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peace of memory  作者: lne
3/5

疑惑、冷たい瞳と心

 


「あれが、ラルク村」


三人は街道を歩き続け、やがて見えてきた開けた場所の前で止まった。

リリーが指した方向には、小さくて可愛らしい家が密集する村が見えた。


「わあ…」


その入り口まで来ると、アルムは思わず感嘆の声を出した。

村の両端には太陽の光を眩しく反射する木々が生い茂っていて、地平線の先には青い海が見えた。更にその先にはうっすらと白い山脈が見える。

村の中にまばらに建つ家々は小さくて、とても可愛らしい。

一目見て素敵な村だと、アルムは思った。


「良い村だね」


「でしょ? シェリル、アルムも気に入ってくれたよ」



リリーの言葉に、アルムは内心ぎくりとする。先ほどの彼の視線が、まだ頭から離れなかったのだ。


「へぇ、良かった」


すると彼は、意外にも笑顔になった。リリーは驚いた顔をして素早くアルムを振り返った後、すぐにまたシェリルに向き直る。


「…あれ。シェリル、なんか怒ってる?」


リリーが訊くが、彼は村に足を踏み入れながら、さらに笑顔で答える。


「別に?」



遠くなっていくシェリルの背中を見送り、リリーがアルムを振り返った。

怪訝そうな顔をしている。


「…シェリルがあんな風に笑うのってキレてる時なんだけど…アルム何かした?」


「さ、さぁ?」


小声で尋ねてきた彼女にアルムは苦笑いで答えたが、実際彼を怒らせてはいないという自信は無かった。


「…もう。シェリル! 何で先行っちゃうのよ~!!」


リリーが村へ走って行くので、アルムもそれに従って歩き出した。

シェリルは既に、村の入り口のすぐ右手にある、緩やかな坂道を登ろうとしていた。



 

 

「ねえ、待ってよ!」


リリーの声に、シェリルは坂の中腹で振り返った。


「先に父さんに紹介するってことにしてたけどさ、まず村を見て回らない?」


リリーはその場からシェリルに叫びかけている。


「いきなりあんな変なオヤジの前に出されたって、アルムも困ると思うんだけど…。ね、アルム、どうしたい?」


シェリルがあまり反応しなかったので痺れを切らしたのか、突然リリーがクルッと後ろを向いて、アルムに尋ねた。


「え、えっと…二人が事前に決めてたならそれでいいよ」


アルムがそう返すやいなや、シェリルは再びスタスタと歩いていく。


「だぁから、何で勝手に先行くのよ!!」


手をブンブン振り回しながらシェリルを追いかけるリリー。

アルムも早足で歩き、彼らに続いた。

彼らが歩く坂道は、横に二人も並べない程の幅だった。右手にある岩の壁のすき間からは、チョロチョロと水が流れている。

その坂を上っていくと、やがて坂の頂上に赤い屋根の家が見えてきた。


「あれ…リリーの家?」


「そうっ、大きいでしょ~?」


アルムの問いにリリーは嬉しそうに言う。

確かに、その家は遠近感などを差し引いても、左手の眼下に見える他の家々に比べて二回りほど大きいような気がする。


「もしかしてリリー、お金持ち?」


「ん~、まあ、その辺は後でねっ」


適当にごまかして、彼女はスキップするように坂道を駆け上がっていった。


 

 

やがてたどり着いた坂の頂上は、広い円形の地形になっていた。その真ん中に、赤い屋根が可愛らしいリリーの家が建つ。家の背後には家を守るようにしっかりとした木々が生えている。

そして家を背に向けて立った目の前には、美しい景色が広がっていた。


「わぁ…」


アルムは思わず息をのんだ。

手前に見えるのは、点々と並ぶカラフルな屋根。村の大部分を占める大きな牧場に、巨大な風車。

その奥に見えるのは、綺麗に青く澄んだ海で、またその向こうには雲に霞んだ山々。


「気に入った?」


「あ、うん。すごく…綺麗」


リリーがアルムの隣で嬉しそうに笑いながら背伸びをする。爽やかな風が、彼女の髪をさらった。

アルムは安らかな気持ちで、リリーの向こう側の景色を見ていた。


「アルム、ごめんね」


唐突に、リリーが振り返った。


「ん?」


「シェリル…不器用なだけだから。アルムのこと、あれでも歓迎してるんだよ」


正直な所、アルムにはそんな風には思えなかったのだが、気を使ってくれたリリーに申し訳なく、明るく頷いた。


「おい」


シェリルの声に二人が振り返ると、リリーの家の玄関扉の前で、腰に手を当てたシェリルが二人を待っているのが見えた。


「あれ? いつも勝手に入っちゃうのに何で待ってんのよ」


「知るか」


「は?!」


「知るか」


喧嘩になりそうな雰囲気に、アルムは慌てて間に割って入り、二人を引き離す。


「むぅ…。いいわよ、早く入りましょ」


リリーは大きな音を立て、ドアを勢いよく開いて叫んだ。


「父さ~ん!!」



 

