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チクシ大戦物語 第五章・第六章・第七章

熱心な皆さま。いつもありがとうございます。

さて、今回はタケノヒコとトヨの願いが諸国連合という具体性を持って動き始めます。

そんな中、新しい戦乙女の登場です。

お楽しみください。


第一章 ナノ国

第二章 作戦

第三章 何のための戦い

第四章 義の旗

第五章 クマソ同盟(今回はここと、)

第六章 新しき世の胎動(ここと、)

第七章 粉雪の中の激突ここです

第八章 仲間とともに

第九章 カワカミノ王子

第十章 緒戦

第十一章 南へ

第十二章 クマソタケル討伐戦

第十三章 武人の矜持

第十四章 もののけ

第十五章 ハヤト襲来

第十六章 月下の泉

第十七章 凱旋

第十八章 新しき世

第十九章 女賊

第二十章 もののけの息遣い

第二十一章 神の軍勢




第五章 クマソ同盟


 それから十日後。

 ナノ国王が重臣らに加えオノホコとヨナを連れてやってきた。国王は、途中、長老ら軍幹部の者を見舞い、そのまま帯同して都に入った。

 鳥の国の都は、規模こそ小さかったが驚くほど高い物見櫓があり、その下に国王の住まいがあり、集会所の前にはちょっとした広場があった。戦の際に兵たちが詰める場所だ。民家はなく、周辺に小規模な環濠集落がいくつもあった。


 軍議は翌日と決まり、その日は集会所で祝宴が開かれ、振舞われた酒で一同はほどよく酔っていた。

 タケノヒコがオノホコに訊ねた。

「人質を殺すという使者がきたそうだが、それは、どういうことであったのか?」

 まだみんな気を許さず、程よい酔いの中、オノホコだけはしたたかに酔い、真っ赤な顔をし、満面の笑みで答えた。

「おう、それよ。それも我が方便であったのじゃ。でも、あまり効き目がなかったようじゃの。やはり敵を追い詰めても逆効果であるらしいのう」

 そう言うと、豪快に笑った。

 その愛嬌のある姿に、タケノヒコは苦笑いするしかなかった。思ったとおり国王の意志ではなかったと、陣に帰ったらトヨに報告しようと思った。もっともトヨならもう、お見通しなのかも知れないが。


 翌日。

 祭壇の前で、三カ国の王が集い、和睦と同盟の杯を交わす儀式が執り行われた。

 各国の軍幹部も列席し、多くの民が見物に来ていた。

 鐘や太鼓が打ち鳴らされ、鳥の国の巫女が祈祷を行った。そして、小高く盛り上げられた土塁の上にある祭壇の前で、三人の国王が水杯を交わして、儀式が終わった。


 高みにある祭壇から王たちがおりようとした、その時であった。

 群集の中から一人の若い女が走りだした。

 手に大きな石包丁のようなものを持ち、まっすぐナノ国王を目指していた。

「我が夫のかたき!」

 そう、叫んでいた。

 ナノ国王を突き伏せようとした。

 そばにいた長老がその身を盾にしようと、間に割って入った。

 女は、駆け寄った勢いのまま、ぶつかるように長老を刺した。

 遠くにいたタケノヒコが駆け寄り、女を取り押さえた。

 それは、ほんの一瞬のことであった。


「わあっ」とその場がざわめいた。


 長老は崩れ、倒れた。

 この時、礼服であった長老のわき腹から、大量の血が流れ出していた。

「ジジ!」そう叫んで、ナノ国王が長老を抱き起こした。ゲン将軍が「その女を斬れ!」と命じると、周囲のナノ国兵が一斉に剣を構えた。辺りの空気が張りつめ、何が起こっても不思議ではなくなった。


「斬ってはならぬ・・・」

 苦しい息のもと、長老がそう言った。ナノ国王は長老にとりすがって泣いた。

 長老は、女に聞いた。

「そなた、何ゆえ我が王を狙ったのか?」

 女は、ただ泣き叫ぶばかりで話にならなかった。

 タケノヒコは、女を取り押さえつつも、優しく促した。

「訳を」

 しばらくして女は、泣き声まじりに答えた。

「我が夫の仇」

 血の気の引いた顔で、長老が言った。

「仇とは?戦で亡くなったか」

 女は崩れ、両ひざをついた。そして激しくうなずいた。

「そうか。それは不憫であるのう。まだ若いが、一緒になったばかりであったのか?」

 女はうなずきながら、震える声で言った。

「ワシは死にとうない。必ず帰ると言っておった。ナノ国さえ攻めてこなければ」

 あとはもう、泣き崩れてしまった。

 長老は深くうなずくと、その頬に一粒の涙が流れた。

 ゲン将軍が叫んだ。

「ええい、はよう誰か長老殿の手当てをいたせ。そして、その女を斬れ!」

「ゲンよ。ならぬと申しておるであろう。我が自慢の国王よ。ワシの最期の頼みをきいてくだされまいか」

「ならぬぞ。ジイ。逝ってはならぬ」

「そう、言われまするな。そんなに悲しい顔をなされまするな。ワシが手塩にかけた自慢の国王でござろうが。ワシは、これからトノミとともに先に逝った家族のもとにいけるのじゃ」

「ジイ!」

 ナノ国王は人目をはばからず、泣いた。

 群集の中からも、もらい泣きの声が聞こえてきた。

「女よ、そなたの恨みはこのワシの命で許せ。国王よ。この女をお許しくだされ。この女が不憫でならぬ。憎しみの輪を断ち切ってくだされ。そして、ナノ国を、ワノ国を、戦のない新しき世を、タケノヒコ殿やトヨ殿とともに。頼みましたぞ」


