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温室に咲く白百合は、騎士に命を捧げる

作者: ひよこ1号
掲載日:2025/07/20

私は檻に閉じ込められている。

物心ついた時から、いや、それ以前、生まれた時から。


奇妙に捻じれた手と足を持ち、一人では歩くことも儘ならず、食事でさえ誰かの手を借りないとならない。

首は傾げるように左側に傾き、俯き加減の頭も頷く事くらいでしか意思を伝えられないのだ。

見る人が一目で、普通ではないと判別できる身体の持ち主。

そんな私が生まれ落ちたのは公爵家で。

母は私という出来損ないの娘と引き換えに天に召され、父と私だけがこの世界に残された。

父は私を冷遇する事はない。

冷たい目と顔をした残酷な父にも人間らしい気持ちがあるのか、と言う者がいた。

父に追い落とされ凋落した貴族が、ある日屋敷に忍び込んだのだ。

どうやって私の部屋まで辿り着けたのか、その方法すら私にはうかがい知れない。

けれど、確かに。


彼は戸口から刃物を持って現れたのに、私を見た途端動きを止めた。

まるで信じられない物を見るかのように、大きく目を見開いて。

奇妙に歪んだ顔を見せた後で、彼は笑い始めた。


「お前は殺さない方が、あの男も苦しむだろう」


命が助かったというのに、私はその言葉に背筋を凍らせた。

父に復讐する為に命を賭してここまで来た男が、言ったのだ。

私は生きているだけで、父を苦しめている。


そんな事は解っていた筈なのに。

それでも泣かない事が私に唯一残された抵抗で、矜持だった。


父が正しく何をしているのかは知らない。

使用人の不用意な噂話なども、そう聞こえてはこない奥まった寝室に私は縛り付けられていたからだ。

どんな道具を使わずとも、この肉体に入った魂はいつだってがんじがらめにされている。

一人で寝台ベッドを下りる事すら出来ないのだから。

残酷な宰相、という話は聞いた事がある。

お喋りな令嬢が、話相手として招かれた時にこっそりとそう言っていた。

何人かそういう令嬢が呼ばれたけれど、再度訪れる者はいなかったから、嘘か誠かも分からない。

何せ、私は喋る事も儘ならないのだ。

奇妙にしわがれた声と、もつれた舌のせいで、私の言葉を判別できるのは父と乳母だけ。

長年一緒にいた彼らだけが、私の言葉を漸く聞き取ることが出来た。

一方的に話さなければいけない事は、令嬢達にとっても負担が大きかっただろう。

私は、父の望む通りに何度も令嬢達を迎えたけれど、ある日父に問われて、彼女達の来訪を断ることにした。


定期的に訪れる侍医とは別に、父が偶に連れてくる医師くらいが新しい訪問者だ。

それ以外は、乳母から侍女になったエルと、小間使い達。

護衛騎士と従僕達、そして家庭教師が私の世界にいる人々だ。

役に立つのかどうかわからない勉強は、一通り習っている。

言語も出来るだけ覚えた。

そうすれば、他国の書物を読む事も出来るし、物語も読めるからだ。

この小さな世界に生きる私の、世界を少しだけ広げることが出来る。

勿論、物語だって一人で読めはしない。

私の読む速度を見計らって、エルが一枚一枚頁を繰っていく。


物語は私の心を慰めた。

現実的なものも、荒唐無稽なものも。

そして、とても羨ましく思うのだ。

どんなに地味でも、平凡と言われる見た目でも、虐げられていてさえ。

自由に歩き回れて、好きな場所へと行ける身体があるという事が羨ましい。

不運に見舞われても、誰かが助けの手を差し伸べてくれる事も。

さすがに差別されるほどの冴えない見た目の女性が、最後には美しいと皆に思われる様には笑ってしまったけど。

化粧で変化する美しさはある。

でもそれだって、元々の顔の造作がある程度整っていないと無理な話だ。

羨んでも妬んでも、私の状況は変わったりしない。

恵まれている、というのも重々分かっている。

私に出来ることはないか、色々と考えてはみたけれど、難しい。

人の為に出来る何か。

小さな事ですら、私一人では思うままに出来ないのだ。


侍医に言われた通り、体力をつける為に朝な夕な公爵家の広い庭を散歩していた。

両脇を小間使いに支えられ、傘を差しかけてくれるエルと共にたどたどしい足取りで歩く。

遠目から見れば老婆が支えられて、ようやっと歩いているように見えるだろう。

奇妙な私を笑ってあげつらう者も今は一人もいない。

物語のようには。

以前、私を悪し様に笑った女中が居たという。

父の耳に入らなければ良かったのだが、忠実な使用人が告げ口をしてしまった。

