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第一話 告白

 私は闇の魔導士モルガン。魔王軍四天王のひとり。

 20歳は過ぎている。誕生日みたいなキラキラしたものは苦手で、一人立ちしてからは気にしていない。


 ここは魔王城、そんなものを気にする必要もない。


 唯一、誕生日まで気になる絶対的存在、魔王様は世界の半分を掌握しつつある。


「魔王様、ご命令を」


「承知いたしました」


「只今戻りました」


「ありがとうございます」


「光栄です」


「魔王様……」


 これが、幹部に上り詰めた私が、魔王様にかけることができる言葉の全てだった。後は、任務についての報告くらいだ。


「戻ったか」


「よくやった」


「さがっていい」


 これが魔王様からかけられる主な言葉だった。


 少ない。


 他にもあるが、ニュアンスは違えど全て任務に関するやりとりだけ。

 敵が現れれば私が率先して名乗りをあげるので、魔王様はうなずくのみだ。自然と会話は必要なくなる。

 話さずとも伝わる仲なら嬉しいが、その前にやはり私は魔王様の心を知りたくて仕方なかった。


 けれど、どうしても聞けない。


 名前を呼ばれるだけで、ドクンと胸が高鳴って緊張してしまう。


 玉座に近づくと体が震えてしまう。


 任務に関するやりとりだけで体が火照(ほて)ってきたり冷や汗をかいたりで精一杯で、プライベートなことで話しかけるなんて無理だった。


 しかし、上司と部下のいい関係は築けていた。

 魔王様の部下になった時、目標に掲げていた関係だ。

 体を張って戦い続け、時に命を落としかけて手に入れた関係だ。

 いい関係だと実感した時は、達成感に満たされた。

 しばらくはそれだけで満足していた。

 幸せだった。

 しかし、私も魔王の部下になるような女。


 次なる野望を抑えきれなくなっていた。


「魔王様が好き。この気持ちをわかってほしい!」


 私は幼い頃から勇者より魔王が好きだった。

 家系には光属性の者と闇属性の者が混じっている。

 どっちつかずなゆるい家で育ち、私自身は光属性の強くでた身ながら、闇属性に惹かれたわけだ。

 光魔法より闇魔法を学び、家を出ると闇の者として生きてきた。


 そして魔王が現れたと聞いてすぐ部下になった。


 憧れの魔王様は、理想通りの見た目だった。

 長い長い黒髪、青白い肌、闇の光を放つ漆黒の瞳。

 顔つきは髪に隠れてよくわからないが、そこも不気味さとミステリアスさを感じさせた。

 年齢は20代にも30代にも見え、大人の男性というくらいしかわからなかった。


 そしてなにより、漆黒のマントに隠れた長身から放たれる、禍々しい闇のオーラ。


 恐怖のあまり全身が震えた。

 けれど胸は、感動でも震えていた。

 その日から、心も体も魔王様に捧げてきた。

 心も体も。初恋も。愛というものも。


 魔王が相手なんて別次元過ぎて、同じ人間だと聞いているがそれも確証はないし、恋や愛を理解してもらえるのかもわからないし、どう考えても叶うとは思えなかったが、だからと抑おさえられるものでもなかった。


 魔王様は、同じ城にいるのだから。


 それに私は年頃をすでに過ぎている。

 誕生日は気にしないけど、歳は気になる。

 歳の近い仲間は、恋人ができたり結婚したりしている。


 私も恋人になりたい。

 魔王様の。

 いや、せめて想いは伝えたかった。


 たとえ、なにを馬鹿なことをと、血迷ったかと、身の程を知れと、どんなセリフであれ、フラレて(ちり)にされようとも。


「いきなさい!」


 鏡に向かい命令する。


 背中まで伸ばしたウェーブのかかった紫色の髪を梳かし、いつもの自然な感じのメイクに、艶のある真紅の口紅を足す。金色に光る目と合わさり、綺麗な色合いだ。

 凄い美人に見える。凄い美人と言われたことはないので、気のせいだ。いや、弱気はいけない。部下が美人だと噂してくれたことがある。普段フードをかぶっているので、予想みたいな噂かもしれないが。弱気はいけない。

 服装は迷ったが、もしかしたら塵になるかもしれないと思い、今まで着ることのなかった黒地の(そで)(すそ)金の模様(ガルーン)のあるオシャレなローブで行くことにした。


