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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ネズミのピンヒール

掲載日:2025/12/12

ネズミのピンヒール


リトル・リン第3弾

運命の日


1940年 11月 東シーナ ヴェノピア島、、、


グベラードはアカラークに並ぶ芸術の町と主張する。大きな噴水のそばで男の人が女性にプロポーズしていたり、小さなピンクの手袋をつけた女の子と手を繋ぐその母親は、おもちゃ屋に寄って誕生日のサプライズを仕掛けている。

 そのおもちゃ屋は通りが賑わっているのとは正反対に今日は暇だ。

 親子連れのお客を迎えた後に女性店員が男性店員と雑談していると、1人の女性の客が入ってきた。その人は焦ってるようだ、それはその人の服装が眠る時に着るような白のロングスカートに薄い布をはおり、足は靴下にスリッパといったありさまだったからだ。

 彼女に気づいた男性店員は「おねぇちゃん、、、」と言ってビックリした表情で見つめる。

 この女性の客は男性店員の姉貴だったようだ。彼女は少しため息まじりでこう言った。

 「今日、フランクが死んだ、、、」

 「え?」男性店員は唖然とした表情で姉貴を見つめている。

 「だから、今日仕事早く終われそうなら、早く終わって」そう言うと、横の女性店員に視線移し、もう早退させてと目で訴えてくる。

 女性店員は気を利かせて「あ、誰か亡くなったのね、今日暇だし大丈夫だと思う、早く帰ってあげて」男性店員に視線を変えた。「ありがとうございます」と、男性店員より先に姉貴の方が挨拶をして店を出て行った。

 女性店員は「フランクって人はあなたの家族?」そう聞くと、「いいえ!人ではないです。犬です。じゃあ、店長が来たら早退したと伝えてください!」男性店員はそう言い残し、荷物を取ってそそくさと店を出て行った。

 「いや、犬かい!」なんて1人でつぶやいていると、少女を連れた母親が「すみません店員さん?」と尋ねてきたので、対応に入った。

 そんな何気ない日の夕方に差しかかった頃、どーんと鼓膜を破る音が外で響いた。

 何事とか?と店内にいた客みんなが外を眺めた。すると目の前から眩しい光が差し込み、店を爆破した、、、、、


 シドニー空撃を逃げ周り、目に留まった建物の中へ避難。そこは豪邸で奥へ入ると、長方形の長いモーニングテーブルと、12個の椅子がテーブルを囲っている。

 その部屋の端にグランド階段があった。その階段で2階へあがると、赤い絨毯が印象的な長い廊下があった。ホテルの様に左側は金のドアノブが3つほど並び、一番奥の部屋の扉は開いていた。

 中から光が漏れていて、絨毯に人影が映し出されていた。音を立てないよう慎重に部屋へ近寄って行き、光の盛れてる範囲に影がギリギリ映らないところで動きを止めた。

 壁に体をくっつけてゆっくり、部屋を覗き込んだ。慣れない眩しさに目を細め眉間に皺が寄る。

 ぼやっとした風景ははっきりとしてきた、書類を保管するいくつもの戸棚が壁に張り付くように添えてぎっしり立ち尽くす。

 奥に茶色の太い脚で立つ机とその後ろにはちょうど机ほどの長さの窓があった。

 そして、机の前にスーツを着た大柄の男が血を垂れ流し、ゲスト用の小椅子にもたれかかり倒れている。

 その前にあった背の低いテーブルは斜めにズレていて、角が横にあったソファーにくっついている。男が倒れる時にずらしたと考えられる。そして男の前で右手に銃を持った黒髪ショートヘアーのメイドが男を見つめていた。

 シドニーは目の前の光景に理解が追いつかないまま唖然と見つめていたが、ナイロン素材のカッパは壁にゆっくり擦れ滑り、一気に全体重を抱えた左足はバランスを保てず、体は床に転げ落ちた。

 その音に気づいたメイドは頭だけ瞬時に後ろに向け、倒れたシドニーと目を合わせた。そして体をシドニーに向けるが、銃は下ろした右手に抱えたままでこちら側に向ける気など一切感じなかった。

 やや吊り上がった二重瞼の目、色白でストレート黒髪のショートヘアー、頭にヘッドドレスを被っている。

 そしてキツネを連想させる適当なメイク姿は見る人の動きを止めるほどにはインパクトが強かった。

 身長160cm後半のアジア系といったところだ。メイドはシドニーの元へ数歩近づいてきて、「あんた誰?」と男の低い声で尋ねてきた。

 「えぇ?男?」とシドニーは戸惑い、応えることを忘れ奇妙な間を挟んで「ねぇ、お兄さん聞いてるんだけど?」とメイドはシドニーに問い直した。

 「あぁ、そのー、俺はシドニー、ここに用があって、、、」シドニーは途切れながらも思いつく言葉を必死に声に絞り出した。

 「ここの建物の関係者じゃないよね?あんた見た事ないけど?」


 「あぁ、すぐそこのスイーツ店の販売員で、、、その、依頼を受けたから、、、途中で爆撃があったから、ここに逃げてきて、そしたら、、、」


「わかった、もういい〜話に一貫性のない人と話すのはうんざりよ」メイドはそう言って、首をねじって後ろで倒れる男を見て「ねぇお兄さん、この人の歯を抜きたいから手伝って」とシドニーに手助けを求めてきた。

 「正気か?」シドニーは震えた声で答えるが、メイドはまるで自分の言ってる事が正常の様なテンションで話を続けた。

 「正気かって?正気よ、この男の下奥の歯4つダイヤでできた銀歯なの、取らなきゃいけないでしょ、死人にダイヤは不要よ」

 「君が殺した?」シドニーは恐る恐る聞くと、メイドは「そうよ」と平然と答えた。初対面でしかもまだ会って数秒の人間に自分で殺した人の口からダイヤの歯を取る手伝いを求めてくる、シドニーはこのメイドのイカれ具合を疑った。

 「ほら、早くしないとまた爆撃喰らうよ!」シドニーを焦らせ、状況理解のできてないままメイドはシドニーに男の口を開けといてと手の仕草で示し、シドニーは手伝う事を拒否してメイドを下手に怒らせるのは避けたいと、なくなく手伝った。

 しかし死体に触るのはさすがに抵抗があり、手のひらが触れない様に指先に力を入れて男の口を開いた。

 メイドは銃を適当に放り投げると、いつのまにか黄色の手袋をはめた手で取手が青いペンチを手に持ち、慎重に男の口の中に入れた。

 腕を左右に踠き、微動だに震えている。相当な腕力を使っているのがわかる。ダイヤの歯をなるべく傷つけないように取ろうと試行錯誤しているのだろう、メイドの顔は険しくなっていくが、数分して腕を引いた。口から出てきたペンチはしっかり4つに連なったダイヤの銀歯を挟んでいた。

「よし、これでいい」とメイドは満足気な表情でチャック付き小さめのポリ袋にダイヤの歯を収めた。

シドニーは口から手を離し、男の横で体勢を崩して座り込み、メイドの様子を伺っている。

「お兄さんありがとう、シドニーだっけ?」メイドの問いかけにシドニーは頷くだけ。歯を抜く用が済、もうシドニーには用がない、今からどうする気なのか更に不安を覚える。しかし、そんな彼の恐怖心を察知しメイドは笑いながら言った。

「お兄さん、あんたを殺したりなんてしないし、私が誰でも殺すわけではない、そこまで残酷じゃない!ナチスの兵隊さんみたいに」、容姿に見合わない成人男性の声に女性の様な喋り方には少し違和感を感じるが、殺す気がないというのは信じられる気がした。

「あ、お兄さん私が殺したなんて言わないでよね?」

「う、うん」シドニーは何度も頷く。「この男を殺したのはナチス兵よ、いいね」メイドはシドニーに言い聞かせ、部屋を出て廊下まで行くと、ドア越しから顔だけをのぞかせ、「お兄さん、逃げないの?ここも爆撃されるかもよ」というメイドの発言で、シドニーは外でまだ爆撃の音が響いている事に気づき、焦って立ち上がり自然とメイドについて行った。今にも死ぬかもしれない状況では、近くに人間がいれば自然と寄って行ってしまうものだ。

しかもここが2階であるのだから、尚更早く逃げないと命が危ない。そもそも何故2階へ上がろうと思ったのか、今となっては思い出せないし、自分の行動が理解できない。

おもちゃを振り回すように銃を扱うメイドの右手に気をつけながら、1階へ降りるとキッチンへと向かっていった。

そして、暖炉の前にある絨毯をめくると、正方形に区切られた床があった。そして手前に型にはまった取手を立たせ、床を開けた。地下への階段があり、暗くて深さがよく分からない。

メイドは暖炉の上に置いてあったランプを取り、地下へ降りていく。シドニーもついて行った。地下はさほど深くはないが、鉄でしっかりできた階段で降りると、長く狭い空間が続き、少し歩いた所でランプの光を反射する金色の物が見えた。「壁にくっついている金属か?」と目を凝らしてよく見ると、金色のドアノブだった。

メイドはそのドアノブを握り、ドアを開けた。部屋の中は使用人の休憩室のようだった。にしても地下に休憩室をつくるのはおかしな話だ。

中に入ってすぐ右横に数本のワインボトルが壁棚に並べられており、真ん中に円形のテーブルと椅子が3つあった。脚は全て金色で、ランプの光を反射させ部屋を更に明るくする。

メイドは一旦ランプの火を消すと、一気に部屋は暗くなり、すぐに壁に付いてるライトを付けた。

ようやく部屋の様子が伺えるほどに明るくなった。シドニーは興味深くその部屋の隅から隅に目線をやった。メイドはワインボトルを1本と端っこに追いやられた木製の棚からワイングラスを2つ取り出し、それを量などお構い無しにグラスいっぱい分まで入れると、それをシドニーに渡した。

「こんな時にワイン?」とシドニーが問うと、メイドは「こんな時だからワインよ、ゆっくり休んで」と返した。

メイドはワインを一気飲みし、ランプの光にダイヤの歯を近づけてじっくりと観察している。シドニーは椅子に座り、ワインをほんの少し喉に流すとグラスをテーブルに置いて、手で膝を擦りながら落ち着ことした。

「君はここの使用人?」と沈黙の中シドニーが口を開くと、「そうよー、もともとはね」とメイドは答えた。そんなメイドの様子をじーっと見ていると、ついさっきまで焦りとメイドの顔に意識が追いやられ気づかなかったが、メイドはピンクのハイヒールを履いていた。シドニーの視線は部屋からメイドの足に集中した。

「私はあの男の使用人、、、、」メイドはシドニーの目線に気づき、「これは、あの男の愛人のハイヒール」と答えた。このメイドには奇妙な点がやなほどあるが、ハイヒールに関して本人から答えてくれた事で、メイドのフレンドリーさに自分の中でゆっくりと警戒心が解け始める予兆を感じた。

シドニーはゆっくり口を開く事に慣れていく。

「君は何者?」


「私、メイド、、、見てわかる通り」メイドは微笑みながら陽気な声で答える。シドニーが聞きたい事は、なぜメイドドレスを着ている?なぜあの男を殺した?という所だ。この危険な中で、密かに謎への好奇心が湧いていた。

メイドは気さくで案外なんでも答えた。そして、メイドはシドニーが気になっている事など聞かれなくても当然察知できたが、わざわざ自分から話そうなんて思わない、本人から聞いてこない限り。

 手助けしてくれた時のシドニーの恐れた反応や焦らせた時に素早く動いてくれたところから、この人が臆病者だと見た。すぐにでも逃げれたが、焦りすぎる故に状況判断ができなかったのだろうと。


 「そいえば、君の名前は?」


 「はじめまして、ジジ・ジョークです」メイドはジジと名乗った。これが本名かはさなかでないが、シドニーは深掘りしなかった。ジジに質問するも、目線が合うのは避けたいと、ワインを少し飲んではどのくらい減ったか目で測っている。

 「どうして、メイドドレスなの?」シドニーは最も気になる質問をした。


 「偶々あったの、ここで働いてる時からメイドドレス、他のメイド達に混じってね」


 「怪しまれなかった?」ジジの返事に反射的に質問をしてしまい、心のどこかで危機感が一瞬強くなった。

 「いいえ、話せない人のふりさえすれば楽勝よ」

 確かに話さなければ、バレないかもと思う反面、例えば雇い主からベッドに無理矢理誘われたりとかすれば危険じゃないか?なんて疑問が生まれた。しかし、この疑問より聞きたいのはあの人を殺した理由だった。

 ジジはワインをグラス分飲み終えると、新しいボトルを開け、自分のグラスに注ぎ、シドニーのグラスを見て彼のグラスにも注いだ。

 「お兄さん、なんでここに来たんだっけ?避難?」


 「そう、俺は近くのスイーツ店で働いていて、ここの主人がうちのプリンが大好物って言うんで、いつも通りここに届けに来たんだよ、だけど、途中で空撃にあって、、、」


 「ふぅーん、不思議だと思わない?」


シドニーは眉をあげ、表情で聞き返す。


 「ここまで来て、ここには誰1人いないの、私とあなたとあの男以外」


シドニーははっとした。確かにここまで来て、この建物の中で誰にも会ってない。それはなぜだろう。シドニーが聞く前にジジが答えた。


 「ここの建物で働いているほとんどの人間がユダヤ人なのよ、、、さっきのユダヤ人狩りでナチスに買われたべトラの兵隊に連れてかれた」


シドニーはゾッとした、自分もユダヤ人だからだ。そしてジジは更に恐ろしいところを突いてきた。


 「ほんと、空撃あるほんの数十分前よ、もしかすると1時間前の話かも、、、お兄さんここ近くにいたんでしょ?まるで、知らなかったみたいな反応、、、お兄さんの近くでも連れてかれた人いなかった?」