当然の如く、忠心には感謝しているし、その様な人間が一人でもいると、許されると思って伝播する雰囲気もあるだろう。

話を伝えることは悪事ではない、けれど。

父は苛烈な方法をすぐさま実行した。

平民だった女中は舌を切られて、屋敷から追い出されたのだ。

その事は今でも我が屋敷の教訓になっている。

女中はどうなってしまったのか、それは知らない。

彼女は家族にさえ拒絶されたのだという。

公爵である父の怒りを買った彼女を受け入れたら、家族もどんな目に遭うか分からないからだ。


漸く、庭を暫く歩いて小さな教会へと辿り着く。

この教会は庭に作られた私専用の教会で、庭師や森番が管理してくれている。

何処へ向かうのかいつ終わるのか分からない散歩では心が疲れてしまう。

行き先の分からない旅に出されるようなもので、付き合う使用人達の疲弊も大きいだろうと思っての事だ。

誕生日に何が欲しいかと問われて、父に請うた小さな聖域。

天国にいる母と、父の健康と安全を祈る。

それからこの王国と、民たちが幸せで暮らせるよう。

支えてくれる人々に暫しの休憩をもたらす祈りの時間を終えて、私はまた部屋へと戻っていく。



そんな日々に変化が訪れたのは、ある殿方が家に来てからだ。

父が短く紹介をする。


「お前の婚約者だ」


「リロイ・ハーヴェストと申します」


そう名乗った殿方は、小間使い達が頬を赤らめる程の美しい男性で、父よりも頭一つ分大きな立派な体躯をしていた。

私が一番初めに思ったのは。


何て可哀想な人だろう。


ということだった。

どう見ても釣り合わないのは当然だし、百人に聞けば百人がそう答えるだろう。

紫色の深い色合いの目も、悲しみに沈んでいるように見えた。

銀色の美しい髪が額に落とす影すらも美しい人。

それなのに、悲しみと諦観の漂う姿が、何とも痛ましかった。

父が断り切れない状況を作って、連れて来たのだろう。

その確信は、実際に当たっていた。


没落したハーヴェスト侯爵家。

リロイ様の母であるエーデル様が病を患い、愛する妻の為にリロイ様の父ワイス様は東奔西走した。

馬車の事故で死ぬまで。

領地を切り売りして、城も王都の屋敷を売ってまでも諦めなかった父に先立たれて、リロイ様は騎士となった。

何故そんなに散財したのか、と奇妙に思うが、病を治したいという気持ちを逆手に取った詐欺にもあったらしい。

やっと病を治せなくとも、症状を抑える薬が見つかったけれど、それも高額なのだという。

リロイ様は美男であり、侯爵家の直系だ。

色々な貴族がその血筋の確かさを求めて、婿入りさせたいと願っただろう。

けれど、伸ばされた幾つもの手を取る前に父が手を回した。

細々とした騎士の給料では母の面倒は見切れない。

耐えに耐え忍び、漸く父の救いの手に縋ったのだ。


私が断れば、と思ったが、そんな事をしたら父が、彼と彼の母を見殺しにするかもしれない。

そう思うと出来なかった。

美しい殿方をただ逃がしたくないだけでは?と自問自答もしてみたけれど。

誰が好き好んで、悲しい顔や不幸な様を見たいだろうか。

欲を言うならば、私の母にだって生きていてほしかった。

私などを生んだりせずに。


だから彼には短い手紙を出した。

私の手ではうまく書けずに清書をして貰いながら。


「私の母は私の為に亡くなりました。貴方のお母様の病状が良くなることを祈ります」


彼からは同じく短い手紙が帰って来た。


「お心遣い感謝する」


愛する誰かの生命が、人生を邪魔しているなどどれほど辛いだろう。

彼の母親もきっと、意識があれば、現状を知れば、きっと悲しく辛いに違いない。



彼は儀礼的に私の元へと訪れた。

季節ごと、行事ごとに贈り物を贈ってくれ、私もそれに対して返礼する。

夜会には行けないから、彼はいつでも一人だったろう。

宴の間、どう過ごしてしているのか気になったので、渋るエルに聞いてみた。

どうやら公爵家の病気の姫に婿入りをした、美しく可哀想な貴公子と言われているらしい。

病気ならば、何れ彼が公爵を継いだ後に後妻にでも、と欲を出す令嬢がいてもおかしくないのだが、彼はどうも全ての誘いを突っぱねていると。

誰とも踊らない、高嶺の花。


その謎が解けたのは、奇しくも私に訪れた小さな騒動からだった。

半年に一度くらいの割合で、王都の教会へと詣でる。

懺悔をして、神に祈る少しの間だけ、人払いをしてもらっていた。

けれど、その日は予期せぬ闖入者が現れた。

綺麗な金の髪に、海の様な青い瞳の令嬢が、扉の前で待ち構えていたのだ。


「貴女ですわね、わたくしのリロイ様を縛り付けている悪女は」


わたくしの、リロイ様?


