泉に来る迷惑客
どうも、はじめまして、女神です。
いきなり女神ですって言われても分かりませんよね。すみません。
具体的に言うと、イソップ童話の『金の斧』に出てくるあの女神です。
あのお話、知ってますよね?
簡単に説明すると、きこりが泉に斧を落として、それを見た私が
「あなたが落としたのはこの金の斧ですか? それともこの銀の斧ですか?」
って聞いて、
「いや、普通の斧です〜」
って正直に答えたから金の斧と銀の斧をプレゼントしたって感じの話ですね。
この話、実は実話なんです。
私はこの泉でモノを落とした人間の正直さを試す存在としてこの世に遣わされました。だからあんな受け答えをしたんです。
えっ、なんでそのことが物語として残っているのかですって?
前にイソップさんが取材に来たんですよ。
この泉で金の斧を手に入れたきこりから話を聞いて来たそうです。そのときサインも貰いました。
その当時は嬉しかったです。人間から取材を受けるのが初めてでウキウキしていました。
……ですが、今は後悔しています。なぜなら、このお話が広まってからというもの、迷惑な客が増えたのです。
今日はその一部をご紹介しましょう。
◇迷惑客No.1〈難しいよそれは〉
私が泉の底で本を読んでいたときのことでした。あ、私はいついかなるときも人間が来ていいように泉の底で待機しています。
遠くから若い二人の男の声が聞こえてきます。しかも近づいてきます。これは泉に何かものを落としに来た人に違いありません。
私は本を読み進めたい気持ちをグッとこらえ、泉から出てくる準備をします。
準備というのは、金の粘土と銀の粘土を粘土台にセットすることです。
泉に落とされたものを見て、瞬時にそれを再現。それを相手に見せ、どっちを落としたのか問う。
そして、正直にどっちも違うと答えた人にのみ、後日粘土ではなく本物の金や銀で出来たソレを郵送します。流石にその場で金の斧とかを用意して渡すのは無理ですからね。無理無理。
質問するときに見せるのは、あくまで私が急いで作った粘土製のサンプルです。イソップ童話でそこは端折られてましたが。
さてあの男は一体何を落としてくるのか……?
「えーい!」
「痛っ」
何か落ちてきました、私の頭の上に。
観光客は大抵なぜか思いっきり投げてくるので、頭とかに直撃することがよくあります。やめてほしいです。
原作だってうっかり落としてたでしょうに。もっとうっかり感を醸し出すべきだと思います。あれじゃただの不法投棄じゃないですか。
なんてことを思いつつ、私は頭に直撃したそれを掴み、何か確認しました。
「これは……えっ……」
私の手の中にあったのはプラモデルでした。それもかなり細かいロボットのプラモデルです。多分ガ〇プラの類です。
いやいやいや無理ですって。今から粘土でプラモデルの再現って。もう少し造形シンプルなもの投げてくださいよ。しかも金と銀の二つ。
それでもこれが私の仕事、急いで粘土をこねます。すると声が聞こえてきました。
「なんか……遅くね?」
「やっぱ嘘だったんじゃね? あのウワサ」
はぁ? あなたが変なもん投げるから時間かかってるんですよ。文句言わないでくださいよこっちだって頑張ってるんですよ。
「もう帰ろうかな……」
「えー、でもあのプラモデル、結構高かったんだぜ……」
帰らないで。頼みますから。今急いで作ってるんですから。
「まぁしゃーないか。金のプラモデル欲しかったな」
二人の帰っていく足音が聞こえます。ヤバいです。これ本当に帰られるパターンです。こうなったら作りかけでも見せるしかありません。
私は勢いよく泉から飛び出しました。
「ちょっと待ってください!」
私の声に驚いて、男二人が振り返りました。私はゼェゼェハァハァしながら必死に問いかけます。
「あなたが落としたのはこの金のプラモデルですか……それとも……」
「造形悪っ」
「いらねーよそんなもん、普通の返してくれよ」
「いやあの……銀のプラモデルか……どっちか……」
「いやだから、正直に言ってるんだから返せよ普通に落としたやつ」
返して欲しいのはプラモデル作りにかけた私の努力です。
◇迷惑客No.2〈ダメ、ゼッタイ〉
私がまた泉の底で本を読んでいると、何やら大きな車の音がしてきました。
たまにこの泉に車で来る人がいます。道路無いのに。
タイヤで森の動物や植物を踏みつぶして来るのでこういう客はとても迷惑です。森だって大切な地球の一部だというのに。
いったい何を落としに来たのか……。
――ボチャーン!
えっ!?
車です。突然ものすごい音ともに目の前に車が落ちてきました。私は急いで泉から飛び出します。
「あの! 流石に車は無理なんですけど!」
私が泉の外で見たのは、走り去っていく軽トラックの姿でした。あの荷台に、さっきの車が乗っていたのでしょう。でも、私の質問に答えすらしないで帰るなんて……まさか!
