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1、彼女に『ヒロイン』だと言われた

新連載です。よろしくお願いします!



「幼馴染が、僕の事を『ヒロイン』だって言うんだ」



 

 相談に乗ってくれないか。

 そう自習室で切り出した僕に、友人──ブリッツは眉を顰めた。




「ヒロイン……? ヒーローとか主人公じゃなくて、ヒロイン……???」




 ……まあ、その気持ちは分かる。

 一般的に言えば、『ヒロイン』というのは物語の女性主人公だったり、主人公の相手役である女性の事を指す。

 

 僕だって、思わず聞き返した。

 今でも理解も納得もしていない。当然だ。

 

 頭に疑問符を浮かべるブリッツに、とりあえず初めから話す事にした。

 


「彼女が言うには、僕はこの学園で『攻略対象』と呼ばれる人達と恋愛をする運命にあるらしくて」

「何だそれ。作り話だとしても、凄い羨ましいんだけど。自慢か?」

「……その『攻略対象』と呼ばれる人達が問題なんだよ」



 僕はその名前を、指を折って口に出していく。

 

 初めは期待に満ちていたブリッツの眉間の皺が、どんどん深くなっていく。最早渓谷だ。

 その気持ちは、ほんっとーによく分かる。僕だって、信じたくない。




「……ちょっと待て」

「うん」

「何でラインナップが(ことごと)く男なんだよ!!!」




 それは、僕が一番知りたい!!!!!




***




「あのね、フレドくんは『ヒロイン』なんだよ」




 僕の幼馴染であるルーチェ・ルミナリエは、そう言った。

 


 国立ガーデナー学園。

 国で一番の規模を持つ由緒正しい学校で、十五歳の年齢になった貴族の子供は皆揃って入学する事となる。

 なんでも、僕はこの学園で『攻略対象』と出会い、恋に落ちるのだという。

 

 その攻略対象とは、第一王子殿下、騎士団長の息子、宰相の息子、神官長の息子の四人の事で、誰と恋に落ちるかでエンディングが変わり、それによってその後の進路も変わるのだと彼女は言った。


 


「誰を選んでも、私がハッピーエンドに導いてあげるからね!」



 

 ピンクの髪を靡かせて、そう親指を立ててウインクをするルーチェは、いつも通り可愛い。

 可愛いと思う事以外を考える事を、僕の脳が拒絶していた。

 しかし、冷静な一部の脳がこう叫ぶ。

 



 ──いや、僕が好きなのは君なんですけど!!




 大好きな女の子に恋人を作る事を勧められた上、「あなたは男を選ぶ」と断言されて、僕は撃沈した。


 そして、混乱に混乱を重ねたまま、それを落ち着かせる為に友人の元を訪れた。

 巻き込んでしまったブリッツには悪いと思っている。僕とルーチェの恋路の危機なのは間違いないので、ほんの少しだけだけど。

 



*** 




 全てを話し終えると、ブリッツはまだ理解が及んでないのか、非常に微妙な顔をしていた。

 きっと、鏡を見たら僕も同じような顔をしているに違いない。



「……お前の幼馴染ちゃん、ちょっと変わっ……頭がふわふわした子だなとは思ってたけど」

「頭がふわふわとか言うな!! ルーチェはただただ純粋なんだよ!!! 天使なんだ!!!」

「勢いがこえーよ……」

「怖い事ない! ただの純粋な愛だ!」

「はいはい、もうそれで良いよ……」



 そう強く主張すれば、ブリッツは呆れ顔でため息を吐いた。



「でもさ、もしその話が本当だったら……その攻略対象の面子、色々と問題じゃないか?」

「……色々と問題どころじゃなく、大問題だと思う」

「だよな……」



 ブリッツの言う事は(もっと)もだ。


 次代の王だと目されている第一王子に、次期宰相候補筆頭と次期騎士団長候補筆頭、そして次期神官長候補筆頭。

 攻略対象として名前が出た四人は、将来の国の重鎮となる事を確実視されている人達だ。


 そんな彼らが揃いも揃って一人の男子生徒に夢中になるなんて、大丈夫なんだろうか、国の将来的に。

 そういう偏見がある訳ではないけれど、今現在の医療技術でも男性同士で子供を作る技術が生まれていない以上、血を第一に考える貴族としては──特に王の一人息子である王子殿下はお世継ぎ的な意味で確実にまずい。 




「……何かの小説とかに影響受けたんじゃないのか? 色々と夢見たい年頃だろ、多分」




 ブリッツはこの話を夢物語か何かとして片付けようとしている。

 

 でもそうはさせない。

 そうと片付ける事が出来なくなるような出来事が、既に起こってしまっているのだ。


 