彼は今まで婚約などした事がないと聞いていたが、間違いだったのだろうかと見つめていると、彼女は泣きながら叫んだ。


「リロイ様と貴女は全然釣り合っていないですわ!」


知っています。


私は目を閉じ、僅かに顎を引く事で同意を返した。

それは、私が一番身に染みて思っている事だからだ。


「金と権力を笠に着て、何でも許されると思っていたら大間違いよ!貴女の父親だって…」


令嬢が口に出来たのはそこまでだった。

連れていた従僕が蒼い顔で駆け寄り、令嬢の腕を引いて止めたからだ。

公爵家の騎士は、早目に排除しようと割って入っていたが、私が目で制したからいつでも庇える位置で足を止めていた。

これ以上彼女からは話を聞けないと判断した私が、小さく頷いたのを見て皆が歩き出す。

最後に見た令嬢は、蒼白な顔の従僕の手に口を塞がれていた。

本来なら主人に対する振る舞いではないが、最善だったろう。


家に帰り着き、身支度を整えていると珍しくリロイ様が約束の日でもないのに家に訪れた。


「教会で騒ぎがあったとか」


私は小さく頷く。


「リーディア嬢、貴女に怪我は」


私は顔を僅かに横に向け、否定した。

ほっと、リロイ様が息を吐くのが見えて、やはり悲しい気持ちになる。

生きていても彼を苦しめるけれど、死んでしまったらもっと厄介になるのが私と言う存在だ。

彼はぽつりと静かに言葉を零す。


「昔、婚約を持ちかけて来た貴族家の令嬢で、何やら勘違いをしているようだ」


「彼女の身が心配です」


途切れ途切れのしわがれ声で、漸く絞り出した言葉に、彼は二度三度瞬きをした。

出来るだけ、醜い声を聴かせたくなかったのだが、仕方ない。

私は彼を落胆させる事しか出来ない人間だけれど、あの瞬きの様な短い瞬間の失言ですら、私の父は許さないかもしれないのだ。

彼女は貴族令嬢として、身分社会に楯突こうとしたけれど、それはリロイ様の為でもあった。

彼女自身の欲の為であったとしても、言葉自体は間違っていない。

出来るなら穏便に済ませて欲しいと願うばかりだ。


「君は……」


そう言ってリロイ様は何とも言えない表情をして、再び黙り込んだ。

けれど、同時に私も気づいてしまった。

彼が何故、誘いを全て断っているのか。

それは父の影響力の所為だ。

父の邪魔をすれば、したと見做されただけでいとも簡単に排除されてしまう。

不幸な人を増やさぬため、彼は孤高でいるのだ。


「また来ます」


短くそう言って、彼は立ち上がり、部屋を後にした。

きっと、私も彼も自由になれない。

今はまだ。



穏やかに緩やかに日々が過ぎ、リロイ様は婚約者から夫になった。

婚姻は華々しく行わずに、庭にある私の小さな教会で行うことにしたのである。

本当なら、私が普通に生まれていれば。

父とて華やかに宴を開き、盛大に披露をしたかっただろう。

リロイ様ももっと他の誰かと幸せな結婚生活が出来た筈だ。


そのまま静かに日々は過ぎていくのかと思っていた矢先、事件が起きた。

リロイ様のかつての上司でもあり、好敵手ライバルでもあり親友でもあったディーク様が、先王の末の息子であり、現王の異母弟である幼子の王子を誘拐したのだ。

元より現王の統治下で、毒殺されるのではという噂も流れていたと聞き、それならばと今は無き側妃である母親の母国へと連れ去って保護しようとしたのが発端らしい。

元騎士隊長である親友は実直謹厳で、曲がった事が嫌いな性分。

清濁併せ呑むことが出来るリロイ様が支えていたのだろう。

役人の不正を暴こうとした矢先に、部下の裏切りで奴隷に落ちてしまったディーク様。

その時捕縛したのも、処分を決めたのもリロイ様だったという。

ちょうど三年前。

私と婚姻をした頃だ。

鉱山奴隷として働きながらも、ディーク様は諦めなかった。

逃亡しながら、手を貸した隣国の姫と結婚をして、彼に与する仲間から幼い殿下を預かり逃げる。

その追撃隊を任されたのがリロイ様だ。


