第三話 秘密
指輪を受け取った。
銀のリングの真ん中に星空のような魔法石がきらめいている。
結婚を示す指に嵌めるのは、深夜だけ。
夫婦の生活は密かに始めたからだ。
仲間の前では魔王と部下として振る舞い、深夜にふたりきりで過ごす。
魔王には妻なんていないし、夫婦生活なんてしない。
私はそう思い、夜にひっそり会いに行った。
魔王様もそう思っているのか、自然とそうなった。
いつ仲間に会ってもいいように、メイクも服もいつものまま。
それでも、城の最上階の広い寝室の、バリアを張った吹き抜けの大きな窓から外を眺めると、魔王の妻になった実感が強くした。
なんの変哲もない延々と続く森と星空も、闇の国で一番美しい景色に見えてくる。
隣には、魔王様が寄り添ってくれているのだから。
星明りで見る魔王様は、別世界の住人のように神秘的だった。
「魔王様、誕生日はいつですか?」
自分のは気にしないのに、つい聞いてしまった。
魔王様は思い出すように視線を上に向けた。
「忘れてしまった。あまり重要に思ったことがないからな」
嬉しいと思ってはいけないかもしれないけど、嬉しい答えだ。私達はとても気が合いそう。
「モルガンはいつなんだ?」
「私も重要に思わない方です。気になさらないでください。魔王様のことはつい気になって聞いてしまいました」
「魔王が誕生日を祝うなんておかしいが、教えてくれ」
「あ、ありがとうございますっ、魔王様!」
私はかしこまって誕生日を教えた。
「魔王様も、はっきりとでなくてよいので、教えてください。それとも、魔王になった日に誕生祭をしましょうか?」
「いや、魔王になった日も覚えていない……」
そこで、誕生日の日付をなんとか決めてもらった。
「お祝いできるなんて嬉しいです。ですが、魔王様には誕生日を祝うなんて似合わないなと私も思いました」
私達は小さく笑いあった。
「気が合うな。モルガンとは、気が合うと思っていたんだ」
また普通の青年のように、私が思っていたことと同じことを言ってくれた。
「魔王の部下になるような、しかも、四天王まで上り詰めるような者だからな。凄いぞ」
魔王様のおそばにいたくて、それだけのために頑張ってきてよかった。
「お褒めにあずかり光栄です」
魔王様は真剣な表情で、私を見つめてきた。
「俺は、全ての部下を尊敬しているんだ。俺についてくるために、どんな目に遭っているか知っているからな。モルガンが酷い怪我を負ったことがあるのも知っていて、なにもしてやらず、言葉もかけてやらなったな」
魔王様は辛そうに眉を寄せて、視線をそらせた。
「魔王は、冷酷でなければならないと、思っているんだ。全ては俺のやり方のせいだ。すまない」
魔王様! こんなに思ってくれていたなんて。
いいえ、そのことはもう知っていた。
「気になさらないでください。私も、魔王という者は冷酷だと、そう思いなんの不満もなくついてきました。皆もそうです。ですが」
ん? と、魔王様は笑顔を向けた私に驚いた。
「魔王様は、高度な治療魔法を使える者を多く部下にして、私達を気遣ってくれているのがわかります」
「気づいてくれていたか」
魔王様はさらに目を見開いた。
「はい。皆、感謝しています。それなのに……私達の方こそ魔王様を恐れて、感謝を伝えられず申し訳ありません」
後悔に胸が痛い。
妻になって、やっと今伝えられた。
「気にするな。恐れられるように仕向けているんだからな。思い通りというものだ」
魔王様は笑ってくださった。ほっとして私も笑顔になる。
「それにしても、モルガンは俺の魔王でいようとする考えや行動を、よく理解してくれるな。助かるぞ」
「私、、魔王様が大好きですから。魔王様を理解したいし、お力になりたいのです!」
私はこぶしにグッと力を込めてみせた。
あっ、また勇者っぽいことをしてしまった。
慌てて、手を後ろに隠す。
そんな私を、魔王様は腕に閉じ込めるように、抱きしめてくれた。
「モルガン。やはり、モルガンとなら上手くいくと思ったこと、間違いない。部下としてだけでなく、こうしてふたりきりでも……」
「……私も、思っていました。魔王様となら幸せになれるって」
「俺もモルガンとなら幸せになれる」
私達はベッドの上で固く抱き合った。
最初とは比べ物にならない優しさでキスをされて。
頭まで包み込まれ、髪を撫でられて。
「綺麗な紫色だ。こんな色の花をどこかの山で見たことがある」
「魔王様が、花を……」
クスッと笑ってしまうと、魔王様も笑った。
「意外に、見ている奴なんだ」
魔王様は笑みを浮かべたまま、遠い目をした。
過去を思い出している?
