩猟隊の活動範囲を示していて、芳しくない、と報告を受けた四から五が示す範囲は『大都』から見て〈蒼葉樹海〉側に展開していた部隊だ。
確かに黒兎からの定期連絡得た情報――〈蒼葉樹海〉近辺のモンスターの生態系がおかしい――と合致する。とあるエリアのモンスターを狩り尽くしても、一定時間が過ぎればそれらは再湧出する。それは『大都』最近辺エリアで確認済みだ。
だが、第四と第五部隊から上がってきた報告は再湧出が無い、というものだ。
それは、ある意味無限の資源であったモンスターがその場では有限の資源になったという事であり〈エルダー・テイル〉というゲームそのもののシステムが崩壊しつつあるという事にたどり着く。
モンスターを倒して得られるのは幾許かのお金や素材アイテムだけではない。
レベルアップのための経験値が有限になったということだ。
まだ、確証は無い。
確証は無いが、事実だとすれば低レベルプレイヤーはこの先ずっと低レベルプレイヤーのままこの世界で生きていかなくてはいけない。
「あー。ギルマス、こっちの人員を調査隊に少し回すか?」
壁の地図を睨んだ、ギルドのナンバー6であり狩猟隊のまとめ役を担っている驟雨は渋い顔を浮かべて口を開く。
「……『狂イ』の接触情報はどうだ?」
「どの隊からも上がってきてねぇな」
「そうか」
ギルドマスターは目を閉じ、思案する。
狩猟隊は日々の糧を得るためにこの状況でも外で戦う事を選んだ有志によって組織されている。超人的な肉体を得たと言っても不眠不休で行う事のできる行為ではないため、二交代制でなんとか維持している現状だ。その総勢は現在休息中の六から十まで含めてで五十に満たない。全部の部隊がパーティ上限の六で行動できない状況の中で、さらに調査隊として人員を割く事ができるか。
狩猟隊の面々が頑張ってくれてはいるものの、備蓄は緩やかに減少している。このペースで続けば持ってあと二ヶ月。だが、その二ヶ月の間にでもこのギルドに駆け込むものがいればそれを拒むつもりはない。他の大手ギルドの備蓄量が如何程のものかはわからないが、その備蓄がそこを尽きた時は〈大災害〉当時の大混乱の再来に他ならないだろう。
――それだけは絶対に避けるべきだ。
ならば、狩猟隊の人員を調査隊にまわす事などできはしない。低レベルプレイヤーの指導隊から回ってもらう事も難しい。その他のギルドのメンバーに狩猟に行く事を強制することは――死の可能性を孕む行いに赴かせる事を強制することなど、重すぎて背負えない。
「……孔明。俺が、行くのは駄目だよな」
「気持ちは分かりますけど、ギルマスがここを長期離れると〈龍牙団〉は壊滅しますよ。ギルマスには重いのは解っていますが、今のメンバーの精神の拠り所は貴方ですから」
孔明の言葉に残りの三人が静かに首を縦に振る。
〈付与術師〉孔明、〈盗剣士〉驟雨、〈森呪使い〉桃仙、〈暗殺者〉虚。中国サーバでは皆、そこそこ名の知れた有名人であり実力者だからこそ“獅子竜”がこのギルドキャッスルに常在していることが〈龍牙団〉が瓦解せずにいられる理由になっていると知っている。それと同時に、自分たちでは支えきれないものを支えてもらっている事も理解している。
「――砂上の楼閣だから。何処も彼処も」
言葉を引き継いだ虚は静かに、だが、事実を告げる。
確かに、他の大手ギルドもギルドマスターの存在がメンバーの不安感を何とか払拭している程度だという話も耳に入ってくる。
「……そうだな、虚。新規の調査隊は無しだ。万が一、選抜した仲間が深追いしすぎて『狂イ』に殺されて外に出れなくなる方が怖い。驟雨は引き続き狩猟を頼む。くれぐれも無理はするな、させるな」
「あぁ、解った」
「それと、ダンジョンにも近寄らせるな。黒兎の話を聞く限りだとどうにも異変はダンジョンから起きているみたいだからな。君子危うきに近寄らず、だ」
