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Dragons Cry, Destined to Fly ー竜哭の彼方ー  作者: Watt A. Lee
第三章

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第三章

 イミリーシャ王国アレクシオス・イミリシウス国王の即位二十周年祝典は、王都全体を舞台とする華やかなものとなった。

 王宮前広場から大通りにかけて国旗と花が飾られ、音楽と演舞が途切れることなく続き、笑い声と歌声が響き渡る。

 やがて、国王アレクシオスと王妃を先頭に、諸国の使節や王侯貴族、エルフや亜人の代表たちが列をなし、大通りを進む。沿道を埋め尽くす民衆の歓声が、その威光をいっそう際立たせた。

 舞台を闘技場へ移すと、精鋭騎士たちによる御覧試合が始まる。鋼の響きと統率の取れた動きに、来賓席、貴族席、一般市民の観客席からは絶えず歓声が上がった。

 その熱気をさらに高めたのが、献上品の披露である。

 龍乃国から贈られた巨大な騎禽が姿を現した瞬間、場内にどよめきが走った。寒冷の地を避ける龍族が自ら訪れ、贈り物まで寄越した――それは明確な友好の証だった。

 来賓たちの視線は自然と国王へ集まる。

 アレクシオスはその空気を愉しむように、満足げな笑みを浮かべた。そして壇上から歩み出ると、ためらいなく一羽の騎禽へ近づく。

 轡を取る兵の制止の声が上がる間もなく――王は、その背に跨った。

 観衆はそれを演出と受け取り、大きなどよめきが広がる。

 龍皇は、その瞬間を見逃さなかった。わずかな視線だけで、鰐尾へと指示を送る。

 鰐尾から仕込まれた合図が、騎禽へと伝わった。

 ――次の瞬間。

 大人しくしていたはずの騎禽が、空気を引き裂くような咆哮を上げる。

 翼を激しく打ち、暴れ狂う巨体が、背の乗り手を振り落とそうと荒れ狂った。

「——父上!」

 アントニウスが駆け出す。反射的に剣を抜いたが、すぐに歯を食いしばる。相手は主賓からの献上品だ。斬ることは許されない。

 だが、このままでは国王が危ない。

「第一小隊を呼べ!」

 闘技場の異変は、すでに裏手にも伝わっていた。

 警備に当たっていた重装歩兵第一小隊は、報せと同時に動き出す。人目を避けて配置されていたアンドリも、隊員たちとともに駆けつけた。

 アントニウスは、一瞬だけ唇を噛んだ。

 そして、決断する。

「チェイレイ隊長! 騎禽を制圧しろ!」

「……団長閣下! しかし——」

「議論の余地はない! 急げ!」

 その声には、迷いを押し殺した響きがあった。

 アンドリの胸を、ためらいが一瞬よぎる。

 だが、命令は絶対だ。

 装備を投げ捨てた、その直後——彼の身体が、異様に膨れ上がった。

 骨が軋み、筋肉が裂けるように隆起する。皮膚が引き延ばされ、形を変え、もはや人の輪郭を失っていく。

 ――咆哮。

 二足で立つ、巨大な爬虫類の影が現れた。

 観衆の悲鳴が、一斉に爆発する。

「龍だ!」

「違うわ。あれは竜じゃ」

 龍皇だけは、椅子に深く腰掛けたまま、頬杖をつき、楽しげにそれを眺めていた。

 暴れ狂う騎禽に、アンドリは飛びかかる。鉤爪と化した前肢で押さえ込み、強引にねじ伏せる。

 ――それが、イミリーシャの“生物兵器”。

 だが。

(くそ……意識が……)

