第六話 変身
魔王様の心配のおかげで、警備範囲が城内になった。
次になにができるだろうと考えて、見た目を変えることにした。濃いめのメイクに変えて、色気のないローブを脱ぎ捨て、胸元までむき出しの黒いベアトップドレスを着てハイヒールを履く。
紫髪のお約束? セクシーな魔導士の誕生だ。
セクシーかどうかの自己評価は低めだが。それに敵と戦うには不安な格好なので、後で肩当てでもつけよう。
この姿に変身した目的は色仕掛け攻撃ではなく、魔王様の女避けのためだ。
魔王様目当てで「仲間にして」と言ってくる魔女やなんかは結構いる。幸い、魔王様は力でしか相手を見なかったが、それでも今まではハラハラしながら、セクシーな人達を指をくわえて見ているしかなかった。
魔王の妻になったからには、見ているだけはできない。
無理して自分もセクシーにくならなければ。
魔王には既にセクシーな幹部がいる。
せめて、それくらいはわからせなければ。
それにこの姿の方が、魔王様に相応しい気がする。
地味なローブで全身隠しているよりは、絶対にだ。
やはり、この変身は功を奏し、まず何人かが魔王軍から去ったと聞いた。同じポジションを狙っていたのだろう。先を越されないでよかった。
「変わったな」
「変わったね」
無理して妖艶にして不敵な笑みを浮かべる私に、ギルバードとミストはそう言った。バルダンディにもそんな目で一瞥された。
私は四天王の紅一点というものだが、今まで女扱いされたことはあまりない。それは私がそうなるよう振る舞ったし望み通りでもあり、居心地もよかったのだけど、この急激な変化にはさすがに見る目が変わったようで、今まではなかった全身に向けられる視線がくすぐったい。
「どうしたの? 急にさ」
廊下を歩いていると追いかけてきて、ミストは興味津々といった顔で前のめりに私を観察した。
「もしかして、魔王様が目的?」
やはりこの格好、魔王様向けに見えるようだ。
「気を引こうとしてる?」
フッ、もうその段階は終わっている。というか、いきなり告白したのでその段階はなかったな。告白するまでの私で、気を引けていたということだろうか? 気が合うとは思ってくれていたけど。
「やっぱり、そうなんだね」
私の余裕の笑みを、ミストは図星を突かれて笑ったと思ったらしい。
アハハと笑いながら私を取り残して、廊下を進んで行く。
しかし、不意に振り向いた。
「頑張ってね!」
輝く笑顔を見せて去って行った。
いい仲間。それに爽やかで闇の者とは思えない。
ありがとう。いつか、魔王様と結ばれたのだと教えたい。
「魔王様の女になったか?」
次に話しかけてきたギルバードは鋭かったが、妖艶に謎の笑みでかわすことにした。しかし、ぎこちない感じになってしまった。
「……まだのようだな」
こちらも勘違いした。その上、間違いないと納得している様子なのがひっかかる。
「それとも、相手にされず開き直ったのか?」
さらなる失礼な勘違いにムッとしそうになる。
なんとか口に笑みを作った。
「それとも、相手はバルダンディか」
「違う」
「くっ、ううむ、異性とはよくわからん」
困惑しきった顔で、私の姿をまた眺めた。
「なんにしても、その服は少し露出が激しい。靴も足元が不安定になっているだろう?」
クイッと眼鏡をあげる。
「いつもの格好に戻るのが賢明だ」
はぁ。そんな気になってきてしまった。
脱力して答えない私を、ギルバードはまた眺めた。
「戻る気はないのか? まさか、露出の高い格好で敵を油断させる作戦か」
「えっ、と。それは……」
考えてなかった。もしも、私にできるなら魔王様のために、それとも、そんな作戦は魔王様が心配させるだけか。
悩む私にギルバードは言った。
「また違うのか? まぁこれは違っていていい。色仕掛け作戦に引っかかるような油断のある奴は、ここまでたどり着けまい。四天王のお前が色仕掛け作戦を実行する必要は、そもそもないのだ」
「そうか……」
素直に引き下がろう。そんな作戦実行せずに済んで、よかったんだ。魔王様のために。
「それに、お前の色気では不安がある。悪いが、そんな作戦を立てる必要が出た時は他の者で立てさせてもらう」
言いたいだけ言って去っていくギルバードの後ろ姿。敵を見るようににらんでしまう。初めて仲間に攻撃したくなってしまった。
ふん、ギルバードの言うことは気にしない……やっぱり気になる。深夜になったら魔王様にこの姿をまた見てもらい、感想を聞こう。
その後、バルダンディとも廊下で会った。
「その格好はどうした? 急に」
表情は全く驚いていないが、急に変わったことはやはり気になるようだ。
「魔王様のために……」
それ以上、なんと言おうか考えている間に、バルダンディはうなずいて去って行った。
全ては魔王様のため。それで話が通じるし終わる男だ。
それに女として見られていないのが、はっきりわかった。少しショックだが、これで吹っ切れた。
もうバルダンディが気になることはないだろう。
変なことにならずに済んで、よかったんだ。
深夜、魔王様の部屋でコイスにも見せてみたが、首をかしげるだけだった。