第三十四章
「貴様らの後ろ盾は、もはや失われたぞ!」
アントニウスの声が、戦場を貫く。
「それでもなお、イミリーシャの臣民が王に剣を向けるというのなら――相応の覚悟あってのことだろうな!」
圧倒的な威。すでに敗色濃厚であった領主連合軍は、瞬く間に瓦解した。
寄せ集めの兵たちは武器を捨て、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。
「イサキオス。領主を二人とも確保しろ」
近衛兵団長にして王太子であるアントニウスの前に引き出され、領主たちは一変して慈悲を乞うた。
「お、お許しください。我々は謀られたのでございます!」
「その暴虐龍の子供が母の処刑を恨み、龍乃国を味方につけてこの国を亡ぼすと」
「その際もっとも南方に位置する我らの領地は龍によって跡形もなく蹂躙されると申したのです。アントニウス殿下を説得し、龍乃国の襲来の前に戦力固めの必要があると」
ところどころに真実を混ぜることで現実味を帯びさせるのは詐欺師の常套手段だが、その悪質さには吐き気がする。
雪深いこの国のもっとも南方に位置するこの領地は山岳地ながらイミリーシャ国内のほかの地域に比べても農耕が盛んな豊かな土地である。これまでこの二つの領地は土地の生む豊かな実りを基盤にした経済力で、イミリーシャの中でも大きな力を持っていた。
加えて国境近くに位置しながら、これまでこの地は戦と無縁であった。それは地理的にもっとも近い勢力が温厚な性格の龍達だからだ。彼らはまったく領土拡大に興味を示してこなかったが、龍乃国のその戦力は周辺諸国が総攻撃を仕掛けても相手にならない。その龍達が自分たちの領土に侵攻してくるとなれば、とても勝てる見込みはないのだ。魔法使いたちは言葉巧みに領主達の不安を煽ると同時に、自分たちが後ろ盾になれば、イミリーシャの覇権を握ることも可能だと唆したのだ。
筋書きは見えたが、未だ黒幕の存在はつかめない。魔法使いたちは確かに〈あの方〉の許にと言った。一体それは何者なのか。何が目的で魔法使いたちを動かし、イミリーシャに混乱を招こうとしたのか。
アンドリの頭の中には考えたくない可能性が一つ浮かび上がっている。
アンドリを取り戻したいと思っている、イミリーシャを支配したいと思っている可能性があるのは、龍達だ。
魔法使いたちは、暴虐竜に対抗するためだと言った。
だがもし、それが、暴虐竜に抗うためではなく、龍の侵略を手引きするために引き起こされたものだったとしたら。
そんなことを考えてしまう自分が、嫌だった。
それでも、その疑念は頭から離れてくれない。
アンドリはその場に立ち尽くしたまま、竜化を解くことすら忘れていた。
今すぐ勇輝子達に会いたい。 直接顔を見て、否定してほしい。
そんなこと、考えるわけないでしょ!
そう言って、特大の雷鳴を轟かせてほしい。
「最後まで気を抜くなアンドリ!」
ハッとしてみると、アントニウスが、竜化したままのアンドリのそばで叫んだ。
そしてその瞬間、またしても大地が激しく震えたのである。アンドリはいまだかつて聞いたことのない鳴動音が地の底から響いてくるのを捉えた。
テオドロスが反射的に、アントニウスを碧斗に引き上げ、上昇した。
山の頂上が、突然爆ぜた。黒い煙が吹き上がり、岩石が無数に降り注ぐ。とっさにアンドリは巨体を兵士たちの上に覆いかぶせたが、全員は守り切れない。あちこちで恐怖に染まった悲鳴が上がる。
戦闘槌の打撃を食らったかと思った。突如吹いた激しい突風は、アンドリの巨体がバランスを崩すほどの風圧であった。