 

「おぉ!!」


リリーの大声に、家の奥から小さく声が返ってきた。


「アルム、入って入って」


「あ…うん」


アルムは頷いて、リリーの隣について玄関を上がった。

と、その時――


「ああ!!君がアルムくんだね!」


家の奥からドタバタと走ってきたのは、少し太った四十代くらいの男だった。男はアルムを見るなり、手をつかみ、ブンブンと上下に振り回す。


「ん? そうだろう? アルム・ティニック…じゃなかったかね?」


男が訊いてくるが、アルムは手を握られたまま脳みそまで振られるほど首を揺らされて、何も言えない。


「父さん!アルムがおかしくなっちゃうから!」


リリーが慌てて父親の手からアルムの手を引き離す。目が回ったアルムは、ははははは、とだらしなく笑うしかなかった。


「…大丈夫?」


「はははは…」


「先生少し落ち着いて…」


シェリルは呆れたように首を振る。


「いやぁ、君たちからアルムくんの話を聞いてたからね、早く会いたかったんだ。…私はスティル・エルトンだよ、よろしくアルムくん」


スティルは再び手を差し出してきたが、アルムは曖昧に笑いながらそれを拒否した。


「さぁ、入ってくれたまえ!!」


スティルは嬉しそうに笑いながら、アルムの肩を抱いて部屋の中に踏み入れた。


「リリー、君の父さんどうしてこんな…」


アルムはスティルに肩を抱かれたまま、無理な体勢で振り返り、リリーに小声で尋ねた。



 

 


「アルムの主治医がね、アルムの脳には何も異常は無かったって言ってたのよ。他に記憶が無くなる原因って言ったら…魔法しかなくて…」


リリーはそこで言葉を切り、素早くからアルムを引き離した。


「父さんたら…。…でね、記憶を消す魔法は禁じられてるし、それでなくても、元々複雑怪奇な物で、良く分かってないのよ。父さんは魔法を研究してるから興味津々なのよね。ごめんね」




アルムとリリーは、興奮するスティルを見て苦笑いを浮かべるのだった。


アルムが連れてこられたのは、キッチンのあるリビングルームだった。

壁には、所々に手製の壁掛けがかけられていて、窓際におかれた小さな植木鉢は、微かに風に吹かれていた。

決して広くはなかったが、生活感のある、居心地のよさそうな部屋だ。


「ささ、そこに座って。リリー、茶でも淹れて――」


「先生、俺がしますよ」


アルムの着席を促したスティルの言葉を遮って、シェリルがキッチンに向かった。


(先生?)


スティルの事をずっとそう呼んでいるシェリルに、アルムは内心首を傾げる。


「リリーの父さんって…教師?」


「え? 違うけど…」


アルムとリリーはスティルの前のイスに座りながら、こそこそと小さな声で話す。


「どうして?」


「だってシェリルが…」


と言いかけた時、アルムの前にゴツンとカップが置かれた。


「どうぞ」


気がつくと、シェリルがアルムの後ろに立っていた。その口元は微笑むように僅かに上がっていたが、瞳は冷たく、刺すような鋭さがあった。


(何か、怒ってる…?)


アルムは苦笑いを浮かべながら、カップを持ち上げ、軽く頭を下げて頂きますと合図した。


「で、アルムくん。記憶を…無くしているそうだね?」


「え、あぁ、はい。そうです」


スティルに突然尋ねられ、アルムはしどろもどろになりながら答える。

それを聞いたスティルは、ふぅとため息をつき、何やら考え深げに眉をひそめた。




 

「ほう…なるほど。長年、記憶を奪う魔法は禁じられている。それに、元々その仕組みは複雑で、至極最近まで無いと思われていた術だ。仮に使えた者がおるとしたら、相当な腕前の魔術師だろう。リリーがバーンズ医師から聞いたところ、君の脳には衝撃が無かったらしいから、魔法以外の障害、という訳でもない…」


