第七話 心配と溺愛2
「変わったな」
魔王様も目を見開いて見下ろしてきた。
精巧なデザインの金の燭台のロウソクに火を灯し、私の姿をさらに確認した。
「しかし、その変わりようは、怪我をする危険があるぞ」
そう言うと、魔王様のローブをかぶせてきた。
「戦ってきたとは思えないくらい、筋肉はないし、すぐに深手を負うだろう」
「は、い。申し訳ありません。魔法書を使うだけのことが多く、あまり体を鍛える必要を感じずにいました」
私は目的を忘れて、真剣な魔王様に答えた。
「魔法を繰り出す腕一本で倒してきたのか。実力者だな。それにしても、その腕が細いな。本を持っているのがやっとだろう?」
魔王様は、私の片腕を優しく掴んだ。
「さすがにそんなことは。分厚い本は、片手だと重いですが」
「そうだろう……本当は」
魔王様は一瞬苦悩するように目を閉じて、ためらった様子をみせた。
「本も、もう持たせたくない」
手と眼差しにグッと力がこもった。
「戦わせたくないんだ」
いつもなら、こんな真剣な言葉をかけられたり、表情を間近で見れば、胸の高鳴りに息がつまって返事が上手くできなくなるが、今は違った。
「魔王様! それだけは譲れません! 私は魔王様のために戦い続けます!!」
力こもり過ぎな宣言を聞いて、魔王様の顔は憂いから驚きに変わった。そして、魔王様は、負けたと言うような笑みをみせた。
「いくら、礼を言っても言い切れないな……」
「魔王様、礼などはいりません。私は、心から魔王様をお慕いしています。それを、魔王様のために戦うことでお伝えしたいだけです」
私の手を魔王様は優しく握った。
「ありがとう。そこが、俺が惹かれたところだ。魔王の立場では力を見ていたが、俺自身は……今、目の前にいるモルガンが全てだ」
四天王の私ではなく、私自身を見てくれていた……!
体ごと心の全てを包まれた気がした。
「それなのに、魔王の立場では戦いに送り出すしかなく、いつかモルガンを失ってしまうのではと不安だった……これからは、必ず俺が守る。危ない時は必ず助ける、安心して戦ってくれ」
「魔王様……!」
心強い笑顔。魔王様が勇者に見えてきた。
私はギュッと魔王様にしがみついた。
しばらく、私達はただ抱き合っていた。
甘い幸せに包まれて、力が抜けていく。このまま戦えなくなりそうだ。
けれどやっぱり、愛おしい魔王様を守りたい。
それに。
「私、もっと、魔王様に相応しくなりたいです」
「今のままで充分だ」
真剣な顔で断言された。
「魔王様……さっきの私はどうでしたか?」
「さっきのモルガンもいい。どちらもいい」
「ありがとうございますっ」
もうそれだけで充分。ギルバードの失言は忘れよう。
「……好きだと言ってくれた時の格好も、いつもと違っていて驚いた」
「えっ、驚いていたんですか? わかりませんでした」
私はあの時の、魔王様のいつも通りの表情を思い返した。
「魔王らしくするために、必死に驚きを隠していたんだ。いつもとまるで別人で、こんなに綺麗だったのかと焦っていた」
「ま、魔王様……」
あの時の自分の姿を思い出して、照れと嬉しさが爆発して体がぐらついた。
「魔王様! と大声で呼ばれた時は、さすがに驚きを隠せなかったが」
「ふふ、それじゃあ、お慕いしていますは伝わっていなかったんですか? そんな風に見えましたが」
「ああ、慕われてるのかと嬉しくはなったが、急にどうした? としか思わなかった。あの後、熱のこもった告白をしてくれて、助かった」
思いっきり告白してよかった。
安堵と嬉しさに笑う私に、魔王様も優しい笑顔をみせてくれた。
けれど、また真剣な顔つきに戻った。
「どの格好も似合っているが、さっきの格好だと他の男がモルガンを……」
魔王様は視線をそらした。
不安そうに見える。
「女として、見るかもしれないだろう」
これは……魔王様が、他の男に嫉妬を?
