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4、神官長の息子は世間知らず




「これで出会いイベントは二つ目……」

「着々とヒロインとなる為の工程を経てるな……」




 ここまで来ると、一種のホラーだ。

 背筋がゾッとするような危機感を抱いてしまう。


 本当に僕はヒロインなのだろうか?

 信じたくはないけれど、実際にルーチェの言う『イベント』が立て続けに起こってしまっている以上、信じざるを得ない状況に追い込まれていっている。




「そんな称号いらない……。いっそモブで良いから、ルーチェと結婚して四人の子供と十二人の孫、それに加えて一匹の犬と二匹の猫に囲まれて、末永く幸せに暮らせる未来が欲しい……」

「妄想が具体的過ぎて、何かキモい」




 ブリッツはお前の方がホラーだ、と白い目で見てくる。

 キモいとはなんだ、失礼な。


 ──それはともかくとして、




「もう攻略対象に遭遇したくない……」


 


 相変わらず恋愛小説談義を求めてやって来るイースと、鍛錬仲間のソル。

 ただでさえ目立つ煌びやかな二人と連んでいる所為で、最近妙な注目を浴びているように思えてならない。

 

 ……いや、友人としての彼らに文句がある訳ではないのだ。

 イースは恋愛小説に対しての余りの情熱に時々引くが決して悪い奴ではないし、ソルは相変わらず特訓に付き合ってくれるなど世話を焼いてくれている。


 けれど、ルーチェだけに見つめていて欲しい僕としては、これ自分が以上衆目に晒されるのは勘弁願いたい。



「もういっそ、授業以外は寮に引き篭もるか?」



 ブリッツの提案に、僕はうーんと唸る。

 


「その手段もありだと思うんだけど、でも駄目だ。絶対に外せない用事がある」

「何だよ」

「来月ルーチェの誕生日だから、誕生日プレゼントを買いに行かなきゃ」

「お前、ブレねーな……」



 例えヒロインになってしまう危険を犯してでも、ルーチェを優先するのは当然の理でしょうが、何を今更。




***



 そんなこんなで、検討を付けていたアクセサリーショップへと向かう。

 店員さんと相談しながら時間を掛けて選び、やっと納得がいくルーチェへの誕生日プレゼントを手にする事が出来た。

 

 達成感で胸が一杯な気持ちで帰る途中、ふと目に入ってしまった姿に背筋に冷や汗が流れる。



 緑がかった黒髪に、緑の瞳。

 格好良いというよりは、小動物を思わせるような可愛い系。やはり背景はキラキラしている。



 神官長の息子であり、次期神官長候補筆頭。

 プラント・レスタ神聖伯子息。──最後の攻略対象である。



 素早く物陰に隠れて、彼の様子を窺う。

 どうやら、レスタ神聖伯子息は何かを探しているようだ。


 こちらには気付いていない。

 今なら、イベントが発生しない内に静かにこの場を離れる事が出来る。




 ……出来るものの。




 キョロキョロと周囲を見回すレスタ神聖伯子息は、完全にお上りさんだ。

 同じ所を行ったり来たりする様子は、とても危なっかしい。見ているこちらの方がハラハラとしてしまう。


 それを見ていて、思ってしまった。




 ───ルーチェだったら、迷わず助けるんだろうなぁ。




 どうしたの、大丈夫?

