第二章
アントニウスが足早に王宮正面の広場へたどり着いた時、そこにはすでに龍族が到着していた。
男女合わせて五頭の龍。
その全員が、イミリーシャのどの兵士よりもなお大きい。背丈だけでも、人の倍近い。
昇りたての朝日を受け、頭巾を外した彼らの顔の鱗が玉虫色にきらめく。額には、天へ反るように伸びた一本角。
人とは明らかに異なるその威容に、広場の空気が張りつめていた。
「出迎え、大儀である。龍乃国第二代龍皇――龍乃神勇輝子陛下にあらせられる」
先頭の男龍がそう告げると、さらにその一歩前へ出た影があった。
頭巾を外した額には、天に反り返る一本角。その姿は、その場の誰よりも――巨大、と呼べる女龍だった。
玉のように艶めく鱗板の敷き詰められた太い尾が、機嫌よさそうにゆらりと揺れている。
「陽も昇りきらぬうちの到着、許せよ。部屋を用意してくりゃるかえ。湯を使いとうほどに」
気安い声音だった。だが、その一言だけでこの場の誰もが理解する。
目の前にいるのが、大陸最強と恐れられる龍皇なのだと。
「もちろんでございます。すぐにご案内いたします」
アントニウスは踵を合わせ、深く一礼した。
「申し遅れました。イミリーシャ王国王太子、アントニウス・イミリシウスにございます。あわせて、王立近衛兵団長を拝命しております。拝謁の栄に浴し、恐悦至極に存じます」
「よいよい。楽におし。堅苦しいのは好かぬ」
龍皇勇輝子は、雷光を閉じ込めた宝玉のような黄金の瞳でアントニウスを見つめ、悪戯っぽく笑った。
「先ほどは裏手に居ったものを、わざわざ駆けてきておくれかえ」
「当然のことにございます」
アントニウスは面を上げずに答える。
やはり見られていた。官舎の鍛錬場にいたところを。
――アンドリのことも、確実に。
(どう出る?)
だが、龍皇はその件には触れなかった。代わりに、背後の騎禽たちへ目をやり、軽く顎をしゃくる。
「ささやかじゃが、祝いの品じゃ」
騎禽五羽。その巨鳥たちは、並の軍馬など比べものにならぬほど大きかった。
肉食の獣のような太い肢と鋭い鉤爪。頭の飾り羽と鋼鉄の鎧にも似た光沢を放つ色鮮やかな分厚い羽毛。
翼をたたんでなお、眼光の鋭さには竦み上がりそうになる。
「慣れぬうちは、迂闊に手を出すでないぞ。気性は穏やかじゃが、怒れば――そなたら十人で一羽抑えるのにも手こずろうほどに」
穏やかな口調で告げられたその言葉に、周囲の兵たちの喉が目に見えて鳴った。
「世話と調教は、この鰐尾にお聞き」
名を呼ばれ、一頭の若い龍が進み出る。龍の中では最も小柄だが。それでも人間から見れば充分すぎる巨体だ。
彼は柔和な笑みを浮かべ、静かに一礼した。
「早速ですが、騎禽を置ける場所を空けていただけますか。厩に馬と一緒に入れてしまいますと、馬が怯えてしまいますので」
声音は穏やかで、言葉遣いも丁寧だった。
「餌は当面の分を持参しております。十日ほどは持つはずです」
「父王に代わりまして、御礼申し上げます」
アントニウスは改めて一礼した。そして控えていた若い近衛兵へ素早く視線を送る。
「王宮裏手の放牧地を空けよ。馬は別の区画へ移せ。急げ」
使いの兵が即座に駆けていく。向かうのは壮麗なるイミリスノープル王宮。
その名は、美しさと難攻不落の堅牢さを併せ持つ城塞都市として知られている。
王宮は山上に築かれ、切り立った岩肌を土台に、白亜の城壁と尖塔が天へと伸びていた。晴れた日には、遠くの平原からでもその姿が望める。
山を縫う街道は狭く曲がりくねり、幾重もの関門、断崖と深い谷に守られ、この都を攻め落とした軍勢は未だ存在しない。
山腹には段丘状の街並みが広がり、白壁と褐色の屋根、水路と石畳が連なる。
見上げるほどの王宮であっても、人のための造りに過ぎず、龍族を迎えるには狭すぎた。
そこで用意されたのが、隣接する大聖堂である。
礼拝堂の天井は巨体の龍族ですら見上げるほど高く、石柱とステンドグラスが荘厳な光を落とす。
礼拝者用の長椅子が取り払われていた。代わりに据えられたのは、常人の三倍はあろうかという寝台や湯船、椅子に卓。もはや家具ではなく、建造物である。
「式典の会場に人が集まっています。一通り警備兵を確認しましたが、早朝に見たあの若者は見当たりませんでしたね」
「尋ねた方が早いのでは?」
「素直に答えるとは思えん」
用意された宿に腰を落ち着けると、龍達はあれこれと議論を重ねた。
一方龍皇は窓の外に目をやりながら考えをめぐらせる。
――止めてみせろ、おれを。お前に、それができるのなら。
大陸最強と謳われる自分が、唯一敗北を喫した暴虐竜。完膚無きまでに叩きのめされ、立ち上がることすらできなくなっていた自分にそう言葉を残した。
一瞬だけ姿を見せたあの子供。すぐに身を隠したが、それで十分だった。あの気配を見間違えるはずがない。
なぜ人間の国にいる。
力には目覚めているのか。
己の出自を知っているのか。
――確かめる必要がある。
ふと、空に黒雲が湧き上がる。それを見た雄龍が、静かに口を開いた。
「陛下。お心が騒ぐのは承知しておりますが、ここは穏便に」
「ふん。言われずとも」
短く応じたあと、龍皇は思いついたように女龍を呼び寄せる。耳打ちを受けた女龍は頷き、そのまま礼拝堂の扉を開けて外へ出ていったのである。