嬉しくて笑ってしまうけど、笑ってないで魔王様を安心させないと。
「大丈夫です。誰もそんな目で見ていませんよ」
「油断はするな」
低い声に体が震える。
「はい……ですが、他の四天王は本当にそんな目で見ていません。ミストは私が魔王様の気を引くためだと思っていて、応援してくれています」
そんなミストを想像できたのか、魔王様は嬉しそうに笑った。
「そうか、優しいな」
「ふふ、はい。それからギルバードも魔王様の気を引こうとしていると思っていますが……」
「が?」
「上手くいくとは思っていないようです」
不満をつい顔に出してしまい、魔王様は笑った。
「上手くいったのを、見せに行くか?」
「えっ、ですが……」
私はすぐに冷静になった。
「魔王様が、色仕掛けに堕ちたなどと思われたくありません」
「ああ、そうだな。色仕掛けとは真逆の告白に堕ちたからな」
可笑しそうな魔王様。
元気いっぱいの子供っぽい告白を思い出して、恥ずかしさにたじろいでしまう。
魔王様はそんな私を落ち着かせるためか、抱きしめてくれた。
「バルダンディはどうだった?」
「どう思っているのかはわかりません。魔王様のためにと言っただけで、納得していましたから」
「そうか、もう気づいているかもな」
「はい」
「他の幹部達は?」
「それはまだ、聞いていません」
「聞く必要もないな」
魔王様はまた、震えるほど恐い顔になった。
「部下を見る目を変えたくはない」
え、どんな目で見るようになるのですか。敵視すると?
不安になった私の顔を見て、魔王様は察したようだ。
「そうならないように、ローブを着ていろ」
「ローブを着ていたら、大丈夫でしょうか?」
魔王様は私にフードをかぶせた。
「こうしていれば、女か男か、どちらかわからない時がある」
「えっ!?」
今までの私、まさかの性別不明だったなんて。
うつ向いて体を見下ろしていると、魔王様の安心したような声が降ってきた。
「その方が安全だ」
「そうですね……」
私はフードを深くかぶり、元の自分に戻った。
確かに、他の男の視線を浴びるのはもういい。
それよりもと、魔王様にしがみついた。
自分のことはもういいから、魔王様に伝えたい。
「私も、他の女の人が魔王様に近づくのが、嫌です」
醜い嫉妬心を知られたくないけど。
気持ちをおさえられない。
「……今まで誰も近づかなかった俺だぞ? 今さら、他を気にするわけないだろう?」
優しく抱きしめらて、安心感と不安感が混じり合う。
「ですが、女の人は魔王様を気にしています。恋愛したり結婚したりすると魅力が増すと聞いたことがありますし、今の魔王様を見たらますます気にしますきっと。それに人のものは欲しくなるというし、まだ知られてないけど」
そこで、慌てて手を振った。
「あ、いえ。魔王様が私のものなんて、そんな、だいそれたことは思ってないですけど……!?」
足がふらついてしまうほど、強く抱きしめられた。そしてさっき以上に体温を感じた。安心感が体中に広がり力が抜けていく。
「可愛い」
可愛い!? 生まれて初めて言われた。
ビクッと反応したので、魔王様は笑った。
「そんなに慌てて」
確かに、こんなに慌てたのも生まれて初めてかもしれない。魔王様の大きなローブを着た姿もあわさって、自分が子供みたいに見えてきた。
今までは、子供みたいな自分はあざ笑って戒めてきたのに、受け入れて魔王様にしがみついてしまった。
「俺のことは、好きなように思ってくれ」
大きな手に頬を包まれて、顔が近過ぎるのに動けない。
「だが、不安にだけは思う必要はない。魔王になるまで独りだった俺が、ようやく会えたんだ……二度とない奇跡だと思っている」
「魔王様……」
魔王様が奇跡なんて、そんなキラキラした言葉。
私の闇の部分が浄化されてしまいそう。
魔王様は照れたように視線をそらした。
「……奇跡なんて、勇者みたいだったか?」
いつかの、私みたいなことを気にしている。
「ふふっ、そんなことありません。私も、私も奇跡だと思っています……!」
必死に抱きしめる私の耳に、魔王様の嬉しそうな笑い声が聞こえた。その後は、キスをされたところで、頭も心ももういっぱいになって、ただ魔王様に身をまかせていた。