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Dragons Cry, Destined to Fly ー竜哭の彼方ー  作者: Watt A. Lee
第十一章

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第十一章

 診察を終えると、勇輝子達は皇宮内を案内してくれた。

 一度本殿を出て屋根付きの渡り廊下を進み、まず訪れたのは書庫だった。

 壁一面に積み上がる書架は身体の大きな龍にしても見上げるほどで、二階分の高さがあり、梯子がかかっている。革装の巻物、金具で綴じられた分厚い書物などがきっちりと並べられていた。

 続き間になっている学問所には、壁に天体図が描かれてる。龍たちが床に直に敷かれた座布団の上に座って、星図を囲んで議論していた。

 安道が驚いたのは部屋の一角に広げられた大陸の地図だった。山脈は峰ごとの高さの違いまで陰影で描き分けられている。川は太さを変えながら流路を正確に辿り、分流や合流の位置まで細かい。海岸線は入り江の形まで克明で、潮の流れを示す矢印が沖へと伸びている。

 見覚えのあるイミリーシャの国土も、そこにあった。王都の位置。アグニア山の噴火口。東西南北へ延びる交易路。演習で通った谷の曲がり角まで、正確に記されている。

 安道は息をするのも忘れ地図に見入った。

 イミリーシャでも地図は作成されている。戦を仕掛けるにも、敵の侵攻に備えるにも、地形を正確に把握していることは戦略上きわめて重要だからだ。

 王都守護を最重要任務とする近衛兵団でも、地図は用いられていた。だがそれらは、街道や街、各地の騎士団が拠点とする砦などを結ぶ線が主で、山や森は大まかに記号で記されているに過ぎなかった。地を歩いて集めた情報をもとに作ってあるのだから当然だ。

「……こんな精密な地図、すごいです」

 思わず口をついて出る。剣江は、くすりと笑った。

「我らは飛びますからな」

 それだけ言って、少し丸まった地図の端を押さえてくれる。

  ——そうか。この地図は、空から見下ろした視点で描かれているのだ。 彼らは空から、この地のすべてをひと続きの地形として把握しているのか。 尾根の連なり、谷の奥まった地形や、人がほとんど足を踏み入れぬ湿地の広がりまでも、曖昧さがない。

 山脈の抜け道。河川の本当の流れや深さ。海流の向き。

 安道の胸が高鳴る。戦略も、交易も、領土防衛も—— イミリーシャにこの知識を伝えることができれば、どれほどの助けになるだろう。

 地図に夢中になっている安道に、牙野が苦笑して声をかけてくれる。

「あとで好きなだけ見ていいから、おいで」

 勇輝子が「こっち」と屋根付きの渡り廊下を進んでいく。案内されたのは、羽毛と乾いた木の匂いが漂う見上げる程の騎禽の檻舎だった。本殿よりも更に巨大な建造物で、屋根はない。むき出しの地面に、太い柱が何本も打ち込まれ、その上から丈夫な網が空へ向かって張り巡らされている。

