見たい笑顔
― ダム ダム ―
体育館に響くバスケットボールの音。
それに混ざる歓声と拍手。
熱気のこもった体育館はまさに最高の盛り上がりをみせている。
7月15日。
あたしの通う学校は球技祭で大盛り上がりだ。
期末試験も終わって、後は夏休みを迎えるだけと言う学校に、
一学期最後のビッグイベントの球技祭。
テストの点なんて今更知ったことかとほぼ全生徒が熱狂する。
「春!! パスッ!!」
「はい!!」
敵のディフェンスを潜り抜けて味方にパス。
パスした相手は学年でもバスケ部期待のエースだ。
華麗なドリブルさばきで一気にゴール下へ潜り込むとシュート!
「ナイショッ!!」
あたしは大声を出して彼女のプレーを称える。
そこで試合終了の笛が鳴り、
あたしのクラスは1年生ながらも準決勝まで進んだ。
「春お疲れー!!」
ポンとタオルを頭から掛けられて、振り向くとそこには親友のカナがいた。
ジャージ姿だろうとこの子は本当に綺麗だ。
まさに日本美人と言った容姿に女のあたしですら見とれる。
いつもはおろしてる長い黒髪を今日は綺麗にお団子にしてまとめてる。
「ありがと。」
「いや~運動神経抜群の春からしたら球技祭なんて最高の独壇場だね。」
「へへ・・・まぁ単に運動しか取り柄のない子ですから。」
「またまたぁ~。運動音痴なあたしからしたら羨ましいよ。
次は準決勝だね! みんな期待してるから頑張ってね!!」
「まかせて! あれ、そう言えばそろそろ・・・」
「うん。今から応援に行って来るね!!」
男子に向ければ一殺。
親友のあたしが見ても思わず胸がキュンとするような笑顔を向けてカナは、
現在片思い中の男の子の元へと走って行った。
あんな美人のカナに想われるなんて羨ましい男だ・・・・。
「何ホワホワした顔してんだよ!」
ぺシッといい音をだしてあたしは頭を後ろからひっぱたかれた。
「いったぁー!!」
と叩かれた頭を押さえながら振り向くと、そこには同じクラスの一ノ瀬陸が立っていた。
同じ体育委員でサッカー部の陸は、
高校から知り合った友達なんだけど凄く話が合う。
男女分け隔てなく接する陸はみんなから慕われていて、
陸と同じ中学だった子とかの中には結構ファンが多いらしい・・・・
そんな話をカナから前に聞いて、
まぁでもそうだろうな・・・・と普通に納得できたりもした。
顔も格好良いし、サッカーも上手い。
いつも上手くみんなを盛り上げて、クラスに必ず一人はいるまとめ役。
そして何より凄く優しい。
よくクラスのみんなのことを見ていて、今回の球技祭でもスポーツが苦手な子にも率先して練習に付き合ってたり、声をかけたり・・・
本当に尊敬する。
「春お前バスケも上手いのな!! さっきのはナイスパスだったよ。」
「まぁ~ね。次は準決勝だし、クラスのみんなも期待してるから負けられないよ。」
「そうだなぁー・・・・。あ、春さ、ちょっと体育委員でこれから取りに行かなきゃ行けない物があるか ら一緒に来てくんない??」
「えーーー・・・今あたし試合終わったばっかで疲れてるんだけど・・・。」
「知りません。いいから早く。」
ブーブー言うあたしの手を掴むと無理やり陸はあたしを体育館の外へと連れ出した。
渡り廊下に出ると夏の爽やかな風が凄く気持ちいい。
体育館からは次の試合が始まったようで、大きな歓声が漏れ聞こえてくる。
渡り廊下を渡って薄暗い校舎に入る。
グラウンドや体育館に生徒が集まっている分校舎の中はビックリするぐらい静かだ。
すると陸は掴んでいたあたしの手を離すと、
いきなりあたしの前にしゃがんで背を向ける。
「ん。」
「はい!?」
あたしは無言で差し出される陸の大きな背中をまじまじと見つめてしまう。
一体これは・・・・・。
「だから早く乗れよ。」
「何でよ!?
体育委員で取りに行くものがあって何で陸におんぶされなきゃいけないの?」
「足、挫いてんだろ。」
「え・・・・。」
思わずドキッとした。
誰にも気づかれてないと思っていたのに何で・・・
「さっきの試合でヘンなこけ方してたろ。
最初は普通の顔して立ったから大丈夫なのかと思ってたけど、試合中ずっと辛そうな顔してっから。
とりあえず早く保健室に行ったほうが良い。」
「いやでも別にそんなたいしたことじゃ・・・」
「たいしたこととか言うなよ! 怪我してんだぞ?」
ぐっと真剣な目で見つめられて思わず言葉を奪われた。
陸は時々凄く真剣な目をして相手を見る。
それは決まって誰かを心配してたり、陸自身の言葉に曲げられない意志を乗せるときだ。
そんな目を近くにいて見かけることはあっても、
自分自身が真っ向から受け止めたことなんてなくて、
あたしは思わず射すくめられてパッと顔を下に向けた。
「意地でも乗らねーって言うなら、俺だって意地でも保健室連れてくからな。」
「え? ちょっ!! 陸!!!!」
誰も居ない校舎にあたしの大声が響き渡る。
何をするかと思えば陸は屈みこむとあたしをいきなり前に抱え込んだ。
少女漫画でよく見るお姫様抱っこってやつかこれは!?
