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Dragons Cry, Destined to Fly ー竜哭の彼方ー  作者: Watt A. Lee
第十二章

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第十二章

 勇輝子は続けて、数えきれないほどの居室を見せてくれ、そのうちの一つを安道にあてがってくれた。もっとも日当たりが良く、庭に面した大きな部屋で美しい龍の絵を描いた金の襖が見事だが、どう見ても身分の高い者のための貴賓室である。

「勇輝子様。俺は一兵卒に過ぎません。これほどの部屋、さすがに身に余ります」

 勇輝子は首をかしげる。

「え、気に入らない? じゃ先代龍皇が使ってた部屋にする? あたしの部屋の向かいだよ」

「そうではなくて!」

 安道は慌てて声をあげる。

「もう少し、小さくて質素な部屋をお借りできませんか」

「えー? 今見てきたでしょ。うち、どこもこんなもんなんだけど」

 さらりと言われ、安道は言葉を失いかけるが、ここで負けるわけにはいかない。

「そもそも皇宮の中でなくていいんです! 町家とか下宿とか」

 そこへ、後ろから剣江が穏やかに口を挟んだ。

「安道殿。休眠期を迎える者は、我ら龍族にとって何をおいても優先すべき大切な存在です」

 可笑しそうに笑みをたたえた静かな声だが、目がきらりと光る。

「龍族の出生はきわめて少なく、数百年に一度、新しい世代が生まれるかどうか。ゆえに休眠期は、最も安全で快適な場所で心安らかに過ごしていただきたいのです」

 剣江は微笑みを絶やさぬまま続ける。

「ここなら私の部屋もすぐそば。何かあればすぐに駆けつけられます。お望み通りの部屋をご用意できず、心苦しいのですが——どうかお許し下さらんか」

 そこまで丁重に言われては、もはや固辞は無礼だ。降参するほかない。

 だが胸の奥が、どうにも落ち着かない。龍達には初めてあった時から、ずっと丸め込まれ続けている気がする。

 なぜ自分はこれほどに厚くもてなされているのだろうか。

 そんな安道の困惑をよそに、勇輝子は楽しみがこらえきれないといった様子で笑顔を弾けさせた。

「今日は疲れてると思うからゆっくり休んで。んで明日は」

「は!」

 どんな任務や役目をを与えられようとも全うしてみせると意気込みも顕に踵を合わせて姿勢を正したが、続いた言葉はまたしても想像を超えていた。

「休眠期入りのお祝いするから。国中の龍が全部皇宮に来るから仲良くしてね」

「は?」

 理解できず剣江と牙野に助けを求めると剣江は優しげに頷く。

「数百年に一度しか子供が生まれないので、子供が生まれた時や休眠期入りした者、休眠期が明けた者があれば、どこの集落だろうと全国の龍から祝福を受けるのです。また普段は離れた集落に住む者同士の交流の場ともなるので、これを機に様々な龍と親交を結んで下され」

 結んで下されと言われても、そもそも根本的な疑問が解消されていない。これだけは何としてもはっきりさせておかなければならない。

「勇輝子様、牙野様、剣江様。そもそも俺は龍族ではない近縁種だと仰いました。暴虐竜の鱗を分けた者だとも。その俺に、なぜこうまでしてくださるのですか」

 竜と龍は種が違うようである。しかも暴虐竜の血族だという。おとぎ話が真実であるとは想像しがたいが、もしそうなら自分は世界に破滅の炎をもたらそうとした怪物の血を引いていることになる。

 その自分をなぜこれほどまでに厚遇するのか。なぜ龍族達は、自分を歓迎してくれるのか。

 勇輝子と牙野は一瞬互いの顔を見合わせた。剣江は黙ったまま安道の言葉に耳を傾けている。

「ごめん。あの言葉、気にした? 気にするよねそりゃ」

「龍ではなくても竜は近縁種。君は我々の新しい大事な家族だ。いつでも待ち望まれる次の世代なんだよ」

 牙野の言葉に、安道は情けない顔で首を振る。

「でも俺はイミリーシャの臣民であり、イミリーシャ近衛兵団員です。家族と仰って頂いて心の底から嬉しいのですが、それでも俺が忠誠を誓っているのはイミリーシャ王国なんです」

