2話「南條愛美との再会」
入学式、クラスメイトと担任の先生の簡単な自己紹介が滞りなく進んでいく。
「どこの中学校を卒業したのか?」「中学生時代に何の部活に入っていたか?」などのテンプレートな自己紹介が終わり、担任の先生の話が始まる。
担任の先生からプリントが配われたので目を通すとそこには、今後やっていく一週間の時間割に加えて「放課後に自由参加で部活動見学が1週間行われる」こと、そして「仮入部の期間」「全部活の活動場所」「活動時間」「部長のコメント」「顧問の名前」が全部明記されていた。
そこには、聞いたことがない珍しい部活の名前や誰もが知ってる部活など幅が広い部活が沢山あって、ふと目移りしてしまいそうな気持ちになってしまう。
『部活に入らないのもいいかと思ったけど、珍しい部活に入るのもありか…とりあえず、先生の話が終わったら、一応部活動掲示板に行って、ポスターを確認してこよう』
ここには書いてない発見があるかもしれないと思いながら先生の話を聞き流していたら、いつの間にか担任の先生の話は終わっていた。
職員室の前に張り出されている部活動掲示板を見にいくと、パソコンを使って写真を貼り付けられていたり、手書きでカラフルに色付けされているポスターなど部活によって個性が溢れていて、新入生を一人でも加入させたいと熱意が伝わってくる。
あれもこれもと気になり始め、自分の世界に入っている内に背後に女の子が立っていることに気が付かなかった。
「水泳部に入らないの?」
「うげっ」
急に話しかけられたので、変な声が出てしまったが話しかけられた方に振り返ると、髪は夜の暗闇と同じくらいに綺麗で長く、とても可愛らしい女の子に見える。
彼女の名前は南條愛美。桜坂花蓮との同じ中学校出身であり、同じ水泳部に所属していたが南條愛美は桜坂花蓮が足元にも及ばないほどに速くて、泳ぎの精度や距離によって体力の使い方の判断が上手いのは桜坂花蓮の目に焼き付いていた。
「南條さん?だよね…なんで、ここにいるの?」
なんで名前を疑問系で聞いたかといえば、中学時代に同じ水泳部には所属してはいたけど仲良くしていたわけでもないし、話したことも数回あるかないかだったが、それでもうっすらと顔くらいは覚えていたので何とか思い出せたというわけだ。
「なんでって、言われても…」
「有名な高校から推薦をもらってると話を聞いたことあるから、てっきりそっちに行ったのかと…」
「あ、それは断った」
「断った?嘘…」
「いや、本当」と答えはしたが、桜坂花蓮の耳には届いてはいなかった。
『何でこんな平凡な普通の高校に…どうして?』
頭の中をぐるぐると「?」が回転していく、普通の考えでいくのであるならば「水泳をもっと上手く教えてくれる先生や設備が整っている学校に行った方が自分のためになるのでは?」となるはずではあるが、南條愛美が違うのが桜坂花蓮には理解ができなかった。
すると、南條愛美はー
「心配しないで、この学校に来たのはちゃんとした理由がある」
と言ってきた。「理由?」と反射的に答えてしまったが、清流高校の学校説明会で部活の話をされたことを思い出すが、何かいい成績を残している部活がある、という説明はされていなかったのを思い出す。
『だったら、何故?』と更に疑問が深みを増していく
「ふざけた理由とかじゃなくて、真面目な理由だから安心して」
「ならいいんだけど…」
言いながらも、今更ながらに感じてしまったことがある。
『そんなに中学時代に喋ってないのに、こんなに普通の友達のように喋っているんだ?』
と感じてしまいながらも「南條愛美が何で清流高校に入学を決めたのか?」は気にはなってしまう。
だって、平凡で何か特色がある高校でもないのに、南條愛美が選ぶからには特別で驚いてしまうような理由がきっとあるのだろう、と。
「理由っていうのは、ここの学校に親の知り合いの先生が赴任してくるのを親を通じて知ったから。その先生は私が水泳を始めた時に教えてくれた、人でもあるから私は有名な高校よりも清流高校を選んだというわけ」
「なるほど」って思えた。
水泳を始めて教えてくれて、それがきっかけで泳げるようになり、そして水泳を好きになる。
きっかけをくれた人っていうのは、いつまで立っても忘れないし心と記憶には永遠に残るものだ。
その人のもとで教わりたいという思いは嫌いではないし、桜坂花蓮が同じ立場であったとしても迷わず清流高校を選んだことだろう。
そして、南條愛美は「それに」と言葉を繋げた。
「私はその先生のもとで全国大会を目指したい」
南条愛美は真面目な顔で、ごく当たり前のことを言うように桜坂花蓮の事を見つめながらそう言った。
その目を見つめていたからなのか、南條愛美の最後の大会のことを思い出す。