 檻の内部の地面から見上げるような大木が何本も生えている。あの巨大な鳥が何羽も翼を大きく広げて枝から枝へと飛び回っているのに、さらに余裕がある。

 また網と檻を支える柱と柱のあいだに、自然のままの太い丸太が梁の様に渡されている。太さは一本ごとに違い、表面の凹凸も削り取られていない。

 止まり木は高さを変えて幾層にも配置され、短い滑空ができる間隔で組まれている。翼を畳み、跳び、また広げる。その一連の動作が無理なく繰り返せる。

 陽の当たる側と陰になる側がはっきり分かれており、騎禽は自ら場所を選べる。

 床の一角には浅い水盤。また、さらに目を引いたのは餌の与え方だった。

 肉が大きな塊のまま置かれている。騎禽の一羽が爪で肉を押さえ、くちばしで裂いていた。

 吊り下げられた革片や木片もある。鳥達の本能を発散できる遊具などだという。

 安道は歩きながら、ひとつひとつ目で測った。

 止まり木の高さ。

 間隔。

 排水溝の傾斜。

 これはイミリーシャの騎禽に、早急に整えてやらねばならない設備だ。

 梁を高く取り、止まり木を多層に組み、風の通り道を計算し、ただしイミリーシャの冬も乗り切れる温かさを保てるような、騎禽にもっとも適した構造を設計しなくては。

 またしても夢中になっている安道の顔を、勇輝子が横から覗き込む。

「目が職人みたいになってるよ」

 安道は我に返り、わずかに咳払いをした。

「……失礼致しました。学ぶことが多いと感じ入っていただけです」

 装った態度とは裏腹に、胸の奥の鼓動は高まる一方である。

 檻舎のその先は、すぐ浜になっていた。

 砂浜は広く、遮るものがない。海から吹く風が、檻を囲む網をかすかに震わせている。

 上空では、龍の姿をした者が悠然と旋回している。長い胴が鞭のようにしなる。

 今、砂浜の上では直立二足歩行形態の龍が騎禽に跨り、まさに翼を開いたところだった。

 砂を巻き上げ、海上へ滑り出し、波面すれすれの位置から上昇気流をとらえて一気に高度をあげる。

 それは遊びのようだった。笑い声も混じる。

 だが動きは針の穴を通すように正確で無駄がない。

 上空の龍が降下する瞬間、複数の騎禽が死角へ回り込み、龍を包囲しようとしている。

 龍が、ほとんど失速寸前の角度から急反転し、騎禽達を振り切った。

 騎禽に乗る龍たちが歓声を上げる。騎禽も楽しげに鳴く。

 浜から本殿へ戻ると、勇輝子は先程とは反対側、奥の方へと回廊をうきうきと進んだ。鼻をくすぐるいい匂いが漂ってくる。

 甘辛く煮詰めた醤の香り、炙った魚の香ばしさ、出汁の湯気が混じり合い、腹の奥を刺激する。

「ここが厨房。食事はいつもみんなで庭なの。雨が降ったらこっちの大広間に来てね。今日のお昼、ちょっと味見さしてもらお」

 厨房の入り口をくぐると、広い土間に大きな竈がいくつも並び、銅の鍋がぐらぐらと湯気を立てていた。

 長い卓には刻まれた野菜、捌かれた魚、香草の束。壁に作りつけられた棚には調味料がぎっしりと詰まっている。

 何頭もの龍が手際よく調理に働いている。が、調理をしていた一頭が一行に気付いたその瞬間。

「ゆっきーが帰って来た!」

 一声で空気が変わった。また歓迎の輪が作られるのかと思いきや。

 鍋の蓋が閉まり、皿が奥へ引っ込められ、串が別の部屋へと移動させられたのである。

 厳しい訓練を繰り返してきた軍隊のような素早さで厨房一同、強固な防衛線を張ったのだった。

 勇輝子は目を見開き、両手を広げて盛大に料理長にぼやいた。

「うそでしょ。帰ってきた龍皇への対応がこれ?」

「黙れ食いしん坊。今度味見と言って一鍋空にするような真似をしたら、三日飯を抜くからそう思え」

 そんなことしたんですか勇輝子様。

 アグニア山での野営を思い出し、安道は思わず口元を押さえてあらぬ方向を向いた。

 結局、勇輝子は牙野に引きずられるように厨房を出た。

「しょうがない。あたしの分、大盛にしてよね!」

 ぶつぶつ言いながら次へ向かう。

 案内されたのは湯殿だった。北鱗集落の共同浴場よりさらに大規模で、湯船は池と言っても差し支えない大きさだ。縁に手をかければ、向こう側が遠く感じる。一角から絶え間なく湯が注がれ、表面が柔らかく波打って湯の反射光がゆらゆらと揺れていた。

 海に向かって大きな開口部があり、浜に降りることもできるようになっている。潮風が直接流れ込み、湯気が空に昇っていく。

「……本当に、泳げますね」

 思わず呟く。勇輝子は胸を張る。

「でしょー。うちも大浴場は一日中いつでも開けてるから、好きな時に好きなだけ使ってね」

 安道は、ただ圧倒されていた。

 この国は、本当になんと豊かなのか。海と太陽がその恩恵を惜しげもなく与えてくれる。

 そのうちの一つでもイミリーシャにあったら、民の暮らしはどれほど楽になるだろうかと、思いを馳せずにいられない。



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