 「いやぁー、俺の周りにはユダヤ人なんていないから」


シドニーは適当に話を合わせた。ユダヤ人狩りがここでもあったなんて知らなかったからだ。シドニーは勤務先のスイーツ店にはいなかった。

 ちょうど今日、偽造パスポートを手に入れたばかりだった。勤務中だったが、こっそり手に入れる為の絶好のチャンスだった。スイーツ店のオーナーのシーヴァンはシドニーがユダヤ人である事を知っているが、彼を匿った。そして本名がシドニーではなく、アーサー・クリスチャンであるという事も。

 パスポートは手に入れたが、スイーツ店までの道のりで空撃に合った。その頃には町中が騒ぎ、人々が焦って逃げ回っていた為に何が起こったかなんて気づかなかった。目の前に爆弾が落ちてきて、目に留まった偶然ドアが開き、しかも何度か訪れたことのあるこの建物の中へ避難してきたのだ。

 シドニーはよりワイングラスに集中し、今度は一気に飲み、動揺がバレないように振る舞ったが、ジジは特に疑いの目を向けているわけではなく、さほどシドニーに興味もない。

 ジジは話題を急に変え、「もうすぐしたら、他のメイドも来ると思う。数人ね。わたしの正体を知っている連中よ」

 ジジ意外にもメイドはおり、人数が増えることに不安を覚えたシドニーはここも危険に感じ始めた。ユダヤ人の話も出たからだろう。シドニーのグラスが空になりかけているのに気づいたジジは、「もう一杯飲む?」と聞いて、答える前にグラスに注ぐ。

 「もう、この屋敷はメイド意外来ないから、ここでゆっくりしてても心配ないわ、ベトラ兵にさえバレないし」。確かにその通りだった。べトラ兵が外を出歩いてる可能性は大だった。

 しばらく飲みながら話していると、シドニーは徐々に酔っ払い出していた。そのせいか、まるで家のようにこの部屋が楽にいられる場所と感じ直した。そして、ジジは殺した男の愚痴を吐いていた。

 「あいつ、北シーナからの移民よ。ヴェノピア島で企業に成功したからと言って、この土地を全部自分のものだと思い込んでた、態度は傲慢だしね」


 「それで殺したの?」シドニーは等々一番聞きたかった質問をした。ワインで気持ちが楽になってるからか、ジジが親しみやすいからか、まるで飲み仲間の愚痴を話してる気分だ。

 ジジは座ることはなく、テーブルのすぐそこにあるちょうど腰程の背丈の本棚にもたれかかり、足を交差させ手を組んだ姿勢を崩さない。時々足の位置を入れ替える程度だ。グラスのボウルの部分を握るように持ち、話に夢中になりすぎて飲むスピードも早くなったり遅くなったりと繰り返す。


 「いいえ、殺した理由はそこじゃないのよ、わたしね日本に行きたいの。日本がきっとルーツだから」


 「日本?」


 「えぇ、日本。そこにはねおっきな桜の木があるの!それは美しいものに違いない!」


 「ヴェノピア島にも桜の木はあるよ」


 「あんなのは、日本で育てて持ってきたのよ、この国にね!とにかく、わたしは近いうちに日本に行くわ。この国もまもなく終わりよ」


 「それで、どうしてあの男を?」


 「あいつは金持ちだ、歯にダイヤを忍ばせる程にね。あいつのメイドである以上、自由にはなれないの。」


 「えぇーそれで人を?」


 「今は戦時中でしょ、あいつはゲームオーバー、誰がいついなくなっておかしくないのよ、それにお金も必要だし。私がネズミだった頃からあいつを憎んでた、棲家を開拓されてね」

 酔いのせいか、時々会話の中でよく分からない部分があったりだが、シドニーはうっとりとした緑色の瞳でジジと目線を合わせて話続けた。




 目覚めると、シドニーは知らない部屋のベッドだった。シミが目立つ天井と視線の中にギリギリ映り込む小さめのシャンデリアが見える。

 左側の窓が開いていて、大きな木の葉が風に吹かれて数枚部屋の中に入ってきてた。大胆に頭をかき、なんでここにいるのか記憶を整理した。

 最後に思い出せるのは、ジジとワインを飲みながら会話をした、、、って事はここは?シドニーが起きたことに気づいた1人のメイドが近寄ってきた。

 金髪頭の女の子だ。団子ヘアーで髪をまとめ、前髪をピンで止めている。

 「大丈夫ですか?昨日は飲みすぎたみたいですね」と少女の声だ。「ここは?」と聞くと、メイドはベッドの横の小棚の上にパンとジャム、ミルクをトレイに乗せたまま置き、「ここはメイドの部屋ですよ」と優しい声で言った。

 起き上がり、ふかふかの布団をしばらくぼーっと見つめていると、死んだ男のことを思い出した。そして、メイドが男の子だった事も。あまりの情報量の多さにどこからが夢だったかも分からない。

 そんなシドニーを見て、メイドは微笑みながら「焦らなくても大丈夫ですよ、空撃は一旦止んだので」と言った。戸惑っている理由は他にもあるが、とりあえず空撃が終わった事にほっとした。

 「ここの建物は無事だったんですね」とシドニーが言うと、「主人の住んでいたところは爆撃受けましたけど」とメイドは暗い声で答えた。

 「えぇ?この建物は?」


 「あぁっ、ここはシドニーさんがお酒飲んだ場所ではないですよ、あの建物は主人の家です。ここは使用人たちのアパートですよ」


 「そうなんですか?別であったんだ。あの家はでかいのに」

 

 「そうなんですよね〜、あの家はでかいですけど、、、メイドはシフト制で出ているんです」

 薄ピンクの薄い口で微笑むメイドに思わず目を背けた。可愛い姿に惚れ込まずにはいられない。

 シドニーは話題を変えた。「ジジはメイドですよね?」

 「ジジ?えぇ、そうです」


 「あの方は何者?」


メイドは笑いながら答えた。「あの人は、確かに不思議な人ですよね。私もよく分からないけど、もとはネズミだったらしいですよ」

 ふざけてる様子でもなく、普通に語るメイドにシドニーは顔を確かめるが、やはりふざけてるわけではなさそうだ。「どういうこと?」


 「ジジが言うにはですよ、、もとはネズミで下水道に住んでいたとか、下水管を上がって町に出た時、ある館に侵入して餌を探していたら、死体を見つけたらしいです」


 「死体?」


 「はい、死体を見て人が死んでると思ったら、死体からもう一つの体が出てきたそうなんです。多分、幽体離脱?その人が天国へ行くのを見ていると、天の光が神様の形を形成していって、ネズミの夢を叶えたらしいです。、、、人間になる夢」

メイドはまるでミュージカルの様に表情や動きを出しながら話した。内容はあまりに作り話らしいものだが、ジジはみなにその様に話しているのだ。

 「ネズミ、ですか、、、」

 「あの人が言うにはですよ。成功することを夢見たネズミだったらしいです。この世界で成功するには人間が一番だと!」そう言いながらコートハンガーに掛けられた所々穴のあるデニム素材の緑のジャケットを取り、穴を啜りながらシドニーのところに持ってきた。

「なかなか危機一髪だったんですね、ジャケットが物語ってます」メイドは茶色に汚れた部分を見せつけ、「もう少し休んでるでしょ?その間に洗濯と穴の空いた所は縫い直せます」と言った。

シドニーは照れくさと申し訳なさで、「そんなとんでもない、このくらいいいですよ!」と断りを入れたが、メイドは聞く耳を持たずベッドの下から裁縫箱を取り出し、縫い始めてた。

「しかたないなぁ」と思う反面、ありがたさと照れくささ、少女に好意すら抱いた。

しばらくするとシドニーは思い出した。「そういえば、ここの主人は?」


「エドワードさんは死にました。爆撃で、、、」メイドは再び暗い声に戻った。その声はまるで空気に乗るような、透き通る声をしている。そして、暗い時の声は切ない音だ。

シドニーは焦ってメイドに謝った。「申し訳ないです、変な事聞いて」


「いいえ、分からなかったのですから当然ですよ」


メイドには申し訳ない事聞いたと思ったが、よくよく思い出せば、主人を殺したのは他のなんでもないジジなんだけど、、と本音は口に出せなかった。

あの男の歯を抜く手伝いをした記憶を思い出した瞬間、曖昧だった記憶も思い出し始めた。

ここの部屋まで誰かにおぶってもらった気がする。シドニーはメイドに聞いた。

「ここまで誰が運んでくれましたか?」


「ジジ」


やっぱりジジだった。あのメイドは何者なんだろうかとより興味が湧いた。なぜ、ここまで良くしてくれるのか、このメイドは主人を殺したのがジジって事を知らないのか?シドニーの謎は深まるばかりだ。

 目の前の花柄の壁紙をぼーっと見ていると、重要な事を思い出し、冷や汗をかく。指先からぞっとする様な感覚だ。


 「俺のパスポート!!すみません!そのジャケットに何か入ってませんか?」


メイドは両サイドのポケットを探るが、シドニーをみて顔を振る。「いいえ、何も」



ボーンズ兄弟


爆撃のあったウィリアムズ邸は、1階こそ無事だったが、2階の部屋は右側爆撃で屋根は崩れ落ちている。

 使用人達が2階崩落の衝撃で1階に散乱した瓦礫を片付けている。生き残った使用人達は全員が東シーナ人で、この中に1人としてユダヤ人はいない。

 エドワード・ロゼロ・ウィリアムズの死亡を聞いた親族達は我先にと、この町で一番大きく豪華な教会「ヴェノピア塔」でその死を嘆いるのだろう。

 遺体は早い段階で邸宅から回収された。その情報を聞きつけた、北シーナ系マフィア一族 ボーンズ家の柱ジョン・ボーンズとヴェルヴィン・ボーンズの2人はウィリアムズの遺体へ挨拶に参った。

 これから別れの儀式が行われる教会は、そこらの建物とは比べものにならない。入り口から天井の至る所に金が施され、見上げれば絵画が大胆で、訪れた人を圧倒させている。

どれがイエス様でマリア様か相当なキリスト信者でないと分からない程に聖書に出てくる神話の一部一部を切り取った様な絵図だ。

 ジョンとヴェルヴィンはエドワード・ウィリアムズなどと特に接点などない。過去にクイーン・エミリアのオークションパーティーで数回会った程度、お互いの存在を認知しているが、特別仲が良かった訳ではない。

 2人は至る所から会話が聞こえる中、エドワードの関係者達に軽く頭を下げながら前へ進み、先にあるエドワードが眠った棺桶に辿り着いた。ここまで来るまで一度も泣き声を聞いていない。誰1人寂しがってる様子などないが、別に驚かない。

 エドワード・ロゼロ・ウィリアムズという人間の人柄を知れば、誰だって納得するだろう。

 彼は極悪非道でずる賢い人間だ。ジョンとヴェルヴィンは、彼が爆撃で死ぬなんて思ってもいなかったが、これほどのチャンスはなかった。というのもボーンズ家が北シーナで恐れられていたマフィア時代はとうの昔に終わりを告げている。上流階級の落ちこぼれといったところだ。

 お揃いで黒い毛皮のコートを羽織り、黒の帽子を下げると、ジョンはややうつ伏せになり、語りかけてるふりをした。棺桶で眠るエドワードの顔上半分は焼けていて、額や頬には傷が残り、本人である事は確認できるが、傷や火傷の重症さは誰が見ても助かるはずがないくらいのものだ。

 ヴェルヴィンはその右側に立ち、周りを見渡し誰もこちらを見てない瞬間を狙ってジョンの左肩に手を回す。

 ジョンは手早くエドワードの口に両指を入れ、上下歯の間に挟んだ状態から口の中を思いっきり開けて奥歯を確認した。ダイヤで構成された4つの歯だ。

 「ヴェルヴィン!歯がない!」

 「は?ご自慢の歯をどこにやった?」ヴェルヴィンは上から覗き込み、「いつダイヤを抜いた??もし抜いたなら、仮の歯を入れるだろう?」と言った。

 ジョンは口から手を抜き、エドワードの口を閉じてゆっくり立ち上がり、顔を見合わせた。次の仕事が決まった、ダイヤの歯の在処を探ろう。

 教会を出て、十字路の大通りをまっすぐ歩いたところ、爆撃で崩落した建物もあれば生き残った建物もある。瓦礫が足場を悪くしているが、一部の通りは瓦礫を端に寄せ終え綺麗になったところもある。綺麗になったといえど、細かなクズで石の道は灰色の砂場のようだ。

 歩く度にザリっとした感覚が2人の歩くスピードを早めた。瓦礫の寄せ詰め作業をしている市民たちを横目にジョンはウィリアムズ邸へと向かう。歩く距離としては少しかかるが、こんな時にタクシーなどつかまらず、待ってる時間が無駄になるだけだと考えた。しばらくしたらまたバスやタクシーが運行するだろう。秋の肌寒い風が吹く度にヴェルヴィンは両手を口に当て暖かい息を吹きかけた。

 「なぁ、ダイヤの歯が見つからなかったら?」ヴェルヴィンの質問にジョンは食い気味に「縁起の悪い事は言うな、家名を取り戻したいなら、命かけてダイヤを取り戻せ!あのダイヤは元々ボーンズ家のもんだ」

 「本当にそうなのか?大伯父がそう言ってるだけじゃないのか?」

 「おまえは誰を信じる?ダイヤが手に入らなかったと知ったら、シーザンに殺されるぜ」ジョンの言葉にヴェルヴィンはシーザン・オルフという名のボーンズ家の新たなボスの血に染まった顔を思い描き、全身に寒気が走った。真っ黒な髪に濃ゆい眉毛、細身の長身で今にもバランスを崩しそうなくらいに背が高いのに、あの怪力や彼が撃つピストルの命中率ときたら、人間とは思えない。我々が今生きてるのは相当な奇跡のようだ。

 ボーンズ家は破産寸前で最後の切符として、シーザン・オルフにペトラ・ソーナのダイヤを100万ドルで売ることにした。しかし、ボーンズ家の知らぬうちにダイヤは姿を消した。