神はどこまで残酷な仕打ちをなさるのだろうか。


各地へと足を運ぶリロイ様は苦渋を滲ませた顔で、偶に帰ってくるが会話は無い。

私は彼の境遇に悲しみを覚えながらも、何も出来ないまま。

ただ、堪え切れない涙を零し、小さな教会で祈りを捧げ続けるだけ。


そして、とうとうその日が来た。


悲しい事は積み重なるもので、彼の母がとうとう天に召されたのだ。


「母が、亡くなった」


たった一言。

彼は、そう言った。

諦観と悲壮さと疲れを滲ませた彼の顔を見て、私の目から勝手に涙が零れ落ちる。


別れの時がきたのだ。

彼を自由にしてあげられる時が。



多分、王都では反乱とも革命ともいえる出来事に人心は浮ついていただろう。

王子の誘拐だけでなく、各地で奴隷の反乱も起きては鎮圧されていた。

多くの血が流れ、姫と英雄の物語が美化されていく間、私は入念な準備をする。

リロイ様に無理をさせたくなくて、私から白い結婚を申し入れていた。

いずれ、解放できた時には、結婚を無効にも出来るからだ。

父にも、醜い身体を晒すのも耐えられないし、母のように出産に耐えられないと言えば無理を言う事もなく。

公爵家の血筋から、適当な人材を養子として迎えて育てると決めてくれた。

父とリロイ様への最後の贈物と手紙。

長年仕えてくれたエルへも用意した。


リロイ様は今、最後の追撃戦に出向いている。

国境の街付近で、きっと二人は雌雄を決するのだろう。

もしかしたらリロイ様が負けるかもしれない。

そうなれば、私は一緒に死ぬことが出来る。

もし私の願い通りに無事に帰って来れたとしたら、彼には自由をあげられるのだ。

毎日、小さな私の教会で祈りを捧げていた。

今日の祈りは一番長かったかもしれない。


いつの間にか私の中で、可哀想な人から、愛する人に変わっていた。

冷たそうに見える態度の中に見える優しさや節度。

憐憫や侮蔑ではなく、ただあるがままを受け止める穏やかな瞳。

言葉は少なくても、彼は十分私を丁寧に扱ってくれたのだ。

それがどんなに有難い事だったか、きっと他の誰にも分かりはしないだろう。

そして、それが彼の人生を食いつぶして出来上がったという事も。

願って良いのなら、彼の傍にずっといて、その姿を見ていたかった。

私に出来るのはそれくらいだけだから。


就寝の時間、いつもよりゆっくりと寝たいとエルに伝えた。

怪訝な表情をしたものの、祈り疲れたのだろうと合点したエルは寝床を整えて私を寝かせると部屋を出ていく。

ここからが正念場だ。

何度か一人で練習をしていたけれど、難しい。

寝台ベッドの端に這い寄るのも、一苦労だ。

少しずつ、少しずつ身体を揺らして、何とか辿り着く。

顎と手の甲に挟んだ、包帯をベッドに転がした。

折れ曲がった腕は自由に動かす事が出来ないが、何とか包帯の端を口にくわえて指に搦める。

リロイ様の為にと用意を頼んだ包帯を、時間をかけて漸く寝台ベッドの支柱に結び付ける。

他者の好意を無下にするのはこれで最後だからと用意してくれたエルに心の中で謝罪しながら。

苦労しつつその端を輪にしながら、最後は歯で咥えて包帯を引き結ぶ。

口の端が傷むけれど、この痛みだって最後だと思えば何ともない。

気がかりがあるとすれば、私を最初に見つけるだろうエルの悲しみ。

それから、大事に守り育ててくれた父の悲しみ。

ここまで私の人生に縛り付けられていたリロイ様も、すぐには喜べないだろうけれど。

きっと素晴らしい伴侶を得られる。

私さえいなければ。


自分で死を選ぶのは大罪だ。

神の教えでもあるし、最大の親不孝でもある。

不幸な人間として生まれつきながらも、私は決して不幸ではなかった。

悲しいけれど、素晴らしい思い出もある。

初めて贈られた小さな花束も、淡白なカードも。

それが嫌々であれ、強制であれ、何よりも嬉しい宝物になった。

だから、今度は私が返してあげなければ、いけない。

