第四話 四天王
翌日、私は四天王仲間にコイスはただのオウムだったと教えた。
場所は会議室、石壁の部屋で重厚な円卓を囲む。今までは立ち話だったが最近は椅子に座り、会議という名のお茶会が多くなっていた。
「気になっていたコイスのこと、ついに魔王様に聞いた。間違いなくただのオウムだ」
「へぇ! なんだ、ただのオウムだったんだ!」
一番に声を上げたのは、若き魔導士ミストルティンことミスト。
黒い巻毛に青い目の可愛い顔をした、それでいてスラリとした体つきに黒いローブが似合う立派な青年だ。底抜けに明るいので、私のように闇属性と光属性が混じっていて、光属性が強く出ているのだろう。無邪気に四天王でいることを、敵を討つことを楽しんでいる、普段はいい奴だけど危険な奴だ。
「魔王様の本当の参謀はコイスだと思っていたが、参謀は私だけということか?」
魔王軍の参謀ギルバードは、まだ疑いに光る銀色の目を私に向けた。
切りそろえた黒髪ミディアムヘアに眼鏡をかけた中性的な男で、賢者が着る黒い法衣を着て、黒い手袋をした手には常に本を持っている。あまりにも参謀すぎる見た目、私は眼鏡には度が入ってないのではないかと疑っている。
「参謀が私だけとはよかった。ありがとう、よく聞いたな」
「ついでに聞きたいんだが、その眼鏡、飾りじゃないのか?」
「フッ、そんなわけないだろう」
唐突な質問にギルバードは笑ったが、心外だったようでムッとした顔で私に眼鏡を渡してきた。
確かめてみると、度が強くてクラっときた。
「疑って悪かった」
笑って眼鏡を返す。
「わかればいい」
ギルバードは眼鏡をかけ、本をパラパラと開いて読みはじめた。眼鏡を外した顔が少しカッコよかったような。いや、もうそんなことを気にしてはいけないんだ。
落ち着こうとお茶を飲む。
「あーあ、コイスは魔王様を操っている黒幕、ラスボスだとちょっと思ってたのになぁ」
ミストはつまらなそうな顔で椅子にもたれたが、すぐに勢いよく、私の方に身を乗り出して笑いかけてきた。
「モルガンもそう思ってたよね? 僕達が魔王の間に入った時とか出る時とか、コイスが魔王様にヒソヒソ話しかけてるの見て疑ってたよね?」
「あ、ああ」
ミストも私の隣で同じように見ていた。こんな風に話し合ったことはないが、ミストのひとり言の聞き役にはなっていた。ふたりで疑っていたと言える。
「バルダンディ様は? 疑ってましたか?」
ミストは隣の、お茶をのむバルダンディに顔を向けた。
今日は黒いジャケットのようなローブを着ていて、黒と金でデザインされたオシャレなティーカップが似合っている。ミストとは対照的で、大人の男性の色気がある。いや、そんなこと気にしてはいけないが。
「私は以前から、普通のオウムだと聞いていた」
「知ってたんだ! 知ってるなら教えて下さればいいのに」
「無邪気に疑っているうちは、コイスに害はないと思っていたのだ」
ムスッとするミストをよそに、涼しげにお茶を飲むバルダンディだった。
「どこで掴まえたか聞きましたか?」
「どこで手に入れたかは聞いていない」
「なにを聞きました!?」
「良き話し相手だと聞いている」
ペットショップで買ったとは知らないんだ。
バルダンディも知らないことを、妻の私だけが知っているなんて凄く嬉しい。
「オウムが、魔王様の話し相手!? なんか、可愛いな」
ミストは両手で口を隠し笑った。
確かに、可愛い。まずい、魔王様のイメージが……。
青くなる私の隣で、ギルバードが本から顔を上げてキッとミストを見た。
「魔王様を可愛いなど、不敬だ。言動には充分注意せねば消されるぞ」
「消された人いるの?」
ミストは眉を寄せ、やや不安そうに私達の顔を見ていった。
まず、バルダンディが答えた。
「いない」
「バルダンディさんがいうなら、間違いないね! モルガンも、見たことないよね!?」
「バルダンディが言うなら、間違いない」
それに魔王様は部下を大事に思っているから、信じられる。
「よかったぁ」
「今のところいないが、お前が最初の者になるかもな」
笑っていたミストは、ギルバードをにらんだ。
「もう! なんでそんな恐いこと言うの!?」
「お前は、闇の者にしては明るすぎる。魔王様のお気にめしているとは思えない。実力はともかく性格は絶対」
魔王様は、意外に明るいところがある人が好きみたいだけど。じゃないと、私の告白が上手くいくわけがない。
ギルバードの予想が外れるとは。それだけ魔王のイメージ通りに信じ込ませることができているのか。