「は、はい…」


スティルが言ったことはリリーの発言を繰り返したような物だったが、長々しい言葉に、アルムは若干の頭痛を覚えた。


「つまり、もっと調べる必要があるってことですか?」


「ああ、そうだろうと思う」


「――先生」


と、唐突に割り込んできたのは、スティルの隣に立っていたシェリルだった。


「俺と少し、話をしませんか?」


スティルは彼の言葉に一瞬戸惑いを見せたが、すぐに頷いた。

シェリルはアルム達に話を聞かれたくないというように、スティルを隣の部屋へと促した。そしてドアを閉める直前にアルム達を振り返る。


「村、見てこれば?」


「え。ちょっと、何勝手に決めて――」


「リリー、行こうよ。オレも早く村を見て回りたいし」


リリーの言葉を遮ったアルムに、リリーは何か言い返したいのか、魚のように口をパクパクと動かす。

納得のいかない様子の彼女に、アルムはまぁまぁとなだめながら、共に彼女の家を出た。



  

「先生、アルムの事を話す前に、少し報告したいことがあるんですが」


アルムとリリーが家を出たのを見て、シェリルはスティルをつれて行った部屋に戻った。暗い部屋の中、古びたイスに座っているスティルがシェリルが見る。


「ラルク街道にウルフが出たんです」


シェリルは口調を強めたが、スティルは彼の言葉にあまり反応を示さない。

予想外の反応にシェリルはため息をつき、部屋の隅に固まっているイスの中から一つを引きずり出す。そして、彼は丁寧にそのイスの座席の埃を息で払って腰をかけた。


「ラルク街道にはウルフ並に強い奴ら、出ませんよね。奇妙だと思いませんか。あとそれから、あいつのことなんです…」



シェリルは眉をひそめ、そこで一度言葉を切った。


「あいつ…とはアルムのことか?」


スティルは目の前の朽ちたテーブルに肘をつき、組んだ手の甲に顎をのせると、シェリルにそう訊いた。

シェリルも同じようにして、スティルの方へ体を乗り出す。


「アルムです。普通、ウルフのような強い魔物は自身の気配を消しますよね。だけどあいつは、それを見破ったんです。そのおかげで俺たちもウルフの存在に気づけましたが…」


「要するに、アルムくんは何か異常な力を持っている、ということか?」


スティルの問いにシェリルが強く大きく頷くと、スティルはさも愉快そうに大きな声で笑った。


それを聞いたシェリルは自分の意見を否定されたような気になり、不満げに眉をひそめる。


 


 

「君は本当に疑り深いな。たとえアルムくんが並外れた力を持っていたとしても、君がそんなにカリカリすることじゃないだろう?」


「それだけじゃないんです。あいつは、詠唱なしに魔法を使ったんですよ?」


シェリルの言葉に、スティルの瞳がやっと興味深そうに光った。シェリルはそれにたたみかけるように、更に続ける。


「本当に偉大な魔術師じゃないと、詠唱を省くなんて考えられないですよね?先生」


「詠唱なしに、か…」


スティルはにやにやしながら楽しそうにシェリルを見る。

しかし見つめられている彼は眉を吊り上げて、生気のない目をスティルからそらしていた。


「俺はあいつを一刻も早くここから連れ出したいですね。記憶喪失だか何だか知らないが、何考えてるか分からない。そんなフリをしているだけで、何か嫌な組織にでも――」


「まあまあシェリル。ここは様子を見ようじゃないか。彼が本当に悪人かどうか分からないだろう?」


「…今の所は、そうですね。そろそろあいつらの様子を見にいきます」


シェリルはため息をつきながら立ち上がり部屋を出ながら振り返った。

彼は呆れたようにスティルを見る。


「それより…あいつより何とかしないといけないのはこの部屋の汚さですよ。いい加減使わない部屋も掃除してください」



 


 

「あのさ、シェリルって…どこに住んでるの? 今、家の人は?」


リリーの家を出て、村の商店を見てまわっていたアルムが唐突にリリーに訊いた。

彼女は若干言いにくそうに顔をそらす。


「んー…実はね、シェリルは今、あたしんちに住んでるんの」


「え、じゃあ…」


「シェリルのご両親は十年前に亡くなったらしいの…」


「そうなんだ…」


余計なことを言ってしまったか、とアルムは思いながら、目に入った近くの店のかごから、何気なく小さなブローチを手に取った。するとリリーも同じように、隣でブローチを眺める。