「……ルーチェは、その『攻略対象』との間に起こるイベントとやらの事も話してくれたんだけど」

「え?」

「僕が入学式に遅刻しそうになった事、覚えているか?」

「ああ、全然来ないから、どうしたのかと思った」

「…………会場に着くまでに、実はこんな事があったんだ」




***



 その日、どうしてか目覚まし時計は鳴らなかった。

 入学式が直に始まる時間に飛び起きた僕は、慌てて会場へと走った。

 その道中、うっかり転んでしまったのである。


 正直、恥ずかしかった。

 寝坊もそうだけど、何故こんな時によりにもよって転んでしまうのか。子供かよ。


 地面に這い蹲りながら羞恥に悶える僕に、声を掛けて来た人が居た。




「……大丈夫かい?」




 何と、噂の第一王子──ヴァンドール殿下だった。

 

 輝く銀髪に、優しげな金の瞳。

 何だこれ芸術品か! と叫びたくなる程までに整った正統派美形である。

 

 なんか背景がキラキラして、周囲に薔薇的なものが咲き乱れて見えるのは幻覚なのだろうか。画面がうるさすぎて、目が潰れそうだ。


 頭の中が大混乱で、思わず絶句した僕にも王子殿下は優しかった。




「ほら、立って」




 そう言って伸ばされた手を、勿論拒む事なんて恐れ多い事は出来ない。

 っていうか、周りのお付きの人も何で止めてくれなかったんだ。王子殿下が自ら手を貸す必要なんて無かっただろうに。




「全くもう、ドジだなぁ。……ああ、タイも曲がっているよ」




 その手を取って立ち上がると、王子殿下は呆れたように笑って、僕のタイまで整え始めた。

 

 だから何で周りのお付きの人はノータッチだったんだ。何故王子が見知らぬ男子生徒のタイを整える必要があった? 

 今考えてみると、どう考えてもおかしい。


 しかし、王子殿下の奇行はそれだけでは終わらなかった。




「君の名前は?」

「ふ、フレド・エスターシュです」




 何故名前を聞く必要が? 

 これから不敬罪でしょっ引く為に必要なのか?

 

 そうビクビクしながらも、僕は素直に答えた。

 

 名前を聞いた王子殿下は満足そうに笑う。




「──そう。また、会えると良いね。ドジっ子くん」




 ───名前を聞いた意味は!!!?

 

 片手を上げて格好良い感じに去って行くキラキラした背中を、呆然と見つめながらそう心の中で突っ込むしかなかった。



 後々思い返してみれば、王子殿下も恐らく遅刻をしていると思う。

 道理で僕が気まずい思いをしながら会場に入っても、「……次回からは気を付けるように」の一言で済んだ訳だった。

 王子であり今年度の総代でもあり、そのうち生徒会長になる事を定められている人が遅刻しているのだ。

 というか、その時にはまだ到着していなくて、それどころじゃなかったのだろう。道理で会場が騒然としていた訳だ。


 ……ヒロイン云々とはまた違った意味で、ちょっとだけこの国の将来が心配になった。




***



 話を終えたが、ブリッツは遅刻云々のところには突っ込まなかった。「なるほど、そういう……」と納得はしているようだったが。

 ともかく、話が逸れる前に本題に突っ込む事にしたようだ。



「……何その恋愛小説みたいな出会い方。お前の妄想?」

「この僕がルーチェ以外でそんな妄想をすると思うか?」

「説得力が凄い」



 確かに、うっかりしたら恋が始まってしまいそうな予感を感じる出会いだった。

 そこらの一般女子生徒なら、普通にときめいてしまうだろう。

 

 しかし、一番の問題はそこではないのだ。




「ルーチェはその『イベント』の事を、見事に言い当てたんだよ」




 僕が寝坊した所から、王子殿下との出会い方。

 そして、それに王子の「ドジっ子くん」という台詞まで。

 ルーチェは、それが『オープニングイベント』なのだと言っていた。


 だから、彼女の話に信憑性が増してしまったのだ。

 いや、僕としては彼女が言うのなら全てを信じる心算でいるのだが、僕が『ヒロイン』である事、そして僕が彼女以外の誰かを選ぶという事だけは正直信じたくはない。




「……ちなみに、ルーチェは『運命感じなかった?』と興奮交じりに詰め寄ってきた」

「……幼馴染ちゃん、滅茶苦茶乗り気じゃん……」

「そういえば、その前日にルーチェが僕の家に本を借りに来たんだ。『この時計まだ持ってたんだね』って、時計にも触ってた」

「それって……」




 何かに気付いたブリッツがヒクリ、と顔を引き攣らせた。

 まるで怪談話か何かを聞いているような表情に、自然と僕も深刻な表情になってしまう。


 時計に纏わる昔話をするルーチェは本当に可愛かった。

 可愛すぎて、彼女が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事に気付いていなかったのだ。




「……ルーチェは本気なんだ。本気で、僕を『ヒロイン』として『攻略対象』とくっつける気でいる」




 僕にとっては、それは何よりも恐ろしい事だった。

 憤りの余り、自分の膝を拳で殴り付ける。





「……僕は……僕はルーチェさえ居れば、他には何もいらないのに!!!!!!!」

「声でっか」




 ブリッツは明らかにドン引いた顔をしているが、それを気にしている余裕はない。




 ───だって、それが僕の全てなのだ。





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