本能寺
はっ!? 気を抜いたら周りの景色が変わった。こ、ここはどこだ? どうやら何かの屋敷らしき建物の中庭に私はいるようだ。外の様子はここからは見えないが、何やら異様な気配が漂うのを感じる。
歓声のような轟音のような人らしき声が外から入って来る。何か言葉を大勢が叫んでいるようだった。
意識を集中して耳を澄ます。
「信長を討て。信長だ。火を掛けろ」
はっ!? 信長だって? いや、ここはどこなんだ? 信長…え!? あの信長なのかというか、織田信長の信長? いやいや、待てよ? いや、頭が混乱するばかりでまとまらない。
ヒュン
何かが飛んで来て、近くの屋敷の柱に刺さったので、良く見ると、というかそこまでも見る必要も無く、飛んで刺さったのは火矢だった。
えっ!? これは何かヤバいんじゃないのか? 火矢は次々に飛んで来て、柱だけではなく、屋根や床…床は良く見ると板の間で、そこにある襖を火矢から逃げるように開けると、中は室内は畳敷きの和室だった。
ヒュン ヒュン ヒュン
火矢の勢いは止まらない。このままでは丸焼きになるぞ、私が。逃げなければ。急げ。
外からは歓声が迫って来る。
急げ。逃げろ。逃げろと自分に言い聞かせ、室内へ逃げるように駆け出した。
奥へ奥へ。逃げろ逃げろ。急げ急げ。
火矢と歓声から逃げるように奥へ進むと、一人の男が上半身を脱いで日本刀らしきものを構えて…いた。
「何者ぞ!」
男が叱責するように私に言い放った。
火の勢いが激しく、いよいよ私の周りは炎で包まれる。
「わ、私は…」言い淀んでいると、
「明智の者ではないな?」
「は、はい、まあ、違います」
「ふっ、実に面白い。今生の最後にお主のような者に出会うとな。愉快じゃ」
男は高笑い始める。
ちょっと待て。私の予想が正しければ、この男は『織田信長』で、ここは『本能寺』だ。
「おい、ちょっと待てよ」
私の口から昔のトレンディドラマのキムタクの台詞が出る。
「も、もしかして、織田信長様ですか?」
聞くのも恐ろしい。あの信長にこんな風に聞くなんて。
「おう、織田信長である」
あああああ、やっぱり、ここは本能寺だった。で、今は本能寺の変の真っ最中で、えっ!? 私も信長の巻き沿いをくらって死ぬのか? い、嫌だ。まだ死にたくない。嫌だ。
炎に包まれようとしている男、信長が何やら唄い始めた。
「人間ごじゅうねん~下天の内をくらぶれば~夢幻の如くなり~」
あ、やっぱりそれを唄うのか? ええっ!? もうダメじゃん。
炎がいよいよ勢いを増し、包まれる。屋根は落ちて…崩れ落ちようとしている。
ああ、ダメだ。私もここまでか。信長と一緒の最後か。短い人生だったな。
景色が変わった。
「ここは…」
この匂いは…珈琲の香りだ。そうだ。私は当時本能寺の建っていた跡を訪れようとして、近くの喫茶店に入ったのだった。そして、店内でうつらうつらと寝落ちしてしまったらしい。周りを見ると、地元の人ではなく、観光客らしき人の姿があった。
『夢オチ』というやつか。我ながらなさけない。変な夢を見てしまったようだ。まあ、いいか。織田信長所縁の地にて、信長に出会う夢を見たのだ。
そうだった。私は車で京都まで来て、市内のビジネスホテルに宿を取っていた。某公共テレビの大河ドラマで織田信長が(主役ではない)出ているので、一度、信長の最後の地を訪ねてみようとしたのだ。
ホテルに荷物を置くと、地下鉄烏丸線「烏丸御池駅」から徒歩近くの本能寺の跡を目指し、休憩と空腹を満たすために近くの喫茶店に入った。
「実に面白い」
これは、福山雅治演じる、ドラマ『ガリレオ』シリーズの湯川准教授の台詞か。後に准教授から教授になるのだが、それはどうでもいいのか。
「天国で安らかに」
私は、本能寺の跡地にそっと一輪の花を供えて、その場を後にした。
まあ、あれだけ多くの人を殺めたのだから、織田信長が天国へ行けるとは限らないのであるがな。