 死にかけの大伯父の最後のカミングアウトは、「ペトラ・ソーナのダイヤはエドワード・ウィリアムズに既に奪われた」だった。

 かつて、最後の部下として雇った若きエドワードはボーンズ家のボスを騙してダイヤを盗んでいったのだ。シーザン・オルフがそれを知ると、ボーンズ家に契約書のサインを押し付けた。「ペトラ・ソーナのダイヤをシーザン・オルフの手に戻せなければ、ボーンズ家の名を北シーナの上流階級の会員リストから破棄する」というものだ。遥か昔から名を轟かしてきたボーンズ家が上流階級から追放されるなんて、なんたる侮辱?!、ジョンとヴェルヴィンは一族を復活させる為に、わざわざ東シーナのヴェノピア島まで来たのだ。

教会を出た頃、腕時計の針は朝11時30分、ウィリアム邸に到着した頃には12時11分になっていた。 

 使用人たちが瓦礫の片付けをしている中、愛想良くドアをノックした。ヴェルヴィンは白に鯉の形をした金のドアノブを優しく撫で、細かなところまで繊細に作られた芸術的なノブに好奇心を抱いているが、ジョンの手は素早くヴェルヴィンの手を下に突き落とした。

 ドアを開けて出てきたのは、気弱そうな小太り小柄のスーツを着た執事だった。

 「こんにちは、あなた方は?」彼は綺麗に整えられた口髭を動かす。

 「我々はジョン・ボーンズとこちらは弟のヴェルヴィン・ボーンズです。エドワード・ウィリアムズの死は本当に残念でした。」ジョンの愛想はポイントが高かった、というのもこの執事はエドワードの死後、彼の親族から遺産相続の話や彼らの厚かましく独裁的な態度に疲れているに違いないと考えた。絶対いい扱いなど受けてないだろう。

 ジョンの想像通り、執事は微笑み頷きながら話を聞いている。

 「彼とは一種の芸術仲間でしたので、彼が北シーナで開いたパーティーにも参加しました。その時に展示されてたブルゾルフ・スタインの作品にもお目にできて光栄でした。せっかく、ヴェノピア島に来たのですから彼の家を拝見したく訪れました」

 エドワードが北シーナで開いたパーティーなど行った事ない。しかし、「北シーナでのパーティーで展示されたブルゾルフ・スタインの作品」は彼の身近な人間しか開催されたことを知らないし、エドワードがスタインの作品を気に入っているなんて言えば、より親しい人達と思わせられた。

 執事は疲れ切って、ボーンズ家について深読みしないだろう、葬式には出ずに働いてるのだから明らかだ。

 そしてエドワードがペトラ・ソーナのダイヤを奪った悪行も本人の口からわざわざ言わないだろうと予想し、それは運良く全て想定した通りだった。

 「そうですか、いやいや、、、、あっ、私は執事のホナー・カルメンと申します。この度はわざわざ北シーナから訪れたのですか?」ホナーの質問に隙のない返事を返す。「いいえ、偶々東シーナのキャレンシン・マウンテンに訪れたところ、空撃があったのでね、、、」


 「そうですか、それは気の毒に、どうぞどうぞ」ホナーは息切れしながらドアを大きく開けてジョンとヴェルヴィンを迎え入れ、ドアの先にあった大きなモーニングテーブルの所へ案内すると、「ゲスト部屋は爆撃で瓦礫の山になってしまい、ここしか安全に過ごせる場所がないのですが、、、」ホナーの言葉にジョンは「いいえ、ここの部屋もなかなか立派だ!さすがエドワードさんの家だ!」と大胆に評価した。

 「空撃があった時、この建物には使用人たちはほとんど居ませんでしたから、エドワードさん以外に亡くなった人はいないんです。本人はお怒りでしょうが」ホナーは言った。

 「そうなんですか、誰1人?珍しい」ジョンがそう言うと、「えぇ、ここで働いていたほとんどの使用人がユダヤ人でして、空撃の少し前にベトラ兵が突入してきたわけです」

 「ほー、それは大変でしたね、、、」ジョンは大袈裟に悲しい顔を見せる。ホナーはまたしても微笑みながら「仕方ないでしょな、ユダヤ人ですから」と言った。

 ジョンとヴェルヴィンはメイドが運んできた紅茶を飲みながらホナーと少し雑談し、「エドワードさんの芸術コレクションを少し拝見できませんでしょうか?もちろん、貴方様が忙しいのは承知なので、迷惑かけない程度で」と言った。

 ホナーはジョンとヴェルヴィンの愛想良さに「もちろん、どうぞご覧になって行ってくださいませ、エドワードさんも喜ぶでしょう、せっかくヴェノピア島まで来たのですから」

 そう言って、芸術コレクションを一時保管している部屋へ案内してくれた。

 「どうぞ、ごゆっくり鑑賞なさってください」そう言うと、メイドらしき人の声で「ホナーさん、エドワードさんの義理の妹さんから連絡入ってます」と聞こえた。

 「あー、はい、今行くよ」ホナーはドアを閉め部屋を後にした。

 部屋は大理石の壁や床でできた芸術コレクションの倉庫のようだ。ヴェルヴィンはゆっくり歩きながら作品を見渡し、「さすがだな」白い布で被された作品を覗いてはそう呟いた。

 ジョンはずっとドアに耳を当て、部屋の向こうに人がいなくなる瞬間を狙っている。歩き回るヴェルヴィンが目障りでしかたない。

「おいお前!歩き回るな!こっちに来い!」


「はいよー」ヴェルヴィンは気に食わぬ顔でジョンのところに戻っていく。


「今だぞ!」ジョンがそう言うとゆっくりドアを開けて周りを見渡した。目先には二つの大理石の柱が立ち、その間に吊るされた大きく豪華なシャンデリアしか映ってない。人がいないのを確認し、ゆっくり部屋を出る、ジョンの後にヴェルヴィンが続き、音を立てずにドアを閉めた。

 「ヴェルヴィン、もしバレたらトイレはどこですか?って言え」


 「了解」


 2人は作戦を実行した。柱を超えてシャンデリアの下まで来ると、左側の廊下を渡り、そのすぐ横の階段で2階へ上がった。

 2階に上がると長い廊下と部屋が並んでいる。その奥には使用人達の瓦礫を片付けている音が聞こえる。

 慎重に歩き、一つ一つの部屋を確かめていく。目指すはエドワードの書斎だ。

 東シーナの邸宅の作りは基本2階に書斎がある作りになっている。一つ目、二つ目、と部屋を開けては中を確認するが三つ目からは瓦礫の山だ。使用人達が必死になって働いているが、どのようにして入ろうか?しばらく考えていると、ヴェルヴィンは口を開いた。

 

 「兄さん、何を困ってんだよ。堂々と入ればいいんだよ」


 「は?何言ってんのお前?」


 「だから、堂々としとけば使用人たちも疑わないよ。エドワードさんの部屋を拝見してまわっていますって言えばいいんだよ、それに爆撃があった部屋がどうなってるのかって興味を抱くのは普通だし」


 「あぁ、そうか、やってみるか」ジョンはヴェルヴィンに納得し、2人は何事もないように堂々も先へ進んだ。

 破損した壁からすぐさま4番目の部屋が書斎だとわかった。焼けた棚が並んで見えたからだ。そして、その部屋は屋根が欠けて太陽の光を浴びている。

 使用人達は何者?と言わんばかりの表情で見つめる。動きを止める者もいたが、その度に「お疲れ様です」と頭を下げたり、「少し拝見してます。お邪魔してすみませんね」といえば、みんな軽く頭を下げて何事もないように作業に戻った。

 ジョンとヴェルヴィンは「楽勝」と思い上がりより堂々とした態度で前へ進んだ。

 書斎に行くと、こげた棚が倒れていたり立ち残ったものもあった。

 「兄さん、こんな状態でどうやって見つける?」


 「無理だなぁ、さすがに棚を上げるなんて、、、、」


 その部屋のめちゃくちゃな光景は無理と悟らざるえない。ジョンとヴェルヴィンの頭の中は無理と実感するたびにイーサンの顔を思い出す。

 これから何をするべきか?そう考えながら2人は部屋を後にし階段へ向かう。今はただ絶望感に打ちのめされていくだけだった。一階へ降りるとぼーっと歩き、二つの柱を無視して真っ直ぐ行った。

 先の部屋はキッチンだった。「あ、間違った、兄さんここはキッチンだ」


 「あー、ほんとーだ」ジョンは力のない声で答えた。後戻りしようとすると、チューとネズミの鳴き声がした、足の下からだ。

 ヴェルヴィンが下を見ると、ネズミがジョンの黒い革靴に登っていたのだ。

 「ぎゃぁぁ!」と叫び声を上げると、ジョンは我に帰り、ネズミに驚いた。ヴェルヴィンがジョンにもたれかかり押し倒した。

 ジョンは倒れたままネズミが逃げていく方向を見つめていると、ネズミは絨毯の中へ入っていく。絨毯の下に隠し扉の隙間が見えた。

 ジョンはゆっくり立ち上がりヴェルヴィンを叩くと、顎で絨毯を指した。それに気づくと2人は絨毯をどかし、斜めに倒れた取手を立てて開け、地下があることを知った。

 「空撃避難の為じゃない?」ヴェルヴィンがそう言うと、「空撃がいつ起こるかも分からなかったのに、そのためにこんなところに地下を?」

 ヴェノピア島の住民達はまさか、この島までナチスに狙われるなんて思わなかっただろう、戦争なんてつい最近まで噂に過ぎなかった。

 2人は目の前にあった暖炉の上に置かれたランプを手に取ると、暗闇の中へ降りて行った。下まで降り切ったところで、ジョンはヴェルヴィンに怒鳴った。

 「おい!お前まで降りてきてどうする?誰か来ないように上で見張ってろ!」


 「えぇーー、兄さんだけずるい」ヴェルヴィンはまた石の階段を駆け上がっていく。こんな立派な地下は、宝物を隠してるに違いない。

 ジョンは先へ進み、ひたすら真っ暗な空間を彷徨ったところで、一つの部屋にたどり着いた。

 ドアを開けると、豪華な家具が置かれている。しかし、物置とはまた別の空気感、それは生活模様を感じるからだ。

 「なんだ?この部屋」宝物がなかったという期待の裏切りと、奇妙なところに部屋という異様な構造に興味が湧く。

 中へ入りランプを照らして、部屋の中を探索した。ついさっきまで飲んでいたようなワイングラスが二つ、煙草の吸い後もある。匂いもお酒臭い。

 テーブルには、いくつかの紙が散らばっていた。ランプを照らすると誰か宛てに送られた手紙である事がわかる。

 手紙の内容にジョンのエネルギーは湧き上がってきた。


 「ジジ・ジョークへ

 ロッテンマテルの港にあるスペアキングの時計台で受け取る。

 受け取り次第、日本行きの船を出航する


              R・E」


この手紙をはけると他の手紙もあさぐった。興奮と焦りで数枚床に落とした。

 拾おうと手を伸ばすと、テーブルの脚に触れそのまま滑らせると、小さいノートのようなものに触れた。

 それを手に取り、テーブルに置いたランプに照らすとそれがパスポートであることがわかった。

 パスポートを開くと、シドニー・アレクス・リーバー・ノラ。茶色で癖毛の頭、明るい瞳の若い青年の写真。手がかりはこれだけだった。そして、パスポートの持ち主がダイヤと関係しているというのは憶測でしかないが、エドワードの歯がなくなっているという事は、ダイヤの為に殺された可能性は高い。爆弾が落ちてダイヤを盗むチャンスを偶然に得たとしても、空撃のあった部屋に入れるものか、空撃のあった部屋は屋根が崩落していた。そして、ユダヤ人狩りがあった後、ここの建物には使用人がいなかったと、、、、次の仕事が決まった、この青年を見つけ出す。



ペトラソーナのダイヤ


 メイド寮はウィリアムズ邸から少し離れたところにある。メイド寮の建物も立派なもので、寮の中でも一階にあるメイドの個部屋が一番広く豪華な部屋だ。その部屋にいるのはメイド柱で代々とウィリアムズ家に仕えた超ベテランメイドのメアリー・ステラだ。彼女はメイドの中でも権力が強く、みんな恐れ入る。しかし彼女の性格は姉御肌で厳しくもメイドの下っ端にまでしっかり目をやる事のできる人だ、そしてメイドみんなが尊敬する存在でもある。

 彼女はエドワードさんの葬式に出ていて不在、メイド寮に残っているのは下っ端の子たちだけだった。

 パスポートを無くしたと焦るシドニーを落ち着かせようと、金髪頭のメイドは「一度、ジジに確認してみますよ、それまで落ち着いて!」と言い聞かせた。「あれは、本当に大事なもので、生きる為に必要なもので、、、えーと、、」シドニーは嘘に塗れた自分に隙がないように慎重に言葉を選んで話した。

「今、聞きに行けない?」


「今、ジジは歯医者に行ってるので、帰ってきたら聞いてみます!」とアンナマリーはベッドから起き上がって、焦りと二日酔いでふらつくシドニーの右手を優しく引っ張りながらベッドに誘導する。ベッドに寝かし、毛布をかけて上げると、縫ってた最中のジャケットを椅子に置いたまま、他のメイドに確認しに行った。

 部屋で1人っきりになったシドニーは居ても立っても居られず、心臓はバクバクしている。パスポートを無くした自体で落ち着く方が無理な問題だ。

 メイドは部屋を出て一階へ降りると、キッチンでお喋りしながらお皿を2人係で洗っているブリトニーとケリーに声をかける。

 「ねぇ、ジジっていつに帰ってくる?っていうかこんな時に歯医者って開いてるの?」


 「いいや、開いてないと思うけどジジが話を聞かなくて、いくだけ行ってみるって言ってたわ」ブリトニーはキッチンに両手をつけてもたれ、ケリーが皿を洗い終わるまで待っている。