 行く前に、石壁の黒と真紅を基調にした部屋を眺める。

 残していくものに未練はない。全て魔王様のために集めた魔法書や道具なのだから。


 時刻は深夜。


 まずはいつもやりとりをする、魔王の間に行ってみた。


 魔王様は居た。


 いつものごとく、漆黒のマントに身を包んで玉座に座り、考えるように少し頭を傾けて目を閉じている。

 時刻が時刻だけに、寝ているようにも見える。


 明かりは、壁に連なる小さなランプだけで暗い。

 そっと赤い絨毯を進み、ゆっくり近づく。

 魔王様が目を開けた。

 視線に捕らえられ、ピタと足が止まってしまう。


「どうした? モルガン」


 いつもの低い声。いつも以上にドクンと高鳴る胸。


「はい、魔王様……」


 鼓動と呼吸が早くなってきて苦しい。

 ハァハァと小さく喘ぐ私に、魔王様が少し眉を動かした。


「もっと、近くに来い」


 魔王様はいつもより距離があるのでそう言っただけのようだが、心臓ごと飛び上がりそうになった。

 これ以上近づくなど無理な気がしたが、命令には逆らえなかった。


「は、はい」


 しずしずと近寄る。


 いつもの距離になった。ただし、いつもはナナメからなのが正面から向かい合う。


「どうした?」


「……その」


 私のこの姿を眺めても、魔王様はいつも通りだ。

 ちょっとショックを受けて言葉がでない。


「なんだ?」


 魔王様の顔つきが厳しくなり、立ち上がった。


 ハッとして見上げる。

 体の深部まで射抜くような瞳に見つめられ、恐怖を感じながらも切なくなってくる。

 初めてふたりきり。


 いや、魔王様のオウムが、玉座の横の止り木から首をかしげて見物している。

 しかし、構ってはいられない。

 今しかない。片手を胸に当てると意を決した。


「魔王様! わ、私!」


 魔王様が驚いたように目を見開いた。


 出したこともない大声を出したせいだろう。

 いつもフードを目深にかぶり、抑えた声でボソボソ話していたのだから。

 こんな大声が出せるとは、といった感じだろう。

 闇の者は、出さないし出せないのが普通であるし。


 そういつも通り落ち着いて。私は魔王様に仕える部下。

 数え切れないほど実力者がいる魔王軍の頂点、わずか四人しかなれない四天王のひとり。

 誰もが羨望する、幹部らしい告白を。

 意識して声を落ち着かせて、冷静な顔をつくる。


「魔王様……私は魔王様をお(した)いしております」


「……これからも頼む」


 あれ、伝わってない?


 魔王様が「なんだそんなことか」って顔をした気がした。

 キョトンとすると、魔王様がまたじっと見つめてきた。 

 どうやら、様子がおかしいと思い観察しているようだ。


 見つめ合うふたり。


 もう一回! 今度は変化球、いいえ、直球で!


「魔王様が好きです!」


 魔王様の目がまた見開かれた。


 これはさすがにわかってもらえた!


「ずっと好きでした! お慕いしていました! 愛しています!!」


 渾身の告白は終わった。


 勇者みたいな元気いっぱいの告白になってしまった……。


 すぐに後悔した。

 大人の告白で伝えられなかった、未熟な自分を恥ずかしく思った。

 勇者みたいで子供っぽいなんて。

 魔王様のお気に召さずに、塵にされるかもしれない。


 目が離せずじっと見つめている間、涙が一筋伝って落ちた。


 魔王様は、冷静さを取り戻していた。


「今のは本当か? (われ)を?」


「はい!」


 また元気いっぱいの返事をしてしまった。

 悔し涙を拭い、青ざめた顔で見上げる私に、魔王様は不敵に笑った。たまにしか見られない大好きな笑み。それが、私に向けられて見惚れた。


「面白い、いいだろう」


 突然、片腕で抱き寄せられた。


 ドキリと胸が鳴ったのも束の間。


 魔王様の手がビリビリとローブを引き裂いていく。


 普通の女なら悲鳴を上げるところだ。

 私もヒッと声を上げたが、腕は魔王様の肩にしがみついていた。

 全て捧げる覚悟は既にできていたのだ。

 グッと体を寄せて目を閉じる。


 次に目を開けると、暗黒色の寝室に転移していた。

 吹き抜けの窓の外では、雷が光り雷鳴が(とどろ)いている。

 私は雷鳴に負けない声で、好きです好きですと想いを伝え続けた。





 いつしか、外も寝室も静けさに包まれた。


 私は魔王様の裸の腕の中にいた。

 魔王様から、信じられないが人肌の熱が伝わってきている。

 奇跡みたいな夢心地だ……。


「落ち着いたか?」


「はい……」


 頭が覚醒すると共に体を起こした。


 魔王様も起き上がった。

 ゴツい肩当てのついたマントを脱いだ姿。

 いつもより若く見えた。

 髪のたれた顔は陰があり、眼差しは鋭いが、どこか普通の青年みたい……。


 私達は見つめあった。


 こんな風に見つめあえるなんて、頭が理解できていないようで完全に停止してる。体も硬直して動かない。

 時が止まったようなとはこの瞬間のことだと、ぼんやり思った。


「驚いたが、お前の気持ち嬉しかった」


 魔王様が私を見つめたまま、瞳の輝きが少し穏やかになって、やっぱり普通の青年のように呟いた。


 普通にだろうと嬉しいと言われて、嬉しさのあまり泣きそうになった私はそっと魔王様に抱きしめられた。

 そして、柔らかい光に包まれ、体中に感じていた小さな痛みが消えていった。



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