聞きたいけど、聞けない。
……とりあえず、一番聞きやすいところから。
「そうです、魔王様。あのオウムのコイスとはどこで出会ったのですか?」
「ペットショップで買ったんだ」
「ペット?」
魔王様がペットショップに?
一体、どんな過去が??
「黒い羽が珍しくて、あんなにかしこいのも珍しいから凄く高かったが、一生の相棒にしようと思って買ったんだ」
「そう、そうでしたか……」
ただのオウムだった。
コイスをただのオウムじゃないと、私と同じように疑いを抱いている四天王仲間に教えてあげよう。
魔王様は喜々としてコイスを語った。
コイスはオスで、魔王様の良き話し相手、首の後ろを撫でられるのが好き、フルーツとサクサクしたお菓子が好き。聞く限り普通のオウムだ。
「今話したことは、秘密だぞ」
魔王様と私だけの秘密。私は嬉しさにニッコリした。
「はい。ふたりきりの時に聞いたことは、誰にも言いません」
魔王様も笑顔でうなずいた。
「コイスにも秘密ですか? 私達のこと」
「コイスには話そう。あいつは口が硬い」
「よかった。挨拶させてください。魔王様の相棒です。私にとっても、大事な存在ですから」
魔王様は嬉しそうに、それでいて優しく微笑んだ。
不敵な笑みも好きだけど、この微笑みの威力よ。
見惚れてぼうっとしている間に、コイスが現れた。
とまり木にとまって、寝室をキョロキョロ見ている。
「コイス、私モルガン。わかる?」
コイスは近づけた私の顔を見つめてきた。
『モルガン。わかります』
「よかった。私、魔王様の……」
照れと恐れおおさから、妻という言葉が出せずにいると魔王様がコイスに言った。
「俺達は、結婚したんだ」
『おお! おめでとうございます』
コイスは翼を広げてから、片翼を胸に当てた。
やはり、ただのオウムには見えない。私の上を行く忠実なる側近という感じだ。
魔王様は前かがみに、コイスに笑いかけた。
「ありがとう。いつか結婚したいとコイスに話しことがあったな。やっと叶ったんだ」
『やっと、叶いましたね』
今度は、翼で顔を隠した。泣いているみたいだ。
「コイス、これから、よろしくお願いします。仲良くしてください」
『こちらこそ、よろしくお願いします』
コイスは小首をかしげて笑いかけてきた。本当にそうかはわからないが、クチバシを開けて笑っているように見える。
「コイス、しゃべりたいかもしれないが、このことは秘密だぞ」
「御意」
また胸に翼を当てた。
「コイス、本当にただのオウムなの?」
『はい。人の言葉を完璧に理解して使いこなす、ただのオウムです』
「はぁ、凄い。魔王様に相応しいオウムですね」
「俺を圧倒できるのは、コイスだけだ」
笑う魔王様から、私はコイスに顔を向けた。
「ただのオウムとして、接していいの?」
『お願いします』
「わかった」
ちょっとほっとした。人と同じような関係だったら、圧倒されっぱなしだっただろうから。