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チクシ大戦物語 第二章・第三章

前編で紹介しました通り、この物語は日本神話等を参考にした完全なフィクションです。

奇想天外、荒唐無稽な冒険活劇で、今回は、訪れたナノ国から頼まれて、一行は戦いに臨みます。

蒜が原での戦いの経験をもとにオノホコが作戦をたて、戦いは有利に進みます。


それでは、お楽しみください。

トヨノ御子 -倭国大乱- 強き黄金色の国 後編


第一章 ナノ国

第二章 作戦(今回はここと、)

第三章 何のための戦い(ここです)

第四章 義の旗

第五章 クマソ同盟

第六章 新しき世の胎動

第七章 粉雪の中の激突

第八章 仲間とともに

第九章 カワカミノ王子

第十章 緒戦

第十一章 南へ

第十二章 クマソタケル討伐戦

第十三章 武人の矜持

第十四章 もののけ

第十五章 ハヤト襲来

第十六章 月下の泉

第十七章 凱旋

第十八章 新しき世

第十九章 女賊

第二十章 もののけの息遣い

第二十一章 神の軍勢


第二章 作戦


 オノホコが作戦を提示したのは、その翌日のこと。

 ナノ国の兵力は二千。鳥の国は多く見積もっても三百。負けるはずのない戦いであるが、都や砦に立てこもって防備を固められればこちらの犠牲も多くなる。そこで、先ずは敵兵を誘い出してその大半を叩き、わずかな兵力となり都に籠ったところで包囲する。前もって、タケノヒコやトヨノ御子の参戦という噂も流しておけば、緒戦の敗北とあいまって籠城兵の士気も下がり逃亡兵も出てくるであろう。それまでのんびりと敵国の田んぼを青田刈りでもして待ち、頃合を見計らって総攻撃をかけるというものだった。

「そんなにうまくいくものでござろうか」

 例の武骨な男、ゲン将軍が言った。

「さよう。だからうまくいかせるためにもう一段の工夫がいるのじゃ」

 今、宮殿にあって軍議が開かれている。ナノ国王を中心に、重臣やタケノヒコ一行も加わっていた。

「ほう、してそれはどのような」

 長老が微笑みながら尋ねた。

「うむ。先ず、敵をあなどると見せかけ、将軍が後方の本軍から百の兵で出陣する」

「百では危ないではないか!」

「だから、あくまで見せかけなのじゃ。ここからが肝要だから良く聞かれよ。将軍の兵はこの谷あいの地を細長い隊列でのんびり行軍する。すると、わずか百と思って敵は出陣してくるであろう」

「それからどうする?」

 この時代に紙はとても貴重なもので普段は使っていない。皆は土間に集まり、木の枝で土に図形を描きながら作戦会議を開いている。

「この百名はおとりじゃ。ほどほどに抵抗し、敵わぬと見せかけ逃げるのじゃ」

「逃げるなど!」

 将軍が怒ったため、オノホコはなかば呆れながらなだめるように言った。

「あくまで方便じゃ。逃げれば敵は追ってこよう。おとりの軍が本軍まで逃げてきたところで、左右の丘に潜んでおる我が方の兵が弓矢を放ち、包み込むように敵を叩く」

「しかしうまくいくかのう。良い潮時を見極めるなど、よほどの将でなければ務まらぬぞ」

「タケノヒコ殿がおるではないか。一度も負けたことがない」

「おー」

 一同が声をあげタケノヒコを見た。

「そうじゃのう。うまくいくような気がするのう」

「そうであろう。この緒戦に勝てば、国王の名代として長老殿が主力軍を率いて出陣し、敵を都に押し込める。そこで、包囲して内部から崩れるのを待つのじゃ。その間青田刈りでもしておけば損はない」

「なるほど。で、兵の数はどのように割り振るのか」

「将軍の先発隊がおとりと本隊で三百。タケノヒコ殿に委ねる兵が左右併せて三百。長老殿の主力軍が五百ではどうか。残りは国許に置いて、国王の直率とする」

長老が言った。

「ワシも長いこと生きてきて、数多くの戦に出たが、今まで戦とは只の叩きあいだと思っておった。このように手立てをめぐらせるなど、思いもよらなんだ」

「そうかも知れぬのう長老殿。しかし、いきあたりばったりだけではこれからの新しき世は渡れぬぞ」

 国王が、目を輝かせて聞いた。

「新しき世とはどのようなものか?」

オノホコは頬を掻きながら答えた。

「それがワシにもまだようわからん。ただ、人の力で切り拓くものであろうと思うだけじゃ。知恵を使って、汗をかいてな。そうじゃ。このナノ国の繁栄の、もう一段の高みかのう」

「高み・・・新しき世、のう・・・」

 国王は遠くを見つめるような目でつぶやいた。それがどの様なものか想像もできないが、若い国王の心に刻まれた。しかし臣下の者は「新しき世」などに興味はなかった。彼らは今まで通り支配できればそれでいい。「余計なことを」と考える者もいた。そんな中、ただ一人長老のみが別の思いを抱いた。

 そう言えば、鳥の国から南西にある大国ヨシノハラツ国の国王もその若かりし昔、カノ国から伝えられた“義”という新しい考え方の下、新しい国をつくると言って、より大きく豊かな国をつくったものじゃったな。

 口には出していないが、そう思うとともに、若者の若さからくる理想と情熱がまぶしく感じられた。逆に、その若さからくる情熱を快く思わない重臣は、その不快な気分のまま口を挟んだ。

