第十六章
翌日、安道は久しぶりに礼服に袖を通した。アントニウスが詰めてくれた荷物の中にイミリーシャで着ていた服も入っていたのだが、驚いたことにすっかり寸法が合わなくなっていたのだ。まったく気が付かなかったが、ほんの数か月の間に身体が大きくなっていたのである。
牙野に伴われ碧斗に乗り、北鱗集落から手紙を持ってきてくれた龍の先導で集落を訪ねると、なんとすべての龍が礼服を着ていた。
「裸で応対するのは人間にとっては失礼にあたるらしいし、そもそも服着てないと野蛮とか思うみたいだし。この集落、たまに龍以外のお客さんも来るから、そういう時の為に一応用意してあるのよ。窮屈だけどね」
出迎えてくれた蓮空が、色鮮やかな礼服を嬉し気に見せてくれた。「よくお似合いですよ」と安藤が褒めると気恥ずかしそうにしながら笑う。
そしてはたと手を打ち、安道と牙野に何かを耳打ちした。
蓮空の企みを聞いて、牙野は呆れる。
「お前、勇輝子に振り回される我々をかわいそうだと思ってくれていたんじゃなかったのか。よくもそこまで同じような真似ができるな」
「牙くん。これは外交でしょ。舐められる前にこっちで流れ掴んどいてゆっこに繋いだ方が絶対有利になるわよ」
「この子がイミリーシャでの立場を危うくさせるような無茶を言うんじゃないぞ!」
「何言ってんのよ、むしろ安道さまさまだって下にも置かないようになるわよ。任しといて」
悪戯っぽく片目を瞑って見せ、使者の野営している場所へ向かう準備のため、蓮空は自身の騎禽を引き出しに檻舎へと向かった。その背後で牙野は諦めたように溜息をつく。
それから安道に向き直った。
「図らずも、君を大人達の政治の道具にしてしまうな」
「牙野様。俺は気にしてません。俺でお役に立つのでしたら」
牙野は少し複雑な顔をして、安道の両肩に手を置いた。
「いいか。君は非常に難しい立場に置かれている。イミリーシャも龍乃国も、君を切り札のように考えている。もしどちらについたらいいか分からなくなったら、イミリーシャの利益を最優先にするんだ。君が我々に恩を返したいと思ってくれているのはわかっているが、それはいつでもいい。今は君の主君の為だけに行動しなさい。君自身を守るために」
「牙野様。でも、俺は」
何かを言い募ろうとする安道を制し、牙野は続ける。その顔はなぜだか、少し苦し気だ。
「互いが最大の利益を得ようと駆け引きを仕掛け合う場に、情を持ち込めばつけ込まれる。迷いを見せれば信用を失う。ブレずに、自分はイミリーシャの側に立つ者だと、使者殿にも我々にも、明確に振る舞うよう心がけなさい」
自身にそこまでの利用価値があるのか、いまいち実感できない安道は戸惑いながらも頷く。
牙野も、政治の場などに立たされたことのない安道がこれより先、龍乃国とイミリーシャに、どれほど振り回されることになるか想像もできていないことを分かっていて、これ以上の言葉を伝えてやれないのがもどかしい。
龍乃国には、安道が必要だ。勇輝子は茶化したが、イミリーシャに返すべきではないと牙野自身も思っている。
だがそう言ってしまっては、この仔竜は苦しむだろう。既に多難な環境に置かれ続けて来たというのに。
「板挟みにしてしまって、すまないな」
安道は牙野の言葉に首を振る。いつの間にか安道は、牙野がこうして頭を撫でてくれるのが、何よりも好きになっていた。




