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Dragons Cry, Destined to Fly ー竜哭の彼方ー  作者: Watt A. Lee
第三十七章

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第三十七章

 

 そこへアントニウスが進み出て、勇輝子の前に跪いた。

「龍皇陛下。此度の救援、イミリーシャを代表して心より感謝申し上げます。貴方様方のお力なくば、この場が世界の破滅の幕開けとなるところでございました」

「いやこっちかお願いしてたことだから。内乱の情報なんて、本当は他国に知られちゃいけない事のはずなのに、無理言ってゴメンね。おかげでそこの放火魔トカゲをドンピシャで捕まえられたよ」

「おい」

 不名誉な名で呼ばれたドレイクが、抗議しようと声を上げる。しかし散々コケにされてきた意趣返しに悦に入っている勇輝子は得意げにふんぞり返る。

 戦が起これば、暴虐竜を呼び寄せることになる。それを見越して事前に龍達はアントニウスから内乱の予兆があると情報を得ていたのだ。

「ほら。懐炉も入ってるから着なよ。ドレイク」

 勇輝子が外套をひとつ、取り出して言ったのだった。

「......ご厚意、ありがたく受け取ろう」

 素直に外套を受け取ったドレイクのそばに、アンドリが進み出てきた。

 大陸中の種族が一致団結し寒い北の最果てに封じた、竜。世界に破滅の炎をもたらそうとする理由は何だ?

 彼が世界を滅ぼそうとするから大陸中の種族に拒絶されたのか。それとも、大陸中の種族に疎まれた孤独から、世界を滅ぼそうとしたのか。

「父さん。あなたは本当に世界の破滅が目的なんですか」

「ああ」

「なぜ?」

「さあ、なぜだろうな」

 答える気がないのかと思ったが、ドレイクは周囲の景色を見渡して言う。

「暖かく暮らせる快適な国があって、旨い料理があって、助け合い笑いあえる仲間がいる。この美しい世界に生きることをただ喜べたらどれほどよかったか。絶望を抱え破滅以外に望むものがない理由など、おれはわかりたくもない」

 アンドリは混乱した。思いがけない答えだった。まるで他人事だ。

 ドレイクは龍達が作った外套を優し気に手を這わせ、愁いを帯びた目で吐き捨てた。

「そんな迷惑な生き物、世界からはじき出されて当然だ」

「自覚あんならさー、自重しろって伝えてよね。かまちょトカゲの集団なんてなんの可愛げもない」

 身も蓋もないいいようだが、ドレイクには返す言葉がない様子で、苦笑した。

「本当にな」

 魔法使いたちはどうやらドレイクの手の上で踊らされていたようだが、それではドレイクは誰のために動いているのか。

「今のは、どういう意味ですか。まさか」

 答えたのは勇輝子だった。

「暴虐竜ってドレイク一頭じゃなくて百頭くらいいるんだよね。今全員復活されたらマジで手に負えない。こいつ一頭倒すのに龍千頭と竜人一頭でやっとなんて」

 天角も頭を押さえながら言い添える。

「つまり、暴虐竜がすべて復活するまでに龍十万頭と竜人百頭の戦力がいるってことよねぇ」

「魔法使いもあんなアホじゃ、頼りになんないしね。ったく、イミリーシャの王様、罪は重いよ。安道のお母さんが生きてたら、もうちょっと違う未来も描けたかもしんないのに」

 心が少し痛む。母が生きていてくれたらと、望むことは、これまで許されなかった。王妃の身分にありながら、他の男と通じたのだから。

 ふとアントニウスがドレイクの前に進み出た。

「イミリーシャ王国前王妃アイリーナの長子、王太子アントニウスと申します。もしよろしければ、勇輝子陛下とご一緒に我らの本陣にお越しになりませんか。火を熾してありますから。皆様のお怪我を処置させていただきます」

 ドレイクが苦笑して首を振った。

「おれ達竜はほぼ不死だ。戦いの中で息の根を止めねば、どれほど重傷を負ってもいずれ回復する。確かに寒さは苦手だが、それでも命が尽きることはない。治療には及ばない」

 アンドリの方を見ながら言葉を続ける。まるで、自分の知識を伝えようとしているかのようだった。

「お気持ちだけ、頂いておく。さすがに世界を滅ぼす破滅の権化を治療したとあっては、王が黙っておるまいよ」

「ご配慮感謝しますが、遠慮はご無用ですよ。イミリーシャ国主名代として歓びお迎え申し上げます。ドレイク殿」

 アントニウスは老練な政治家のような少し悪戯気を含んだ目で笑う。

「あんた、負けたんだから立場は捕虜じゃん。いいから行くよ。もー寒いってー」

 勇輝子が、問答無用とばかりにドレイクの背を押す。

 その一押しに促されるように、一行は戦の終わった戦場を歩み出した。

 ストラテゴイ騎士団、近衛兵団と航空騎禽隊――。

 彼らはすでに黙々と後始末に取りかかっている。

 負傷者の救護、投降した地元領主勢の拘束、骸の収容、戦場葬の支度。

 崩れた隊の立て直しに、誰もが余念がなかった。

 一方、龍たちもまた、野営の準備に動き始めていた。大きな天幕が次々と組みあがっていく。

 やがて、あちこちで言葉が交わされはじめていた。

 身体の大きな龍と、数の多い人間たち。本来なら交わることのなかったはずの両者が、ぎこちなく、それでも少しずつ手を貸し合っていた。

 火山の噴出で降り積もった岩塊を、蓮空が軽々とどかす。その下から、イミリーシャ兵が埋もれていた仲間を引きずり出した。

 航空騎禽隊と鰐尾の連携のもと、千を超える騎禽の仮設係留地が形を取り始める。人間の兵士たちは、龍の指示に従い、驚くほど手際よく働いていた。

 マグマの流れに取り残された兵を、剣江の騎禽が器用に肢でつかみ上げる。熱の上をすり抜けるその影に、誰かが口笛で称賛を送った。

 亜爪の周囲では、なぜか笑いが起きている。緊張の切れた、朗らかな笑いだった。

 歩きながら、ドレイクはその光景を見つめていた。その瞳には、言葉にしがたい感情が幾重にも重なっている。

 過去と現在が、静かにせめぎ合っているようだった。

 その横顔を見つめながら、安道は、理由のわからぬ不安に胸を締めつけられる。何かを言わなければと思う。だが、言葉が見つからない。

 そのとき――ふと、頭に触れる手があった。

 振り返れば、牙野と天角。優しい眼差しで、ただ静かに安道を見下ろしている。

 よくやったな、と。

 声にはならぬその言葉が、確かに伝わってきた。

 そのまなざしは、イミリーシャを発つ前、兄が自分に向けたものと同じ色をしている。

 拭いきれぬ不安は、胸の奥に残ったままだ。それでも――

 誰よりも寄り添い続けてくれた龍の、温度のないはずのぬくもりに、今だけは身を委ねたいと思えた。



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