8話「飛び込み」
肌寒い気温が続くなかで、平日は校庭のグラウンドか学校の周りの走り込みを中心に行いながら水泳部員一人一人の体力向上に努めていった。
土曜、日曜も同じ練習内容なのかといえば、それは違う。
寒い季節は体力作りがメインなのは変わりがない事実だが、清流高校と契約しているスイミングスクールで練習ができる日となっていた。
走り込みばかりをしていて、水泳が鈍ってしまっては元も子もないため、学校のプールが使用できるまでの限定で貸し出してもらっている。
清流高校が屋外プールであるため、このような形でプールでの練習をとっているが屋内プールであるならば、もっと練習内容も従実することができるがそうではないのだから贅沢を言っても仕方がないことだろう。
使用される屋内プールはあくまでスイミングスクールのプールであり、この前に武田佳織里を教えるために行った屋内プールとは完全に違うものである。
こちらは25mプールしかなく足が必ず着くようになっていて、先生がいて教えてもらいながら泳ぐのが特徴であり、成人コース、ジュニアコース、選手コースにわかれていて、値段はそれなりにかかってしまう。
スイミングスクールなので大会などでも使用はされておらず、1人でふらっと来て帰りたいのであれば、室内プール場を探すといいだろう。
清流高校が契約しているスイミングスクールは2箇所があり、それぞれ空いている日で行く方は決めており、絶対的な曜日の決まりは存在していない。
2箇所にしている理由は、その方が曜日の融通がきくのと、両方共に6レーンの内の2レーンを貸し出してくれているため、他のお客様のご迷惑にならないためにする配慮であり、水泳部はあくまで貸していただいている感謝の心を忘れてはいけない。
そして、今日は桜坂花蓮をはじめとする新入部員としてはスイミングスクールで練習が初めてとなる日だ。
スイミングスクールまでの道のりは、自転車、親の車での送り迎えでの人が多く特に決まり事はないが、県境をまたぐ移動になる場合は水泳部員の親達によるローテーションでの車の貸し出しがルール化されている。
吉岡理恵、水泳部員が全員揃ったところで、スイミングクールの受付で「今日は宜しくお願いします」と挨拶をしたところで、更衣室で着替え終わった後に、プールサイドに集合した。
「今日から私が顧問になって初めてのプールでの練習となります。私は皆さんの泳ぎの実力も技術も実際にこの目で見ているわけではないのでわかりません。一度、自分自身の目で確かめてから練習メニューを組みたいと思っています。自分が一番自信のある種目でターンを含めて見たいので50m泳いでください。初心者の方は今回は除外としますので、部長と副部長の指示に従ってください。では、軽く泳いでから始めます。左を初心者のレーン、右を経験者のレーンとします。では、解散」
「今日は宜しくお願いします」
部員全員の声がプール場に響き渡り、反響していた。
桜坂花蓮を含む、経験者はこのやり方に対して声には出してないものの内心では賛成している人が多く、初心者も1からしっかり教えていれば将来的に戦力になり部を引っ張っていく存在になるかもしれないからだ。
桜坂花蓮、南條愛美、武田佳織里は3人で一緒にいたが、「行ってきます」と言いながら武田佳織里は去っていき、残された2人は頭に掛けておいたゴーグルを目に掛け直し水中の中にダイブした。
武田佳織里をはじめとする初心者のグループは、飛び込み台の前に集められ、人数がそれほど多くはない水泳部ではあるが一般客の邪魔にならないように端っこに数列並ばされていて、その前に小島順菜と田崎怜奈が立っている。
まずは、部長でもある小島順菜が喋り始めた。
「今回は皆んなに飛び込みを教えたいと思います。飛び込みというのは、水泳をやる上で必ず覚えなきゃいけないことですし、高いところから飛び込むのは怖いことですがそれも克服しなきゃいけません」
