第四十四章
「ドレイク殿。正直申し上げて、やはりあなたを敗戦相手と定め、お仕置きをさせていただくべきでした」
ドレイクの話を聞いていたアントニウスは頭痛にでも耐えるように頭を押さえた。
「貴方様がそこで母の言に惑わされずに母を連れ出してくれていたら」
「いや待て。だからアイリーナは」
「最適解に辿り着けぬと? あいにくと我らは、未来の見えぬ前提で生きる者でございます。見えぬなら最適解とは、ことの起こった後にしか分からぬ結果論です。それは辿り着くものではなく、知恵を絞ってひねり出し、死力の限りを尽くして掴み取るものなのでございますよ」
どうにもまずい展開に、ドレイクは身を縮めている。アントニウスは容赦なく続ける。
「共犯相手にマギーラをお選びになったことにも苦言を申し上げたい。そこで母の助言を聞き入れ、その段階で龍乃国とのご関係を修復して下さっていたら」
反論の余地もなく、ドレイクは眉を寄せて項垂れる。
その様子を見て、僅かにでも溜飲の下がったアントニウスは、暴虐竜をそれ以上苛めるのは止めにしたのだった。
「ドレイク殿。顔をお上げください」
恐る恐る頭を上げると、アントニウスは優しい顔で微笑んでいた。
「貴方様からすれば、母や私などは瞬きする間に老いて死んでいく小さな生き物にすぎますまいな」
ドレイクは否定しなかった。アントニウスも躊躇なく続ける。
「ですが生きております間は、貴方様のお力になります」
思いがけない言葉に、ドレイクは目を見開く。アントニウスは手ずからドレイクの茶器に茶酒を注ぎ足した。
「どうしてよいか判断がつかぬことが、この先ございましたら、きっとお尋ねください。いくらでも知恵をお貸しします。今度こそ、貴方様が最適解をその手に掴めますように」
手の中に包んだ小さな茶器の熱がドレイクの手に伝わってくる。それを干すとアントニウスは更に茶酒を注ぎ足してくれるのだった。
「母に力を貸してくださったこと、母を救おうとして下さったこと、心より御礼申し上げます」
ドレイクは苦し気に首を振った。結局、自分が判断を誤ったせいで、アイリーナは命を落とし、アンドロニコスは苦難の中に取り残されたのだ。
アントニウスはそれ以上は続けずに、話をもとに戻した。
「戦を忘れれば剣を錆びつかせる。飢えを忘れれば蓄えを怠る。暴虐竜がなお、どこかに在るという事実、脅威は確かに有用でございましょう。イミリーシャにも、龍乃国にも、そしてこの大陸全体にも」
アントニウスはドレイクから目を逸らさない。
「ドレイク殿ならば、必要最低限の被害に留めてくださいます」
「本当に、虐殺の限りを尽くすとは思わないのか」
駆け引きと呼ぶにはあまりに率直な問いに、アントニウスは微笑みで答える。
「勇輝子陛下には必ずお話しを。勇輝子陛下の怒りの雷電を防げる鎧は、この国に用意がございませんので」
ドレイクの瞳が、わずかに揺れた。あの激情家の龍を説得する難しさが、すでに見えていたからである。
立ち上がって執務机に向かい手紙を書き始めたアントニウスを緊張したような面持ちで見つめていると、ふとペンを止め、またアントニウスはドレイクに笑いかけてくれる。
「今宵、このように私をお訪ね下さり、お考えをお伝え下さったこと、母のことをお話し下さったこと、誠に嬉しく思いました。ドレイク殿」
アントニウスの向けてくれる笑顔は、アイリーナによく似ていると、ドレイクは思ったのだった。