 きっと彼女なら、そう優しく声を掛けて手を差し伸べるだろう。




『私は、フレドの優しい所が好きだよ。いつも私を助けてくれてありがとう』




 僕は唸った。


 今ならば、イベントが発生しない内に静かにこの場を離れる事が出来る。

 けれど、そうしてしまったら、ルーチェの言う『優しくていつも助けてくれる僕』では無くなってしまう。

 彼女の期待を裏切る事になるのだ。



 イベントからの逃亡を取るか、ルーチェが好きだと言ってくれる『僕』を取るか。



 ───勿論、答えは既に決まっていた。




「ダイジョウブデスカ、オコマリデスカ」

「えっ、……あっ、入学式の時の……」




 あなたはドジっ子とは思っても、言葉を飲み込んでくれるんだね。

 その時点で好感度が少し上がったよ。ありがとう……。


 苦渋の決断の結果、僕はレスタ神聖伯子息に話し掛けた。

 レスタ神聖伯子息は突然声を掛けられて動揺していたようだったが、すぐに一枚の紙切れを見せてくる。それには、簡素な地図が描かれていた。



「この店に行きたいのですが、迷ってしまって……」

「……分かりました。少し入り組んだ道なので、そこまで案内します」

「ほ、本当ですか!? ……ああ、神よ。このご慈悲に感謝を」



 道案内一つで大袈裟すぎる。

 ともあれ、地図にある店まで一緒に行く事にした。



「本当に何とお礼を言えば良いのか……。帰り道すら分からず、このままではここで一生を終えるしかないとまで思ってしまいました」

「本当に大袈裟すぎる……。普通に誰かに道を聞けば良いのでは……?」



 そこで一生を終える覚悟は決められるのに、何故素直に人に道を尋ねないのか、甚だ疑問だ。

 ごく当然の疑問を投げ掛ければ、レスタ神聖伯子息は沈痛な面持ちで首を横に振る。



「ちゃんと尋ねたのです。何度も」

「え、じゃあ何で……」

「ですが、その度に目新しい物に気を取られてしまい、気が付けば知らない場所に居るのです」



 ……よ、幼児かよ。

 むしろ幼児の方がしっかりしてるまであるぞ。


 レスタ神聖伯子息は「神殿の中で生まれ育ち、これまで外に出る機会が無かったので、世俗に疎くて……」と眉を下げているが、そういう次元の話でも無いような気がする。



 途端に、不安になった。



 こうして話しながら目的の店に向かう道中でも、あちらこちらに視線を向けて目を輝かせているのだ。

 僕が居なかったら、きっと吸い寄せられるかのように自然と目的地から遠ざかって行っただろうと確信出来る。


 レスタ神聖伯は南の大神殿を本拠としていて、その息子であるレスタ神聖伯子息は学生生活を送る上で王都にタウンハウスを持たない人用の学生寮を利用していると言っていた。




 ……この人、僕が居なくて自力で寮まで帰り着く事が出来るんだろうか。



 

 キラキラと目を輝かせて走り出しそうなレスタ神聖伯子息を押し留め、時には襟首を引っ掴み、誘導する事三十分近く。


 正直な感想言って良いかな。

 ──────馬鹿犬の散歩かよ!!


 真っ直ぐに行けば十分も掛からないという事実を踏まえ、僕の苦労を察して欲しい。

 大変だったんだから、本当に。



 漸く目的の店に辿り着いた時には、既に悟っていた。




「あ、この店です! ありがとうございます、助かりました!」

「……待っているんで、一緒に帰りましょう」

「えっ、良いんですか!?」




 ──この人をここで置いて行ったら、確実に迷子になる。

 ガーデナー学園男子生徒行き倒れ、などという悲しいニュースが流れても寝覚めが悪い。

 ここはいっそ最後まで面倒を見よう、ちくしょう。



 店で用事を済ませた後は、ブラブラと街を歩きながら寮の方角へと向かった。

 レスタ神聖伯子息──いや、プラントと屋台で食べ物を買ったり、出店を冷やかしながら。


 だって「あれ何ですか!?」って目を輝かせて聞いてくるんだもの。

 あんなに嬉しそうな顔をされちゃったら、無視なんて出来ないよ。……何か、ちょっとルーチェを思い出すし。



 街の散策を大いに楽しんで、学園前の大通りで解散となった。

 流石にここまで来たら、迷子にはならないだろう。




「今日はありがとうございました」



 

 プラントは物凄く満足そうな顔で、僕に頭を下げた。

 そして、何故だかモジモジとしている。


 ……もうこれで出会いイベントも三つ目だからね。

 僕ももう予想はしていた。あれでしょ、ルーチェが言ってたあの台詞が来るんでしょ。




「今日あなたに出会えたのも、神のお導きでしょう。……それで、ですね。その……ぼ、僕とお友達になってくれませんか!?」




 全然なるから、顔を赤らめるのだけは止めてくれませんかね!?


 


***




 精神的に疲労困憊でエスターシュ家の屋敷まで辿り着くと、何故かルーチェがタイミング良く待ち構えていた。

 おかえり、と僕を笑顔で出迎えてくれた彼女は、毎度のように僕に詰め寄って来る。




「デートはどうだった? はぐれないように、ちゃんと手は繋いだの??」

「デートなんてしてないですけど!?」




 そもそも、僕の手は君専用となっております。悪しからず!!!

 




【登場人物紹介】

プラント・レスタ

神官長の息子で、神聖伯子息。

緑がかった黒髪と緑の瞳。

優しくて、少し気が弱い。

西の神殿で育ち、外界に出る事が無かったため、少し世間知らずな面も。

神に仕える彼と仲良くなるには、親切にしてあげると良いかも?

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