 「出て行ったのは2時間前よ、もうすぐで戻ってくると思うけど、あいにくバスが運行してないのよ、、、どうしたのアンナマリー?」ケリーが言った。

 「あのシドニーっていう男の子が、パスポート無くしたって、お酒飲んだ時まで持ってたらしいのよ、何も預かってないよね?」

 「えぇー!パスポート無くしたの?」ブリトニーは目を見開く。ケリーは冷静で表情態度を一切に変えない。

 「どこかに落としたのかしら?だとしたら、お酒飲んだ所よね」ケリーの言葉に「あぁー、地下のバックヤードね」とブリトニーが言葉を添える。

 「そうね、多分そこかも、、、あんた達見てないよね?」

 ケリーは洗い終わりの数枚の皿を重ねるとブリトニーに渡し、ブリトニーは白の布巾で濡れた皿を拭き始めた。

 「見てないけど、見つけたら取っとくわよ」ケリーは濡れた手をタオルで拭きながらアンナマリーを見て話した。

 「ありがとう!助かるわ!」アンナマリーはそのままシドニーのところへ戻った。アンナマリーの後ろ姿を見届けると、ケリーはブリトニーに視線を変え、「ジジの話聞いてても思う事なんだけど、シドニーっていう人少し怪しいわね」と言った。

 「どうして?」ブリトニーが聞くと、「だって、偶然逃げてきた先があの建物で、プリンも持ってないのに配達しにきたとか、、、もうツッコミどころまんさいよ」ケリーの言葉にブリトニーは「確かに」と頷く。

 ブリトニー「ジジが帰ってきたら聞こう」


 アンナマリーはシドニーのところへ戻り、「パスポートはここに落ちてませんでした。だけど、お酒を飲んだ地下のバックヤードにあるかもしれない。あとで探してきます」

 「いやいや、自分で行く!」シドニーの言葉にアンナマリーは焦る。「だめです!あなたがあの部屋にいた事は秘密なんですよ!」アンナマリーの言葉で、自分がそこにいた状況を考えれば確かにより怪しまれると思い直した。

 ここは、ジジかここのメイドに見つけに行ってもらうしかない。シドニーはアンナマリーに言った。

 「ジジが帰ってきたら、探しに行ってくれないかな?」

 「もちろんです。シドニーさんは休んでいた方がいいです。探しますから」アンナマリーは優しく言った。

 「あぁ、あと少ししたら、俺も出ようかな、店の人たちが心配だし、、、」


 「ジャケット直してあげたいんですけど、それまで休んでた方が、、、」アンナマリーの言葉を遮り、シドニーは言った。

 「後で取りにきます。一旦、店長のシーヴァンに顔を出さないと」シーヴァンはシドニーが帰ってこないのに心配しているに違いない。すぐにでも帰って顔を出さないと、そしてこの出来事を誰かに話したい。

 アンナマリーは納得し「確かにそうですね、ではまた来てください。その時にはジャケット綺麗にしておきますから」アンナマリーの微笑みはまたしてもシドニーの心を揺さぶる。

 目を逸らすと、アンナマリーは思い出したように「あ!アンナマリー、私の名前」と自己紹介し、握手の手を差し伸べた。

 シドニーは照れながらアンナマリーの手を軽く握ると、その冷たく柔らかい手の感覚を手で感じた、下手に触ってはいけな貴重なものに触れる気分だ。

 しばらく見つめていたが、下からメイド達の「おかえりなさい」と声が聞こえてきた。アンナマリーは「やばい!ステラさんかえってきた?」と焦り始めた。

 「ステラさんって誰?」


 「メイド柱です!メアリー・ステラさんが帰ってきたのね、シドニーさんがここにいるのは内緒なんです!さぁ裏口から出てください!」

 シドニーは素早く靴を履き紐を結んでいる間、アンナマリーはドアを中途半端に開け顔を出し、廊下を確認している。

 部屋の外からメイド数人の声が聞こえてくる。ようやく靴を履き終え外に出る準備ができると、ひさびさに地に足をつけた感覚で廊下へ出た。

 すると、先から2人のメイドが焦って駆け寄ってくる。ブリトニーとケリーだ。2人はアンナマリーに「ステラさん帰ってきた、裏口から入ってきてる!だから表出口作戦!表出口作戦!」と連呼しながら、アンナマリーとシドニーを逆方向へと誘導した。

 この寮は階段が二つあり、表出口に一番近い東の階段へと向かった。

 ケリーが先頭に進む、慎重ながらも俊敏な動きだ。ブリトニーは一番後ろで後方を警戒している、気が付けばメイドのフォーメーションの中でシドニーは隠され、そのチームワークに関心する。

 階段を降りて、すぐそこに表入り口が見えた。ケリーがさきにドアを開けると、階段から降りてくる残りのメンバーに手招きし、小声で「早くして!」と声かけする。

 シドニーは手助けしてくれたメイド達に「ありがとう、ありがとう!」と言いながら、焦りでてきとうな相槌と背中を押されながら外へ出た。

 アンナマリーは外まで一緒に出てくると、「夜にでも取りに来てください!あぁ!その時は、チャイムを鳴らさないで、大きな木の枝がぶつかる2階の部屋に石投げてください!窓は開けときますから!」と言った。「わかった、ありがとう!」と、そのまま走り去っていくシドニーに手を振りながら「待ってます!」と口の動きで合図した。

 シドニーはそのまま走り続けながら、周りの風景を見渡しながら店へ向かう。肌寒い空気の中、太陽の光は眩しく雲一つない青空は冬を感じさせる。

 毎日のように見てた町の風景は中途半端に壊れてつつも、その原型はしっかり残っていた。アクセサリー・ブランド店「リヴェラ」やトレジャーハント事務所「グアナム」などが立ち並ぶ通りの一番端のスイーツ店「パティエ」がシドニーの働く店だ。

 店の周りは他の建物と同じく瓦礫がその周辺を散乱しているが、既に片付いている。というのも端に寄せられているだけだが、店に客が入ってこれるように入り口は綺麗に清掃されている。

 シーヴァンの顔を思い浮かべ、すぐに会いたい気持ちがシドニーの足を早くさせる。小さな店で、両サイドに店内の様子が見える大きなショーウィンドウに1人の店員が作業をしている様子が伺える。シーヴァンだ。

 店の中を入ると、「いらっしゃいませー」とシーヴァンの声に迎えられた。レジカウンターが左側にあり、シーヴァンはカウンターで小さいサイズのダンボール箱からスノードームを取り出しているところだった。視線を入り口に目線を移すと手が止まる。目を見開き、今にも抱きしめてくる勢いでシドニーに迫り、目の前で止まると肩に手を置き、「お前、大丈夫だったか!」そう言うと、片腕で強めにシドニーを抱きしめた。

 「心配かけて、ごめんシーヴァンさん!俺大丈夫です。怪我もないので」シドニーが言うと、シーヴァンは再びシドニーに視線を移し、体に怪我がないか目で上から下まで流し見して「良かった、生きてて良かった」と呟いた。

 「お前、どこにいた?」シーヴァンの目はうるっとしてたが、しばらくしてお怒りモードに変わった。心配故の怒りだ。

 「ついさっきまで、ウィリアムズ邸のメイド寮のところに」


 「メイド寮?なんで?」シーヴァンは眉間に皺を寄せながら迷宮入りの表情を見せる。「話すと長いんだけど、、、」

 シドニーはシーヴァンに全て話した。ジジに話さないと約束した部分も包み隠さず話した。誰にでも語るわけでない、口が軽いわけでもなく、シーヴァンだからこそ話せる事だった。

 「はぁー、大変だったな、、、そのメイドがエドワードさんを殺したのか?」


 「そう!エドワードさんは殺された、だけどみんなは空撃で死んだと思ってるんだ」


 「はぁ、そうか、名前なんだった?」


 「ジジ・ジョーク、、、日本のスパイじゃないよな?まぁ、ないと思うけど」

シーヴァンは腕を組みながら話を聞くその姿はシドニーを安心させた。

 「それで、パスポートはまだ見つかってない?」シーヴァンが聞くと、シドニーは視線を下にして頷いた。まいったと言わんばかりに上を見上げ「んんー」と唸るシーヴァン、眉間に皺を寄せてるのは何かを考えている証拠、それだけ生死に関わる問題という事だ。シドニーは黙ってシーヴァンの口が開くのを待っていた。

 「わかった、とりあえずメイド達に探しに行ってもらえ、そして、なかったら身を隠す場所を作るしかないな」と言った。

 「わかった、、、ありがとう、シーヴァン」自分のことのように心配し考えてくれている彼には感謝しかない。シドニーは母親をイギリスに1人残してヴェノピア島に来た若者だ、この島で行き場のないこの若者を救ってきたのはシーヴァンだった。

 「そういえば、お前はなんでヴェノピア島に来たんだ?」


 「この島の芸術が好きだからだよ」


 「そうか、芸術は戦争の真っ只中だぜ、母親とは喧嘩したままなんだろ?偶には手紙送ってやれ、心配してるぜ」シーヴァンはため息混じりにカウンターの横に積まれた小麦粉袋を2つ抱えるとレジ奥へと入っていった。

 「心配なんかしてるわけ、、、」シドニーは小声でそう呟きながら窓から見える風景を見つめた。人々が瓦礫を一輪車で運び、また建物を建て直そうとせっせこいと働いている。働き者の母親を思い出す。毒舌と捻くれた事しか口にしない母親とは家で顔を合わす度に喧嘩した。

 ある日、荷物を抱えて家を出たとき、母親の目は潤っていた。しかし、これ以上考えたくない、思い出していまうのは気持ちが重くなるからだ。十字架を背負ってると自覚してしまいそうだ。




 メイド寮のドアを誰かがノックしてきた。「誰か来たね?」メアリー・ステラは丸いテーブルで紅茶を飲みながらくつろいでいたところだ、彼女が椅子から立ち上がろうとすると、周りが気を遣って我先にとドアへ向かった。

 ドアを開けたのはブリトニーだ。ドアから顔を覗かせたのは、ジョンとヴェルヴィンだった。2人は「夜に申し訳ありません、我々、お亡くなりになったエドワードさんと親しかったものです。少しお伺いしたい事があってこちらに来たのですが、、、」ジョンがそう言うと、横にいるヴェルヴィンがジョンにパスポートを手渡した。

 「こちらはエドワードさんに仕える使用人達の寮だと伺ってるのですが?お間違いないですか?」ジョンはパスポートを見せる準備をしている。

 ブリトニーは「はい、、、そうですが、、、」と少し戸惑いながらパスポートに視線を移した。夜から黒い毛皮のコートに黒の帽子を深く被った男2人が玄関前にいれば、それは動揺するだろう。しかし、パスポートを見つめるその目は、心当たりがあるのだろう。

 「このパスポートの持ち主を探しているのですが、ご存知ですか?」ジョンがそう言うと、写真の付いたページを開いてブリトニーに見せた。

 ブリトニーは見つけた!と言わんばかりに「これ!探してる人いました!シドニーっていう子ね!ジジが言ってた!」とシドニーの名前を口にした瞬間、ジョンとヴェルヴィンの表情は清々しくなる。

 「ご存知なんですね?この方、今こちらにいますか?」


 「いや、ここにはいないけど後で来、、、」ブリトニーはメアリー・ステラにシドニーの事は秘密にしていたのを思い出した。このままだとバレてしまうと考え、「後で会うので、その時渡しておきます」と言い返し手を伸ばすと、ジョンはパスポートを引き「いいえ、パスポートには重要な個人情報が入ってるので、我々がご本人に直接お渡しします。彼の為にも、、、」と返した。

 ブリトニーは更に戸惑いながら、「どうして?」と聞いた。「いや、だから先ほども言ったように、、、」ジョンはさっき言った内容を繰り返すと、「見知らぬあなた達がどうしてそこまで?シドニーと知り合いでもなんでもないのでしょ?」ブリトニーの疑問はもっともな疑問だ。関係者にさっさと渡してしまった方が拾った者としての責任を簡単に果たせる。どうして自分達の手で渡す事にこだわるのだろうか?と、しかしジョンは素早く答えた。

 「これ、ウィリアムズ邸のアート作品を保管してる部屋に落ちてたんですよ、なぜそこに落ちてたのか、不思議に思いまして、、、、作品が盗まれていたとかでは無いのですが、なぜそこに落ちてたのか?が気になりましてな」ジョンはそう言った。

 ブリトニーはぎこちない顔で「分かりました」と同意した。

 「因みに、リーバーさんとエドワードさんとどのような関係で?」と聞かれたブリトニーは「リーバー?あ、シドニーね彼はここの関係者じゃないのよ、、実は、これ秘密にできます?」ブリトニーはジョンとヴェルヴィンに顔を近づけると、2人も顔を寄せる。

 「もちろんです。」


 「あの、シドニーって子は、空撃があった時にたまたまウィリアムズ邸に避難したのよ、それで空撃が終わるまでの間、メイドの部屋でワインを飲みまくってしまって、、、」


 「ワインを?勝手に?」


 「えぇ、多分ね、、、空撃が怖かったからじゃない?それで酔っ払ってしまって、しばらくここで休ませてたのよ、そしたらパスポートが無い?!って焦り出すからさ、後で探してみるわって言ったけど、見つからなかった、、、、まさか、あなた達が持ってたとわね」


 「どうして、それを秘密にするのですか?」


 「ステラさんには内緒なの、ここのメイド柱よ、よそ者がメイドの部屋でワイン飲んで二日酔いでベッドで休むなんて、聞いたら怒るでしょ」


 勝手に人の家に避難してきて、挙げ句の果てにワインを勝手に飲みまくり、それで酔っ払った青年を助けてあげた?というブリトニーの話に不信感を抱きながら、ジョンは、「分かりました。リーバーさんはいつ来られますか?」と聞いた。

 「それが、いつ来てって約束するの忘れた」バカなメイドだと思いながらも、うまく自分たちの所へ連れて行けるチャンスだと考えたジョンとヴェルヴィンは目を合わせて、互いに頷き合う。