「ふん、実力だけでもお気にめしてもらえれば充分だよ! それに、魔王様の前では闇の者らしくしてるだろ!?」
「いつも、あんな風に落ち着いていられないのか?」
ギルバードはどこか親のように問いかけた。
本を落ち着いて読めないので、迷惑なのもあるだろうが、本当に消されないか心配しているようだ。
「できないね。僕から言わせれば、みんな暗すぎるよ! 闇の者だからって、暗く振る舞わなくていいんだよ?」
ミストはまた私達に、首をかしげて笑いかけた。
「私は、普通に振る舞っている」
バルダンディが静かに答えた。
普段の落ち着いた態度が普通なんだ。無駄がなく優雅で、カッコいいのが。いや、カッコいいなんてもう絶対に思ってはいけないんだ。どこか魔王様に似ているからつい……。
ミストが私に顔を向けた。
「私も、これが普通だ」
ちょっと嘘だし、いつかバレそうな気がするけど。隠していられるうちは隠そう。ミストには遠く及ばないが、明るい部分があることは。
「ふぅん、ま、モルガンさんは一番接しやすいからいいよ」
私もそう思っていたから嬉しい。もしかしたら、光属性の部分が自然にお互い接しやすくしているのかもしれない。
「ギルバードは答えなくていいよ。見たままなのわかるし」
クッと、ギルバードはミストをにらんだ。
「どんな風に見ている?」
「ふん、教えないね」
「はぁ、ガキみたいなことを。付き合いきれん」
「ギルバードの方が、突っかかってきたくせに」
「突っかかったのではない。忠告したのだ」
「ありがとう」
ミストはとりあえずといった感じで言ったが、それでもギルバードは納得したようだ。礼を言われただけで充分か。
「ギルバードの言うこともわかるよ。バルダンディさんみたいになった方が、魔王様の右腕とかになれるんだって思うからね」
ミストは羨ましそうにバルダンディを見た。
「……バルダンディさんって、どこか魔王様に似てるよね」
ミストもそう思ったていたのか。
「もしかして、リスペクトして似ようとしてる?」
「バカな、バルダンディがそんなことをするわけがないだろう」
すかさず突っ込んだギルバードに私も同意だ。
クールなバルダンディがそんなことするわけがない。
バルダンディが口を開いた。
「似せている」
まさか!?
驚愕する私達の視線にも表情を変えず、微動だにもせず、バルダンディは言った。
「リスペクトではなく、敵を欺くために、世間に知られている魔王様のイメージに似せている。この姿を魔王様と勘違いさせて、私の元へおびき寄せるために。魔王様の手を煩わせないためにしていることだ」
「なるほど、それで倒した敵に “残念だったな、私は魔王様ではない” とか言って絶望させるんだ。酷いね」
酷いと言いつつ笑っているミスト。充分酷い。
そう思いつつ私も “本物の魔王様の力は、こんなものではないぞ” とか言っているバルダンディを想像してしまう。
「敵の目を欺く作戦だったか。よかった。いや、私はそうだと薄々思っていた。バルダンディの姿を見て、そんな作戦を立てたこともあった」
ギルバードがずれた眼鏡を押しあげた。
「バルダンディのこと、リスペクトなどで姿を似せるなど、やはりあり得なかった」
信じていたようだが、心底安堵しているようだ。
今のバルダンディを失うのは、ギルバードにとっては色々まずいから。
「なんだ、バルダンディさんも魔王様みたいに可愛いところがあると思ったのに」
「まだ言うか!」
からかうように笑うミストに、ギルバードが身を乗り出す。しかし、バルダンディは全く動揺しない。そんなバルダンディを、ミストは少し持て余したようで唇をとがらせた。
「バルダンディさんは、魔王様みたいにからかいにくいよ。それに、魔王様みたいに秘密が多いね。コイスのこととか、魔王様に成りすましていたこととか」
私もそう思う。バルダンディは秘密が多い、知らないことだらけだ。
「これからは、僕達にだけは教えてほしいな」
笑いかけたミストに、バルダンディは珍しく小さな笑みを返した。
「わかった」
穏やかな声音に、ギルバードと私も笑みを浮かべた。
仲間の絆が深まった。
ギルバードがまた本を開き、私がほのぼのとした気分になっている横で、ミストがプライベートなことを教えてよとバルダンディに食いつきはじめた。
気になるけど、魔王様以外の男のことを、もう仲間として以上に気にしてはいけないんだ。
私の葛藤をよそに、バルダンディは質問に一切答えず、今日はこれで終了だと言い残し出て行った。
「つまらない」
ミストの呟きに同意してしまったのは、魔王様には秘密だ。