とか思った瞬間あたしは顔から本気で火が出るんじゃないかと思うほど顔が熱くなった。
「やだ! ちょっと陸降ろして!! 分かった! 保健室行く!
行くから!! せめておんぶに変えて!!」
「やだ、もうめんどい。」
「いやほんとに勘弁してよ!! こんなの人に見られたら恥ずかしい・・・」
「へー恥ずかしいんだ。じゃあ余計に降ろさない。
さっさと春が俺におぶられてればいいんだよ。」
ジタバタするも後の祭りで、陸は楽しそうに歩いていく。
あたしも完全に折れて運ばれるがままになる。
せめて少しでも運びやすい物に成り変わろう・・・
「春軽いのなー。ぜんっぜん重くない。」
「勝手に持ち上げといてこれで重いとか言ったら殴る・・・」
「はは、そらそーだわ。女の子に対してこれは失礼しました。」
おどけて笑う陸の顔をあたしは見上げられない。
ギュッと握った自分の拳をじっと見つめる。
手の平は汗でびっしょりだ。
てろてろしたサッカーのユニフォームを着た陸から伝わる熱。
このユニフォームは、こんなにも熱を通すものなのだろうか・・・・
自分の体温が上がってるだけなのか、
これが陸の普通の体温なのか。
ひんやりとした校舎内の温度をこの時季に、
ここまで憎いと思ったことは今まで一度もなかった。
「よし、これでテーピング完了。ちょっと立ってみ?」
無理矢理保健室に連れてこられて、行ってみれば保険の先生は何処かに行っていなかった。
緊張覚めやらぬ中、しょうがないから俺がテーピングするよと言う展開になってあたしは完全に頭が真っ白になった。
いつも軽いボディタッチはなんの気なしにしてるのに、
何故か今ここにきてあたしがここまで緊張してる意味もよく分からないまま、
器用に慣れた手つきで陸はあたしにテーピングしてくれた。
男の子にしてはむかつくぐらいに綺麗な指で陸はテーピングしながら、
俺もよく自分の足テーピングするからさぁ、と話してくれた。
「どう? 少しはましになった??」
「うん・・・って言うか全然痛み感じない!」
「そっか、でもテーピングつってもそれは応急処置だから。
絶対無理しないこと。いいな?」
「はい・・・。」
スポーツ経験のあるあたしにも陸の言ってることはよくわかるので素直に頷く。
でもこれで次の準決勝はきっとなんとかいけるだろう。
「ほんと、すぐ無理するよな、春は。」
「え?」
「クラス中が期待してるから、足挫いてたこともあえて言わなかったんだろ?
そうやってすぐ無理する。
この前の部活の練習試合だって、お前転んで膝怪我したのに意地張ってやり通したって聞いたぞ。」
何でそんなことまで知ってるのやら・・・
それでもあたしは食いついた。
「だって・・・せっかく一年生の中でも準決勝にせっかく進めたのにさ、
それにあたしが出なかったら一体誰が出るって言うの??」
「プッ・・・そらそーだ!!」
バシッと陸に肩をどつかれて、あたしと陸は目を合わせて笑った。
いつもの調子に戻る。
体の体温もいつもの調子に戻っていく。
「あ、そろそろ俺時間だから行かないと。春も無理しない程度に頑張れよ!」
「あれ、体育委員の仕事は?」
保健室から慌しく出て行こうとする陸に慌ててあたしは声を掛ける。
すると陸はドアに手をかけながら肩越しに振り向いて、
「あーあれは春を連れ出す口実。そうでも言わないとお前、体育館から出てこないだろ。
みんなにもばれたくないみたいだったし。
強がんのもいいけど、絶対俺には無理して強がんなよ。しっかり見ててやっから。」
きゅっと、少しだけ眉根を寄せて笑う笑顔。
いつもの笑顔と少し違う、急に大人びた笑顔。
ガラッとドアを開けて駆け出していく陸。
一人保健室に残されて、気づくとあたしの体温はまた上がっていた。
今の・・・
今の大人びた笑顔をまた、見てみたい。
蝉がうるさく鳴く外に、大きな入道雲が出来ている。
夏休みはもう、すぐだ。