 「本人にこちらに取りに来るよう伝えてもらえますか?」


 「わかったわ」


ジョンはブリトニーにとある場所の住所を書いたメモ紙を渡すと、帽子を掴んで軽く頭を下げ肌寒い真っ暗な闇へと消えていった。

 すぐさまポケットにメモ紙を入れてケリーとアンナマリーに報告をと慌てていると、「誰なの?」とメアリー•ステラはブリトニーの動きを止めた。

 視線はさっきまで読んでいた本から目玉だけがブリトニーに向いている。

 「いいえ、誰れでも、、、」何事もなかったかのようなブリトニーの下手くそな芝居は見抜かれていたが、「変な男に釣られないでよ」そう言って、メアリー・ステラは読書に戻った。

 「はい、了解です」と笑顔で返事を返すと、メアリー・ステラのくつろぐ部屋を出て反対側の壁にもたれ、緊張のため息を漏らし、息を整えゆっくりと階段を上がった。


 2階へ上がり、自分とケリーの部屋へ向かった。部屋の中はどこか少女らしさを感じさせるポスターやプライベートで着る服の掛かったクローゼットが開きっぱなしだ。部屋のドアの下には外履き用の靴が置いてある。メイドの稼ぎではヴェノピア島のハイヒールなど買えないが、それなりに工夫してオシャレしている。

 ケリーは壁際の小さめで可愛いドレッサーで爪を整えていた。「ねぇ、ケリー!シドニーって子のパスポート見つかったよ!」ブリトニーの一言に、表情は変えず爪を削る動き止めないが顔だけドアに向け、「え?」と反応を見せる。


 「黒の毛皮を着た男の人がさっき訪ねてきて、パスポートを見せてきたわ!」


 「えぇ?訪ねてきたその人たちは誰?」


 「エドワードさんの友人」


 「パスポートは今持ってるの?」


 「うんん、今はあの男の人たちが、、、」


ブリトニーの軽気な発言はケリーを不安にさせていく。「なんで、エドワードさんの友人がパスポートを持ってて、あんたはそれを受け取ってないの?何もかもが分からないんだけど、、、」ケリーは眉間に皺を寄せた。

 「なんかね、邸宅で今アートを保管している二階の部屋あるでしょ、そこに落ちてたんだって!」

 

 「えぇ、なんでそんなところに?ジジは地下のバックヤードの事しか言ってなかったよ」


 「私も!それは疑問」


 「っていうか、私が渡しときます。って言いなさいよ」


 「言ったわよ!パスポートの持ち主本人じゃないと渡せないって、なんであの部屋にあったのか気になっているらしいわよ、探索してるっぽい」


 「もう〜、めんどくさい!あの男の人たちがステラさんに言う前に私達から自白する?エドワードさんの友人にろくなやついないわよ」ケリーが話してる間にブリトニーは住所の書かれたメモをケリーに見せた。

 「ここに、本人を連れてくるように!って」

 ケリーは手の動きを止め、メモを受け取りしばらく見つめた。「ここの住所、海岸付近の通りじゃん!」、ケリーは立ち上がり「ジジの部屋行くよ!」といって、部屋を出た。

 夜の20時半頃、シドニーはシーヴェンの家で夕食をとっていた。

 シーヴァンの家は一風変わっていて、嫁ビアンセは煙草は吸いながら片手にワインを持ち、シーヴァンの友人カルロスの話で大胆に大笑いしている。

 カルロスの横に座るシドニーも微笑みながら骨付きのチキンをナイフで切り取りそれを口にする。

 大雑把な性格で手が汚れても気にならないカルロスにとって、ちまちま食事するシドニーの食べ方は見てるだけで息苦しい。

 「おお!アーサ、お前チキンをわざわざナイフで切ってるのかよ、男ならそのまま噛みちぎれ!」

 カルロスもビアンセもシーヴァン含め、親しい人はみんなシドニーの本名もユダヤ人である事も知っている。みんなからはアーサの愛称で呼ばれている。

 シーヴァンは台所からソーセージのスープが入った赤い鍋を持って出て来た。「ほーい、お前ら真ん中開けとけ!」、3人は真ん中に置いてたワインボトルやグラス、ポテトとチキンの入ったお皿を横にずらし、シーヴァンはやっと鍋が置けた。スープの匂いは一気に食卓を囲んだ。

 「よっしゃー、、、食べろ!」シーヴァンはそう言うと、両手につけてたシリコンミトンをテーブルに置くと席についた。

 シーヴァンの家では珍しく奥さんのビアンセではなく、シーヴァンが料理をするのが基本。

 共働きで、ビアンセはプロポーズを受けた時、主婦になるのが嫌で何度か断ったとか、しかしシーヴァンは諦めずプロポーズを繰り返した。結婚後も仕事は辞めたくないというのを条件に受け入れた。

 シーヴァンの本音は「家にいて欲しい」

 といったところだ。でもこの素敵な女性と結婚できるなら、何でも許すという気持ちの方が強かった。

 ビアンセの職業は学校の教師だ。彼女はこの仕事に誇りに思い、生涯この仕事を続けようと思っていたが、ある日を気に主婦になることを検討している。それは子供だ。まだ妊娠すらしてないが、そろそろ子供が欲しいと思っている。シーヴァンとは10歳差で、今が最後のチャンスと考えているのだろう、しかし時代が時代の為に慎重になっている。

 シーヴァンはビアンセの背もたれに腕を伸ばし、くつろいだ姿勢を取るとメイドの話を持ち出した。

 「そういえば、そろそろ行くんだろう?メイド寮」


 「うん、そろそろ」 


 「メイド寮って、、、あぁー姿をくらましたパスポートの件ね」ビアンセがそう言うと、カルロスも目を見開き話に興味を持った。「姿をくらましたパスポートの件?」カルロスがそう聞くと、シーヴァンは「そう、無くしたパスポートの話聞いてないのか?メイドの話も?」

 カルロス「何も聞いてないぜ、おい!アーサ?!」シドニーは勘弁してと言わんばかりの怠そうな態度を取った、カルロスの大胆な反応がより心配を煽る。

 さすがに殺人の話はしてないらしいが、パスポートをなくして、メイド達が探してくれているという話はビアンセにしていた。


 「メイドも面白いぜ、空撃で逃げた先でお酒を飲ませてるんだからな」


カルロスはより謎めいた顔で深く聞いてくる。「えぇ!空撃中にお酒?!お前が?!」大きな声とその反応でシドニーは、痺れを切らし、「もういいって!今から見つけるから」と言った。

 シーヴァンはシドニーのテーブルにつけた拳に腕を伸ばし、「悪かった、怒るなよ、どうにかなるさ」といった。

 「わかってるよ、怒ってない」


 「大丈夫、見つかるわ、姿を眩ましたパスポート」ビアンセが言った。続いてシーヴァンも「あぁ、姿を眩ましたパスポ、、」

 「はいはいはい」とこの夫婦の決めゼリフを遮った。カルロスは相変わらず、「みんなどういうこと?!なぁ、アーサ」この話を聞きたがるが、ちょうど時間も気づけば21時前だった。遅くなり過ぎても申し訳ないと思い席を立った。

 「ごめん、もう行かないとこんな時間」


 「あぁ、そうか、外寒いだろうジャケット持ってけよ」


 「あぁ大丈夫、今からジャケットを取りに行くから」


 「あら、パスポートじゃなくて?」ビアンセが言った。


 「パスポートもだけど、ジャケットも預けてるんだよね、穴もあいてぼろぼろだったから」


 「そう、だったら私でもジャケット綺麗にできたのに」


 「そー、裁縫できたっけ?」シドニーはわざとらしく質問すると、「いいえ!」とビアンセはのって答えた。

 「それ以外の事なら何でもできるもんな」とシーヴァンがビアンセを庇う。もちろんこれもこの夫婦とシドニーの親しいコミュニケーションの一つだ。

 そそくさと外に出ようとすると、「おい、アーサ!」とシーヴァンがシドニーを止めた。きょとん顔で後ろを振り向くと、「どうにかなるから心配しすぎるなよ」と優しく言った。シドニーは頷くと家を後にした。



ジジ・ジョークとメイド達


 家を出て、早歩きでメイド寮まで行った。外は真っ暗で強い風が寒かった。

 建物に着くと、入り口ではなく裏側に周り大きな木が立ち、ちょうど枝のあたる部屋に目掛けた。月の光と窓から漏れる光を頼りに、手探りで石を見つけた。それを慎重に開いた窓に目がけて石を投げ入れた。

 しばらく様子を伺い、誰も出てくる様子がなかったため小声で「アンナマリー!」と何度か呼ぶと窓から1人のメイドが顔を出した。

 そのメイドがアンナマリーじゃない事にすぐ気づいた。光に照らされた髪色は暗く、顔も優しく麗しいというよりは奇抜でおどろおどろしい。ジジだ!

 ジジは上半身を窓から乗り出し、小声だが「お兄さん?」と微かに聞こえる声で聞いていた。

 「そう、俺だよ」シドニーがそう言うと、「ちょっと、待ってて」と微かな声と左手で待っててとジェスチャーすると、身を引っ込めた。

 しばらくすると、裏口側から茶色の安物の毛皮のコートを着てシドニーの方へ早々と歩き、酔っ払って以来の対面だが挨拶もなく本題に入る、その顔は目を見開き、焦った表情だった。

 「ねぇ!パスポート落としたの、なんで気づかなかったのよ!」


 「えぇ!だって俺酔ってたから」


 「なんで酔うほど飲むのよ」

 

 「それは君がワインを進めるから!」


再会してすぐ言い合いかと思えば、シドニーの背筋の凍る一言を放った。


 「パスポートは持ってない、でも見つけた、、、殺したあの男の知人が預かってるらしいの」図太い声で言った。


 「あぁ、、、えぇ?なんで?」シドニーの頭は真っ白になった。もし、殺人の容疑を疑われ、何者か探索されたら隠してる事実もバレてしまうと悪い予感がよぎった。「俺も収容所行きだ」

 一方、ジジはエドワード・ウィリアムズの知人という事は、ダイヤの歯を狙ってる輩の可能性があると疑っている。なにせ、パスポートをすぐに受け渡すのではなく、自分から取りに来るように言われ、更にはアート作品を保管してる部屋など行ってないのに、そこに落ちてたと嘘をつく点からエドワード・ウィリアムズのダイヤの歯を探してるに違いないと。

 もし、殺人を疑うのならパスポートの落ちてた部屋についてわざわざ嘘をつく必要などないのに。この時、2人の頭の中は互いに違う理由で頭がいっぱいになった。


 「俺、、、どうしよう、、、」


「知らないけど、その男2人は今日の19時ごろにここに来たんだってブリトニーが言ってた」


 「そいつらは何て?」


 「お兄さんに自分でパスポートを取りに来るようにって、住所の書いたメモを渡されたのよ、メモは、、、あ、部屋に忘れた」


 「えぇ住所はどこ?」


 「ベンツレー22番通り13-3、、、ここ何の建物が知ってる?」


 「いいや、聞いた事ない」


ジジはため息をこぼし、顔を斜めにし視線を斜め下にずらした。「そこは、、、もう使われてない車の修理工場」


 「えぇ?」シドニーの想像した答えは刑務所かロッテ・マテリア駅の近くだと思っていた近くに収容所があるからだ。

 しかし、マテリア駅付近に使われてない車の修理工場などない。

 「なんでそこに?」とシドニーはより恐ろしくなった。


 「あのねぇ、エドワードの知人よ、ダイヤの歯を狙ってるに違いない!」

 その言葉にほんの少しだがほっとした。「警察やユダヤ狩りのスパイなんかじゃない、おそらく、ダイヤの歯を狙ったやからか」と、収容所行きの可能性から少し離れただけでも救われた気分だった。

 シドニーは思わず「あっ、そっちか」とほっとした表情を見せた為に、ジジは「あっ、そっちかって、逆にどっちがあるの?ダイヤの歯を取られたら売れないでしょ、それに殺人もバレる。お兄さんは今疑われてるんですよ?」と言い返した。

 シドニーは気を取り直し言い返す。「もともとといえば、君が人を殺すから!俺は巻き込まれたも同然だ!」


 「確かに手伝ってもらったわよ、でもノーという事もできたわね?」


 「できたけど、、、」シドニーは言葉をつまらした。自分の臆病な一面が犯罪に手を染める事になってしまった、その事実は変わらないが、でも殺してはない。

 頭の中で事実だけを主張する自分と、自分を守る為の言い訳を主張する自分とが戦っている。

 ジジは失語になりつつあるシドニーを黙って見続け彼が言葉を言い切ると口を開いた。

 「まぁ、悪いのは全部私なんだけどね、ごめん、あんたじゃないわ、私だ」ジジの利口な発言に耳を疑った。さっきまでトラブルの引き金をシドニーに押し付けてたジジが嘘のようだ。何より不気味なのは、発言が180度変わる前と後で、テンションや声のトーンがいっさい変わる事なく、ふざけてるのかと思えるほどだ。

 「お兄さんを巻き込んだ事は謝るわ、だから助ける、パスポートを取り戻しましょう」ジジはそう言って、裏口の方に体を向けて歩き出し、途中で足を止めると顔だけをシドニーに向け、手招きする。再びメイド寮にひっそり入れるつもりだ。

 シドニーはさっき言い合いした事に罪悪感を感じた。人を殺してなんてない、本当にダイヤの歯を抜くのを手伝っただけ。でも、自分がジジに殺されるのではないかと恐れていると、ジジは「大丈夫、私はだれもかれも殺すわけではない」と言っていた。ジジにも後悔や罪悪感は少なからずあるのだろうかと、ジジの印象はゆっくりと変わっていた。

 裏口のドアを開け、人がいない事を確認するとゆっくり中へ入り、シドニーがドアを閉めたのを確認すると、「ついて来て!」と言って、周りを確認しながら猛ダッシュで、建物を出る時に降りた東側の階段とは別に西側の階段から上がった。

