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2、宰相の息子はクールキャラ?



 もしかしたら、何か偶然に偶然が重なって、おかしな事になったのかもしれない。

 とりあえず、ごく普通に学園生活を楽しもう。

 そんな結論で、僕とブリッツは解散した。


 理性的に考えれば、そんなミラクルな偶然が重なる可能性はゼロに等しいのは明白なのに、僕もブリッツも信じたくなかったのだ。



 学園生活は、普通に楽しかった。

 夢にまで見たルーチェとの学生生活だ。

 一緒に授業に出て、一緒にランチを食べて、休みの日にはどこに行こうか。そんな話をするだけで楽しくて仕方がない。


 そんな『ヒロイン』云々の話すら忘れかけていた、とある昼休みの事だった。




「あれ!? 本が無い!」

「さっきのベンチに忘れてきたんじゃない?」




 こんな時にまたうっかり発動である。


 何なのかなこれは! 

 僕にドジっ子属性は無かった筈なんだけど!!!




「ごめんね、ルーチェ。先に行ってて」

「うん、後でね!」




 頑張って、と手を振るルーチェと別れ、ダッシュで先程まで居た裏庭のベンチへと向かう。


 頑張ってって……何を頑張れというのだろう。

 そんな疑問がチラリと頭に浮かんだものの、とにかく本だ。

 

 置き忘れたのは、ついこの間ルーチェと本屋で一緒に買いに行った本なのだ。

 つまり、ルーチェとのお揃い。しかも一緒に買いに行ったという思い出付き! 

「読み終わったら、感想を言い合おうね」と嬉しそうにしていた彼女を裏切る訳にはいかない。

 

 何としても、この手に取り戻さねば! 

 そんな気持ちでベンチに辿り着く。




 ──そこに座っていた人物を見て、僕は思わず息を呑んでしまった。




 後ろで一つに結んだ長い水色の髪に青い瞳。

 涼しげでクールな印象を受けるその顔は、まさしく美形だ。背景が無駄にキラキラしている。



 宰相の息子であり、次期宰相候補筆頭。

 イース・フロワーズ公爵子息。──忘れかけていた攻略対象その二である。



 ……そういえば、ルーチェは言っていた。




『イース様との出会いイベントはね、忘れていた本を拾ってくれる所から始まるの』




 ───これってまさか、出会いイベント発生ですか!!!?



 先程までルーチェとの心癒される休憩時間を送っていた憩いの場が、突如攻略対象とのイベント発生場所となってしまっていた。


 すぐさま回れ右をして逃げ出したかったが、ベンチに座っている彼の手元を見て、そうは出来ない事を悟る。



 ……あなたが今読んでいる本、もしかしなくとも僕の物なのでは?



 ルーチェとの思い出の品か、それとも攻略対象からの逃亡か。


 それを両天秤にかけて、出した答えは決まっていた。

 ……この僕が、たかが本であろうともルーチェと関係したものを手放せる訳がないのだ。


 ゴクリと唾を飲み込んで、声を掛けた。




「……すみません、その本」




 最後まで言い切らない内に、フロワーズ公爵子息の視線が勢い良くこちらを向く。


 正直、睨まれているようで怖い。

 思わず黙ると、彼は眼鏡を押し上げた。




「君は……入学式の時のドジっ子くん」




 言われて、彼が入学式の時に王子殿下の側に控えていた事を思い出した。

 

 その覚え方は本当にやめて欲しい。誠に心外すぎる。


 しかし、幾ら文句があろうとも、それを口に出す事は勇気は流石に無かった。

 同じ貴族と言えど、片や次期宰相と目されている程のエリートと、しがない一般伯爵子息。

 ちゃんと身の程は弁えます。逆らいません、はい。


 フロワーズ公爵子息は、読んでいた本と僕を見比べた。




「これは、君の本?」

「……はい、そうです」

「……やはりドジっ子……?」




 うるさいな! 良いからそれを返して下さいよ、もう!!

 

 僕の視線の訴えを感じたのだろう。

 フロワーズ公爵子息が本を返してくれ、僕はそのまま礼を言って踵を返そうとした。


 ……が、しかし。




「ちょっと待ってください」

 

 


 それを許してくれないフロワーズ公爵子息。

 

 早くルーチェの所に帰りたいんですけど……。


 そんな不満を隠さずに振り返れば、彼は何か言い淀んでいるようだった。

 そのキリッとした目を左右に泳がせ、彼はゴクリと唾を飲み込んで漸く口を開く。




「……もしかして、ファンなんですか?」

「……は?」

「その本、エルマン・ノッティのサイン入りでしょう」




 言われて、思い出した。

 エルマン・ノッティ著『愛の行方』。

 ルーチェが贔屓にしている恋愛小説家エルマン・ノッティの最新作である。


 本屋で先着五十名に限り作者のサイン入り本が売り出されると聞き、ルーチェと一緒に朝から並んで買ったのだ。

 

 別にファンという訳では……。

 いや、でもよくよく考えてみれば、ルーチェと一緒に今発売されているエルマン・ノッティの本は全て網羅しているし、サイン本も買ってるし、ルーチェと感想と少しの考察を言い合える程度には読み込んでる。

 ……これはある意味ファンのようなものなのでは?