関東大会最後の決勝で惜しくも数秒タイムが届かず、全国大会を逃して涙で顔がぐちゃぐちゃになっていた姿をみて「私はそこまで本気にはなれなかった」と自分自身が水泳にかけた思いなどちっぽけなゴミと一緒だと感じたのを悔しい気持ちと共に思い出した。
「そっか…」
適当な返事とも捉えられる返事しかできなった。いや、返事をするしか資格すらないとも感じてしまう。
「それだけ?」
「それだけって?」
「私は「じゃあ、私も入部しようかな」と言われる事を期待したんだけど…」
「あぁー」
桜坂花蓮は言葉を詰まらせてしまい、何も言えなかった。
中学時代の時に掲げていた、「全国大会出場!」の目標は、「とりあえず目標は高く設定しておこう」などという、安直な考えで設定していた目標に過ぎない。
それを本気で目標にしていたのは南條愛美、ただ一人だった。
本気で水泳に向き合っている南條愛美の隣に立つ資格はない、と桜坂花蓮は感じてしまう。
そうは言っても水泳は好きだ。今でも大会のテレビ中継があれば必ず見るが「それはそれ」「これはこれ」であり「水泳が好きという気持ちだけで部活をするのは限界がある」のをちゃんと理解しているからこそ、南條愛美の誘いは断らないといけない。
それが、水泳を本気でしている南條愛美に対しての礼儀であると考えた。
「私はいいかな。南條さんは頑張りなよ」
桜坂花蓮はその場を後にして、下駄箱に向かった。
もっと違う言い方があったかもしれないが、それでも、桜坂花蓮はこれでいいと思っている。
『タイムが遅い私の事を気にせず、南條さんがその先生と全国を目指してほしい』
と心の中で思ってはいるのだが、少しだけほんの少しだけこうも思ってもしまうのは未練があるからなのか、水泳を本気でやりたい衝動に駆られているからなのか、桜坂花蓮にはわからなかった。
「もう一度、本気で水泳してみたら、どんな景色が見えるんだろう?」
その答えは風と共にやってきてはくれない。
でも、心の奥底では疼いていて、体が泳ぐことを欲していた。
南条愛美は一度断られたぐらいでは、諦めない人である。
次の日も、そして次の日も断っても、放課後に桜坂花蓮のクラスに来ては誘うのが毎日のように繰り返されるようになり、南条愛美が来る度に「また、来たよ。どうにかしてよ」みたいな雰囲気が桜咲花蓮に無言の視線が集中していた。
「なんで、毎日毎日、放課後に私の教室に来るの?何度も断っているじゃん…それなのに、毎日、私の所に来てさ…私のことなんて気にしないで、南條さんだけ入部すればいいのに」
心の中に溜まっている思いを全て言葉にして、本音を吐き出す。
本音を吐き出したのにどうしてかわからないが、胸の奥で「本当にそれでいいの?」と誰かが、いや、もう一人の桜坂花蓮が呟いてくるのを感じる。
「本当は水泳に未練があって、やりたいんでしょ?」とも聞いてくるしまつだ、そんなのは雑念だと思い心の中で振り払う。
南條愛美は、桜坂花蓮が毎回断るものだから積もりに積もった思いが爆発したのか、クラス全員と廊下にいる人が静まり返るくらいに声を荒げて叫んだ。
「私は花蓮と…」
桜坂花蓮は次に繋がる言葉を待った。
でも、待たなくても言いたいことの察しはついていたけど、せっかく南條愛美の口から言うのであれば聞きたいと思ってしまう。
「桜坂花蓮と水泳がしたいの!」
その言葉がを聞いて心のどこかにある「水泳をやりたい」という気持ちの声が聞こえた気がした。
それでも「中学時代の部活で殆ど話さなかったし、実力もあるわけじゃないのにどうして?」と疑問は残る。
でも、聞くのは何を言われるのか怖く感じて、その先にある答えが果たしてどういう内容なのか、想像するだけでも震えが止まらなかった。
「心の底から本当に思ってる?」
「本当に思っているから、誘っているわけだし…何回も、言わせないで…恥ずかしいから…」
顔を赤らめながら、下を向いてしまう南条愛美。
あまりこういう風に人を誘ったりするのが得意じゃないのかと桜坂花蓮はその姿を見て南條愛美も一人の女の子なんだと実感する。
「私は私なりに頑張ってみるけど、ダメだったとしても、見捨てたりしないでよ」
過去の水泳をの経験を振り返っても誰にも言われたことがなかった言葉「桜坂花蓮と水泳がしたい」は入部を即座に決めてしまうほどに心が揺れ動いた。
本当は心の奥底では先程のように水泳に未練があり、もう一度挑戦をしたくてうずうずしていたのに過去のことを思い出すと萎縮してしまうだけだった。
海の深海まで行ってしまった水泳に対しての思いを引き戻して背中を押してれたのは、中学時代に殆ど話したことがない南條愛美だというのは何とも不思議な話である。
「見捨てたりはしない。ダメだった時は、私が特別に隣で助けてあげる」
「特別ってなに?そこは素直に助けてあげるって言えばいいのに…」
と思う桜坂花蓮だったが、この先の高校生活の水泳で南條愛美はきっといい親友にもなれるし戦友にもなれると心のどこかで感じていた。