 長老の命は、果てた。

 かつては、ナノ国随一の猛将と恐れられた男のあっけない最期であった。


 タケノヒコも目頭を押さえた。

 辺りは、えもいえぬ悲しみに包まれていた。

 やがてナノ国王は、涙を拭いて立ち上がると、みなに告げた。

「その女を解放せよ。ジイの頼みじゃ。罪には問わぬ。国の取り決めにも変更はない」

 そう言いきると、再び長老にとりすがり、大泣きに泣いた。

 その姿に、鳥の国の民も同情をおぼえた。


 やがて群集は解散させられ、儀式の片付けも終わり、辺りは静かになった。

 長老の遺体は、別の場所に移されたが、ナノ国王はその側から離れなかった。

 タケノヒコは、ことの次第をトヨに知らせようとその宿舎に向かった。

 宿舎に入って見ると、トヨは寝床にありながら半身起きていて、背筋を伸ばし、虚空を見つめていた。その頬に、ひとすじの涙がこぼれた。

「トヨ殿」

 タケノヒコが声をかけると、トヨが低い声で答えた。

「長老殿は、その身を犠牲にして憎しみの輪を断ち切られたのです」

 トヨには、全てが見えておるのだなとタケノヒコは察した。

「ナノ国への憎しみで満ちていた鳥の国の民の心が、開かれつつあるのです。決して犬死なされた訳ではありません」

「そうか。トヨ殿がそう言っておったと、国王に伝えにまいろう」

「タケノヒコ様、お待ちください」

「ん?」

 タケノヒコはその場に腰をおろした。

「長老殿がおおせです。いや、その姿が見えました。トノミ殿と一緒です。先立たれた家族も一緒です。笑っておいでです。心配はいらぬと」

「そうか、そのように伝えればよいのだな」

「わずかながらも、国王のなぐさみになると存じます」

「わかった」


 もう、日暮れの早い季節であった。

 といってもチクシ大島は、タケノヒコたちの国より随分日が長い。それでも夜風は、随分冷たくなっていた。

 長老の遺体は都のはずれの墓地に移され、その周りにはかがり火がたかれていた。

 ナノ国王や主立つものたちが、長老の周辺に集まり、酒を酌み交わしていた。そこには、鳥の国の国王もいた。


 鳥の国の国王は、既に老境にあり、先々代のナノ国王と同じような年齢であった。ナノ国王や長老とは旧知であり、今、わだかまりを捨てて、長老のためにともに涙を流していた。

「ナノ国王よ。いや、今夜ばかりは昔のようにユキヒト殿と呼ばせていただく。そなたは憶えておるかのう、その昔、そなたは、このヨシトキノヒコ殿に連れられて、この都に来たことがあるぞ。まだ、こんなに小さくて、そうじゃ、もう一人同じ年頃の男の子も一緒じゃった。ふたりとも利発で、腕白じゃったのう」

「それはおそらくトノミじゃ。ジイの孫だ」

「おう、そうか」

「トノミは、数年前の戦で死んだ」

「それは不憫じゃ」

「昔のことじゃ」

「そうそう。昔といえば、三年前そなたの兄上と激しい戦になったとき、ワシもこのヨシトキノヒコ殿と剣を交えたことがある。力が違い過ぎて、おもしろくないと見逃してくれたがのう」

「初耳じゃ」

「そうか。あまり口数の多い男ではなかったからのう。しかし、忌の際に語った、新しき世とは何のことであるか?」

「トヨ殿の希望じゃ。みなが安心して笑って暮らせる戦のない国じゃ」

「ほう、あの神の声を聞くという。はて、もうひとり、タケノヒコ殿とも言っておったが」

「あの者たちは、みな同じ志のようじゃ」

「なるほどのう。ヨシトキノヒコ殿の最期の頼みとあらば、わしも考えぬでもないがのう」

 ちょうどその時、タケノヒコがやってきた。ナノ国王の隣に腰をおろし、トヨの言葉を伝えると、ナノ国王は大きくうなずいて、大粒の涙を流した。

「そうか、トノミと一緒に家族の元へ・・・」

「心配いらぬとも申されておったそうです」

「ジジは、幸せになったのじゃなあ」

 鳥の国の国王がナノ国王の肩を抱いて、優しく言った。

「そなたには、父親のような男であったのだな。そなたもその若さで国を束ねる苦労もあろうゆえ、よき理解者を失ったつらさもあろう。しかしな、今そのように幸せになったのであれば、めでたきこととお思いなされよ。そして、そなたが立派に国を治めることが、なによりの供養じゃ」

 ナノ国王は、何度もうなずいていた。

 タケノヒコはこの二人の関係を知らなかったため、昨日までの敵同士がこうも仲良くできるのかと不思議に思った。


 翌日。

 ナノ国王は、長老の葬儀のため、その遺体とともにひとまずナノ国へ引き揚げていった。

 そのため、予定していた軍議は延期となり、その間、オノホコ、タケノヒコ、アキ、ゲンらをはじめ、各国の軍幹部で、対クマソ戦の原案をつくっておくこととなった。

 ゲンは力攻めを主張し、アキと対立した。そこでオノホコが、もう一度トヨ殿の言葉を思い出し、戦の決着の形をどう想定するのかと言い出した。要は、クマソタケルを倒し、カワカミノ王子を国王に立てればよい。力ずくで攻め込んでも、得るもの薄く、被害ばかりが大きいはずだ。占領したとて遠き国なので完全にはいかず一時的なもので終わり、また戦乱が起こるであろう。であれば、根本的な解決はトヨ殿の言うとおり国王交代がのぞましく、そこから考えると、今回は侵攻すべきでなく、被害を抑えつつの防衛戦争であるべきだと、とうとうとオノホコが語った。

