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6、幼馴染にとって、彼女は光



「終わった……」

「とうとうヒロインじゃねーか、おめでとう」

「ここまで嬉しくない祝福は初めてだ……」



 とうとう全ての出会いイベントが済んでしまった。

 その事実に、ブリッツと共に頭を抱えてしまう。



 このままではヒロインとしての生活が始まって……。



 ……。

 ………… あれ?



 そこで、ふと思った。


 


「……なあ、ブリッツ」

「……何だよ」

「僕……ヒロインになったか?」

「……俺は攻略対象じゃないから何とも言えない」

「イケメン達にモテモテになりそうか?」

「……一定の需要はありそうだけど、俺だったら正気を疑うし、この国の将来を心底憂う」

「ここまで心から嬉しくなる罵倒も初めてだ、ありがとう」



 確かに、僕はルーチェの言う出会いイベントを全て達成済みだ。

 しかし、ヒロインになったらどうなるというのだろうか? 


 

「率直な意見を聞かせて欲しいんだけど、攻略対象達が僕の事を恋愛対象として見ていると思うか?」

「……正直に言って良いか? 何の事情も知らずにそれを聞かれたら、『自意識過剰か?』って指を差して笑ってると思う」



 うーん、とても正直。 

 けれど、ブリッツの目から見ても、彼らが僕に対して恋愛感情を抱いている様には思えないという事が分かり、ホッとした。


 あれから、攻略対象四人とのいち友人としての交流は続いている。

 しかし、どうしても彼らが僕の事を『ヒロイン』として見ているようには思えないのだ。

 そして、僕も変わらず彼らの事をそういう対象で見る事は出来ない。



 ……あれ? ヒロインって何なんだ?

 ヒロインの条件を満たしても、何ら変化が無いように思えるのだが?



「やっぱり幼馴染ちゃんの妄想……」

「ルーチェが言う事に間違いがある訳ないだろう」

「お前はヒロインになりたいのか、なりたくないのかどっちなんだ」



 なりたくはないが、ルーチェの言う事は全面的に肯定してあげたい、そんな複雑な心境である。


 ブリッツは心底げんなりとしながら考え、ふと何かを思い付いたように顔を上げた。



「……そもそも、選択権はどっちにあるんだ?」

「選択権?」

「ヒロインだって、最後は相手を一人に絞るんだろ? ヒロインが主体的に攻略対象を口説くのか、その逆か」



 そう言われて、改めて思い返してみる。




 ──誰を選んでも、私がハッピーエンドに導いてあげるからね!




「多分ヒロイン側だと思う。ルーチェは、僕が誰を選ぶのかを気にしていた」




 僕は、誰よりもルーチェの事が好きなのに。

 


 ……そこで、はたと気付いた。




「それなら、例えばヒロインが既に相手を決めていた場合はどうなるんだ?」




 ブリッツが、僕の心に浮かんだ疑問を言葉にした。

 

 ルーチェが言うには、『ヒロイン』は選んだ相手と恋に落ちる運命なのだという。

 つまり、運命の恋を誰と成就させるのかは、ヒロインの選択次第だという事だ。

 


 もしも、僕が攻略対象ではない相手を選んだのなら?

 それもまた、運命の恋になり得るのだろうか。



「そもそも前から思ってたけど、お前はちゃんと言った事はあるのかよ?」

「何を?」

「幼馴染ちゃんに、異性として好きだって」

「何を馬鹿な。そんなの……」



 小さい頃から一緒なのだ。

 好きの一つや二つくらい、何度も……。



 ……何度、も……?




「………………あ」




 ……そういえば、心の中では「好き」とか「僕の天使」とか「愛してる」とか死ぬ程言っていたが、面と向かって言った事は無かったような気がする。

 

 初めて気付いた事実に呆然とする僕を見て、ブリッツは呆れたようにため息を吐いてみせた。




「そもそも、ずっと気になってたんだよ。幼馴染ちゃんは、本当にお前と攻略対象がくっつく事を望んでるのかなって」

「でも、イベントが起こった後はいつも……」

「確かにお前が誰を選ぶのかについては気にしているようだったけど、でも……少し悲しそうにも見えたから」



 

 僕の胸に衝撃が走った。


 ルーチェが悲しそうだった? 僕が彼女を悲しませた?

 そして、イベント云々に気を取られてたからとはいえ、この僕がそれに気付かなかっただと!?




「そんな顔すんなよ。あの子だって、お前にだけは悟られたくなかったから頑張って隠してたんだろうし」




 馬鹿な自分への憤りを感じ、痛い程拳を握りしめた僕に、ブリッツは苦笑する。




 ……しかし、僕の心は決まった。

 決まったというよりは、最初から分かりきっていた事なのだ。


 



「──早く彼女に伝えなきゃ。僕が誰を選ぶのかを」 




 さあ、告白イベントの始まりだ。





***




 小さな頃は、兄が苦手だった。

  

 兄は頭が良く武にも長けていて、誠実で高潔な人だ。

 ただの凡人である僕は、その陰に隠れるしかなかったから。



 たとえ何かを上手く出来ても、




「流石イグニスの弟だ」




 もし失敗したならば、




「あなたもイグニスを見習いなさい」




 誰も僕を見てくれやしない。 

 両親は勿論、親戚や家の使用人達もだ。


 僕だって、全てにおいて完璧な兄の事を尊敬はしている。

 けれど、その弟という立場である事を誇らしく思うと同時に、酷く息苦しかった。



 誰か、僕を見てくれ。

 誰でも良い。誰か、僕の事を──。




「フレドくんはフレドくん、イグニスさんはイグニスさん! そうでしょ!?」




 今にも潰されそうになっていた僕に唯一気付いてくれたのが、ルーチェだった。


 艶やかなピンクの髪と、それより濃い色の大きな瞳の女の子は、隣領であり両親の友人でもあるルミナリエ伯爵家の娘として、年齢が同じという事もあって幼い頃から良く一緒にいた。


 彼女だけが、僕の心に寄り添ってくれた。

 僕の事を『イグニスの弟』とは呼ばなかった。

 彼女の笑顔が、荒んでいた僕の心を温めてくれた。




「あのね、これはないしょだよ」

「……なに?」

「イグニスさんはね、ほんとうはうごうごしてるむしがにがてなんだって。こないだ、おにわでげじげじをみつけて『ぎゃあ!』ってびっくりしてた。……おにいちゃんはしっかりしなきゃいけないから、だれにもないしょなんだって」




 ないしょだからね。

 そう悪戯げに教えてくれた兄の秘密に、僕がどれだけ救われたか、彼女はきっと知らないだろう。


 兄だって本当は苦手なものもあるけど、それを必死に隠している。

 その結果が『完璧なイグニス』なのだ。

 

 遠すぎると感じていた兄の背中が、一気に身近に感じた。

 彼女の言葉が無かったら、今も兄との関係がギクシャクしたままだっただろう。




 ──ルーチェは、僕の光だ。




 彼女が居てくれたから、今の僕がある。

 彼女の為ならば、何でも出来た。

 彼女に見合う男になる為に、勉強も運動も今まで以上に頑張れた。



 彼女の笑顔が見たい。

 ……ルーチェとずっと一緒に居たい。




 ───それが、僕の全てなのだ。



 

【登場人物紹介】

ブリッツ・トルエン

伯爵子息。フレドの友人。

何だかんだ付き合いが良い。

完全なモブキャラではあるが、ルーチェから隠しキャラ疑惑の目で見られている事は知らない。

相思相愛の婚約者がいる。

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