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居候は第9王子

その日は朝から師匠の機嫌が悪かった。

まぁ師匠の機嫌が悪いのは、今に始まったことではないが。普段と違うことを挙げるならばどこか落ち着かない様子で机に肘を付き、何度も足を組み替えては、ぶつくさ何なら呟き続けている事だろうか。


「師匠、行儀が悪いですよ。」

「うるせぇ。」


上半分だけ結わえた髪先が、尻尾のようにユラリと揺れる。そっぽを向き子供のように唇を尖らせた師匠を尻目に溜息をつく。


(暇なら何か手伝ってくれれば良いのに。)


今日の用事はまだまだ残っている。まずは掃除を終わらせて、日が陰る前に洗濯を取り込み、夕飯の準備もしなければならない⋯。


「師匠、今日はどなたが来られるんですか。お客人、食べられない物とかありませんかね。」

「⋯適当でいいだろ。今日は第9王子だとよ。」

「第9…?聞き覚えがありませんね。」

「それもそうだ。何せ9番目の王子で先祖返りらしいからな、表には出さんだろうよ。」


レオニダス様以外だなんて、珍しい事もあったものだ。…今ではこんななりをしているが、師匠オスカーはお伽噺として語り継がれる程の人物だ。


世界を滅ぼさんと策略した魔王を討ち取り聖王国を建国した勇者と、勇者と共に戦った伝説の魔術師。レオニダス様は前者に、師匠は後者にあたる。


「先祖返りが産まれるのも久しぶりですね。その第9王子様とやらもやっぱり特別な何かがあるんですか?」

「レオの野郎は、『見たほうが早い』とさ。」


王家では祖先に当たる竜の血を一際濃く受け継いだ子供が稀に産まれる。聖王国ではそれを先祖返りと呼び、先祖返りは皆類まれなる才能や屈強な肉体を産まれ持つと言う。レオニダス様も先祖返りで、彼は抜きん出た戦いの才能に恵まれたそうだ。

…しかし、並外れた大きな力とは良くも悪くも扱いが難しい物。レオニダス様も手放しに喜べる物では無かっただろう。


「コンコンコン。」


3回、入り口の扉をノックする音。迷いの森の最奥へ辿り着ける者は限られており、それが件の来訪者である事は悩まずとも分かる。


「予定よりも早く到着されたみたいですね、僕出てきます。…せめてまともな格好だけしておいて下さいね。」

「…。」


師匠は黙ったままで、立ち上がる様子も無い。彼の長い耳が聞き落としたとは思えないが、もしかして耄碌し始めているのだろうか。


(エルフと言えども、年には敵わないか。)


ホロリと涙を流しながら、僕は入り口の扉を開け_。


「ア゜ッッッ!!!」


理由もわからず崩れ落ちる。

両の目が焼け付いたように熱い。脳へと繋がる神経は膨大な情報を処理しきれず、危険信号を発している。


「なんだ、どうした!」


僕の悲鳴を聞きつけた師匠も流石に着古した部屋着のままでと飛び出してくるが…


「うぉっ!!!」


残念ながら二の舞いだ。しかし師匠は一枚上手だった。


「くそっ、どうなってんだ。」


師匠は怒りと困惑を声に滲ませながら即座に戸を閉める。腹立たしげに舌打ちをすると、僕を小脇に抱えたまま一目散に師匠の自室へと退避した。


「師匠、僕の目まだ付いてますか?」

「あぁ、両方ちゃんと付いてるよ!」


師匠はこちらを一瞥もせず、机の上に山積みの荷物を片っ端からひっくり返す。しばらくの後、分厚い魔導書の影に隠れていた水晶を「あった!」と声高らかに取り魔力を注ぐ。


「レオ、レオニダス!起きてるか!」


魔力を通し淡い光を発し始めたその水晶は、対となる水晶に風景や音を伝える一級品だ。豪邸を1軒建てて尚余りあるようなそれが、先週師匠が無くして以来見つかっておらず、今の今まで部屋の片隅で研究道具に埋もれていた事実には目を瞑るしかない。


『あぁ、オスカー。ミシェルが無事に着いた頃かな。』


水晶の向こうで優しげに微笑む男性は、今も若き姿のままのレオニダス様だ。絹のように滑らかな金の髪と空の色を写し取ったような瞳は絵本の挿絵通りである。

彼は退位して以来聖王国の奥地に造られた塔で1人暮らしている。


「レオ!お前は一体家に何を送ってきやがった!空から太陽でも落ちてきたかと思ったぞ!」

『何って、僕の孫だよ。』

「お前の孫はどうなっているんだ!」


激怒する師匠に対してレオニダス様は動揺1つ見せない。ただ『その様子を見るに君達でも駄目だったか。』と困ったように首を傾げる。


『ミシェルは先祖返りの影響で、人知を超えた美貌を持っているのさ。彼を目にして気を失う者も少なくはなかったけれど、…君達はまた随分と苦戦しているようだね。余程君達の好みと合致したのかな?』

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