「『貴方に好きと言う前に』は読みましたか? 『二人の華麗なる攻防』は!?」

「……いや……確かに読みましたけど」

「『二人の華麗なる攻防』はデビュー当時の短編ですよ! 君、中々コアなファンですね!? 何て事だ!!」



 反論らしい反論も出来ないままとりあえず頷くと、フロワーズ公爵子息は目を輝かせて鼻息荒く詰め寄ってくる。

 勢いが凄くて、先程までとは違った意味で怖い。

 

 一通りエルマン・ノッティの著書についての話を終え、フロワーズ公爵子息は満足げに息を漏らした。

 

 何でも彼は生粋の恋愛小説好きだったのだが、『男が恋愛小説に傾倒するなど軟弱な』と言われるのを恐れ、今まで誰にも明かす事が出来ずに密かに楽しんでいたらしい。

 そこに現れた、数量限定のサイン本を入手するくらいに推し作家を愛する同志……つまり僕と出会ってしまい、その感動を抑える事が出来なかった、という訳だ。



 ……そこまでクールキャラに拘る必要あるんですかね……。

 

 

 そう思いながらも、僕はうんうんと黙って聞いていた。

 というか、単純に怖かったのだ。下手な所で「それちょっと違うんじゃないですか」と否定したら「お前は何も分かっていない!!」と食い気味に怒られそう。完全にイメージだけど。

 とりあえず当たり障りなく、この状況を乗り切りたかった。


 そうすると気分を良くしたのか、それとも警戒心が一気に解けたのか、別の恋愛小説の話になったり、オススメの作家の話になったり、話が弾む弾む。

 僕は相槌を打ったり、聞かれた事に対して答えるくらいだったのだが、それでも話題が尽きる事は無かった。



 それよりも、早くルーチェの所に帰りたかった。




『フレドくん、遅かったね。どうしたの?』




 きっと彼女はそうやって僕を心配してくれるだろう。

 そう考えるだけで尊い。癒される。好き!!!


 しかし、そうはしたくても、フロワーズ公爵子息が許してはくれない。

「ちょっと用があるんで」と口を挟む隙がないくらい矢継ぎ早に話し続けているからだ。


 そもそもこの人ここまで喋る人だったのか、と少し意外に思った。

 もしかしたら、この人は別にクールな訳じゃなくて、ただの人見知りでそう見えるだけなのかもしれない。知らんけど。



 結局、昼休みが終わる予鈴のチャイムが鳴った頃に、漸く解放された。

 



「僕の事はイースと呼んでください、フレドくん」




 終わった頃には、まるで昔からの友人のように気安い態度になっていた。

 距離の詰め方がエグい……。怖……。


 別れ際に、彼はこう言った。

 ルーチェから聞いた事がある、イースの出会いイベントを象徴する台詞だ。




「君に興味があります。……またここで会いましょう。待っています」




 他の人に聞かれたくないのはわかるけど、耳元で囁くのは止めてくれませんか!? 

 あと、もう少しハッキリとした言い回しにして! どうせ僕に対してというよりは、僕との恋愛小説談義でしょ、誤解される!!


 僕は色々な文句を飲み込みながら、虚な目で「機会がありましたら」と答えるしかなかった。




***




「フレドくん、おかえりー。どうだった?」


 


 全てを見透かすような笑みを浮かべて出迎えたルーチェに、先程から頭に浮かんでいた疑念について恐る恐る尋ねた。




「……ねえ、ルーチェ。もしかして、ずーっと前から計画してたの?」




 イースが名前を挙げた恋愛小説は、全て以前読んだ事があるものだった。

 ……全部、ルーチェがオススメしてくれた本である。



 まさか、攻略対象とのイベントを起こすために、色々と事前準備を済ませているのか?

 僕が知らない内に??



 顔を引き攣らせる僕に、ルーチェはニンマリと笑みを深める。





「共通の話題から弾む会話、そして芽生える恋心!! 凄く良いと思うの。恋の始まりの定石よ」




 芽生えてませんけど!?

 そして、芽生えさせる気もないですけど!!!?


 僕は思わず白目を剥いた。




 余談ではあるが、イースは翌日「機会が無ければ作れば良いのです」と言わんばかりに嬉々として、僕の教室に乗り込んできた。泣きたい。

 



【登場人物紹介】

イース・フロワーズ

宰相の息子で公爵子息。

長い水色の髪と青い瞳のクール系美形。

しかしその実態は、好きな事に関しては周囲が引くくらいの熱意を見せる根っからのオタク気質。

いつもクールに何事も冷静に対処しているように見えるが、口数が少ないのはただ単に人見知りしているだけ。

彼を攻略する時は、彼の好きなものを一緒に楽しんであげると心を開いてくれるかも?

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