プロローグ
大森林の木々がざわめく中、俺は馬上で遠征隊を率いていた。
王都で何不自由のない暮らしをしてきたのに、今回は何故かいきなり前線指揮官を命じられたのだ
「ハヤト様、適当なところで得りましょうよ。ドラゴンの出る大森林での演習なんて怖すぎるっす」
「モルト、ふざけるな。そんなことよりセリスを呼んで来てくれ」
俺が睨むと、モルトはもふもふの狐尻尾を揺らしながらさがっていった。一言多いくせに怖がりなのは昔からだ。
「お兄様、お呼びでしょうか」
「セリス、後方を頼む」
「お兄様が無茶しなければ引き受けます」
碧眼が俺を見据え、銀髪が風に揺れる。
義妹のセリスは騎士学校を首席で卒業したのだが、近衛騎士団の誘いを断って俺の側から離れない。
「お兄様!」
「セリスも気付いたか」
「はい」
辺りを漂う空気が一変した。
森の奥から地響きと木々が折れる音がする。
俺たちの隊が警戒態勢を取る中、そいつが現れた。
漆黒の鱗に赤い目。ラプトルと呼ばれるドラゴンだ。
演習のはずが、実戦になってしまった。
「全員下がれ!」
俺は叫び、馬から飛び降りた。
モルトが尻尾をピンと立てて叫ぶ。
「ハヤト様、そいつマジヤバいっす! 逃げ――」
「黙れ、モルト! セリス、隊を固めろ!」
俺は剣を抜くと中段に構えた。
「お前の相手はこっちだ。かかってこい!」
挑発する俺をラプトルの目が捉えた。大口を開けて突進し、鋭い爪を振り上げてきた。
「ギリャリャリャ!」
転がってかわす刹那、土と血の匂いが鼻をついた。爪と牙には血の跡。そして軍服の切れ端。どうやら他の隊も襲われたようだ。
「ハヤト様、左! 左っすよ!」
「わかってる!」
屈んだ俺の頭上を丸太のようなラプトルの尻尾が襲った。頭上を吹き抜ける風圧に全身が痺れる。
俺はそのまま前にはねると、剣を上段に構えた。
「チェスト―‼」
次元流の「遠叫」が大森林にこだまし、俺は剣を鞘に収めた。
一瞬の静寂の中、俺の背後では袈裟切りに斬られたラプトルの上体がずれ、地響きと共に崩れ落ちた。
「お兄様!」
「さすがっす~!」
「おおおっ!」
隊の兵士たちが歓声を上げる中、俺は静かに告げた。
「全員、退却だ」