 自分で言っていて泣きそうになる。アレクシオス王は自分を生物兵器だと言った。近衛騎士団でも、自分が率いる重装歩兵第一小隊員ですら、異形の自分を仲間と認めていないと知っている。

 頭をよぎるのは、半分血を分けた実の兄だ。

 大丈夫だ。

 アンドリが眠り込んでしまっている間にアントニウスが準備して渡してくれたというアンドリの荷物は、夏だというのに冬服や防寒用品ばかりだった。

 自分が寒さに弱いと知っていてくれたのだろう。

 彼が近衛兵団長であり、いずれ王位を継ぐことが決まっている王太子であるならば、自分のこの命は最後の一片まで、彼に捧げると誓っているのだ。

 これほどまでに自分を望んでくれ、理解してくれる龍達を、こんなにも居心地のよい豊かな国を、受け入れることが出来ない。その事が何よりも辛い。

 「俺は……」

 喉が閉じる。腕に絡んでいた鎖を外すことは簡単だったが、安道の心臓に絡み付く錆びた鎖は硬く凝り固まって引きちぎれない。

「……俺は、こんなふうにして頂いても、お返しできるものを、何も持ち合わせておりません……」

 絞り出した声は、砂のように乾いていた。

 強い陽射しの庭。白い砂が光を弾き、池の水面が揺れている。遠くで艶やかな花が風に揺れる。

 その色彩の中で、安道だけが影を落としている。

 勇輝子はそれを少しの間見つめ、一歩だけ近づく。だが安道が身を固くしたのに気づいて、歩を止めた。

「安道さ。あたし達と旅してきて、どうだった?」

「え....」

「あたし達、馴れ馴れしくて鬱陶しい? デカくて怖い? それとも無理やり国から連れ出されて、憎い?」

「そのようなこと、思い至るはずもございません!」

 勇輝子の声がやわらぐ。

「じゃあさ、あたし達との旅、楽しんでくれた?」

 安道は、声を震わせて絞り出すように答える。

「......この時間が、ずっと続けばと願ってしまいました。お許しください」

 勇輝子は笑って、軽やかに続ける。

「楽しいって、居心地いいって思ってくれたんだね」

 安道ははっとする。胸の奥を、そっと触れられた気がした。

「あたし達も同じだよ。安道と出会えて、心から嬉しいの。一緒に過ごしてて、とっても楽しいの」

 勇輝子は大きな身体を屈め、ゆっくりと安道の額に自分の角を触れさせた。

 安道の肩がわずかに震える。

「これでも、一応ね。君の気持ち、わかってるつもりなんだよ。君があのしょぼい鎖に大人しく繋がれてるのを見た時から」

 安道は、こみ上げるものを必死に飲み込む。

 龍たちの厚意を受け取ってしまえば、自ら立てた誓いへの裏切りになる気がして。

 勇輝子の語調が、少しだけ沈む。

「できることなら、君をあの国には返したくない。どう見ても君が生きていける場所じゃない。でも仕方ない。どうしても帰りたいなら」

 剣江も頷いて言い添える。

「龍も竜も、誰にも縛られはしません。たとえ同胞であっても支配することなどできません。我らの同胞を、かの寒い国へお返しするのは身を切られるように辛いことですが——貴方がそう決意しておられるのなら、邪魔立ては致しません」