『まずは覚えるのは飛び込みなのか…てっきり、泳ぎなのかと思ったのに…』
心の中ではがっかりしてしまうなかで、武田佳織里の頭の中のイメージは今日で泳ぐ種目を決め、それを今後は練習の中心にしていくのかと思っていた。
ネットで簡単に検索すれば、水泳部経験者の記事やコメントを閲覧できて、それを鵜呑みにして清流高校もそうだと勝手に決めつけていたが違っていて、決めつけはよくないなと感じ、他校は他校で顧問の考えがあったのだろう。
「今日は泳ぎとか種目決めとかではないですか?」
丁度、武田佳織里と同じことを思っている部員が手を挙げながら質問をしていたが、周りの部員もコソコソ話で喋り始める。
しかし、それを言われるのは小島順菜も田崎怜奈もわかっていたことだ。
「それも確かに大事です。でも、それと同等に大事なのが今回教える飛び込みとターンだと思っているよ。たかが、飛び込みとターンだと笑うかもしれないけど、それが大会やタイム測定に響いてくるんだよ。大会に出られなかったり、出られてもいい結果を残すことができないかもしれない…それに、飛び込みができないなら、大会に出られないしね。だから、私と怜奈で徹底的に飛び込みができるように指導するから、そのつもりで。他に質問ある人?」
誰も手を挙げることも発言することができずにプール場では泳いでいる音だけが響いていた。
『飛び込みができないなら、大会に出られないしね』と言われてしまえば、誰も発言できなくなるのは当然であった、右も左もわからない初心者であり、発言権など最初から持ち合わせてなどいない。
どんな理由で始めたのにしろ、大会に出たくない水泳部員なんているはずがないのだ。
「誰もいないみたいなので説明を始めたいと思います」
その一言を皮切りに飛び込みの説明が始まった。
田崎怜奈が飛び込み台に立ち、田崎怜奈が説明していく流れをとりながら、こう説明していく。
「飛び込み台にまず立ったら、飛び込み台に両足の先を重ねるイメージで置いてください。そしたら、腕を飛び込み台の上に軽く触れるイメージで置いたら、飛ぶ。飛ぶ際には、顎を引いて、全身を真っ直ぐにするようなイメージで、水面に飛び込むのが理想的です。怜奈に実際にやってもらいましょう。怜奈、宜しく」
田崎怜奈は飛び込み台から足を蹴って、水面に着水する。
その様を簡単に例えるなら、イルカのショーでジャンプをして水面に消える様によく似ている、といえばわかりやすいだろうか。
「このようにちゃんと理解し、練習をすれば飛び込みができるようになるわけです。飛び込みをする際に、ちゃんとした姿勢というのもあります。手を上に伸ばしてください。そのまま、手と手を合わせて腕の間に三角を作るイメージで組んでみましょう。それを、頭の後ろに移動させてください。これが、飛び込んだ後にする姿勢になります」
小島順菜は言葉を選びながら、初心者の一年生と一緒に飛び込みの姿勢をやりながら解説をしてくれていて、言葉では簡単に聞こえていたので、いざやってみると姿勢を維持するのが辛かったり、体が硬くて頭の後ろにいかない人などが多く、武田佳織里もその1人だった。
『飛び込みをした瞬間にこの姿勢をすぐにとらないといけないのか…私にできるのかな?姿勢を維持するのも辛いし、体が硬くて頭の後ろにいかないのに…』
使ってない筋肉を無理に動かそうとしているわけだから、辛いのは当たり前で、これから学校の屋外プールの使用期間に入れば毎日のように飛び込みの練習やタイム測定の日々が始まり、日々の練習をしっかりこなしていけば体が水泳に適した体付きになってくるし、いつの間にか意識していなくても動けるようになっている。
