第三十六章
「待て待て待てぇい!てめぇの相手はこのあたしだ!」
空の栓が抜けたような豪雨が落ちてくる。熱いマグマに触れてあちこちで水蒸気が上がった。見上げれば、空を埋め尽くすのは龍の大群だ。天角、蓮空、牙野、亜爪、鰐尾、剣江。龍化していても見分けがつく。おそらく全龍族一千頭がこの空に集っている。
「勇輝子様!」
どの龍よりも巨きな女龍がアンドリのそばに降り立つ。暴虐竜から目を離さずに、勇輝子がアンドリの名を呼んだ。
「安道!」
「はっ!」
「休眠期明け、おめでと!」
「......ありがとうございます!」
「これ終わったらお祝いするからお腹空かせといてね!」
「......かしこまりました!」
もはややけくそに近い返事をし、なんとか会話についていく。表情を作れる状態だったら、きっと泣き笑いの顔になっていただろう。
勇輝子は鋭い牙を剥いて暴虐竜に唸る。
「ここで会ったが百年目。( 実年数 )前回の雪辱、晴らしてやらぁ!」
「勇輝子か。少し牙を磨いたな。これなら一分くらいはもつかな」
「どいつもこいつも、マジであたしのことなんだと思ってんのコンチクショウが」
特大の雷が落ちる。ドレイクは翼を開いて飛び上がった。突風を巻き起こして落雷を躱す。すかさず竜の尾を目がけて勇輝子は口を開く。牙の届く前にドレイクは尾をしならせた。勇輝子の横面を激しく張り飛ばす。悲鳴をあげて勇輝子はバランスを崩した。地面に激突する前に体勢を立て直す。ドレイクのいる高さまで、もう一度空に上がった。
「前は今の一撃で決まりだったが、堪えたか」
「たりめーだ。安道の休眠期明けを祝ってやんなきゃなんないんだ。おちおち寝てられっか」
「どんちゃん騒ぎの口実にしたいだけに見えるぞ」
「いやまあそうとも言うけど、みんな楽しみにしてんだからいいだろ。お前もまた混ざったらいいじゃん。この百年で、飲めるようになったの?」
「......酒は、結局あまり機会がなかったな」
「うちで作ってる酒、美味いよ。飲み口爽やかで初心者にもオススメ。安道は気に入ってくれたよ」
言いながら勇輝子が吠える。上空の雷雲に加え、噴火口から上がる噴煙も雷電を帯び光る。
雷光の矢が背後からドレイクに向かって飛んだ。翼を使って大きな身体を軽々と捻る。一瞬で間合いを詰めた勇輝子は長い身体を竜に巻き付けた。力の限り締める。
「案外情熱的だな」
「どこに目つけてやがる。案外とは失礼な。情熱と闘魂がチャームポイントだわ」
一瞬だけ、安道は勇輝子と目が合った。それが何を意味するか、頭に理解が染み込むより前にアンドリの体が動いていた。
気づいたドレイクが足元で噴火を起こす。爆発の直撃を食らった勇輝子が堪え切れずに叫ぶ。長い身体が緩んだ。竜は拘束を逃れようと翼を開きかけた。が、勇輝子の鋭い牙がドレイクの長い尾に食い込んでいた。
飛び上がろうとしていたドレイクの喉元に安道の牙が食らいついた。同時に空から龍の大群が嵐と共に降ってきた。龍達に全身を食いつかれ、暴虐竜ドレイクは咆哮をあげた。
冷やされつつあるマグマの上にドレイクの竜体が落ちる。龍達は反撃に備えて再び空に上がったが、水蒸気の中に見えたのは竜化を解いた直立二足歩行形態の小さな姿だった。その姿は、自分によく似ていると、安道は思った。
「......確かに、一対一とは......決めてなかったか......」
「決めててもやったと思うけどね。なりふり構ってる場合じゃないんで。だーもう、寒い寒い!外套ちょーだい外套!」
見ればどの龍も、戦闘終了を察して直立二足歩行形態に戻って、外套を着ている。
巨大な龍達の戦いに手出しできることは何もないと見守っていたアントニウスが、状況が落ち着いたのを見て取り、アンドリのそばまでやってきた。
先ほどの竜化は装備を外す余裕もないなかで行ったので、身に着けていたものは全て千切れ、流れてきたマグマに飲み込まれてしまった。そこでアントニウスは自分の外套をアンドリに着せかけた。アンドリは驚いて固辞する。
「兄上。いえ殿下。御紋入りの外套が傷んでしまいます」
「いいから着ていろ。私は重装だから外套一枚なくとも問題ないが、お前にこの寒さは辛いだろう。もっとも、私の物では小さすぎるな」
「あ。予備あるよ、安道。お兄ちゃんの外套の上からこれ着な」
勇輝子が安道を龍用の外套に包んでくれる。初めて会った時と同じだった。
「尻尾、生えたね。上手に飛んでるところ、見たよ」
「......はい」
「よかった。本当に」
「ありがとうございます......。勇輝子様。助けに来てくださって。俺、本当に嬉しかったです」
だが、いったいどうして勇輝子達はこの状況を事前に察知することができたのだろう。この場所は龍乃国の都から騎禽で四日かかる。事前に情報を得、数日前に都を発っていなければ、この瞬間に到着できるはずがない。
おまけに龍達は騎禽に大量の防寒外套や野営設備を積んでいた。時間をかけて準備していたことは明白だった。




