第五話 心配と溺愛1
順調に新婚生活が続いている。魔王様の幸せを守るために、私は新たに強力な魔法を覚えようと、暇な時間は魔法書を読み漁ることに費やしていた。
そして城の警備のために見回りをする時の私は、仲間からも畏怖されるほどになっていた。
「恐ろしい雰囲気を纏っているな、モルガン」
「えっ、魔王様!?」
こんな、雑草の生えた裏庭に。
魔王様がいるなんて似合わない。
うろたえる私を、魔王様はご自分の部屋に転移させた。
石の壁と床に重厚なサイドテーブルと宝石で装飾された玉座があり、大きな窓があるが曇り空で薄暗い。
魔王様は恐い顔で、押し迫るように見つめてきた。
圧倒的な威圧感に、恐怖に震えてしまう。
私はなにをしてしまったんだろう。幸せな日々ももう終わりだろうか。
すると、魔王様が言った。
「あんなところを警備しなくていいんだ。モルガンは幹部だろう。城の中にいればいい」
「え……?」
「ひとりで外にいる時に、敵に襲われるような目に遭わせたくない……」
わ、私を心配して、そんな恐い顔になっている?
肩の力が抜けていった。
「あ、ありがとうございます。ですが、外が気になって」
「外が見たいなら、この水晶玉で見るといい」
表情を和らげた魔王様が片手に出した水晶玉を、両手で受け取る。
「いいのですか? これは、魔王様の必須アイテムなような気が」
「それは最近、暇つぶしに外を見るのにしか使っていなかった。気にせず持っていていい」
「ありがとうございます。でも、そうしたら魔王様の暇つぶしが」
「今はそれほど暇ではないんだ。夜ふかしするようになったから、昼寝しててな。コイスが起こしてくれるから、部下達にはバレていないが」
浮かれたような笑顔に、私もつられてふふっとなった。
「モルガンは眠くならないのか?」
「ふふ、幸せで全然眠くなりません」
不意に、魔王様の指が頬を撫でた。
「幸せなのは嬉しいが、無理だけはしないでくれ」
あまりに優しい声の響きに、体の力が抜けてしまった。
急激に重くなった水晶玉。
前のめりになった私を魔王様は受け止めて、使い方を教えてくれた。
「それにしても、全く勇者らしき者が見当たらないな」
城の付近を移した水晶玉を見て、魔王様はつまらなそうな目をした。
「はい、最近は全く敵が現れませんね」
お茶会が多くなるわけだ。
「正直、俺の強さに匹敵する者は、そう簡単には現れないとは思うが」
さらっと凄い自慢をされたが、魔王様相手ではなにも言い返せない。魔王様にしか言えないことだ。
「魔王になったばかりの頃は、身の程知らずがよく来ていたが。まさか、全て倒してしまったのか」
「いえ! 勇者はまたきっと現れます! ご、ご油断なさらないことです」
余裕を見せつける魔王様に見惚れていたが、勇者のしぶとさと、バルダンディの忠告が思い出されて、私は慌てて気を引き締めた。
魔王様の瞳も冷たく光る。
「そうだな、勇者がいなくなることはない……」
「魔王様……」
「心配するな、俺に油断はない」
「はい」
魔王様には、一瞬で信じられる力がある。
「申し訳ありません。差し出がましい口を。ですが、魔王様のことを、私……」
失いたくない。失うなど口に出したくなくて、息までできなくなる。
「なにも気にするな。確かに、気が緩んでいた」
気の緩みを引き締めるように、魔王様は私をギュッと抱きしめた。
「そういえば、バルダンディは俺の変化に感づいているようだ。“表情が最近穏やかになられましたね”とか、“深夜まで魔王の間にいることがなくなりましたね”とか鋭い奴だ。俺達のことも気づいているかもな」
「さすが、魔王様の右腕ですね。バルダンディには、私達のことを話しますか?」
「隠していて怒る奴でもないし、聞いたところでどうする奴でもない。改めて話す必要はない。そんな話をするのも、やはり魔王らしくもないしな」
確かに、やっぱり結婚なんて、魔王様のイメージに合わない。
バルダンディの反応は気になるけど……。
「もし、私達のことを聞いたら、バルダンディはどんな反応をするでしょうか?」
……いつだったか “どんなことがあっても、もう驚かず受け止めますよ” と言っていた。驚かずにあっさりうなずく、くらいじゃないか」
「そうですか、そうですね」
“わかりました” とうなずくバルダンディが簡単に想像できた。
「話したいのか?」
黙り込んだ私の顔を、魔王様が首をかしげてうかがった。そして、私の肩を両手で優しく掴んだ。
「すまない、誰かに祝福される普通の結婚をさせてやれなかった……」
魔王様、そんな辛そうな顔をなさらないでください。
見ていられず、魔王様の胸に顔を寄せた。
「い、いえ。このまま、秘密のままで幸せです」
私は微笑んで、魔王様を優しく抱きしめた。
すぐに、同じ優しさで抱きしめ返してくれた。
「私も、魔王様のイメージを大事にしたいですから」
「……気を緩めず、魔王らしく振る舞わないとな」
私も、そんな魔王様に相応しくならないと。