 メイドの部屋へ向かい、ジジは自分の部屋へと案内した。今日、シドニーが休んだ部屋だった。

 ドアを開けると、白のロングスカートを身に纏ったアンナマリーが立っていた。裾や首元部分にピンクの花柄の刺繍が施されている。

 「シドニーさん来た?」アンナマリーはジジの後ろのシドニーに気づき、微笑む。

 シドニーは照れくさそうに手を振った。ジジは鏡台にランプの横に置いていた紙を取ると、シドニーに渡した。

 折り曲がった茶色のメモ用紙をひらくと綺麗な文字で住所が書いてある。アンナマリーに会い心の中が浄化されたが、この文字を見て再び恐怖心に襲われた。

 「ここに行けばいいんだね」


 「えぇ、そうなんです。黒のコートの男2人がシドニーさんのパスポートを持ってるらしいんです。ブリトニーがその方達を対応しました。」アンナマリーは心配そうな表情でシドニーを見つめる。そのせいで前をまっすぐ見る事ができない。

 ジジはコートを着たまま窓際に座り、煙草を吸い始めた。「今から取りに行くけど、今日行けばいいのか、明日でもいいのかが分からないのよ」ジジがそう言うと、「なるべく早いほうがいい」シドニーは言い返した。

 「何か、身を守れるものを持って行ったほうがいいんじゃない?」アンナマリーがジジに言った。ジジはしばらく考え、壁に視線を移し、「これ、いいんじゃない?」と綺麗でお嬢様らしい部屋の壁に相応しくないバールがもたれていた。

 「それもいいけど、銃とか?」


 「銃?!あんた正気、そんなものどこから持ってくるの?」ジジは笑いながら言った。しかしエドワード・ウィリアムズを殺した時、銃を使った。しかも銃声音の響かないサイレントのついた優れものだ。

 シドニーは「持ってたじゃん」と言わんばかりにジジを見つめる。はっきり言いたいところだがアンナマリーはエドワード・ウィリアムズを殺したのがジジである事実を知らないだろう。

 「あっ!盗んだやつ持ってた!」ジジはシドニーの視線に気づき、しばらく見つめ合ってると銃を持ってたと思い出した。

 「あれを隠し持ってけばいいわ!」

  

 「それにしても、どうしてエドワードさんの知人はアート作品のところで拾ったんですかね?すぐに返そうとしないし」

アンナマリーの質問にジジは肩をすくめる。


話はとんとん拍子で終わり、沈黙が続くとシドニーが口を開く。

 「あぁ、いつ行こうか?」

「今から行っちゃう?」ジジがそう言った。

 「だめよ、こんな時間だと危険だわ!明日の午前中でいいと思う。パスポートを取るだけなんだから」アンナマリーが言った。

 「なるべく早い方がいいから、明日空いてる?」シドニーがジジに聞くと「もちろんよー」とタバコの煙を吐きながら答える。今日はパスポートは手に入らない、ジャケットをもらって帰ろうと考えてたが、親切なアンナマリーは、「せっかく来たのだし、ステラさんも寝てるから少しゆっくりして行って!」と言って、またもはシドニーの変人を聞く間もなくジャケットと紅茶の準備をしに部屋を出た。しばらくの沈黙が続いたが、壁に貼っていた女性歌手のポスターを見て、シドニーが最初に沈黙を破った。

「リトル・ママ・ボーンズが好きなの?」


「好きなの、私、リトル・ママ・ボーンズみたいに歌いたい」


ジジの意外な夢にシドニーは関心した。狂気じみた人間ではない、まるで少女の様な夢を持っていると。

ジジは続けて話した。「リトル・ママ・ボーンズは北シーナの人、、、だから私とは縁がないけどね」

「日本に行ったらもっと遠くなるんじゃない?」シドニーは日本に行きたいと言っていたジジの話にも興味があった。なぜなら、とある日本人が多くのユダヤ人にビザを発行してくれてるという噂を耳にしたからだ。あえて、日本に結びつくように会話を進めた。

「えぇ、残念だけど、、、桜の国に行きたいから」ジジはそう言うと、女性歌手のリトル・ママ・ボーンズのポスターから視線をシドニーに移し微笑んだ。

「なんで、日本に行きたいんだっけ?」


「日本には桜があるから、北シーナのは偽物だから」


「そうだったね」シドニーは微笑んだ。そして、続けて質問した。「あのダイヤの歯は誰に売るの?」


「船長よ、北シーナの港に大きな船を持つ船長のレーウィン・エイデルズっていう男にダイヤを渡すのよ。あのダイヤはペトラ・ソーナっていって、北シーナの命なのよ、あれをスペアキングの時計台で引き渡して、ロッテン・マテルの港で日本行きで船に乗れば、この国ともさよならね〜」


「いつ頃?」


「もうそろそろ」


 日本へ行けるのは羨ましい。今にも「俺も連れてって」と言いたいところだが、シーヴァンやパスポートやらで動き出せない。

言ったところで、人数は限られているだろうし、現実的ではない。ユダヤ人である事も秘密だ。

シドニーは最も気になる質問を問いかけた。


「他のメイド達はあの男を殺したのが、君だって知ってるの?」その質問にジジは大声で大胆に笑いながら答えた。


「当たり前でしょ」


その呆気ない答えにシドニーは目を見開いた。あんな可愛いメイドがエドワード・ウィアムズの殺害に加わっていたののか?!驚きと同時にショックだった。

アンナマリーは平気なのか、どうして平然といられるのか、理想の彼女の像はゆっくりと歪み始めた。


 「誰も気にしちゃいない、みんなあの人に縛られてた、あいつは祟り神よ」


 「みんなであいつを?」


 「いいえ、殺したのは私」ジジは陽気な表情で話を続ける。「あいつの愛人も元はメイドだったのよ、でもいずれ捨てられただろうけど」

 

 「何をされたの?」シドニーの問いかけにジジは視線を斜めにづらした。


 「弱みにつけ込むのよ、みんな訳あってメイドなんだから、でも私だって成功したいの、みんな幸せになりたいのよ」これ以上は語らず、ただ沈黙が続いた。

 アンナマリーが紅茶とクッキーをトレイに入れて、片方の手でジャケットを持って部屋に戻って来た。

 「お待たせです!」トレイをテーブルに置くと、シドニーにジャケットを渡した。

 「これ、綺麗にしときました」

 照れくさそうにジャケットの穴が空いてた部分を探って、「確かにありがとう」と返した。

 「アンナマリーは世話焼きね、つい最近までここまでしなかったのに、、、」とジジが言うと、「いいえ、お客様にはいい気分にしてあげたいだけよ」と返した。

 しばらく紅茶を飲みながら雑談をした後、前同様にこっそりメイド寮を出た。

 「明日、朝の10時頃、近くのバスの駅で待っていて、もし来なかったらあなたの働くパティエに行く」とジジと約束を交わした。メモを渡した男達は意外と天然なのか、いつまでに来てとか、何も書かれてなければ、彼らが訪ねて来たときに対応したブリトニーは、口頭でもいつに来てと言われてないと主張していた。

 帰り道、月の光に照らされ緑のジャケットはワイン色に染まって見える。洗濯したてで新品同様だ。何よりアンナマリーが自分の為にしてくれたと考えると、よりいっそう彼女のことが気になった。

 今日の夜、彼女の夢が見れますようにとウキウキな気分で自分の住むアパートへ帰宅した。

 

 朝、ジジと約束したメイド寮近くのバス停に行く前にシーヴァンの家に寄った。

 いくつも似た家が立ち並ぶ通りをシドニーは走って通り過ぎていく。

 珍しく、隣人たちが外で揃いに揃って世間話をしている。みんなが見る方向はシーヴァンの家だったが、シドニーは目を疑った。家は窓ガラスが破られ、外から見える玄関からは小棚が倒され、紙が散らばり、窃盗にもあったかのようだった。

 シドニーはすぐさま家に入り、シーヴァンと掠れた声で叫び呼んだ。

 すると、階段の上からビアンセが立っていた。「アーサ?アーサなの、大丈夫?」ビアンセの声はどんどん涙もろくなっていくが、階段を焦るように降りる。シドニーも階段数段上がり、階段途中でシドニーを強く抱きしめた。

 「あんた!あんた、シドニーは生きてるわー」ビアンセはとうとう泣き出した。

 「ビアンセ、一体何があったんだ?」シドニーの声など聞こえてない、上からシーヴァンも降りてくると、「シドニー!?」と叫び降りるてくる。

 階段途中でビアンセを挟んでシドニーを抱きしめる。「何があった?」とシドニーの質問がやっと2人の耳に入った。

 「べトラの兵隊がお前を探してる!どこのクソッタレが告げ口したのか知らんけど、お前がユダヤ人ってのがバレた」

 シドニーは背筋が凍った。今度こそ終わった、シーヴァンの必死に訴える瞳をひたすら見つめている。

 「大丈夫、あんたは私たちが守るから」ビアンセはシドニーの肩を強く掴み揺らす。

 昨日の夜、夜中からべトラの兵隊達がドアを粗末にノックして強引に押入った。

 最後までユダヤ人なんて知らないと主張し続けるも家の中を荒らして探られた。

 シドニーは罪悪感を強く感じていた。自分のせいで周囲の人たちがこんな事に、、、

 「昨日、カルロスにお前のアパートに向かわせた、お前がまだ帰ってなかったっていうから、、、」とシーヴァンは言った。

 「昨日?23時前には帰ったけど、、」


 「でも、昨日べトラがこっちに乗り込んできたのはお前が出て行った1〜2時間前で、すぐに様子確認しに行かせた」


シドニーはアパートに帰ってすぐ眠ったが、カルロスなど来なかった。部屋を間違えたのだろうか、しかし今はそんな事よりも、この家を何とかしなくてはいけない。

 「シーヴァン、この家片付けるよ」シドニーの言葉を殺して、シーヴァンは強めに話した。


 「お前はやらなくていい!とにかく、身を隠せ、パティエの厨房にある食器棚の一番下の棚に隠れてろ!」


 「あ、え?棚の中?」


 「そうだ!後で、隠し場所作るから、とにかく今はあそこに隠れてろ!」とシーヴァンは床に落ちた茶色のハットとロングコートをシドニーに渡した。急いで2階に上がると、茶色で小型のトランクを持って来た。ダイニングのテーブルにトランクを広げ、冷蔵庫の食料を無差別に取り出して、詰めた。

 「これを持っていけ!後で貴重品持ってくから、とりあえずはこれだけ持ってけ!」


 「あ、わかった」

 棚の中に隠れるなんて、言ってる事が無茶苦茶なような気もするが、今は言われた通りにしないと、命が危ないかもしれないとシドニーはすぐにパティエに向かった。ジジとの約束を完全に忘れて。


 「朝礼よ!」メイド寮のメイド約26名はみんな一階に集まる。

 横一列に並ぶと、メアリー・ステラが向かいあい話を始める。

 「昨日、食器棚にお皿片付けた人は誰ですか?」

 緊張感漂う空気の中、更に緊張しながらジジは手を上げた。メアリー・ステラは呆れたと言わんばかりにジジを見つめた。

 そして、「あなたね、何度も同じ事を言わせないでね、サイズ違いにお皿を重ねないで簡単な事よ、できて当然」と強く指摘した。

 ジジはいかつい表情で、次は気をつけますと右手で敬礼した。

 メアリー・ステラは続けて、洗濯の畳方が最近適当になってきてると指摘した他、部屋の掃除が行き届いてないなど、注意を促すと、最後にこう言った。

 「しつこく、厳しく言ってるけど、これはここを出ても使える事なのよ。女性は結婚して嫁ぐ。ここで学んだ事や経験が武器になるわ、エドワードさんがお亡くなりなって、みんな少しほっとしてるでしょ?

 でも、もう一つ試練ができるのよ、それはこのウィリアムズ家のメイドは解散よ。

 今週いっぱいまで、来週から貴方達は無職になる、今の空いてる時間に行き先や転職先を決めておく事ね。

 あなたたちは、本当によく頑張った、だからここから先も乗り越えられるわよ」メアリー・ステラはそう言うと、朝礼を終わらせた。いつもなら朝礼終了後は、集まる時より早く散っていくが、今日は流石に皆混乱していた。

 「エドワードさんの弟さんの方に仕えるんじゃなかったの?」「私もそう聞いたのに」などみんなの話し声はしばらく止まなかった。

 「ねぇ、私こんな予感してた、北シーナに避難するわ」ブリトニーがそう言った。

 「私も、一緒に連れてってよ」ケリーにとっては、今まで仲良くしたのにこんな時に1人で逃げるの?とブリトニーに言いたいところだ。アンナマリーとジジも揃って4人の会話はやがてエドワード殺害の件まで進んだ。

 「あの男殺した事に後悔してないわ」ブリトニーの言葉にみんな賛同した。しかし、アンナマリーだけは罪悪感に満ちていた。みんながどうして平気?私たちはあの男を殺すための計画を立てた本人達なのにと、自身を冷酷な殺人鬼とまで思い込んでいた。これからどうするか、みんなが話してる間も心ここに在らずといった様子だ。

 ジジ「私はすぐ日本に、、、こうなる事は分かってたから」ねちがいで痛めた首を左手で圧迫させ、頭を回す。

 ケリーはアンナマリーを見て、「最近あんたの様子おかしいわよ、シドニーっていう人に恋してるの?やけにお節介ね」


 「そうでしょ」ジジもケリーの言葉に共感する。

 

 「そんな事ないわよ」


 「恋してるの?」ブリトニーは目を輝かせ好奇心に聞いた。

 

「あなた、エドワード殺害の件は善な行いで塗り潰そうと?そんな必要はない、悪い事はしてない、殺されて当然!」


 「それに殺したのはあんたじゃない、私でしょ」くよくよしてるアンナマリーに苛立ち、ジジは強めにそう言った。


 「そうだけど、、、不安なのよ」

 