「守るばかりの腰抜けが、どうやってひっこんでおるはずのクマソタケルを成敗するのか!」

 ゲンが怒鳴った。

 確かに過去の戦いの例でいうとクマソタケルは出陣せず、勝利してから征服地に乗り込み、暴虐の限りを尽くすという。

 タケノヒコは、オノホコとゲンがまた対立するのかと心配したが、今回、オノホコは冷静だった。

「心配はいらぬ。遠くに刺客を放つのじゃ。タケノヒコ殿が適任であろう。イズツの都を焼き払ったのと同じ手じゃ」

 アキが、「おー」と、感嘆の声をあげた。

「しかし、こたびは、オオヤマトから兵を呼ぶわけにもいかぬぞ」

 そう、タケノヒコが言った。

「うむ。それはそうじゃ。だから、ともに籠城したうちの百名くらいを連れて行けばよい。気心の知れた仲であろう?」

 オノホコがそう言うと、アキが口を挟んだ。

「うむ。見事に統率がとれておったぞ」

「百名くらいで、クマソの都が落とせるものか!」

 ゲンは、また怒鳴った。

「落とす必要はないがのう。あくまでクマソタケル一人の成敗でよい」

 オノホコがそう言った。

「百名くらいではうまくゆくはずがないではないか!」

「だから、クマソの大軍を引き付けておくのじゃ。そして都の兵を空にしておく。これもイズツの成敗で使った手じゃ。うまくやれば、コロリと引っかかるはずじゃ」

 イズツ成敗と同じ手を使うということで、多くの者が納得した。

 しかし、ゲン将軍とその側近だけは納得せず、あくまで力攻めを主張したため、会議の場は険悪な雰囲気となった。

 ゲンが叫んだ。

「頼るべきは、我が力のみぞ!力で打ち倒すことこそが正しき道じゃ。できるかどうかもわからぬ腰抜けの妄言など、聞く耳もたぬ!実際こたびの戦も、そなたの言うとおりにはならなかったではないか!」

 知恵自慢のオノホコにとって、つらい一言であった。しかし、その原因については、既にヨナと話あって特定していた。つまり、チクシ大島に到着したばかりのオノホコは、情報不足であったのだ。鳥の国とヨシノハラツ国の動向をもっと調べておけば良かった。

 アキが言った。

「クマソタケルは狂人ぞ。美女とみれば犯し、気に入らぬものは即座に殺し、征服した国の民は全て奴隷にし、ろくに食い物とてない民は塗炭の苦しみだという。だから、我々は断じて負ける訳にはいかぬ。どんな手を遣っても勝たねばならぬ」

 オノホコは、落ち着いて言った。

「ゲン殿の申される通り、断じて打ち倒す強い信念が必要じゃ。しかし、その前に知恵を絞ってできる手立ては全てやっておきたい。確かにこたびはワシの手抜かりもあったれば、そこはお許しいただきたい。今度は手抜かりなきよう手配いたすゆえ」

 頭を下げるオノホコを見て、アキが言った。

「オノホコ殿はキビノ国のお方じゃ。もともとこたびのことは関係なきお方であるが、義によってわれらにお味方くださる。その志は、我が認めるところであるゆえ、ひとまずオノホコ殿が言われるとおり、できる手立てを尽くしてみぬか。全面対決は最後でもよい」

 鳥の国の一人が言った。

「ワシらは、オノホコ殿の手立ての恐ろしさが骨身に染みておりますゆえ、信じまするぞ」

 追従するようにアキが笑いながら言った。

「ワシはタケノヒコ殿の戦いぶりが恐ろしゅうござるなあ。さすがはオオヤマトの常勝将軍じゃ。遠く離れた地でも見事クマソタケルを討ち果たしてくださるであろう」

 ゲンは最後まで不機嫌であったが、大筋は合意できたということで、その場はひとまず解散となった。詳細を三日のうちにオノホコが考えてくる事となり、彼はタケノヒコやヤスニヒコにも相談して決めようと思った。今回は、いつにもまして慎重だった。



第六章 新しき世の胎動


 オノホコ、タケノヒコ、ヤスニヒコ、トヨ、スクナ、ヨナ、シンの7名は鳥の国の都では、同じ宿舎で起居している。その夜、ゆうげが終わると、スクナがつい愚痴をこぼした。

「また戦でございますか。我々には関係のない戦でございますのに」

「鉄づくりや農業を学ぶ見返りに、我らも働く必要があるのです」

 ヨナが余計な一言を言ったため、スクナが怒った。

「そのようなことはわかっている。しかし、戦であるぞ。そなたは血しぶきの飛ぶ戦場を知らぬからぬけぬけとそのようなことが言えるのだ!学ぶかわりに戦とは、あまりに不釣合い」

