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相合い傘

作者: 浮草堂美奈

 余裕。

 あらゆる争いにおいて多くの場合、講和を持ちかける側が所有しているものである。

 たとえば、「解釈違い」という創作物につねにつきまとうものの不一致から起きた戦闘状態。

 泥沼化の様子を見せ始めたころ、片方が「明日からバリ島じゃん」と気づいた瞬間に講和は頻繁にある。

 この講和を行わせる原動力の根源が、「バリ島編で推しが食べてたナシゴレン」という余裕である。

 逆に双方の余裕がゼロの場合。

 自身が親父が不倫した結果誕生したため、正妻に切っても切っても頭が生えてくる化け物を倒さねばならなくなった者VS毎年姉ちゃんが一人ずつ化け物に食われるご家庭の末娘、かつ最後の娘がSNSで戦闘状態に陥ったような場合。

 主食は泥となっても戦い続け。

 ベストな状態なら実行できたであろう、化け物の傷口を焼く、酒甕を8つ用意する等のアイデアも浮かばず。

 疲労困憊の末、二人とも頭がたくさんある爬虫類に食われたりする。

 このように余裕がゼロになった者は近視眼的で攻撃的である。本来の目的や敵など完全忘却で無益な戦を続けてしまう。

 現在、その修羅道に落ちてしまっているのがこの二人。

 七竈納とユキ・クリコワである。

 六月。本州では一般的に梅雨の季節。5分前のくもり空の信頼度が暴落する季節。「たぶん大丈夫だけど、念のため一本だけカサ持っていこう」が頻繁に行われる季節。

 そう。一本あれば大丈夫だと思っていたのだ。二人は。

 正確には降らないと思っていたのだ。二人は。

 高をくくっていたのだ。二人は。

 そのわずかな判断ミスが、このような修羅道を作り出してしまった。

 相合傘。

 フィクションの世界において、少年少女がお互いにときめくシチュエーションの鉄板である。都合よくこの二人も16歳の少年少女。

 だがしかし!

 ユキ・クリコワ、身長165センチ。

 七竈納、身長188センチ。

 身長差23センチ。

 この二人が相合傘をしてしまうと――。

 お互いにずぶぬれになる!

 鉄則として、相合傘は背の高い方がカサを持つ。そうせねば、背の高い方がずっと中腰で歩くことになるからだ。しかも、うっかり顔を上げた瞬間にカサを背中で跳ね上げ、カサを落としてしまう。この二人が落ちた修羅道の入り口である。

 納がカサを持っているのだが……。

 23センチ。

 ユキの頭上の空間が広すぎて、ガンガン雨粒が入ってくる。

 どんなに熱いカップルでも「このウドの大木が……」みたいな気持ちになること請け合いである。

 ましてや、二人はカップルでもなんでもない。

 納の方も納の方で、さっき中腰で歩かされたことに怒りを覚えている。

 しかもカサの面積問題で、結局半身は常に雨ざらしである。

 寒い。

 アイスクリームを買いに出たのに、今、一番食べたくないものがアイスクリームと化している。

 納がビニール袋を提げているが、溶ける気配がない。寒い。

 フィクションの世界では、こういう事態を避けるためにお互いくっつくものと決まっている。むしろメインはそちらである。

 だが、この二人は。

「痛っ! ひどい! ユキ、わざと蹴ったでしょ!」

「確かにわざと蹴ったけどひどくナイ! 納、さっきからずっとわざとじゃなく蹴りまくってル!」

 くっついたせいで、完全に心が離れている。

 もうお気づきであろうが、相合傘をやめた方が楽である。

 相合傘をすることで悪いことしかない。

 ずぶぬれになり、険悪になり、いいことなんて一つもない。

 それでも、いや、だからこそ、ずぶぬれで険悪になっているからこそ。

 意地を捨てる余裕がゼロなのだ。

 何も知らないはたから見ればイチャイチャ度が激しすぎるカップルに見え――。

「ねー見てアレ、かわいそー」

「なんかの罰ゲームかな」

 まったく見えないようだ!

 もはや完全沈黙。報連相すらない。

 目の前に水たまりがあるという連もしていない。それぐらい自分で気をつけろという気持ちである。

「うわっ」

 ばしゃん。

 修羅道にも例外もはある。

 前提に友だちという関係が必要だが――。

 片方が水たまりに転び、ゼロからマイナスに陥れば。ゼロは保っている方は意地を捨てる。

「納……。カサ、たたみまショウ」

「ありがと……ユキ」

2019/06/01 改定2021/06/12

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