 アンナマリーは視線をまともに合わせないが、誰にも言えなかった秘密を暴露する時、彼女の表情は為を決意した勇敢なものだった。


 「私、あの男の子供を妊娠した」


 いつも冷静なケリーの顔は驚きが隠せない。ジジも同じだ。ブリトニーの「え!?」の驚いた声は周囲のメイド達にも聞こえ、みんながこちらを振り向いた。


 「一度、部屋へ行こう」ジジはさっきの苛立ちとは裏腹に優しめの声で言うと、他のメイド達の視線をさせるために、4人はアンナマリーとジジの部屋へ逃げ込んだ。

 ケリーが部屋のドアを閉めると、「何で黙ってた?」とジジが言う。


 「怖かったのよ、言うのが怖かったの、アリシアだって妊娠したのバレて追い出された」


 ブリトニー「あの愛人ね」


 「それでも、どうする気だった?」ケリーはアンナマリーを問い詰めた。しかし、ジジは「このまま質問詰めにしても意味ないわよ、もう妊娠してんだから」と言った。4人はしばらく考え込んだ。

 

 ジジはひらめいた様に口を開く。「お兄さんは多分独身よ、見てる限りあなたに恋してる、、、、」その言葉にケリーは耳を疑い、「ジジ!正気?、会ってまもない男に、しかも殺人現場をたまたま目撃した人にアンナマリーをあげようってんじゃないでしょうね?」

 「あげるって言い方は悪いわね、違う支えてくれそうな人に巡り合わせるのよ」


ブリトニー「恋のキューピットね!」


 ジジ「そう!そういう事」ジジはブリトニーを見て微笑む。そんな2人を見て、ケリーは勘弁してよ、正気なのは私だけと不安な気持ちが湧き出る。

 「ケリー、あんたも人殺そうと考えたでしょ、あんたも異常よ」ジジはわざとらしく笑い、左眉をびくびくと動かす。

 ケリーはため息し、「ねぇ、一回冷静になって、さっきアンナマリーにその話を持ち出したのに、すぐに話を戻すの?これは、あの男の問題じゃないある意味では、アンナマリーがこれからどうやって生きていくかを考えなさいよ、現実的にね」

 ジジもため息を吐いたが、「こういうのはどう?すぐにシドニーと結婚なんて言わないわ、それより一度お見合い?」

 お見合いという言葉にブリトニーは更に目を輝かせる。

 「ちょっと待って」ケリーは冷静を取り戻してアンナマリーに問いかける。

 「アンナマリー、その子を産みたい?」最もな質問だった。自分たちがどうこうした方がいいなんかよりも根本的に重要な質問だ。

 アンナマリーはしばらく下を向き、みんなからの視線が緊張を走らせたが、正面に向き直ると「産む!あの男はろくでなしだけど、この子は私の子供、だからあいつとは関係ない!私はこの子を産む」

 その決意の定まった言葉にみんなの心もよりいっそう強くさせ、つい最近まで少女だった彼女が、今はたくましい母親にすら見えた。

 

 ケリー「よく言ったわね!」


 ジジ「お兄さんの件は考えてみて、支えてくれる男性が必要でしょ」


 アンナマリーはしばらく考えた。確かにシドニーさんは誠実な青年といった印象、しかし今のところはだ。

 彼の事をもっと知りたいという恋愛感情も少なからずある、ジジの言ったように最初はお試しから初めてみるのも悪くないと思った。これももちろん我が子が最優先での話、むしろその為でもある。

 「うん!」ジジに目線を合わせ、はっきりと答えた。

 「わかった、わかった、それはいいわ、なら独り立ちもできるように、転職先とこれから住む家を見つけなさい」ケリーはアンナマリーを宥めるように言った。

 ケリーも妥協をした訳ではなく、女が1人で生きていくのが大変な世の中、せっかくの出会いがあるなら引き受けとくべきかもと考え直した。

 ただし、男に頼らず生きていけるくらいの力もつけてもらいたいというのがケリーの主張だった。


 スイーツ店「パティエ」の店内はシーンと静まり、この静かさを壊す通りの車のエンジン音や通行人の話し声、強い風で窓が揺らされる時、体がこわばる。

 食器棚の下の大きな棚は確かに隠れるのに見合った所だが、ベトラ兵はシーヴァンの家の中をあんなに荒らした。ここに押し寄せてきたら、絶対にこの棚も一つ一つ開けられるだろう、しかし今は普通に身を晒すよりマシだ。

 腰をかがませて座り、膝が頬に強く当たって痛い。この中でできる事など何もない。ただ、生き延びることだけを考えているが、頭の隅にはジジとの約束もこびりついている。

 もし、約束通りならジジが来店するに違いない。今から素早く行こうか?そんな事も考えた。頭の中でメイド寮に行くまでの流れを何度も再現し、行けない事もないなんて思っていたところ、チャリンチャリン、店の中に誰か入ってきた。

 棚の中から息を殺して耳を立てた。ハイヒールの音、おそらく女だ。その音は店内を歩き回っている。

 緊張しながら耳を澄まし続けると、その客は「いない!」と男の声で怒鳴った。

 この組み合わせは間違いない、ジジだ!シドニーは素早く棚の中から身を出すと、上に頭をぶつけ転げるように出てきた。

 物音に気づいたのか歩き音は止まり、シドニーの「いてぇー」という微かな小声に、「お兄さん?」と死角からこちら側に呼ぶ声が聞こえてきた。

 「ねぇ、大丈夫?」厨房の中に入ってきたピンクヒールがシドニーの目線のすぐ前で足を止めた。

 「お兄さん?」しゃがみ顔を覗かせてきたのはやはりジジだ。「何してるの?」ジジは気遣った言葉をかけてくれるが、割りに気を遣っているとまんまとわからせるほど、言葉を発した後にどうでもいいけどなんて聞こえてくる。

 「ご心配ありがとう、頭をぶつけただけだ」シドニーはしわがれた声で言うと、棚にしがみつきながら立ち上がった。


 「ねぇ、約束をした時酔ってたの?」とジジは言った。今はそんな嫌味を聞ける程余裕がないところだが、なぜかジジと会うと安心感すら感じた。理由はわからない。

 「わるい!でも訳があって、ベトラの兵隊に身元がバレて、あ、」

 手を組んで話を聞くジジから視線が外せなくなった、今ユダヤ人と一言でも言った気がするとシドニーは焦った。

 

 「身元?あなた悪い事でもしたの?」ジジは目を細めてシドニーに問い詰めた。「いや、悪い事したわけではなくて、訳あって、、、、」と、とことん言い訳を並べ続けると、ジジはひらめいた様にシドニーの話を妨げた。

 「あんた、ユダヤ人?」


 「なぜそうなる?」片言口調になるシドニーを図星だったかと言わんばかりに見つめた。

 「いや、そんな事誰も言ってないだろう」


 「いいえ、嘘を並べただけでしょ、ベトラ兵に狙われるなんて、ユダヤ人としか思えない、、、身を隠す為に棚の中にいたわけ?」

 「いや、あの、、、」もう今更完璧な言い訳ができないと悟り仕方なく認めた。

 「あら、危険ね」ジジの一言に「だろう」と返すと、「いいえ、あなたと一緒にいたら危険って話」と言い返された。

 「えぇ、どう言う事?僕と一緒にいたら君が危険?どっちがだよ」シドニーは少し苛立ち気味に言うと、ジジはため息を吐き、右の手のひらを広げその指を、まるで指輪がついてるように眺めながら言った。

 「私の事じゃないよお兄さん、、、、アンナマリーの事」

 

 「はい?アンナマリー?」その名前が出ると、何かあったのか?と不安になるが、ジジのその後の話には呆れと喜びが混じった複雑な気持ちになった。


 「あのね、アンナマリーのお婿さんを探してんのよ、それでお兄さん、あなたならピッタリって思ったんだけど、ユダヤ人ならこの話はパスね」

 死ぬか生きるかと言う時にこんな事に悩んでいる場合ではないが、一応この話は生かして起きたいと思った。

 

 「アンナマリーが俺のことを?、、、」

 

 「と言うか、、、、話せば長い、とにかくパスよ!それからパスポートはどうするの?」

 そう言われても取りに行くなんて危険すぎる。決断できない自分も情けなく思う。

 ジジは少し考え、「わかった、私が取りに行ってくる!本人は来ませんって言っとくわ、どうせあの男の知り合いよ、悪人との約束なんて守るもんじゃない」


 「でも、渡してはもらえないかも、、、」


 「力強くで奪ってくるわよ、それに犯罪犯しても私は日本に逃げるし、アンナマリーと」


 「アンナマリーも行くの?」シドニーは再び興味がそそられた。アンナマリーのワードを出した時だけ、食いつきがいいシドニーにジジは質問した。

 「正直に答えて、、、、あなたアンナマリーに恋してるでしょ?」

 ジジはシドニーの戸惑いを見逃さまいとしっかり目を見つめている。シドニーの目は泳いでるが、ここまできて「いいえ」なんて誤魔化しが通じるわけはなく、口に出さず静かに頷いた。

 頷いた自分が恥ずかしく、天井に視線を移した。少し汚れた白い板には茶色のシミがあり、それが茶色のハート型をしている。視線の逃げ場がなくなり、もういいやと割り切り、聞きたいことを率直に聞いた。


 「アンナマリーはお婿さんを探しているの?」


 「そうね、素敵な人を探すって大変なのよ、少女の運命を左右するから、アンナマリーとその子供を守ってくれる人を見つけないと」


 ジジの癖なのか、ぶっとんだ発言を平然な表情でベラベラと喋る、話が続く間は油断できず、いつも心臓が波打つ。シドニーは呆然としながら聞き返した。

  「子供?」


 「うん、、、、」ジジがその後も口を開くのを待っているが、一向に動きが見えない、しばらく沈黙の中見つめ合い、再び質問した。


 「誰との?」


 「あの男、、、」


シドニーは眉をひそめる。


 「そう、あの男に孕まされたのよ」


エドワード・ウィリアムズに強姦されたのだろう。支えてくれてる男を必要としている意味が分かった。それは単純に恋愛じょ済まされないようなものだった。ついさっきまで思い上がった自分を恥じる。

 ジジはまたもやシドニーを見つめ続けた。

 「わかった、交渉しましょう。あなたがアンナマリーの恋人になりたいなら、条件をのみなさい」

 「交渉?本人もいないのに?」倫理観のズレているジジの交渉など信用できないが、シドニーは一応聞いてみた。

 「アンナマリーを一生かけて守る事よ、愛がなくなっても愛してると言い続けるの、そして絶対に裏切らないで、見捨てないで受け入れて、それをあなたはできる?」

 予想してた以上に現実的で厳しい条件は、アンナマリーを想ってこそのものだ。そして、この人がここまでしっかりした事が言えるんだと感心した。

 しかし本人もおらず、まだ彼女の事をよく知らない。でもシドニーには彼女を幸せにする自信がない。


 「まだ、、、分からないよ」


シドニーの答えは最もな答えだ。


 「そう、だからお試し期間を、、、デートね。でも決断する時に同じ事を言ったら、あなたを弱死させるわ」


 「えぇ?!弱死?なんで?」


 「日本行きの船からロープで縛ったあなたを海に落とす、まぁ、アンナマリーを選ぶか選ばないかはあなたの自由ね。私が言いたいのは、選ぶなら半端な気持ちはやめて」

 「わかった」シドニーは深く頷いた。ジジは自分の気持ちも伝えきったと確信すると満足し、今に話を戻した。

 

 「私はパスポート取りに行く、お兄さんは棚の中に戻りな」


 「えっ、待ってやっぱ俺も、、、」シドニーが話を遮って、ジジは外を警戒し始めた。「待って、誰か来る!」誰も来る気配はなかったが、ジジは胸にしまってたサングラスをかけると焦って外を出た。

 ジジが外を出てしばらくしたらシーヴァンが入ってきた。

 シドニーは棚の中に戻っていたが、シーヴァンである事に気づいて中から出てきた。

 棚から頭を出したところで、「おい!出てきたらダメだろう!」とシーヴァンに止められた。

 「大丈夫だよ、誰もいないよ」シドニーの警戒心のなさにシーヴァンはより心配になる。「何が大丈夫だよ、そうやって普通に生活してたからバレたんだろ!」

 「そうだけど、、、、」


 「誰がバラしたかは分からんけど、とにかく隠れてろ」シーヴァンは持ってきたトランクを差し出し、「すぐにこの国を脱獄できるようにここら辺置いとくぞ!」と言って、トランクを壁際に置いた。

 「パスポートはどうするか?」


 「さっき、ここにジジが来てた、パスポートを取りに行って来るとか」


 「はぁ?さっき?!場所バレてんのか?」シーヴァンはより怒り口調になる。唯一の隠れ場所も自分以外の人に知られては意味がないといったところだ。

 しかし、なぜジジがここを知ってる?という所から疑問だった。

 「酔っ払った時に、この店で働いてるって言ったんだよ、それにさっき言えなかったけど、パスポートまだ戻ってきてない、後でジジと取りに行くって話だったんだよ、もし約束場所に時間通りに来なかったら、俺の店に出向くってジジが言ってたんだよ」


 「はぁ?それでほんとに来たのか?」


 「そう」


 「言葉の綾ってのがあんだろ!」


 「そう、少し変わり者なんだ、今さっきこの店を出たけど、出会さなかった?茶色の毛皮のコートにピンクのハイヒール履いてる黒髪ショートの子」


 「出くわしてんよ、ってかこっちはそれどころじゃねぇよ」


シーヴァンは苛立ちながら、左足を小刻みに床に打ちながら食器棚を見つめている。パスポートをどうしようか考えているんだろう。

 「ジジ、まだ近くにいるかも、俺自分でパスポート取りに行く!」シーヴァンは眉間に皺を寄せシドニーを見る。

 「正気か?命がかかってんだぞ、死にたいんか?」


 「怒らないでって、心配かけているのは分かっている、だけど自分でパスポートを取りに行かないと、返してもらえるか分からないんだ!」


 「そいつが取りに行ってくれるんだろ!」


 「もし、返してもらえなかったら力強くで奪うって、トラブルが増えるだけだよ」


 シーヴァンは少し考えた後こう言った。


 「分かった!俺も行く!」


 「え?」




 既にバスは運行していた。急いで駅に向かうと、ジジはバス停前のベンチで足を組んで座っていた。

 シーヴァンから借りた帽子を深く被り、サングラスをかけたシドニーに同じくシーヴァンも帽子を深くかぶっていた。2人ともグレーのコートを着ている。

  「ジジ!、、、俺たちも行く!」


ジジは見知らぬ人を見る反応で戸惑うが、シドニーである事に気づくと、その横のシーヴァンにゆっくりと視線を移した。

 「あぁ!この人シーヴァン、おれがお世話になってる店の店長だよ」

 