 ヨナは、蒜が原の戦いで采配を振るったものの、確かに直接斬りあいをやった訳ではなかった。それでも、戦を勝利に導いた自負があるから、スクナの一言に不機嫌となった。

 タケノヒコが笑って言った。

「まあ、命がけだな」

 ヤスニヒコが、突然、思いがけないことを真剣な顔で言った。

「兄上、これは神の思し召しではないでしょうか」

「はて?」

「ここで、我々の力を見せ、各国とよしみを通じておけば、トヨ殿の申される新しき世がやってくるかも知れませぬ」

「はて、それは一体」

「昨日まで、敵同士だったものが、クマソという脅威のもととはいえ、トヨ殿のお告げを頼りに今や結束しようとしています」

「たしかに。長老殿が亡くなった時、その骸を前に、鳥の国とナノ国の王たちがともに涙を流していた。昨日までの敵同士がと、私も不思議に思ったところだ」

「兄上とて同じではありませぬか。アキ殿と仲が良い」

 タケノヒコは、はっとした表情でヤスニヒコを見た。

 ヤスニヒコはニコリと笑った。

「兄上、敵と言っても同じ人どうし。わかりあえるものなのでしょう。その上で、我らの行く末を照らす太陽としてトヨ殿をたてるのです」

「ほう、そうなれば今のこの三カ国のようになるやも知れぬということか」

「おもしろいのう」

 にこにこしながら、オノホコも話に入ってきた。

「イズツやクマソのように力で征服するのではなく、各国が連合するのだな」

 ヤスニヒコが笑顔を見せて言った。

「そうです。連合です。そうすれば戦のない安心して笑って暮らせる新しき世になるでしょう」

 シンが言った。

「何しろ、御子様が神の御言葉を伝えてくださるゆえ、何も心配ありませぬ」

 一同、安らかに眠っているトヨを見た。

「できるかも知れぬのう」と、オノホコが言った。

 六人の胸に、おぼろげながら希望のともし火がともった瞬間だった。

「そのためにも、こたびの戦、ぜひ勝ち戦にして、トヨ殿の名を高らしめねばなるまい」

 オノホコはそう思い、できる限りの手立てを尽くそうと改めて誓った。


 さて三日後。

 軍議が再び開かれた。

 オノホコは不眠不休で練った策をみなに披露した。


 先ず、敵兵が一万人に増えぬよう手を打つ。そのために、イワイとも同盟する。

 イワイとヒノ国の境にある平野でクマソを食い止める。そこで持久戦に持ち込み、クマソに消耗を強いる。さらにクマソが容易に補給できぬよう、予定戦場付近の民は、武器と食料を持ってヨシノハラツ国へ避難させておく。持久戦の間に、タケノヒコがクマソの都へ潜入し、クマソタケルを討ち果たし、カワカミノ王子を国王に擁立する。そして、一番大切なのはみなが結束することであるから、今回も緒戦に勝って勢いにのりたい。そのため、戦はじめには、鳥の国との戦いで用いた策を使う。つまり、おとりと横槍である。長老亡き今、横槍を任せられるのはタケノヒコだけであり、クマソの都へはヤスニヒコが先発し下準備をしておく。タケノヒコは緒戦の終了後、急行してヤスニヒコらと合流する。予想兵力は、クマソ六千人。味方三千人。しかしながらクマソ兵は途中併合された各国からの寄せ集めの老若とりまぜが大部分で、精兵はわずか二千人であろう。弓を防ぐ防備さえしっかりしていれば、十分持久戦に耐えられる。そのための防具や砦をいそぎ作る必要がある。


 そこまで説明を終えた時、各国の将は、ぽかんとしていた。

戦とは、単なる叩き合いで、結果は神のみぞ知ると思っている頭にはすんなりと入っていかなかったのであろう。さすがのアキにも理解できなかった。

「なにやら手間ばかりかかりそうじゃのう」というのが大方の感想であった。

「イズツ征伐にもこんなに手間がかかったのか」

 そう聞く鳥の国の将に、オノホコが答えた。

「もちろんじゃ。場所の離れた三カ国の同盟にも手間がかかり、都を襲撃する船づくりにも手間がかかった」

 誰かが面倒くさそうに言った。

「手立てとは、手間のかかるものじゃのう」

 オノホコが穏やかに言った。

「知恵を絞って、汗をかいて、手間をかけねば、人には勝てぬものよ」

「トヨノ御子殿も承知なされておるのか」

「もちろんじゃ」

「神のお力でクマソごとき簡単に吹き飛ばしてくれぬかのう」

 一同、どっと笑った。

 ヤスニヒコが言った。

「トヨ殿の仰せには、自らできる限りの手間をかけ努力したものに、神は救いの手をさしのべてくださるそうじゃ。何もせぬものは自らほろぶと」

「神とは厳しきものじゃのう」

 また笑いが起こった。

「そもそも、ワシらはトヨノ御子など信用しておらぬ。あんな小娘に何ができようか。小娘の妄言にのって手間ばかりかけても仕方なかろう」

 鳥の国の将がそう言った。

 ヤスニヒコは頭に血がのぼり、その将に飛び掛りそうになったが、タケノヒコに止められた。

「ワシら、ナノ国の者は、奇跡を見せてもらったがのう」と、ナノ国の将が言った。

 ヨシノハラツ国の者たちは、神々しい姿を見たものもあり、態度を決めかねていた。

「そうじゃ、何か奇跡を見せてくれれば、信じぬでもないがのう」

 そう言ったのは、ゲン将軍だった。雨の予言も、丘の上の光り輝く姿も、ゲンはその目で見たわけではない。

「ゲン将軍ですら、ああ仰せじゃ。いやはや、トヨなる小娘などあやしき限り」

 大半の者が笑った。

 ヤスニヒコは悔しかった。その目で数々の奇跡を見てきたが、どんなに言葉を尽くしてもこの者たちは納得しないであろう。先日六人で語りあった希望のともし火にケチをつけられたようで、情けない気持ちで一杯になった。


 ばたん。


 戸口が開いた。

 みな何事かと戸口を見た。

 そこには、トヨが立っていた。

 赤い炎のような光を身にまとい、正気を失っているような、尋常ならざる雰囲気に満ち満ちていた。

 各国の将らに、戦慄が走った。

 トヨはつかつかと鳥の国の将に近寄り、その前に立って言った。

「神の名を汚すものは許さぬ」

 その瞬間、赤い光が衝撃波となって、その将を弾きとばした。

 一同、息をのんだ。

 そして、畏れた。

 イズツの都で見せた衝撃波には、くらべようもない小さな力ではあったが、その場の者たちに畏敬の念を抱かせるには十分だった。

 各国の将らは、我先にと、平伏した。

 その様子をトヨは黙って見ていたが、やがて気を失い倒れそうになり、タケノヒコが慌てて抱きとめた。


 タケノヒコに抱きかかえられ、トヨが退出したあと、その場に居合わせた者たちは興奮がおさまらなかった。いろいろと話が出たが、みな密かに神の祟りを恐れた。やがて「まこと、神の使いなのであろう」と結論付けられ、それならばやってみようと、オノホコの策は承認された。


 数日後、ナノ国の国王が再びやってきて、国王たちの軍議が開かれ、オノホコの策は正式に採用された。各国とも、それぞれの役割も決められ、戦いの準備が始まった。

 最大の懸案であるイワイとの同盟は、イワイ国王と親交のある鳥の国の国王が受け持つことになった。


 イワイは、鳥の国の南、ヨシノハラツ国からは南東に位置する大国である。人口は1万人を誇り、大河と平野に恵まれた農業の盛んな国である。その国情は、善政とは言えないまでも国王を中心に安定している。周囲の小国を併合しようとたびたび戦を起こすため、カノ国より伝わった“義”の思想に忠実なヨシノハラツ国とは対立していた。

