彼は僕、僕は彼
僕と彼は日の暮れた直後、とある草原にいた。
そこにいるのは僕か、彼か。
それが分からない。
外にいる僕は、彼なのか。
内にいる彼は、僕なのか。
いつまでも確立しない僕と彼は、毎日この草原で呆然としていた。
「彼は誰だ?」
「僕は誰だ?」
心の中で二つの声が聞こえた。
その声は限りなく僕に近い──否、僕だ。
僕は、その声に気づかない。
こんなにも分かりやすい声に気づけない。
この時の僕は知らない、彼のことを。
この時の彼は知らない、僕のことを。
何も分からないまま、毎日を過ごしてきた。
それが自分を蝕む猛毒になるということも知らずに。
―――――――――
僕は不思議に思っていた。
彼はとても活気に溢れていて、僕にとっての理想だ。
それなのに、どうしてこんなに辛いのだろう。
彼は不思議に思っていた
僕はとても思慮深く、聡明で、彼にとっての理想だ。
それなのに、どうしてこんなに辛いのだろう。
僕と彼は、お互いがお互いを考える理由を、ただひたすらに考えていた。
自分の中で自分を分離させてしまうといつかは壊れる。
それが、分からなかった。
「彼は一体なんなんだ」
僕が言った。
「僕は一体なんなんだ」
彼が言った。
「彼は僕じゃない!」
僕が言った。
「僕は彼じゃない!」
彼が言った。
こうして、互いが互いを否定し、拒み、やがて心は、崩壊した。
僕と彼は壊れてしまった。
自身の心を傷つける自己嫌悪が取り返しのつかないところまできてしまった。
草原にいた僕と彼の二人は──否、一人は、何もかもを忘れて、草原の上で眠りについた。
目を覚まし、ぼんやりと空を眺め、眠りにつき、目を覚まし、またぼんやりと空を眺め、眠りにつく。
そんな日々の繰り返しだった。
顔がやつれ、立ち上がる力もなくなったときのことだ。
僕と彼は、この草原で初めて人に出会った。
その人は僕と彼を見つけるや否や、こちらへ歩いてきて、何も言わずに横に座った。
その人は、見たところ六十を過ぎた老人のようだった。
白髪で判断したが、その老年に似合わない逞しい体が服を着ている状態で分かるほどだった。
「子供が一人で…こんなところで何をしているのですかな?」
老人はあまり聞かないような口調で、僕と彼に尋ねた。
しかし、僕と彼は答えない。
「…君は、ずっと自分を演じ続けるのですか?」
老人は真剣な眼差しで尋ねた。
「そうやって、自分の心を自傷しても仕方がないではありませんか」
老人は続けてそう言った。
「もっと正直になってみては?」
と、老人は続けてそう言った
僕と彼は不思議に思った。
まるで自分の心を見透かされているような気になったからだ。
「あ…あなたは…?」
僕と彼は初めて老人に対して言葉を発した。
「私は、偶然通りかかった名のない老人ですよ」
そう言って老人はどこかへ言ってしまった。
それから僕と彼は、ずっとあの老人のことを考えていた。
「…君は、ずっと自分を演じ続けるのですか?」
この言葉が頭から離れない。
一体いつ、「僕と彼」が自分を演じているというのだろうか。
あのように言われたのが不思議で仕方ない。
「一体どうしたら…」
そんな中、こう思った。
あの老人は自分に正直になれ、と言った。
正直になる、とはなんなのか。
「僕ってなんだ?」
僕は思った。
「彼ってなんだ?」
彼は思った。
「「自分ってなんだ?」」
僕と彼は思った。
自我の存在に気づいたのだ。
僕達は僕達しかいない、と。
僕は僕しかいない、と。
こんなところで枯れてはならない。
僕は知性を持ってしまった人間だ。
かといって、答えが出ない事柄もある。
だが、足を止めてはならない。
僕が生きている限り、社会がある限り、命の灯火が消えない限り、僕は歩み続けなければならないのだから。
どうせ、歩むのならば、これからは強く生きよう、強く生きてみよう。
限りない可能性に満ちた人間の人生を。
「さぁ、君も…」