「『飛ぶ際には、顎を引いて、全身を真っ直ぐにするようなイメージで、水面に飛び込むのが理想的です』と言いましたが、少しでもミスってしまうと、腹打ちしてしまったり、スピードに乗ることができずに出遅れてしまうことがあります。指先から入ることを意識し、腹打ちなどにはならないように気を付けてください。それでは、先程の姿勢のまま飛び込んでみましょう。私や怜奈が近くで教えますので安心してくださいね。1人ずつ並んでください」
本当ならば飛び込み台に手を置いて飛び込むのが普通、だけと今回はしなかった。
そこから始めてしまうと、飛び込みの姿勢に移れずにそのまま腹から落ちししまう、なんてことになる可能性が高く、それだと練習にはならないと判断したからだ。
次の段階にステップアップするのは早くすればいいというものでもない、遅くてもいいから確実なものとして階段を上がればいい。
初心者の部員達が腹打ち、顔面強打して鼻に水が入ったり、キャップやゴーグルが外れたりするなかで、武田佳織里の番が回ってきた。
飛び込み台に足を掛け、上へと登る。すると、一瞬にして景色が変わる。
高くて怖いが第一印象であり、その感想は高い所に昇ったわけだから当たり前で、簡単に表現するならば遊覧船などの船着場から湖を眺めているようだ。
『落ちそう…怖いな…』
飛び込まないといけないはずが「怖い」が先行しすぎているために、反射的に動けないでいた。
飛び込みが慣れてくるまで、「怖い」という意識が頭の中から外れることはなく、頑固汚れの如く頭の中全体にこびりついている。練習をちゃんとしてれば飛び込めるようにはなるが、「怖い」を克服できるかどうかは本人次第である。
しかし、「怖い」を克服できなければ、スタートした時の出遅れや姿勢のミスにも繋がりかねない。
『怖い…怖い…怖い…』
そう、心の中で呟きながら、「逃げてしいまいたい」とさえ考えるようになってしまう。
目を瞑ってしまったその時に、背中をさすってくれている感触があった。
恐る恐る、目を開けてみると隣には小島順菜がいてこう耳元で囁いてくる。
「初めてだから怖いよね、気持ちはわかるよ。私だって最初は怖かったからさ。まずは深呼吸をして、気持ちを落ち着かせたら、目を瞑ってもいいから飛び込んでみよう」
「目を瞑って、それだと…」
「練習にはならないと思うでしょ。でも、今回は飛び込みを体に覚えることだから、飛び込みことが大事。姿勢をちゃんとしましょう、怖さを克服しましょう、とかは関係ないんだ。どんな形になっても体験することが大事だから」
目を瞑って飛び込むは割といい判断だと思えてくる。
それは、武田佳織里が恐怖しているのは飛び込み台から見た景色であり、それを消してしまえば飛び込めるのではないかと小島順菜は考えたわけだ。
『実際に目を瞑って飛び込んだら、真っ直ぐいけないのではないか?』と思う人もいるかもしれないが、一度飛び込み台で真っ直ぐに立ち目を瞑ってしまえばそのまま真っ直ぐに飛び込めるし、飛び込みが終わった後に目を開ければいいというわけだ。
別に絶対目を開けて飛び込まなければいけない決まりはないので、高い所が苦手な人向けの荒療治ともいえるだろう。
「わかりました」
そう答えて深呼吸をし、自分自身を落ち着かせてから目を瞑り、姿勢を作る。
すると、当たり前のことだが周りが暗くなり、目の前にプールが認識できないからか、怖さが低減した気がした。
『いけそう、かな』
そのままの勢いで飛び込んでみる、ここで飛び込まないとずるずると怖い気持ちを引っ張っていって飛び込めない気がしたからだ。
結論から言えば、そのままの勢いで水飛沫を上げながら落ちていったに近く手の姿勢も上手くできず、足は曲がり、ゴーグルの中に水は入り、盛大に腹打ちをしてしまう。
『痛いなぁ』とは思いつつ、少し恥ずかしいなと顔を赤面してしまっていたが、小島順菜から一言「頑張ったね。飽きめらずに次もいこうね」と言われた時は『次も頑張ろう』と思えたし、飛び込みへの怖さと失敗した恥ずかしい気持ちはどこかに消えてしまっていた。




