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Dragons Cry, Destined to Fly ー竜哭の彼方ー  作者: Watt A. Lee
第十三章

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第十三章

 全国の龍が集まり、自分に祝福を授けてくれる、というのでてっきりイミリーシャで信仰されている宗教の洗礼式のようなものかと思ったが、大違いであった。

 龍達は朝から皇宮の屋外広場に入ってきては屋台のようなものを立てて、菓子や料理を作り始めたのである。どこからもいい匂いがして、早くも食欲を誘う。昨夜の昼餉や夕餉も大変な騒ぎだったが、それぞれが思い思いに調理をし、それを受け取っては食べ、さらに次の屋台へ向かう様子は、まるで祭りである。

 それぞれの屋台の調理台の下ではあの青い炎が燃えている。草水を容器に溜めて運んできて、調理台の下に設置しているのだという。

 気づけば勇輝子はすでに酒を飲んでいるようだった。

 大勢の龍達が思い思いに敷物を敷いてくつろいでいるがみな、安道を見つけると笑顔になって肩をたたき、力強く手を取ってくれた。

「人間の国にいたんだってね。よく来てくれたね」

「随分早く休眠期が来たんだな。早く成獣できるのは強い竜になれるということだ」

「眠かったらすぐに横になるんだよ。いっぱい寝て早く大きくおなり」

 北鱗集落でのように、代わる代わる声をかけてくれ、笑顔を向けてくれ、料理を勧めてくれる。

 イミリーシャにいた時はほとんど飲むことのなかった酒も、味わってみた。鼻に抜ける心地よい香りや身体を巡る酩酊感が新鮮である。素直に美味しいと思った。

「酒を気に入ったことは勇輝子に言わない方がいいぞ。ダル絡みされると面倒だ」

 そう言ったのは牙野だった。彼が指した方向を見ると勇輝子は機嫌よさげに天角と取っ組み合っている。昨日滞在した北鱗集落の蓮空達も周りで囃し立てている。お互いの身体を掴み合い、足技を掛け合い、拳や蹴りが飛び、更に盛り上がったのか勇輝子と天角は龍に変身した。

 蒼天を裂くように絡み合い、尾を絡め、牙を打ち鳴らし、互いを追い回す。

「ちょ、天角!ズルイって!龍皇に不敬じゃん!」

「どの口が言ってんの! そっちが先に尻尾引っ張ったのよねえ!」

 次の瞬間、空気が震えた。

 黒雲が湧き上がり、雷鳴が腹の底を揺らす。

 すると周囲ではてきぱきと傘が広げられ、屋台には覆いがかけられていく。

「安道殿。濡れますぞ。お入りなされ」

 声をかけてくれたのはやはり上機嫌な表情の剣江だった。剣江は広場を囲む渡り廊下の張り出し屋根の下に鰐尾や亜爪と食べ物を広げていた。安道が屋根の下にたどり着くかつかないかのうちに大粒の雨が落ちてきて、稲光が走り、豪雨が叩きつけるが、周囲ではそんなこともお構いなしに宴会が続いている。

「こんなに急な天気の変化なのに、誰も動じないんですね」

「勇輝子の機嫌をいちいち気にしとっても追っつきませんのでな」

 全員が龍なので、その龍が引き起こす様々な現象に慣れきっている様子である。

 やがて勇輝子と天角は大空から落下して広場の真ん中にめり込んだ。轟音と土煙が上がり、屋台がいくつかつぶれたが、みな大笑いしているだけである。

 腹を抱えて笑い転げる二頭の龍も変身を解いて起き上がった。

「ねぇー爪折れたんだけど!」

「爪ヤスリあるわよ。爪紅も塗っとく?」

 空が落ち着きを取り戻し、雲が流れていく。

 早朝から始まったはずの祭りの場を夕陽が、黄金に染めていた。

 はっと気づく。その空に、ゆっくりと七色の弧がかかったのだった。

 安道は、息を忘れた。

 虹。

 イミリーシャでは、ほとんど目にしたことがない。少なくともこれほど大きな半円は滅多に現れない。

 赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。

 雨の粒ひとつひとつが光を抱え、世界全体が淡く輝いている。

 勇輝子たちの笑い声。湿った土の匂い。海から吹き上げる温い風。

 そのすべてが虹の下で溶け合い、ひとつの景色になる。

 あまりにも美しくて、胸が締めつけられる。

 言葉が、出ない。

 夕焼けの空に虹が淡くほどけていってしまっても宴はまだ終わらない。

 火が焚かれ、酒が追加され、誰かが歌い出す。

 笑い声は夜へと移り、月が昇り、やがて傾く。

 不思議なことに、眠気も疲れもない。イミリーシャでは四六時中まとわりついていた重い倦怠を、ここでは一切感じない。

 安道も声を上げて笑い、盃を掲げ、最後の一頭が飲み潰れるまで輪の中にいた。

 暖かい空気に、穏やかでおおらかな国民達。美しい景色においしい食べ物。イミリーシャには、ないものばかりである。

 この国の一員になることは、安道にはきっとできない。それでも、この国を知ることができ、訪れることができた自分を、誰よりも幸運だと思った。

 夜空には、先ほどの虹の名残のように、星が瞬いていた。

 ——この光景を、自分は一生、忘れないだろう。


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