 敵にまわせばやっかいであるが、仲間に引き入れれば、よほど頼りになるであろうとオノホコは見ていた。そのため必ず同盟しなければならぬ国だった。

 オノホコの戦略の要であり、交渉のゆくえは、きわめて耳目を集めた。

 鳥の国の国王は、交渉にあたって、ヤスニヒコの同行を要請した。

 ヤスニヒコは、トヨの奇跡の数々を目撃している上に、年若ながら弁が立つところを見込まれた。ヤスニヒコは、喜んで応じた。


 その出発の朝。

「そなたに大任を押し付けるようで、まことに相すまぬ」というタケノヒコに、ヤスニヒコは笑ってこたえた。

「兄上、私は今楽しくてしょうがないのです。私は四男坊なので、国にいた頃は何もすることがなく、ただこのまま一生を終えるのかと半ばあきらめていました。しかし、トヨ殿やオノホコ殿とお会いし、色んなことがあって、さらには一国の国王から頼りにされています。私のような若造が、みなのお役に立てるなら、よろこんで参ります」

 まだまだ子供と思っていたヤスニヒコが、そのようなことを言うとは、タケノヒコは思っていなかった。母親も同じ弟の成長が、頼もしくもあり、うれしくもあった。


 さて、タケノヒコは再び軍を率いることとなったため、一旦、ナノ国へ戻ることになった。

 病のトヨが心配ではあったが、仕方のないことだ。

 シンに看病を任せ、スクナとともに、鳥の国を後にした。

 オノホコは鳥の国を本営とすべく、指令伝達の仕組みを整えようと残っていたが、多忙を極めていて役所につめたままであった。


 宿舎には、トヨとシンだけがぽつんと残された格好になった。

「いざとなればさびしいものですね」

 シンから見ると、意外なことをトヨが言った。


 タケノヒコが率いる軍は、ナノ国兵およそ三百人。

 前回の準備の時とは違い、思いのほかはかどった。あの苦しい籠城戦のおり、タケノヒコの見せた強さと優しさは、口づてに伝わり、今や誰一人知らぬものはない。タケノヒコはあたりまえのことをしただけと思っていたが、周囲の期待は「タケノヒコ様についていけば間違いなし」と言う風にふくらんでいた。我先にとタケノヒコの指示を聞き、そのことに無上の喜びを感じているようであった。


 秋風が吹き、刈入れの季節となった。

 たわわに実った稲を、平時は農民である兵士たちが刈り入れなければならない。

 タケノヒコは訓練や防具づくりのめどをたてて、みなに「ムラに帰って刈り入れせよ」と命じた。

 トヨの希望である農業技術の取得のため、アナトノ国の水夫たちも、主立つムラへ派遣した。

 手元に三名だけ残し、防具づくりにあたった。

 強弓と言われるクマソの弓を防ぐにはどのような防具が最適なのか、そんな研究から始めていた。


 一方、イワイの説得に向かったヤスニヒコたちから、同盟成立の報せが届いた。

 やはりイワイでもクマソ襲来は必至と見ていたフシがあり、無条件ではなかったが、イワイ国王が同意したということだった。

 交渉の場で、ヤスニヒコは「戦わずしてひざまずくか、勝手に戦って死ぬか、それとも我々とともに勝利を掴むか、お好きになされよ!」と大見得を切ったらしい。側で見ていた者たちも感心するほどの駆け引きであったという。わずか十四歳のヤスニヒコは、どんどんその天賦の才である交渉力を昇華させつつあり、また、裏表のない明るい人柄が人々を惹きつけていた。タケノヒコが無言ながらもその背中で人々を惹きつけるのとは、また違ったタイプである。しかしながら本人にしてみれば必死の思いで夢中になって説得にあたっているのであり、その裏づけとなる力がトヨの先を見通す能力とタケノヒコの武略であった。

 そのヤスニヒコは、交渉成立とともにナノ国の者たちとそのままクマソに向かい予定どおり下準備を始めるという。

 何やらはりきっているようだな。と思い、弟の頼もしさに笑顔がこぼれた。



第七章 粉雪の中の激突


 やがて刈入れが終わり、神への感謝の祭りも終わり、冬がやってきた。

 特殊な二枚重ねの盾と、素早く仮設陣地を構築できる竹の束、五千本を超える矢、そして鉄の剣や矛を大量に揃え、全ての準備が終わろうとしていた。

 そして、冬の初め。

 クマソがついに動き出したという。

 その報せは、同盟の各国に届けられた。

 予想どおり、クマソ兵の暴虐ぶりは目に余るという。

 各国の将軍クラスの者たちは急ぎ鳥の国の本営に集まり軍議を行った。

 手間がかかりすぎると不評だった準備作業も、各国ともほぼ終わらせていた。

 予定戦場付近のムラや小国の者たちも、食料や武器になりそうなものを持ってヨシノハラツ国へ続々と避難を始めているという。義を重んじる国王トキの信用と、トヨの雷名が、それらを可能にした。全てを信じず従わなかった小国はわずかしかない。


「はてさて、本当にやってきのだなあ。何が目的なのであろうか」

 軍議の終わりあたりで、鳥の国の一人がため息まじりにそう言った。

「クマソタケルがごとき狂人に、目的などあろうか。欲しいままに奪おうとしているだけぞ」

「さよう。目的があるなら、話のしようもあるに」

「我々は、勝てるであろうか」

 オノホコが断言した。

「勝つ。まちがいござらぬ」

 その力強さに、一同の表情が明るくなった。

「しかし、敵は思ったとおり、屈服させた国々の女子供を人質に、男たちを全て兵士として、その数をどんどん増やしているそうだぞ」

「そうですな。我がイワイの物見の報せでは今や四千人を越えたらしい」

「先ごろ、トヨ殿の言われた通りになってきつつあるのう」

「まことに。あのおりは疑ったものだがのう」

「そのトヨ殿が勝てるとおおせじゃ。それに数が増えれば増えるほど、敵は食料の調達が難しくなって、自分の首をしめるようなものじゃ。こちらは三千人だが、食料には困らぬ。勝敗は自明の理じゃ」


 山をこえ、森をこえ、ヤスニヒコたちは広々と広がる平野に出た。

 あたりは田畑となっていて、その規模の大きさはヤスニヒコを感心させた。

「ほう、ヒノ国とやらは、なかなか見事だな」

「はい」

 思わず声をあげたヤスニヒコに、ヨナが答えた。

「ここから、クマソの国近くまでなだらかな丘陵や平野が広がっております」

 今回、ヤスニヒコが大将を務めるにあたって、その参謀としてヨナがつけられた。オノホコの命令ではあったが、先日スクナから「戦を知らぬ」となじられたのがヨナの癪にさわったらしく、自ら最前線へ志願したというのが真相であった。若さにまかせて猪突しそうなヤスニヒコにはちょうど良い重しであるとタケノヒコも賛成した。ヤスニヒコから見ると、重しであろうとなかろうと、ヨナの物識りに期待していた。

