本編2
「準備はいいか。」
「はい、ばっちりです。」
光や魅了に対抗するための呪文は一通り唱えきった。後はこの扉を開けるだけだ。
『ミシェルは聖王国で随分と不自由な思いをしていてね。しばらく休暇を取らせてあげたいんだ。君の所でしばらく面倒を見てあげてほしい。』
僕達は聖王国の民でないとはいえ、魔王を討った勇者にして、国を興した偉人であるレオニダス様から直々に命じられてしまっては断りようがないというものだ。決して『去年君が城下でツケて帰っていた酒代は全て支払っておいたからね。』と仰られたからではない。そう、決して。
「飲んでくるのはいいですけど、ツケてきたなら今度はきちんと教えて下さいね。」
「…それに関しては悪かったよ。」
師匠は恨めしそうに睨みつける僕から目を逸らし、取っ手を少しずつ引き寄せる…。恐る恐る外を覗くと困った表情で立ち尽くす少年と目が合う。戸先の正体は本当に人間だったようだ。
(今度は大丈夫です!)
背後に控える師匠と目配せをし、2人で勝利を確信したその直後_
「あの、こんにちは。僕、ミシェルと言います。突然お邪魔して申し訳ありません。こちらは迷いの森の主、オスカー様のご自宅でしょうか。」
「「____ッッッ!!!」」
その声を聞いた瞬間、脳内に危険信号が走り回る。度数の強い酒を喉の奥に流し込んだかのような酩酊感。
ハッと意識を取り戻すと僕と師匠は即座に呪文を重ねがける。視覚は兎も角、聴覚までは考慮できていなかった。
「あの、えっと…。」
「そうです、そうです!ここがオスカーの居宅です。あなたがミシェル様ですね?話は聞いております、どうぞ中へ。」
「ありがとうございます、お邪魔します。」
不安げに目を潤ませるミシェル様を手早く招き入れる。
振り返りざまに外を見てみると、普段ならば涎を垂らし目を血走らせているであろう獣達も今日は目を丸くするばかりだ。
「…これなら大丈夫だな。こんな辺鄙な所までよく来たミシェル、王宮暮らしのお前には不便だろうがこの家は適当使ってくれ。」
僕達の身体に異常が無いことを確認した師匠は、凝り固まった肩を慣らし踵を返す。
「え、ちょっと師匠。どこに行くんですか。」
「俺は部屋に戻る、後はお前がいればいいだろう。」
「またそんなこと言って…。
ミシェル様。良かったらリビングにどうぞ、随分と歩かれて疲れたでしょう。甘いお茶は嫌いじゃないですか?」
「はい、甘い物は好きです。」
ぱっと表情を明るくする彼を改めて見る。レオニダス様の面影が残る繊細な顔立ちは中性的で、髪を整えドレスを纏えば国の1つも傾く事だろう。
「オスカー様にご子息がいるとは知りませんでした。年の近い方がいらっしゃって安心しました。えっと…。」
「あぁ、まだ名乗っていませんでしたか。僕はニコラ。オスカーの造った人工生命体です。」
「ご家族、ではないのですか?」
「どちらかと言えば複製に近いですが、まぁ家族と似たような物ですよ。」
ミシェル様はぽかんと口を開けていたが、「お二人共聡明でいらっしゃいますね」と無邪気に笑う。火にかけた鍋の水面で、燻し銀の髪に褐色の肌をした少年の姿が揺らめいた。