 「そう、気が変わったの、、、」少し戸惑いながらも、シーヴァンを見つめる。

 「こいつのパスポート、早く手に入れないと困るんで!」シーヴァンは苛立っているのもあり、ジジに対して当たりが強い。

 「あぁ、そう、、、態度の悪いおじさん!どうぞ、お好きにご同行を」ジジは嫌味たっぷりにそう言うと、シドニーは焦って「悪い、態度が悪いというより、テンパってるだけだ、なぁ、シーヴァン」シーヴァンに問いかけると、「あ、あぁ」目線を下に向け、鼻根をつまみながら「悪かった」と言わんばかりに答えた。

 シドニーはシーヴァンの方に腕を回して宥めた。

 バスは北側からやって来る。そのバスでマテリア駅に向かう流れだ。3人が駅で揃ってから数分後にバスがやってきた。

 運良く席はガラガラで、数人の乗客がちらほらいる程度。真ん中辺りの向かい合わせになった数人座れる席に3人肩を揃えて座った。

 バスが発車してエンジン音だけが響いていた。

 

 1日前、北シーナ、、、アン・デロギー町の都会で、いくつものビルが立ち並ぶ中、あるビルの一室で1人の男が煙草を吹かしながら、ペトラ・ソーナのダイヤモンドの話をしていた。


 「エドワードの歯は?ペトラ・ソーナのダイヤはエドワードが地獄に持ってったってか?」


 「いいえオルフさん、ペトラ・ソーナは探偵のヴァン・シュタインが在処を特定したそうです。」


薄暗い会議部屋の中央の席で、長い足を組んでテーブル納めず、斜めに足をずらしている。

 その横で金髪のオールバックヘアーの男はボスの機嫌損ねないように慎重に話す。

 長い会議用テーブルの端っこで話は進んで行く。


 「ボーンズ家には最初から期待などしてねぇよ、シュタインがダイヤを手にする前にジョンとヴェルヴィンが手に入れなかったら、ボーンズ家を追放できる」男は笑みを浮かべた。

 

 誰かがドアをノックした。「失礼します」姿を部屋に入ってきたのは、男の秘書。

 「オルフ様、ヴェノピア島に行くご用意を」


 「え?ボス、ヴェノピア島に行くんですか?」金髪オールバックヘアーの男はボスを見つめた。

 「いっくよー、ペトラ・ソーナのダイヤ他に重要な件がもう一つ、、、」


 「え?」


 「俺がイタリアから北シーナに来た頃、1匹のネズミを飼ってたんだけどな、そいつが今ヴェノピア島で生き生きと暮らしてる、、、神がくれたたった一つの願い事を使って人間になりやがった、俺の願いを叶えるはずだった」

 男は暗く苛立ちの眼差しを手に向けた。手を拳にし、やっと見つけたとヴェノピア島に向かう。男の名前はシーザン・オルフ。


 秘書を横切って部屋を出たシーザン。その秘書はシーザンがさっきまで飲んでいたコーヒーのカップを下げた。

 金髪オールバックヘアーの男は座ったままだ。そして、秘書に聞いた。


 「ネズミ飼ってたんですか?」


 「そうだ、オルフ様が前に買っていたネズミ、いうて買ったというよりは部屋に入ってきたネズミを小さな檻に閉じ込めて、好奇心で餌をあげてただけの話」

 

 「それで、、、、?」

秘書はこれで話は終わりと首を傾げ、話はこれで全部だと表情で訴える。

 金髪オールバックヘアーの男は、「それで、人間になったってのはなんの話だ?」

と聞き直した。

 秘書は「あぁ、それか、、、」と話をしながら、左手で持ってたカップをテーブルに置き戻した。

 「あのな、シーザンは昔、黒魔術に精通していたんだ、その頃、数名の仲間と世界中にいる神様を一体だけ呼び寄せる儀式をした、現れたのは日本から来た女神様だった。そして女神は言った、願いを一つだけ叶えると、そしたら仲間の間で殺し合いが始まり、数人の死体と飛び血で床は染まり、1人生き残ったシーザンはとうとう願いを言おうとしたところで、女神は既に願いを叶えたと言ったらしい、指を差した方には檻から逃げ出したネズミがいた。

 そして、そのネズミが人間になったとね、、、、」


 金髪オールバックヘアーの男は眉を顰め、「なんて話だ、、、ボスがそんな戯言を、、、」と言った。秘書は「ほんとかは分からないが、そのネズミがヴェノピア島で見つかったらしい、、、シュタインによってな」


 「探偵というより、あれはスパイだけどな」


 「まぁな、シュタインがペトラ・ソーナのダイヤを追う事になったのは、エドワードが死んでからだ、それまではそのネズミを探し回っていた」


 「ほぉ、そいつの名前は?」


 「ネズミをジジ・ジョークって呼んでたな」


深夜、ジョンとヴェルヴィンはシドニー・リーバー来るまで待ち合わせ場所のベンツレー22番通り 廃墟となった車修理工場にいた。

 廃墟にするにはもったいない程、工場の中は大きく、入り口から奥まで視界を阻むものはない。暗く、奥まではっきりとは見えないが、奥の端っこにはいくつものタイヤが3メートルの高さまで山積みになっている。そして、車修理には使わないはずの鉄を切る機会が両サイドに並べられている。その他にも戦闘機の羽の部分が壁に立てかけられている。

 使われてない機会にもたれ、何時間も待つがなかなか来ない。


 「おい、約束の時間はすぎてるよな?」ジョンが言うと、ヴェルヴィンは「え、兄さん、約束の時間は22時だったんじゃない?」と返した。

 ジョンはランプで腕時計を照らし、しばらく見つめている。

 すると、ヴェルヴィンが急に驚いた。「ああ!!」その声、表情にジョンは苛立ち気味に「なんだ急に、、、お前」と言った。


 「約束の時間、メモに書いてない」


 「はい?」ジョンはまさかと言わんばかりに聞き返す。「いや、書いたぜ、俺お前が書いたのを見直したけど、、、」

 

 「いや、書いてない。書くの忘れちゃった!」ヴェルヴィンは照れた表情でジョンに振り向いた。その開き直った態度にジョンはキレたが、ヴェルヴィンにとっては、なぜ待ち合わせ場所をわざわざこの廃墟にしたんだといった言い分だが、ジョンはシュタインを恐れている。

 というのも彼が探偵であり、シーザン・オルフが尊敬するほどスパイの上手い男だった。まだ現存している建物にいると居場所がすぐバレるのではないかという危険があった。

 ペトラ・ソーナのダイヤの手に入れられるかもしれないというのに、手柄を横取りされるなどまっぴらごめんだった。

 因みにこの廃墟と化した車工場は偶然にすぎない。偶々見つけた場所だった。

 それなのに手掛かりとなる重要人物に渡したメモ書きに待ち合わせ時間を書き忘れるという致命的なミスで、相手がなかなか来ない。

 もちろん警戒している可能性もあるが、だとしてもパスポートを受け取りに来ないわけがない。ジョンは明日も一日かけて待つしかないと考えた。もしくは、二手に分かれ、1人はここで待ち、もう1人はペトラ・ソーナのダイヤの探索をなるべく進めるというものだった。

 ジョン「とりあえず、明日も一日中どちらかがここで待ってるか、、、、」


 「え!嘘でしょ?」


 「ほんとだよマヌケ」ジョンは呆れた様子で月の光が漏れる入り口を見て、ぼーっとした。


 次の日の朝、ヴェルヴィンは廃墟の車工場に残る事になった。ジョンは再びメイド寮に訪れる事にしたが、通りを歩いていたところ、見覚えのある男が前から歩いてきた。似てるだけか?と思いながらメイド寮の門まで行くと、その男もジョンの横で止まった。そして、彼は帽子を外し挨拶をしてきた。

 「お久しぶりですな、ジョン・ボーンズどの」


 その声と顔は間違いない、ヴァン・シュタインだ!

 ジョンは不機嫌な顔をシュタインに向け、「どうしてここに?」と聞いた。「オルフ様がお前たちだけだと頼りないからと、ちょうどヴェノピアにいた俺にダイヤの捜査を依頼したわけだ」

 ジョンの顔はより険しくなっていく。シュタインの清々しく常に余裕を持ったところは、ジョンの癪に触る。

 シュタインがここにいるという事はペトラ・ソーナのダイヤの手がかりを見つけたというわけだ。


 「いつになく不機嫌ですな、ミスター・ボーンズ」


 「どうしてここに来た?」


シュタインは笑みを浮かべた。「もちろん、ペトラソーナのダイヤを持ってるとされる人物がここにいるからでしょうな」シュタインの笑い声にジョンは更に苛立つ。

 「シドニー・リーバーっていうやつか?」ジョンはシュタインが既にこの人物を知っているのだろうと考えたが、彼の反応は予想外だった。


 「誰だね、その者は?」


 「え?そいつの手がかりを得る為にここに来たんじゃ?」


 「このメイド寮に来たのはダイヤとは別件ですよ、オルフ様のネズミに用があったからなのだよ」


 「ネズミ?」


 「ネズミ?どうしてオルフ様のペットがここにいるんだよ?」


 シュタインはまたもや笑い声をあげた。


 「今はネズミではないのだよ、女神の力を使って人間に化けてるわけです。

 人間になりすまそうと、所詮ネズミですが、、、」


 ジョンはシュタインの言ってる事が理解できなかったが、しばらくしてその話を思い出した。

 過去に聞いた事がある。それも噂に過ぎないが、武勇伝として語られている。ジョンがシーザン・オルフと関わる前の話だ。

 

ジョンはシュタインの言ってる事が理解できなかったが、しばらくしてその話を思い出した。

 過去に聞いた事がある。それも噂に過ぎないが、武勇伝として語られている。ジョンがシーザン・オルフと関わる前の話だ。

 「おや、あなたはなぜここにいらっしゃるのかな?」ジョンはしらを括った。「エドワード・ウィリアムズの関係者に聞くのが早いだろうと思ってな」

「なるほど、それでは頑張りたまえ。わたしに負けないように」シュタインが微笑み右腕を出してきた。

 ジョンは煩雑にシュタインの手を握りあくしゅをかわした。

「君がこちらに用があるというなら、わたしは今回は見送ろうかな、ここ近くで有名なレストランがあるらしい、ロック・デンラー、ご存知ですかな?」

 「いや、、知らない」ジョンがそう答えると、シュタインは軽く頭を下げジョンを横切り過ぎ去っていった。

 ジョンはそのままぼーっと地面を見つめ、メイド寮には入らずシュタインが来た方へ歩き出した。なぜなら、シュタインの罠の可能性を感じたからだ。

 もしや、盗み聞きをするつもりか、それで情報を取ろうという魂胆なのか、またはここにペトラ・ソーナのダイヤに関わる情報などあるわけがないと思っているのか、だとしたらあのパスポートの持ち主は本当はダイヤと無関係なのかもしれない。

 被害妄想がひたすら広がるばかりだが、あの男が重要な場面、場所、人物を譲るわけがない。

 ジョンは深読みしていくうち、正解が見えなくなっていった。俺たちのやっている事は全部無意味なのかと疑い始めた。

少し歩いたところでバス停を目印に角を曲がっては、次のバス停が見えるまで歩いた。バス駅を目印に歩けばどこかで必ず地下鉄にたどり着けるだろう。

 町並みはやがて賑わう通りに入った。服屋やカフェが揃ったところだ。空撃の跡を片付けるには時間がかかるが、賑やかさだけは取り戻せたのだろう。とはいえ、またいつ空撃されるか不安で仕方ないだろう。

 戦争だってつい最近までは噂に過ぎなかったのだから。立ち並んだ町の看板を一つ一つ見ながら歩いていると、見覚えのある名前の店を見つけた。

 「パティエ、、、エドワードが好きだったスイーツ店か、あいつが主催するパーティーにはいつもパティエのパッケージのスイーツが配られていた」ジョンは、何気なくパティエに訪れた。


店のカウンターに立っている男が「いらっしゃい」と挨拶する。スイーツ店と男の雰囲気はギャップがあり、この人がスイーツを作ってる?と考えると思わず吹いてしまう。

 ジョンは軽く頭を下げ、スイーツを見て回った。そして、エドワードが好きなスイーツ店だと確信した。

 ショーケースの中で並ぶスイーツの中にプリンがあった。エドワードのパーティーに必ず見かけるスイーツだった。

 「これを一つ」プリンを指差すと、男の店員は「ありがとうございます」と低く元気のない声で言い、プリンを小さい白の箱に納めてジョンに渡した。

 ジョンは財布から小銭を渡すと、男の店員が何かを言う前に背を向け店を出た。正直あまり良い印象ではなかった、無表情で元気はなく町の賑やかさに似合わない店員だ。

 向かいの歩道に移ろうと左右から来る車を警戒していると、1人の青年がパティエに入って行った。

 日焼け肌に黒色のチュル毛、堅い体型の陽気な青年だった。この町によく似合ったキャラクターだなんて思いながら、道路を渡り、向かいの歩道へ移った。


 人混みの中、シーザンはヴェノピアノ駅にある公衆電話からシュタインに電話をかけた。

「おい、シュタイン、グベラードホテルで待ち合わせだぜ、いいな」軽く顎を前に押し出し電話を切った。

歩道に止まったタクシーに乗ると自分の秘書とここで別れた。

運転手が行き先を聞くと、シーザンは答えた。「エドワード・ウィリアムズのメイド寮へ」


「お、あなたエドワードさんの知り合いかい?」


「まぁな、そんなとこだ」、、、


文字数に制限がある為、シリーズものになってます。ここまで楽しんで頂けたら幸いです。


ぜひシリーズ2(ネズミのピンヒールの続き)もご愛読くださいませ〜

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