椅子に腰掛けたまま天井を仰ぎ見た“獅子竜”は一つ、大きく深呼吸をする。
やらなきゃいけないことが多すぎるのに、片付けなくてはいけない事が多すぎてそこまでたどり着けない。明日を生き抜く為に一週間後の未来を捨て。一週間後を生き抜く為に一ヵ月後の未来を捨てている状況だ。
黒兎らが目指す、日本サーバへの移動がこれを打破するきっかけになってはくれないだろうか、と取らぬ狸の皮算用をせずにはいられない。
「……あとは、報告はなんかあるか? 無ければ――」
「――一つだけ」
今まで沈黙を守っていた桃仙が手を挙げる。
「なんか、あったか?」
頷き、無言で席を立った桃仙は器用に踏み場を選び壁に掛けられた地図の前へと足を運んだ。
現状の〈龍牙団〉で外で戦う事を選んだメンバーの中の最精鋭五人と共に周囲の簡易調査を行っている彼女は地図の一点を指し示す。
「この場所。覚えがある人、いる?」
指し示されたその地点は極めて普通のゾーンだ。先の報告では第二部隊の担当エリアであり、モンスターの生態系の狂いも発生していない筈。
だが、調査隊を率いる桃仙がわざわざ報告を挙げたのだから、何かがある。
「それは〈エルダー・テイル〉時代の話か?」
だが、さっぱり解らない“獅子竜”はお手上げとばかりに桃仙へと言葉を返す。
〈エルダー・テイル〉時代、とはそのまま〈大災害〉以前の普通のゲーム時代だったときの事を指す。そのときの情報の多くは自分に必要な事はそれなりに記憶しているが、その殆どをインターネット上の攻略サイトに頼っていた。プレイヤータウン間の最短移動距離、ルートを完全に把握している奴などほぼ皆無といっていいはずだ。現に“獅子竜”もまたメインディスプレイにゲーム画面、サブディスプレイに攻略サイトを表示していた。
「うん。まぁ、今でも機能しているはずだけど」
「今でも機能しているって、なんかのイベントがあったか? そのゾーン」
「違う。ここはね、」
驟雨の言葉を否定し、自らの言葉を区切り一呼吸入れた桃仙は“獅子竜”の目を見る。
「ここは――他のサーバから〈妖精の環〉を使用した際の転移先の一つ」
「! 接触できたのか!?」
“獅子竜”がつい発したその言葉は、推察するまでも無く、ちらほらと噂として上がっていたこの世界に順応した〈冒険者〉の存在に対してだ。
どこの誰かは解らないが、彼らと接触できれば少なくとも彼らの状況を知ることが出来る。それは、黒兎らが日本サーバを目指すのと同じで、現状を打破する一手に成り得る。
だが、首を横に振る動作と共に言葉にする。
「接触は出来なかった」
桃仙は言う。
転移してくるところを目撃し、周囲を警戒しながら駆け寄った時には〈帰還呪文〉を使用して自らのホームタウンへと戻っていってしまった、と。
だが、なんとか確認できた彼らの装備から解った事があると続けた。
「彼らの身に着けていた装備には揃いの紋様が描かれていた」
そう言いながら、地図の空白箇所にその紋様を描き記す。
「多分、ギルドエンブレムでしょうね」
孔明はそう口にしたが、その孔明には心当たりは無い。そもそも、ギルドが星の数とまではいかなくてもその数は膨大だ。『大都』をホームとしてるギルドのエンブレムならばそれなりに把握できているが『燕都』のギルドならば大手ぐらいしか覚えていない。
「――それで、そのエンブレムは何処のギルドの――いや、何処のサーバの?」
虚が言う。
それは中国サーバのギルドエンブレムではないだろう、と。
桃仙は首を縦に振り、それに答える。
「――所属サーバは日本。ギルド名は変更が無ければこう呼ばれているらしい」
静かに告げられたギルド名は確かに、日本サーバのものだった。
そのギルドが日本サーバのものだと全員が瞬時に理解できるほどに中国サーバでも名の知れた名前。
〈黒剣騎士団〉。
それがこの世界に順応した噂の〈冒険者〉の正体だった。