私はハッとして、泉の中に潜ります。
もう一度落ちてきた車をよく見ると、それはボロボロの廃車でした。
私は怒りのあまり思わず叫びました。
「不法投棄すんなーー!!!」
◇迷惑客No.3〈絞れよ〉
ある日、私が泉の底でテレビを見ていると、数人の子どもの声がしてきました。
私は子どもが苦手です。子どもはときに突拍子もないものを投げてきます。
以前あったのは、生きたカエルとか、お父さんの仕事の書類とか……。とにかく絶対に投げちゃダメなもの投げてきます。
カエルはともかく金色の書類は貰ってどうしたいんでしょう? 子どもの思考はよくわかりません。
さて、今回どんなものが、落ちてくるのか……。
――ぽちゃん!
良かった。けん玉です。これなら簡単に作れま……ん?
――ぽちゃん!
また何か落ちてきました。今度はクマのぬいぐるみです。まぁ、まだこれくらいなら……。
――ぽちゃん! ぽちゃん! ぽちゃん! ぽちゃん!
えっ、筆箱、上靴、ゲーム機、虫取り網?
――ぽちゃん! ぽちゃん! ぽちゃん! ぽちゃん!
ラジコン、紅白帽子、牛乳パック、ぞうきん?
――ぽちゃん! ぽちゃん! ぽちゃん! ぽちゃん! ぽちゃん! ぽちゃん! ぽちゃん!
いや、ちょっと、あの……。
「コラーーーーー!!!」
私は勢いよく泉から飛び出しました。
「一人に一個に絞らんかい!!!」
すると子どもたちが一斉に泣き出しました。
――後日、その子たちの保護者が私にクレームしにきて、一時間くらい怒鳴られ続けました。もう本当に子どもはこりごりです。あとモンスターペアレントも。
◇迷惑客No.4〈本当にやめて〉
私が泉の底でご飯を食べていたら、何やら音がしてきました。
――チョロチョロチョロチョロチョロチョロ……
私は聞き覚えのあるその音を聞き、すぐに泉から出て叫びました。
「コラーー! 立ちションすなーーー!」
◇迷惑客No.5〈違うよ?〉
私がある日、泉の底でお菓子を食べていると老人の声が聞こえてきました。
「あのー! ちょっとええかのー!」
私はものを落とされない限り、泉から出ません。私は無視してお菓子を食べ続けます。
「ちょっと聞きたいことがあるんじゃがのーー!」
無視してお菓子を食べ続けます。今日のおやつはドーナツです。
「出てきてくれんかのーー!! おーい!!」
更に無視してお菓子を食べ続けます。ドーナツはやっぱり金色のつぶつぶがついたチョコレートのやつが一番美味しいです。
「はよぅ出てきてくれんかのーー!! おーい!!」
いい加減しつこいので、ちょっと注意しましょう。そう思った私は、泉からドーナツ片手に顔を出しました。
「あの、泉に何か落としてもらわないとダメな決まりなんですよ。あなたも金の何かが欲しいんでしょう?」
「あー? 何いうとるんじゃ? ワシはそんなもん欲しくないがの」
珍しい。となるとまた何か取材に来たのでしょうか? 見たところ作家や記者には見えませんが。
「じゃあ何しに来たんですか?」
私が尋ねると、老人は咳払いをしてこう返してきた。
「なぁ、あんたなんか一つ豆知識聞かせてくれんか」
「えっ……豆知識ですか……?」
初めてのお願いです。豆知識ってなんの豆知識を話せばいいんですか。というかなんでわざわざ私にそれを聞くんですか。
私に必死に頭を捻り、豆知識を考えた。
「あっ……えっと……あ!」
頭の上に電球が光ったのを感じた。もちろん本当には光ってませんが。つまり、いいのを思いついたのです。
「魚のウロコ取りをするときは、ペットボトルの蓋を使うと楽に取れますよ」
うむ、我ながら良い豆知識のチョイスです。あっぱれ。
「あー、ソレって生活に役立つ豆知識じゃないかのぉ」
「えっ? そうですけど……」
「もう少し、役に立たない豆知識はないんかのぅ」
なんでやねん。なんで生活に役に立たないことを求めてるんですか? 本当に分かりません。
「もっとこう、ウシガエルの中にはニャーって鳴くやつもいる……みたいなのがええのぉ」
そうなんだ。初耳です。みたいなってもうそれでいいんじゃないですか。なんで私に聞くんですか。
「あー、えっと、じゃあ……ラッコは寝るとき波に流されないように海藻を身体に巻いて寝る……とか……」
「おぉ、えぇのぉ。へぇー」
あ、いいんだ。これで。
「へぇーへぇーへぇー」
この老人、やたらとへぇーって言ってくる。なんなんでしょう。
「四へぇじゃな」
えっ? 四へぇ? もしかして……。
「あの、一応こっちからも質問していいですか」
「なんじゃ、急に」
「あなた、ここを何だと思って来てますか?」
「何を今更。決まっとるじゃろう、『トリビアの泉』じゃろ」
違うよおじいちゃん。なんならそれもう結構前に終わったよ。
◆ ◇ ◇
といった具合に、泉には毎日迷惑な客が結構来るのです。みなさんは、こっちの事情も少しは考えて来てくださいね。これでこの話はおしまいです。