第二話
「あなたにだけは、知らせてあげようと思って」
そう言って、ルチアナ様はノールを伴って、牢獄にやってきたわ。
ノールがいるから、と、護衛にも席を外させ、いろんなことを教えてくれたわ。
「まず、貴女のお母様はご存命よ」
「え? でも私は、孤児で……お父様は貴族で……」
「えぇ。あの孤児院は、前の王妃様がお作りになったの」
「前の王妃様……?」
確か、今の王妃様が王妃様になる前にいらっしゃったお方だとか。身体が弱い方で亡くなっていて……。お生まれになった第一王子は第一王子ながら、隣国の姫君と恋に落ち……?
「世論は作られたものよ」
それから語られた話は、国家の秘するべきものであった。
「まず、前の王妃様は、隣国でご存命なの。彼女は亡命をなさったの」
「亡命……?」
王妃様なのに、どうしてと私の口から溢れた疑問に、ルチアナ様は小さくお笑いになった。
「貴女、王妃を目指していたはずなのに、王家のあれこれに疎いのね?」
その笑いは、嘲笑ったものではなく、ただただ幼子に呆れたような笑いであった。
「第一王子は、側妃……現王妃と言っても、先日亡くなってしまったけども。彼女によって、政略結婚という名の国外追放に遭ったの」
「え?」
「側妃はそれから、前の王妃をいじめ抜いたわ。何度も暗殺者を向けたわ。王族たる者それくらいは、覚悟の上だったと思うわ。ただ、国王……彼も亡くなってしまったけども。国王は、前の王妃の命からがらの訴えを跳ね除けたのよ」
「え、なぜ?」
「側妃の方が抱き心地がいいし、其方をいじめるのは楽しいから、と」
「まぁ……」
「そうして、前の王妃は実家に助けを求めたわ」
「ご実家なら……。一体どちらのお家ですの?」
「我が伯父の営んでいた元公爵家で今は平民に落ちた、あのスタリル家よ」
「え……」
側妃様はそこまでのことをしたのかと、震えていると、ルチアナ様は訂正を入れられましたわ。
「違います。側妃はスタリル家に何もしていませんわ。ただ、脳のない伯父が没落させただけだわ。我が家よりも歴史のあるお家だったのに」
歴史ある公爵家を没落させるなど前代未聞な事件だが、話はそちらがメインではない、と言った様子でルチアナ様が元に戻されました。
「伯父は、第一王子を守らなかった前の王妃様を責めたのよ。そして、縁を切ったわ」
「そんな……」
孤立無援だ。実家からも王家からも冷遇され、継承権1位であるはずの第一王子ですら国外追放された。命を狙われ続ける前の王妃様に思わず同情した。
「そこから、我がハウラッシュ公爵家、ノール……ノールディストのお父上である王弟殿下が前の王妃様を必死に守ったわ」
「え?」
思いがけないルチアナ様の言葉に私が目を白黒していると、ルチアナ様も驚いた様子でこちらを見ていた。
「気づいていなかったの? ノールの瞳は、王家特有の金の瞳じゃない?」
「え、でも……髪色が」
「王弟も銀髪だったのよ」
「え……」
「王弟も正妻がいるから、あの孤児院に子を隠したのね」
「ノールは王弟の……貴女のお母様は、いったい何者なの?」
そう言った私に、ノールはにこりと微笑むだけで何も答えてくれません。
「学園内でも気づいている者もいたのに」
「あの孤児院と貴女のお母様のいる娼館……あそこは対貴族専用なんだけどね。あそこを作ったのは、前の王妃様。表向きの理由は、側妃様以外にも浮気に走る国王陛下に“そんなに浮気をしたいのなら、ここでしなさい”と言って作ったとされる」
「え、でも……」
「そう。実際は前の王妃様の復讐劇だったのよ」
「……」
「ちなみに、孤児院は貴族の御落胤のための孤児院よ。やけに見目麗しい子供が多かったことも、学院でやっていけるほどの教育が与えられていたことも違和感を感じなかったの?」
「で、でも私、自由に外に出たりしていたし」
「あくまで御落胤。ストックのストックのストックくらいのものよ。呼び戻されるまで誘拐する価値もないわ。ちなみに、娼館ではお手つきになった娼婦は次の月のものが来るまで客を取らないから、確実にその客の子なのよ。だから、貴女のお父様は確実に貴女のお父様」
「……」
言葉を失う私に、ルチアナ様が言葉を続けた。
「まぁ、あくまで孤児院は前の王妃が作られたものと知られているけど、娼館は知られていないわ。……わたくしたちは、今から国王と王妃になるわ。継承順位一位はノールで、わたくしは勢いのある公爵家の令嬢。この国が隣国に乗っ取られるわけにいかないもの。お父様たちには恩があったようだから、前の王妃様もきっと交渉のテーブルには座ってくれるわ」
「私にそこまで教えたのは、死ぬ前の御慈悲ですか?」
「いえ。わたくし、貴女に利用価値を感じているの。あれだけ大勢の貴族令息を手玉に取れていたのだもの。貴女のお母様とご一緒にわたくしのスパイをしてくれないかしら?」
「お母様とご一緒に……?」
「娼館では、口を滑らせる貴族も多いのよ。お母様はそんな情報をわたくしたちに回してくださっているのよ」
「私、お母様に会えるの……?」
「えぇ、楽な仕事ではないけれど、生活は保証するわ。少なくともクリアディナ男爵家で貴女がしていたよりもいい暮らしができるわよ」
「もしかして……」
「ご想像の通り、貴女のお父様は子女教育奨励金を着服していたわ。貴女は普通の貴族令嬢の十分の一ほどの金額で生活していたのよ」
「だから。孤児院とそんなに生活が変わらないと思っていたんです」
「では、今ここでシャイン・クリアディナ男爵令嬢は毒杯を賜りました。ということにしておくわ」
「ありがとうございます。ルチアナ様」
ルチアナ様が指差す抜け穴を使って、その娼館へとわたしは向かったの。侍女がついてくれて、道を教えてくれたわ。ずっといないと思って、憧れていたお母様に会えると思うと、胸が躍ったの。もちろん、ノールと微笑み合うルチアナ様の姿に胸も痛んだの。でも、ノールがとても幸せそうに微笑んでいたから、私も幸せよ。
「……ノール。これで、王位についてくれるのよね?」
「えぇ、ルチアナ嬢。誓ったではないか」
「……本当にこれでよかったの?」
「これ以外に彼女の命を救う方法を思いつくかい?」
「それは……でも、あなたが彼女を連れて逃げることならできたはずよ」
「君に全てを押し付けて? こんなにも……王家の闇を知りすぎてしまっているし、僕が全ての要因の一人なのに」
令嬢が一人で背負うものではない、とノールはルチアナ様の髪に口付けを落として、前の王妃様との対談に臨んだんだとか。
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