「…アルムは、五年前まで十年戦争があったこと、知らないんだよね」


「戦争?」


アルムはブローチを置いて、彼女を振り返る。


「…て何?」


アルムの言葉に、リリーは思いっ切り頭を抱える。


「何、って…。あたしも上手く言えないけどさ。国と国どうしの喧嘩みたいなものかな。…でも実際は喧嘩、なんていうレベルじゃない…。酷い殺し合いよ」


彼女の顔には、恨みや怒りの色が見え始めていた。


「リ、リリー…?」


「あたしの母さんも、友達も、みんな、みんな死んだ。…殺されたの。国に、殺されたわっ」


リリーは勢い良く顔をあげると同時に、アルムを鋭い瞳で睨んだ。そのあまりの迫力に、アルムは目を丸くさせて固まる。


「あ…」


微動だにしないアルムに気付いたのか、彼女は赤くなりながら次第に落ち着きを取り戻し、やがてそっとため息をついた。


「…ごめんねアルム」


リリーは苦笑しながら頭を掻く。

その苦々しげな表情を見て、アルムはただ何も言えずにその様子を見つめるしかなかった。


 


 

「あ、変なこと言ってごめん。どこか行きたいところでもある?」


リリーはブローチを乱雑に置きながら、慌てた様子でアルムに尋ねる。


「え、えーと、じゃあ剣とか売ってる店ってある? 武器とか、見てみたいかな」


単なる思いつきであったが、先ほどまでのリリーの気持ちを切り替えるのには充分だったらしい。


「ん、おっけい! んじゃ、早速行っちゃいましょうか~」


リリーは再び笑顔を取り戻し、明るい声で言いながら歩き始めた。


(聞いてよかったことなのかな…)


アルムは少し後悔しながら彼女の後を追いかけようとして、いきなり後ろから腕をつかまれた。

情けない叫び声が、自然に口をついて出てくる。


「ぬなぁあ! ――って、シェリル」


すぐ後ろにいる彼を見て、アルムは目を丸くさせる。

彼と二人きりになるのは正直気まずい。シェリルも内心そう思っているのか、すぐにアルムの腕を離した。


「どこに行くんだ」


「…どこって武器屋、だと思うけど」


曖昧な返答に、シェリルは眉をひそめてため息を吐く。


「何だそれ。あいつは?」


「リリー? リリーなら…来た」


リリーは何してるの、とぶつぶつ言いながら戻って来た。途中でシェリルがいることを知り、走り始める。


「あれ、シェリル。話終わったの?」


「ああ。…これ」


彼は頷き、ズボンのポケットから取り出した小さな紙をリリーに渡した。紙には、いくつかの単語が書かれている。


 

 

「なに?これ」


リリーは紙を見つめながら首を傾げる。


「今日の夕飯の材料。先生から」


「ふぅん…じゃあ買いにいかなきゃね。アルム、先にこれ買ってもいい? 忘れると困るし…」


「うん、オレは――」


「いや」


アルムの返事を、シェリルがすぐに遮る。


「お前は食材屋だ。俺はこいつと武器屋に行く」


「ま、また勝手に決める…」


リリーは不満そうに目を吊り上げたが、シェリルはしれっとした顔で応える。


「その方が効率がいい」


「そうだけどさぁ。…どうして可愛い乙女のあたしが1人なのよ!」


「ふ」


リリーの言葉に、アルムとシェリルが同時に吹き出した。そんな二人を見て、リリーが眉を釣り上げて憤慨する。


「ちょ、シェリルはともかく、どうしてアルムまで笑うのよ!」


「ごめ、何か可愛いくて…ふは…は」


「何よー…。絶対可愛いなんて思ってないでしよ…」


リリーが不満そうな顔をすると、シェリルがぼそりと呟いた。


「お前が可愛いとか、ないな」


「て、シェリルに訊いてないっ。…もういいわよ。あたし1人で行くから!」


彼女はツンと顎を上げて歩き始める。


「え、いいの?」


アルムが驚きながら慌てて訊くと、リリーは膨れっ面で振り返る。


「どうせ可愛くないですからね!」


「あはは」


「…むう。否定しなさいよ。んじゃ、行ってくるわ」


リリーは苦笑しながら、1人、足早に歩いていった。


 

 