「ヤスニヒコ様、このヒノ国は物成りの良い土地柄でありますれば、昔から大国はありませぬ。各地に小国がいくつも乱立しております。ここは、キクチの縄張りかと思われます」

「ほう、キクチノ国か。このなだらかな丘陵をこれほど見事に開墾できたのは、よほど水の配りが巧みなのであろうな」

「御意」

「して、ヨナはどう思うか。そのキクチとやらに挨拶しておくべきか」

「いいえ。我ら三十名は、正体を知られる訳にはいきませぬ。あくまで良き土地を探して歩く流浪の者を装わねばなりませぬ。しかるに挨拶は不要かと」

「どんな都か見ておきたいし、あいさつくらいいいのではないか?」

「なりませぬ。先を急ぎましょう。おそらくクマソはもう動いておりましょうゆえ」

「そうか。しかし、女もおらず寂しい旅だな」

 ヤスニヒコはケラケラと笑った。

 そういったところが、タケノヒコとは違い、ヤスニヒコの一種の愛嬌なのだが、堅物であり、かつ現代ならオタクと呼ばれるにふさわしいヨナには理解できなかった。ナノ国の者たちは、タケノヒコには威厳のある軍神の姿を見、ヤスニヒコには親しみを感じはじめていた。

「しかしな、ヨナ。この辺りはいずれクマソに蹂躙されるのならば被害を少しでも抑えるために、そのことを何らかのかたちで教えておくべきではないのか?」

 ヨナは不機嫌な顔をして答えた。

「必要ありません。我らは我らの役目だけを考えるべきと心得ます」

 ヤスニヒコは露骨にいやな顔を見せるヨナにも微笑みかけ、穏やかに言った。

「そなたの言うことは、もっともである。しかしな、ここにみっつの理由がある」

「それは、どのような」

「うむ。一つ目は我らの本軍を助けるのじゃ。この遠い国の人々が、近場の国々と同じようにヨシノハラツ国へ避難すればクマソ兵の数が減る。二つ目は、この国の者どもの難儀を思うと不憫で仕方ない」

「しかしながらヤスニヒコ様、この国の者どもとて抵抗はしましょう。戦ともなれば互いに死人が出ます。差し引きで必ずしもクマソ兵が増える結果になるかどうか。それに時もかかります。その分だけ我が本軍は準備を万端整えられます。それに不憫とおおせられますが、本来、自らの難儀は自ら振り払ってしかるべきかと。それよりも我らの行動がクマソに伝わることがより大きな難儀を招くことになりまする」

 ヨナの言い分にヤスニヒコは感心した。その通りであるとヤスニヒコにもわかっている。しかし、人の情けが足りないなと思った。

「うむ、その通りだな。ではこうしよう。道すがら出会ったものには、噂話として、難儀の折にはヨシノハラツ国へ逃れるがよろしかろうと評判だとな。何でも神の声を聞くというトヨノ御子殿が言われておったそうだとな。それくらいの救いの手はさしのべても構うまい。それにトヨ殿の名を広めておくと、新しき世をつくるためになろう。それが三つ目の理由だ」

 ヤスニヒコは年若ながら、すでに政治のレベルで物事を考えていた。そこが技術者であるヨナとの大きな違いであった。しかしヨナは、ヤスニヒコの言うことを即座に損得勘定し、しぶしぶながらではあったが、了解する頭脳を持っていた。そこで、今後道行く人に出会ったら、あくまで世間話ということで避難先を暗に教えることとした。しかし実際は既に同じ内容の噂が、人から人へ口伝てで広がっていたから、ヤスニヒコたちの働きはそれを補完する程度のものでしかなかった。


「ツクシ大島にも雪が降るのだな」

 タケノヒコがそう言ったとき、わた雪がちらほらと舞い落ちた。

「そうでございますなあ。もう我がオオヤマトは真っ白かも知れませぬ」

 練兵の最中、タケノヒコとスクナは空を見上げていた。

 辺りの枯野の風景に舞う雪は、やや激しくなってきた。

 ふとタケノヒコは気になった。

「スクナよ。オオヤマトが恋しいか」

 スクナはニヤッと笑って答えた。

「それはそうでございましょう。ワシには妻も子もおりますれば」

 タケノヒコは神妙な顔で言った。

「この戦が終わるころには、オオヤマトを出て一年になる。子供の顔も見たいであろうに、すまぬ」

「いやいや。早いものですなあ」

「この戦が終われば、鉄器と農業の技術を学んでオオヤマトへ帰ろうな」

「田植えが終わる頃でしょうな。その日が楽しみですなあ。そうと決まればこんな戦など早く終わらせたいものです」

「うむ。しかし、この寒さを何とかせねば戦どころではないかもしれぬ。兵たちの体を冷やさぬ工夫も必要だな」

「さっそく、土地の者たちと相談してみましょう」

「頼む」


 本営にあるオノホコの下には多くの様々な情報が集まってきていた。

 その情報を取りまとめ、様々な手をうたなければならない。

 その日は、本営の建物内にある囲炉裏のような暖炉を囲み、各国の高官たちと協議していた。クマソは今や、タクマという辺りを蹂躙し、いよいよその勢力を増やしつつ、ワイフやカノコやキクチ辺りを窺っているようであった。