「ま、全力で説得はするし、懐柔も図るけどね」

「その言いようではだいぶ支配しようとしとる。お前はもう黙っとれ。全て台無しだわ」

 咳払いをして剣江が続けた。茶目っ気を覗かせるように芝居がかったしぐさで首を振り、わざとらしく大きなため息をつく。

「どうもこのじゃじゃ馬めは力押しばかりで言葉に配慮が足りません。すべては相談役たる私の不徳の致すところでございます」

「ああもう、なんとでも言えやコンチクショウ」

 勇輝子のぼやきに安道は、思わず笑ってしまった。それを見て、勇輝子も剣江もほっとしたように笑う。

 牙野がその大きな手を、そっと安道の肩に置く。

「どうか忘れないでくれ。我々は君に、いつまでだってここにいてほしい。そして、いつでもここに帰ってきてほしい。みんな、君を好きなんだよ」

 牙野の言葉に安道は思わず息を呑む。初めて出会った時から変わらずに向け続けてくれる優しい眼をしていた。

 これほどまっすぐな言葉を、向けられるとは思っていなかった。条件もなく、ただ——好きだと。

 感じたことのない、なんと呼んだらよいのかもわからないような感情が、ぽたりと床に落ちる。慌てて拭おうとするが、次から次へと視界が滲む。

 あとからあとから雫がほとばしり、止めようとしても、止まらない。

 冷たい雪嵐の吹き荒ぶ急峻な冬の断崖で、血の滲むほどに拳を固めて独り、立ち尽くしてきた。

 そこに今、やわらかな風が吹く。濃い花の香りを含んだ、南国のあたたかな夏の風。振り返って現れるのは、美しい砂浜と目をすぼめるほどに眩しい、青い海。

 子供のように顔をぐしゃぐしゃにしている安道を、勇輝子も牙野も、剣江も笑わない。

 肩に置かれた牙野の手が、身体を引き寄せてくれる。反対側には勇輝子が立ち、同じように肩を抱いてくれた。

 剣江がひっそりと笑う。

「まずは身体を労わりましょう。休眠期の間も、眠くなければできることはいくらでもあります。書庫も学問所もご自由にお使いなされ。お国のために役立ちそうなものを、いくらでも持ち帰るがよろしい」

「あの王様は正直頼りないけどさ。イミリーシャと国交結ぶのも悪くないかなって思ってたんだよね。いい温泉も見つけたし。よかったら協力してよ。今のうちに売れる恩はいっぱい売ったる」

 あまりにあっけらかんとした言い方に、思わず吹き出してしまう。

 掌で顔を拭うと、安道は晴れやかな笑みを見せた。今一度踵を合わせ、姿勢を正して龍たちに正対する。

「衷心より感謝申し上げます。俺の忠誠はイミリーシャにあります。この身一つのほかに何も持ち合わせませんが、龍乃国の皆様より賜りました御厚情、この身をもって必ずや報いることを、ここにお誓い申し上げます」

 やがて厨房から、食欲を誘う香りとともに昼餉の支度が整ったと声がかかった。

 先ほど騎禽が降り立った庭には、いつの間にか皇宮中の龍たちが集まっている。

 敷物が芝の上にいくつも広げられ、誰もが好きな場所に腰を下ろし、皿を回し、笑いながら食事を始めていた。

 安道が礼を述べるたびに新しい料理が差し出され、皿は空になる暇がない。

 勇輝子は料理長のすさまじい殺気もものともせず隣の輪から平然と料理を奪っては、何事もなかった顔で別の皿に手を伸ばしている。

 食事が終わるや否や、勇輝子の「次はお風呂!」の一声で大勢が大浴場へ流れ込んだ。

 安道はその日、生まれて初めて水に浮いた。

「力抜け。大丈夫だって沈まないから」

 亜爪に支えられながら恐る恐る身体を預けると、本当に水が抱きとめてくる。

 感動したのもつかの間、勇輝子が盛大に跳ね上げた水しぶきが顔に直撃した。

 天角の笑い声がけらけらと響く。

 鰐尾が「水分は十分に摂って下さいね」と何度も水差しを差し出してくれる。

 気づけば湯殿には他にも大勢の龍がいて宴会の続きような騒ぎだった。

 何度も牙野が現れては「いい加減に上がれ」と低く言い渡すが、誰ひとり従わない。

 ついに剣江がやってきて、呆れた声で告げた。

「夕餉の時間になってしまいましたぞ」

 その一言で、全員が顔を見合わせた。

 ——もう腹が減っている。

 さすがに遊びすぎたと安道は反省したが、亜爪が肩を叩く。

「明日はもっと深く潜るやり方教えるからな」

 その夜。

 与えられた部屋の広さには、まだ落ち着かないが、開け放たれた寝間に流れ込んでくる潮の香りや、寄せては返す波音、庭を渡る暖かな風、身体を沈める布団の柔らかさは天にも登るような心地であった。

 目を閉じた瞬間、意識は抗う間もなく沈んだ。


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