「…で。進んでオレと二人で武器屋に行くなんて、何かあるんだよね」


リリーの背中を見送りながら、アルムは独り言のようにシェリルに問いかけた。

突然やってきて強引に行き先を決めるシェリルに、何となく何かがありそうな気がしていた。

シェリルはちらりとアルムを見て、口元を歪めるように笑う。意外にも心の内を読まれてしまった、というような反応だ。


「行こうぜ」


シェリルは言い、アルムがついてくるか確認もしないで早足で歩いていく。


「…あのさ、やっぱりオレのこと、結構嫌い…だよね?」


アルムは彼を追いかけながら、遠慮がちに訊いてみた。

アルムの頭の中には、まだ街道で見たシェリルの瞳が残っていた。あの瞳や自分に対する態度からは、どう考えても、好意を持ってくれているとは思えなかった。


「…ああ。嫌いだ」


「そ、そんなハッキリ…どうして?」


ため息をつきながら、アルムは早足のシェリルを追いかける。


「…怪しい」


「あや…どこが…?」


「ああ、あと…」


シェリルは突然立ち止まり、隣にいるアルムをまた冷たい目で見る。


「そういう何で? 何で? って何度も訊いてくるガキみたいなとこも、嫌いだ」


思ってもみなかった衝撃的な発言に固まるアルムをよそに、シェリルはスタスタと早足で歩いていった。


(ガ、キ…)


アルムは苦笑しながら、ため息を吐いた。シェリルとの仲を深めるのは、かなり難しそうだと、感じながら。


 

 

「ここだ」


シェリルに言われる前に、アルムはそこが武器屋だと気づいていた。

店の前にあるカートに長い剣がぶら下がっていたり、大きな銃が置いてあったりし、遠くからでもそこが武器屋だとよく分かるのだ。

シェリルは先に店に入り、アルムも遅れてそれに続いていく。


「わあ…」


決して広くない店内には、所狭しとあらゆる武器が並べられている。

剣だけを見ても、アルムの持っているものより切れ味の良さそうな、キラキラと光る立派な剣がズラリと並んでいる。


「凄い! うわ~、シェリル! あのさ、これなんか凄く良くない?」


アルムは目の前の品々に目を光らせ、中でも一番目を引いた、細身で銀色の長剣を嬉々としてシェリルに見せた。


「……」


「…あ、ごめん。オレに何か話したいことがあるんだよね」


シェリルがドン引きした顔をしたので、アルムは少し赤くなりながら剣を元に戻す。シェリルはそんな彼を見ながら小さくため息をつき、ズボンのポケットから小さな袋を取り出した。

彼は、何やらごそごそとその袋の中を探っている。


「ほら」


暫くして彼がアルムの手に乗せたのは、数枚のコインだった。


「え?」


「それで買えるから」


「……え、ええ! いいの?!」


「…うるさい」


シェリルは冷たくそう言いながらも、剣一つにはしゃぐアルムに、先ほどまでとは違う思いを抱いていた。


(こんな馬鹿な奴が、何か考えてる…訳ないか。)


一度そう思うと、アルムを疑ってばかりいる自分が、だんだん馬鹿馬鹿しく思えてくるのだった。


 

 

「で、話って?」


アルムはカウンターに、先ほどシェリルに貰ったコインと剣を置きながら言った。

カウンターにいた店員はありがとうございます、と言って、剣をきちんと鉄の鞘に収めてアルムに手渡した。

その間に、シェリルは何も言わずに勝手にと店を出て行ってしまう。


「あ、ちょっとシェリル?」


アルムは店員に何度も頭を下げて、慌てて彼を追いかける。

シェリルは店を出てもなお早足で歩いていたため、アルムはついに走って彼の前に出て止まった。


「はぁ、はぁ…。シェリル…話は?」


「もういい」


即答だった。


「はい?」


「別に、いい。本当は色々問い詰めようかとも思ったけど」


「なら、どうしてもう訊かないの?」


「…本当に怪しいなら、後でボロが出ると思ったからだ。それに――」


そこで一度言葉を切り、シェリルは呆れたような、しかし優しくも見える笑みを浮かべてアルムを見た。


「お前は、何か違う」


目を丸くさせているアルムを残し、シェリルはゆっくりと歩いていった。

何が彼の疑いを薄らげたのか、アルムには皆目見当も付かない。だが、心の中にあった微妙なくすぶりも消えて、アルムは素直に嬉しいと思った。


 

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