「この勢いならば、あと三十日くらいで我々との戦いになるであろう」

「しかし、恐ろしい速さじゃ」

「我々も兵の展開を始めるべきかもしれぬ」

 オノホコはかぶりを振った。

「いや、まだじゃ。今大軍を動かせば敵の物見に知られる。ちょうど良い頃合を見計らって兵を出すべきでござろう。そのための道もつくったではないか」

「しかし、万一ということもあるでのう」

「それよりも先日雪が降ったとき、タケノヒコ殿から使いが参った。この寒さをしのぐ工夫を各国の兵たちにも考えてくだされと」

「これは、戦じゃ。そんな軟弱なことでどうする」

「いや。タケノヒコ殿の言われることもっともじゃと思うぞ」

「しかしオノホコ殿。今や敵はそこにおるのに」

「まあ、考えても見られよ。敵は戦につぐ戦で疲れ果てたうえにこの寒さじゃ。そこを疲れてもおらぬ、寒さも感じぬ我がほうが襲いかかれば、有利ではないか」

「確かにそうかもしれぬ」

「では、みなに寒さを防ぐ毛皮やら蓑を準備しておくよう申し伝えよう」

「それと、油に酒じゃ。戦はにらみ合いが続くでのう。その間のことも考えておかねば。今からありったけ準備しておこう」


 そのタクマノ国が蹂躙された時、ヤスニヒコたちはその場にいて、クマソの戦ぶりを目の当たりにした。

 なだらかな草原で両軍の正面対決であった。

 粉雪が舞う中、両軍はにらみ合いをしていた。

 ざっと見たところタクマが二百人。対するクマソは五千人を超える。この当時としては飛び抜けた大軍であった。大きな太鼓の音を合図にクマソ軍は数にものをいわせ、矢を放ちながらひたすら前進した。その五月雨のような矢を防ぐ手立てをもたぬタクマ兵は狼狽し、逃げ惑っているところへクマソの正規兵と思われる一団が、怒涛の勢いでなだれ込み、逃げ惑うタクマの兵を次々と矛で突いていった。降参し命乞いする者も容赦なく、その首をはねられた。


 戦闘開始から半刻もたたぬうちに、タクマ兵は全滅し、その屍を粉雪の舞う枯れ野ににさらした。


「はあー」

 ヤスニヒコは、長々としたため息をついた。

「あんな無道を見ても、今の我々には何もできぬのだな」

「まことに。およそは聞き知っていた通りとは申せ、あまりの暴虐ぶりですな」

「何も皆殺しにすることはありますまい。命乞いすらしておったのに」

 従者も皆、憤慨していた。

「このあと、タクマの都も蹂躙するのだろうな」

「おそらく」

 ヤスニヒコらの一行は、小高い丘の茂みにまぎれて、戦場を見下ろしていた。

「普段は敵兵すら殺さぬトヨ殿が、断じて成敗すべしと言われた意味がやっとわかったよ」

 クマソ兵の主力がいなくなったところで、ヤスニヒコは立ち上がり、従者たちに言った。

「誰かオノホコ殿のもとへ使いをせよ。クマソ兵の戦いぶり、暴虐さ、見たままをありのまま伝えよ。そして断じて討ち果たすべしと付け加えよ」

「ヤスニヒコ様、勝算ありとも付け加えてくだされ」

 ヤスニヒコは相好を崩した。

「ほう。ヨナにはそう見えたか」

「はい。オノホコ様の策は通用しそうです。最初の豪弓による突撃さえ持ちこたえれば良いのです。怯まず、逃げず、落ち着いて対処し、押されても引かぬことです。おしあいへしあいで、いつもと勝手が違うところへ、タケノヒコ様が襲い掛かれば、狼狽するのはクマソの方です。その機を逃さず一気に鉄の矢を射掛け、突撃隊を繰り出してタケノヒコ様と連携し敵を包むように攻撃すれば敵は大混乱に陥り、緒戦は見込みどおりの大勝となりましょう」

 ヤスニヒコはニコリと笑顔を見せて言った。

「あんな暴虐に立ち向かえるのは我々しかいない。ヨシノハラツ国ではないが、正義は我にあり。だな」

 一同の表情が引き締まった。

 たった今撫で斬りにされた者達への哀れみや、素朴な正義感、そして連合諸国の力を信じてのことであった。

「ヤスニヒコ様。煙が見えまする」

 従者が言った。その指す方からは煙が立ち昇っていた。タクマの都が炎上しているのである。

 一行は、しばらくして状況が落ち着いてから様子を見に行くことにした。


 夜半。

 冷たい月が輝いていた。

 一行はタクマの都の様子を窺うべく移動した。

 ヨナの進言で、その道筋にあった大きな楠の下でひとまず留まり、物見を出すことにした。

「よいか、そなたとそなたが物見に参れ。この大楠ならば目印になろう。星を見て、山影を見て、大楠を見て、迷わず戻って報告せよ」

 そう、ヨナが申し渡した時、一人の影が、おもむろに躍り出て、ヤスニヒコを襲おうとした。

「何だ、おまえは!」

 ヤスニヒコはそう言いながら身をかわし、襲撃者の武器を叩き落として、身柄を取り押さえた。彼はカノ国の熟練した刺客を撃退したほどの武人である。

 襲撃者はさかんにもがき、逃れようとしたが、ヤスニヒコには敵わない。

 取り押さえた方のヤスニヒコも困った。敗残兵が思い違いして復讐に及んだのかと思ったが、その敗残兵は妙にやわらかいのだ。ヤスニヒコは後ろ手にして締め上げた。

「いたい、いたい」

 襲撃者はたまらず声をあげた。

「そなた、おなごか。何故私を狙った」

「そなたらは、クマソであろう。仇だ」

「勘違いすんな。俺はクマソじゃねぇぞ」

「では、何者だ」

「旅の者だ。戦の様子が知りたい。話してくれるなら許すが、どうする?」

「本当にクマソではないのだな」

「ああ。誓ってもいい」

「なら、放してくれ」

「もう襲わぬと誓うか?」

「誓う」

 ヤスニヒコはおんなを放した。

 ヨナが心配して言った。

「ヤスニヒコ様、よろしいのですか」

「かまわぬ。誓いを破れば討ち果たす」

 おんなは驚いた顔をして言った。

「そなたは、ヤスニヒコか?」

「そうだ」

「オオヤマトのヤスニヒコか?」

「そうだ」

「トヨノ御子殿と、イズツ成敗をしたという、あのヤスニヒコか?」

「そうだ。そなたは詳しいな。一体、何者?」

 おんなは泣き崩れた。

 ヤスニヒコもヨナも何が起こったのかさっぱりわからず、困惑してしまった。

 やがて落ち着きを取り戻したおんなから事情を聞いた。おんなは、タクマ国王の娘であるという。

 クマソの急襲によって都が包囲される直前に、国王の計らいによって脱出。トヨノ御子の名は皆が知っており、「トヨ殿を頼りに逃げ延びよ」と国王に言われたらしい。この楠で一晩過ごし、夜明けとともに鳥の国へ行くつもりのところで一行に出くわし、隠れ潜んでいたものの、もはやこれまでという気持ちと敵愾心を抑えきれず、大将らしきヤスニヒコに襲い掛かったという。


