第二話 結婚
翌日、私は仲間達と魔王様の前に並んだ。
いつものナナメ前の位置から、表情を確かめる。
無表情だったが、瞳を見つめると視線が下に動いた。
魔王様が私を意識していらっしゃる。
そう感じて、照れて動揺しそうになった。
必死にこらえて微動だにしないように立つ。
仲間には気づかれていない。
しかし、唯一全てを知っているオウムのコイスが、昨夜と同じように首をかしげて私を見ていた。
視線が痛い。
ただのオウムのはずだがと、視線を合わせた。
すると、翼を使って秘密というジェスチャーをした。
小さくうなずくと、なにげなく漆黒の羽をつくろいはじめた。
ただのオウムじゃない。
そう戦慄したが、同時にほっとして、魔王様に視線を戻したが、途端に魔王様の顔以外なにも見えなくなった。
仲間がなにか報告をしているが、頭に入ってこない。
話しているのは魔王様の右腕といえる忠臣バルダンディだ。重要な話に違いない。無理矢理意識を持っていく。
「以上でごさいます。魔王様」
話が丁度終わってしまった。
「ご苦労。皆、さがっていい」
魔王様の命に、仲間達は一礼してさがっていく。
私も力なく礼をして、魔王の間を出た。
「あの、バルダンディ」
「なんだ?」
廊下を行くバルダンディが振り向いた。
長い銀髪が美しい長身の若き魔導士だ。黒いローブを着た姿、どこか魔王様に似ている。闇属性の者は雰囲気が似るのかもしれない。
「さっき、魔王様になんと報告したのか、もう一度教えて」
「聞いてなかったのか?」
バルダンディは細い眉を寄せて赤い目を鋭くした。
その顔は魔王様に匹敵するほど、恐い。
「ええ、ごめんなさい。少し考えごとを……」
「支配地を見てきたが、今のところ問題はないとご報告したのだ」
「そう、問題ないか、よかった」
「ああ、だが、だからこそ油断するな。今のようではスキを突かれるぞ」
「申し訳無い」
顔を伏せて反省する私にうなずき、バルダンディは去っていった。
忠告に従い気を引き締めた。
フニャフニャに不抜けていては、魔王様に呆れられてしまうかもしれないし。
魔王の部下としての使命感も失っていなかった。
その日はいつも通り、城の警備に徹して過ごした。
しかし、深夜。
昨夜告白した時刻になると落ち着かなくなってきた。
我慢できずに、そして、昨夜のことが夢ではなかったかと気になって魔王の間に向かった。
昨夜と同じように魔王様は居た。
だが今夜は昨夜と違い、私の姿を見ると立って近づいてきてくれた。
「ま、魔王様……」
「モルガン……」
魔王様の声色が優しい気がした。
気のせいかもしれない微妙な違いだったが。
しかし、魔王様の両手にしっかりと腕を掴まれた。
「魔王様、私……昨日のことが、夢のように思えてしまって」
「俺も、気になっていた」
俺? いつもは我と言ってるのに。
いえ、そんなことより、私が気になっていたなんて。
一日中? 魔王様が私のことを考えていた?
興奮に胸が苦しくなり、息づかいが早くなってきた。
「魔王様……」
夢ではないと確かめるため、魔王様の顔や体に視線を這わせた。
そして自分の腕を掴む指先に気がついた。
「魔王様、爪が」
鋭い爪が綺麗に切られている。
魔王様も爪を見た。
「ああ、切った。お前の体を引っ掻き傷だらけにしてしまったからな……」
体に視線を受けて、恥ずかしさに下を向く。
体の傷は全て消えていた。
見つめあった後に抱きしめられた時、光に包まれたことを思い出した。
「傷はありません。魔王様がだき、抱きしめてくださった時に治療魔法で癒やしてくださったから……?」
魔王様は静かにうなずいた。
や、優しい!
目を閉じて、感動に浸ってしまう。
そして夢ではないと確かめるため目を開けて、魔王様が眺める爪をもう一度見た。
「爪なら問題ない。獣魔法を覚えて、いつでも獣の爪を出せるようになった」
魔王様は鋭い爪を出したり引っ込めたりしてみせた。
魔王様! 私のために、わざわざ獣魔法を覚えてくださった!?
「魔王様」
胸にすがりついたら、爪の引っ込んだ手でしっかりと抱きしめてくださった。
私の爪は? 大丈夫、綺麗に丸く研いである。
その指で、魔王様の体を包むマントを握った。
「私を魔王様の女にしてください」
「女、でいいのか?」
顔を見上げると、魔王様はまた普通の青年のように首をかしげていた。
「こ、恋人に」
「恋人か……」
考えるように視線をそらし、やがて私に視線を戻すと真剣な顔つきになった。
「いや、恋人より、妻になってくれ」
あまりの衝撃に、心臓を刺し貫かれた気がした。
「妻に? よろしいのですか?」
「ああ、頼む」
いつもの口調なので少し戸惑ったが、感動でいっぱいの笑顔でうなずいた。
うなずき返す魔王様、表情が凄く硬い。
緊張しているとわかった。私を妻にした責任感に溢れた表情なのだ。忘れないように記憶しよう。
見つめていると、魔王様がなにかに気づいたようにハッとした。
「今から魔法石の指輪を作る。受け取ってくれ」
「はいっ」
私が目で訴えてると勘違いしてくれたようだ。見つめてよかった。
それにしても。
「結婚したら指輪をすると、知ってらしたんですね」
「これでも、魔王になる前は人の暮らしをしてたからな」
魔王様は私の好きな、面白がるような笑みをみせた。
魔王様が人の暮らしを? 想像できない。
いつか、見てみたいような、一緒に暮らしたいような。
「指輪だが」
「はい」
「魔法石に防御魔法を仕込んで、攻撃を受けた時に守れるようにしておく」
「ありがとうございます……!」
頼もしすぎる魔王様。
旦那様になったなんて、これから新婚生活がはじまるなんて信じられない。