首を、包帯で作った輪の中に入れて、祈る様な気持ちで寝台ベッドの端から床へと身を投じる。

シーツと共に滑り落ちて。

私の首に掛かった包帯は、それでも私の命を奪うに足らなかった。


普通の織り方と違う包帯は、柔軟性があって伸びるのだと、そんな事すら失念するなんて。

自分で満足に死ぬ事すら出来ないなんて。

馬鹿みたい。


もうこのまま、私は這いあがることも出来ない。

一生懸命に身体を前のめりにしても、首に少しの痛みがかかるだけ。


その内、カツカツと軍靴の音が廊下から近づいてきた。

静かに扉を開けたそこにいたのは、国境に向かったはずのリロイ様。

紫水晶の瞳を大きく見開いて、彼は即座に私に走り寄った。

無理やりに首にかかる包帯を剝ぎ取って、叫ぶ。


「何故!!」


まるで幼子のように泣き叫ばれて、私は本音を漏らしてしまった。


「自由に、してさしあげたかった」


私の言葉が届いたのか、壊れるかと思う程強く、リロイ様は私を抱きしめて泣いた。


「君まで、私を置いて逝くな」


ああ。

私は答えすら間違えたのだ。

リロイ様でなく、私の為と言えばよかった。

もうこの檻から抜け出したかったと、自分の我儘だと。


彼からは嗅ぎ慣れない鉄と、何かの匂いがした。

こうして無事に彼が此処にいるという事は、親友はもうこの世にいないのだ。

母を亡くし、友を亡くした彼に私は。

抱き返す事も儘ならない身体が、この時ばかりは恨めしかった。

ただただ、私は彼に寄り添って涙を落とす事しか出来ずに。


泣き疲れた明け方頃、彼は私を抱きしめたままぽつりぽつりと話し始めた。

最初は望まぬ婚約だったこと。

相手がどうとかではなく、婚約自体を彼が望んでいなかったのだと言う。

会うたびに、不遇な人生を嘆いて周囲に当たるでもなく、ただ粛々と受け入れて過ごす私を見て、出来る限り支えようと思い始めたということ。

時折届く、手紙と差し入れに、贈物に心がいつしか癒されていたということ。

毎日の祈りに、心を打たれたということ。

滔々と語られる彼の心は、雨が地に染み込むかのように私の心を包んでいく。


「君が、私の為に白い結婚を申し入れてくれた時、ほっとしなかったとは言わない。けれど、君に触れさせてもらえない事が悲しい、と思った。拒絶される事に。……私の為だと分かっていながら」


ふと身体を離して彼が私を見つめた。

紫色の美しい瞳で。


「もう一度、夫婦として始めないか?……私では君の生きる理由にはなれないだろうか」


いいえ、と口に出す代わりに、私の目からは枯れたと思っていた涙がまた溢れ出していた。


「あなたを、お慕いしております」


縺れる舌としわがれた声。

それでも伝わったらしい彼は、ほのかに微笑んで私に優しく口づけた。




その後、リーディアとリロイは一男一女を授かった。

二人は生涯寄り添い、リーディアが短い人生を終えた後も、リロイが新しく誰かを娶る事はなかったのである。


不幸って比べるものではないけれど、まだ幸せな方だって思う事もあったり。

家族だからこそ大変な事もあるし、他に比べて理不尽な事もあるけれど。

ひよこの家は障害持った子が居ても全然幸せな方だと思うけど、それでも色々あったもの。

どんな境遇でも幸せになれるといいなと世界平和を祈るひよこ。

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― 新着の感想 ―
リーディアの淡々とした語り口がかえってドラマティックでもあり、彼女とリロイ、公爵三者に確かに幸せがあったと感じさせる結末が胸に残りました。
父親は大事な娘にずっと幸せでいて欲しくて優しい籠に閉じ込めていたのにたった数人の敵のせいで不幸な娘にされてとても切なかったです。 ぶっきらぼうな伝え方だったけど婿も恩を売れるだけじゃない娘を大切に出来…
なぜか父親に一番感情移入して泣いた
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