第三十章
次の日から、安道はがむしゃらに稽古に打ち込んだ。
その間も、安道の成獣化は進む。竜化した際の力の使い方も、だんだんと慣れてきた。
「きっともうすぐ、休眠期が明けますね」
騎禽の世話をしながら鰐尾と亜爪が何気なく言ってきた。結局背は彼らに追いつきそうにないが、それでも見上げる角度が浅くなったことに、安道は気づいていた。踏み台がなければ届かなかった騎禽の背にも一息で上がれるようになった。
「早いよなぁ。俺らなんか二十年じゃまだまともに直立二足歩行形態にもなれないのに」
鰐尾が苦笑する。
「安道くんは特別なんです。成長速度が普通じゃありません」
「だよなー。ゆっこもめちゃくちゃ期待してるし」
安道の手が止まった。亜爪は気づかない。
「だってさ、竜との混血種なんて前代未聞だろ?」
鰐尾が、はっとした。そして亜爪に合わせるように口を開く。
「本当に、羨ましいくらいです。早くに休眠期が来ると強い成獣になれるといわれてますから。身体、辛くないですか」
決して不自然ではなかった。一瞬上りかけた話題を、関連のある話題でかぶせ、繋いでいく。
――真実を見極めろ。
安道は意を決してその話題に切り込んだ。
「身体は大丈夫です...期待、とは?」
「ゆっこもみんなもさ、このまま安道が龍乃国にいてくれたらって。そしたら竜にもきっと負けないし、もしかしたらもっと強い子供も生まれるかもしれないし――」
「亜爪。...いい匂いがしますよ。今日の昼食は君の好きな汁麵じゃないですか?」
「ほんとだ! 早く終わらせて食べに行こうぜ!」
言うや亜爪は大雑把に道具を片付けて走って行ってしまった。鰐尾も平静を装って片付けを続けるが、気まずそうに口を開いた。
「……すみません」
「何が、ですか」
安道の声は穏やかだった。だがその穏やかさが、逆に鰐尾の胸を締め付けた。
「父竜に対抗させるために、そして繁殖のために、連れてきたこと、ですか」
「……それだけ、じゃありません。決して」
鰐尾は絞り出すように言った。
「あなたは、特別なんです」
安道は小さく笑った。
「子を残せる可能性があるから。龍より強くなれる可能性があるからですか」
鰐尾は否定できず、喉の奥を詰まらせながら、それでも何とか言葉を繋ぐ。
「勇輝子たちは、本当にあなたを大切に思っているんです」
「利用価値があるから、ですよね」
「違います!」
思わず強い声が出た。
鰐尾はすぐに後悔したように目を伏せる。
「……違わない、のかもしれません。でも、それだけじゃないんです」
だがそこからどう思いを伝えたらいいのか、鰐尾には分からなかった。
その時だった。
「あたし達、君と家族になりたいんだ」
聞き慣れた声が後ろから聞こえた。
振り返ると、勇輝子が立っていた。勇輝子はいつになく真剣な顔つきだった。
「君とこの国で生きていきたいんだ。一緒に笑って遊んで楽しく過ごしていきたいんだ。あたし達みんな、君を好きだからだよ」
安道は黙って聞いていた。
「確かに、力を貸してほしいと思ってる。暴虐竜が現れたら、一緒に戦ってほしい」
勇輝子はまっすぐ続ける。
「龍乃国に、もっと龍も竜も増えてほしい。仲間が増えれば、できることも増える」
「だから貴方達は、俺をこの国に連れてきたんですね」
龍では竜に敵わない。だから竜人の自分をこの国に連れてきた。訓練をし、龍に仲間意識を芽生えさせ、手懐けた。
戦闘要員兼、繁殖要員。
彼らも、イミリーシャと同じだ。結局自分は利用されるだけの、道具なのだ。
「安道。あたし達は、仲間に、家族に、嘘はつかないよ。支配はしない。邪魔はしない。自分で決めていいんだ」
それでも、龍達は安道に秘密を持った。明かされた情報は巧みに操作され、安道が判断を下す時には自分たちの都合のよい結果になるよう、導かれていた。
「便利で強力な生物兵器としてこき使われて終わりたいならそれでもいい。前に言ったね。帰りたいなら見送るって。でもあたし達は君にここにいて欲しい」
利用されるのはここでも同じだ。どうせ使われるなら、自分の立てた誓いを守りたい。
「お許しください。イミリーシャで、戦が始まる。俺は今こそ、戻らねばなりません」
安道は勇輝子達の前に跪いた。
「長らく、大変お世話になりました。このご恩は、決して忘れません」
立ち上がってもう一度一礼し、安道は檻舎を離れた。
鰐尾が頭を下げる。
「勇輝子。ごめんなさい」
「いいよ。仕方ない。いつかは決断してもらわなくちゃいけないことだったんだ」
いつの間にか、剣江が勇輝子の傍に寄り添っていた。
「だからお前は力押しの言葉足らずだと言うのだ」
今日は本当に返す言葉がない。空を覆う雲から、雨が落ち始めた。