 思考が、濁る。理性が削れ、代わりに荒々しい衝動が満ちていく。

 噛み砕け。引き裂け。

 その首に牙を立てれば終わる——そんな誘惑が、甘く響いた。

「チェイレイ隊長! もういい! 戻れ、アンドリ!」

 声が飛ぶ。アントニウスだった。

 彼は剣を握りしめたまま、一歩踏み出していた。止まらないなら、斬るしかない。

「頼む、アンドリ……!」

 命令ではない。祈るような声だった。

「……頃合いかのう」

 龍皇が、ゆらりと立ち上がった。

 次の瞬間、空が裂ける。長い身体の巨大な龍が現れ、太陽を覆い隠した。

 上空でうねる体が闘技場を影で呑み込み、四肢の爪が騎禽を、牙がアンドリを捉える。

「静まれ。暴虐竜の鱗を分けた者よ」

 その声は、不思議と――はっきり届いた。

 内側に。一瞬で、衝動が引く。膨れ上がっていた身体が崩れ、人の姿へと戻る。

 力を失ったアンドリは、その場に崩れ落ちた。

「っ……!」

 アントニウスは即座に駆け寄る。

「……アンドリ、聞こえるか。しっかりしろ」

 膝をつき、肩を支える。呼吸を確かめる手が、わずかに震えていた。

「無茶をさせた……すまん」

 誰にも聞こえないほどの小さな声が、零れる。

 だが次の瞬間、周囲に殺気が満ちる。周囲の近衛兵たちが一斉に動き、二人を取り囲んだ。

 顔を上げれば、そこにはアレクシオス王がいた。

 臣下に支えられながら立ち上がり、怒りに歪んだ表情で睨みつけている。

 アントニウスは即座に立ち上がり、アンドリを庇うように前へ出た。怒り狂う王の視線を、真正面から受け止めながら、アントニウスは一歩も引かない。

「こ、このような場で……なんたる失態だ……!」

 王の声は震えていた。威厳よりも、怒りと恐怖が先に立つ。

「アントニウス! 貴様、ただでは――」

 その叱責を、空気ごと踏み潰すように龍皇が、龍の姿のまま低く遮った。

「イミリーシャ王よ」

 巨大な龍体がそそり立つように視界をふさぎ、その大きな瞳から放たれた鋭い眼光が王を射貫く。

 アレクシオスは、蛇に睨まれた蛙よりも縮み上がった。家臣も兵士も、王を守る義務を果たす気力をなくし膝をついてしまっている。

 龍皇の声は、雅なほど穏やかでありながら厳しく叱責した。

「臣下の失態を咎める前に、まず己を省みよ。慣れぬうちは騎禽に手を出すなと、申し伝えたはずじゃぞ」

「こ、これは……その……」

 言い訳は、形になる前に霧散する。

「この騎禽には、妾が改めてよくよく言い含めておこう。だが、くれぐれも扱いを誤るでない。飼い慣らせぬなら、宝の持ち腐れじゃ」

 その場を目の当たりにした誰もが、イミリーシャと龍乃国の力関係を、思い知った瞬間であった。

「それよりも——」

 龍皇は悠然と変身を解いた。直立した姿へ戻り、侍従に衣を掛けさせながら、ゆっくりと視線を落とす。

 その先には、倒れ伏すアンドリ。そして、その前で跪きながらも、剣から手を離さないアントニウスの姿があった。

 場が静まり返る。誰もが、次の言葉を待っている。

「この者について、申し開きを求める」

 それは問いではなく、断罪に近い響きだった。

「龍乃国の民は数が少ない。出奔者があれば、すぐに知れる。だが、我が国に行方不明者はおらぬ」

 ゆっくりと、視線が王へ向けられる。

「となれば、この者に鱗を分けた親は、今も我が国にいるということになる」

 ざわめきが広がった。

 ——つまり、イミリーシャの誰かが龍乃国へ無断で入り、龍に関わり、この者を生み、連れ去ったのではないか。

 そう追及しているのだ。

 無理のある理屈だと、龍の一行は理解している。だが人間たちは、龍の生態も風習も、”龍”と”竜”の違いも知らない。

 誰一人、その矛盾を指摘できない。場の流れは、完全に龍皇のものだった。

「式典を、最後まで執り行うことを許す。明日の朝、この者を連れて参れ」

 抗う余地のない命令だった。

 誰もが頭を垂れる中、龍皇は興味を失ったように背を向ける。龍たちもそれに続き、なお混乱の残る闘技場を、静かに後にした。


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