 物見の者が帰ってきた。

 タクマノ姫にとってはつらい報告だった。

 都はすっかり焼け落ち、国王らしき一族はみなその首が晒されていたという。

「父も、母も、兄も、みんな殺されたのか」

 そう言って、タクマノ姫は再び泣き崩れた。

 ヤスニヒコはいたたまれず、その震える肩を優しく抱いた。


 一行は、タクマノ姫が落ち着くのを待ってより安全な場所へ退避した。それは半刻ほど歩いたところにある小高い丘の森の中だった。その夜はそこで夜営することにした。もちろん、姫も放っておくわけにもいかないので一緒に連れてきていた。


 冷たい月の光が煌々とと辺りを照らしている。

 見張りは起きているが、ほとんどの者が寝息をたてていた。しかし、ヤスニヒコはなかなか寝付けずにいた。イズツとの戦いでも、あれほどの暴虐はなかった。戦いの最中であれば、無我夢中のあまり、余計なことは考えないが、このように時間があり、想像だけで頭が回る時には余計な恐怖を覚えてしまう。それに、先の大戦でも、刺客の襲撃でもヤスニヒコは、刃先の丸い青銅の剣で死なない程度に当身をあてただけで、殺すつもりで斬ったことはない。できれば一人も殺したくない。しかし王家に生まれた者の勤めとしていずれは殺すか殺されるかを選ばねばならぬ時がくるかもしれない。現にこれからクマソの国へ乗り込むのだ。主力は兄の軍とはいえ、その時は近いかもしれぬ。ふと震えを感じた。兄ならこんな震えなどないのだろう。戦場にあっては全く迷いがないと聞く。自分も随分成長したと思っていたが、実は弱いのかと自問自答を繰り返していた。

 ヤスニヒコは気分を変えようと思った。起き上がって従者のいないところに行き腰をおろした。風にふかれ、月を見上げた。

「冷たい月だな」

 そう思った時、後ろから「眠れぬのか」という声が聞こえた。振り返ると、そこに姫が立っていた。

「そなたこそ」

「私は眠らぬ。みなの仇をとるまでは」

 そう言って、ヤスニヒコの隣に座った。

「あ?もう元気になったようだな」

「私は、元気が取り柄だ」

 タクマノ姫は笑顔を見せた。

「しかし、そなたはまだ子供だ。敵討ちなどあきらめろ。そなたのためだ」

「子供ではない。そなたこそ子供であろう」

 そんな言い合いにふと気を許したヤスニヒコは、国のワル仲間の言葉遣いをした。

「俺は子供じゃねぇし。戦も女も知っている」

 タクマノ姫は一瞬言葉を失った。

「な、何を申すか」

 ヤスニヒコは笑った。

「ヤスニヒコはそのような男であったか」

「は?どんな男と思ってたんだ?」

 タクマノ姫は言葉に詰まり、何かを言おうとしたが、プイッとそっぽを向いた。

 月の光に照らされたその横顔は、美しかった。姫はまだ子供だと思っていたヤスニヒコにとって、それは新鮮な発見だった。

 トヨ殿より美しいかもしれぬ。

 密かにそう思い、横顔を見つめた。

 二人はしばし沈黙した。

「なあ、ヤスニヒコ」

 タクマノ姫が口を開いた。

「そなたは、強いな」

 ヤスニヒコの心臓を一突きする言葉だった。

 内心を見透かされたのかと思い、様子を窺った。

 姫はヤスニヒコの心の動揺などわかるはずもなく続けて話した。

「あの暗がりで、私の突きがかわされるとは思わなかった。これでも国では、その辺の男どもより強いのだぞ」

 ヤスニヒコは少し安心した。内心を見透かされたわけではなく、単に武芸について姫なりの論評をし、腕自慢をしているに過ぎない。姫の話につきあうことにした。

「ああ。私もぎりぎりだった」

「そうであろう」と姫は笑った。

「しかしな、姫。私の兄はもっと強いぞ」

「兄とは、タケノヒコ殿のことか?」

「ほう、そなたは本当に詳しいな」

「そなたたちは、有名なのだぞ。そのような噂話はあっという間に広がるからな」

「そのようなものか」

「他国を従えようとするイズツ国を懲らしめた話は、国のみんなで噂しあったものだ。それに鳥の国との戦でも捕虜を一人も殺さなかったのであろう?父も、タケノヒコ殿やトヨ殿こそ頼るべきお人かもしれぬと笑っておった」

 そこまで言うと、姫は急にだまりこんでしまった。

 どうしたのかと、ヤスニヒコはその横顔を覗き込むと、姫は涙をいっぱいためていた。

「その父も、母も、もうおらぬのだな」

 かぼそいその声は、震えていた。

 家族への思いがそう簡単に振り切れるはずもなく、昔のことを思い出してしまったばかりに姫はおさえようのない涙がこみ上げてきた。

「私たちが何か悪いことをしたのか?ふつうに暮らしていただけだ。攻めてきたから追い払おうとしただけだ。それなのに、なぜ、みんな殺されるのか」

 姫の顔は涙でくちゃくちゃになった。

 いたたまれなくなったヤスニヒコは、姫の肩を抱いた。

 姫はその胸に顔をうずめ、おいおいと泣いた。

 このような者を増やさぬためにも、自分は強くなるんだとヤスニヒコは自分に言い聞かせていた。

 月は、流れのはやい雲に覆われ、再び粉雪が舞い始めた。


完読御礼!

次回もよろしくお願いします!



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