「都を包囲するのは良いが、のんびりしていては周辺の国々がちょっかいを出してくるのではないか?」

 オノホコは、豪快に笑って返した。

「負けが決まった鳥の国を助けるお人好しはおるまい。ナノ国を敵に回すことにもなるからの。あるとすれば、戦勝のおこぼれにあずかろうとする輩が我々に合力するくらいだろうな」

 重臣たちは黙っていた。言えば責任が付いてくる。沈黙もまた保身のためには大切であると知っていた。当時の責任の取り方は、斬首しかない。

「それにな。このまま攻め込んでも敵は必ず籠城する。それこそ他国の介入を招く。ならば緒戦で壊滅的な被害を与えておけば、早く決着がつくというもの」

 オノホコの声は大きい。また自信があり過ぎるため、遠慮も責任も全て思案の外にある。

 ひとりふたり反論する者はいたが、大半の処世術に長けた重臣たちは、トヨをまつりあげるとともに、歴戦のオノホコ殿の申される事ならばという責任回避の流れに身を任せていた。

 結局、声の大きいオノホコの案が採択された。


 その翌日からタケノヒコは忙しくなった。

 全く勝手の違う他国の兵を三百名も預かることとなり、部署と行動の綿密な打ち合わせが必要であった。

片方の丘にはタケノヒコが直率する部隊を置き、もう片方はスクナを大将とする。ヤスニヒコには再びトヨの警護にあたらせる。また、伏兵部隊であるため日中堂々の行軍をするわけにもいかず、闇夜に紛れての行軍となるため、道案内も重要であった。ナノ国兵の錬度も見なければならず、合言葉も決めねばならぬ。ナガトノ国の水夫十名も先の大戦の経験者なので手勢に加えるが、急に参戦することになったため丸腰であり、その武具の手配もせねばならぬ。目がまわるほどの忙しさであった。

そんなタケノヒコの邪魔をしてはならぬと思い、トヨは手持ち無沙汰であった。仕方なく都を散歩している時、街角で長老と出くわした。

「これは姫様」

 長老は慇懃な態度で深々と頭を下げた。

 トヨは今まで「姫様」などと呼ばれたことはなく、戸惑った。

「ちょうど良かった。姫様とは一度話してみたかった。わが屋敷にまいられよ。物語などいたしましょう」

 トヨはこの温厚そうな長老が嫌いではなかった。特にする事もないので、招待されることにした。

 長老の家は高床式のものだった。トヨが生まれた屋敷もこのようなつくりであった。

 奥に案内され、敷物に座っていると、やがて長老自らが、酒と食べ物を運んできた。

「私は、身の回りのことは自分でするでの。手が届かぬこともあるかもしれませぬが」

「この広い屋敷にお一人か」

「そうですわい。妻はとうに先立ち、子や孫も戦で死んでしまったからのう」

「いくさで」

「孫が生きておればちょうどヤスニヒコ殿くらいかのう」

「ナノ国はたびたび戦をなさっておいでの様子」

 長老はかわらけをトヨに渡し、酒を満たした。

「まあ、一杯やってくださらぬか」

「すまぬ。ではいただく」

 トヨは一度に飲み乾すと、長老に返杯した。

 長老も一気に飲み干した。そして一息ついて、ナノ国の状況を話した。

 ナノ国は、三方を強国に囲まれている。残りの一方は海であり、その向こうにカノ国がある。もともと小国だったこの国が大きくなったのはカノ国の後ろ盾のもと周辺の国を斬り従えてきたからで、戦なくしては成り立たぬ国であるという。今回戦う鳥の国は前国王時代までナノ国に属していたが、度重なる軍役と重い年貢に耐えかねて三年ほど前に手切れとなった。それ以来土地争い、水争いで、度々戦が起こっている。

「そのような事情をお察しくだされ」と長老は言う。

 しかし、そのようなこと、トヨには既に分かっていた。都に着いてからというもの、あちこちに戦で死んだ浮かばれぬ魂がいて、トヨに救いを求めてきている。

「そこで今回、決着をつけるべく立ち上がったのじゃ。今ここで立ち上がらねば、いつまでも犠牲は続く。それに今は言えぬが別の大きな脅威もあるのじゃ」

「決着をつけるということは、ナノ国の言い分を押し付けることになりますぞ」

「うむ。しかし、じゃ。強きものが弱きものを支配せねば秩序が保てぬ」

「弱き者の気持ちをお考えにはならぬのか」

「ほう」

 長老は目を細めて微笑んだ。

「私には見える。過酷な税の取立てに、鳥の国の民が、どれほどいきどおり、嘆き、おなかをすかして死んで行ったか」

「そうか。そなたはそんなことが見えるのじゃなあ。たしかに五年前、鳥の国の南にある大国、ヨシノハラツ国と大きな戦いになった時が一番ひどかった。味方であった鳥の国の民からさんざんに搾り取ったからのう」

「私は、長老も国王も美しい魂をしておるから好きじゃ。でも、この国のありようは好きになれん」

「なるほどのう。そなたはやはり神のお遣わしになった御子かもしれん。五年前の前国王と今の国王は違う。決して前国王ほど酷いことはなされぬよ」

「であればよいが」

「今の国王は、小さきころよりワシが手塩にかけておもりしてきた自慢の国王じゃ。そこのところは見誤ることのなきようお願いしたい」

「それはわかった。しかし問題は国王その人ではない。この国のありようじゃ」

 長老は急に笑った。

「そなたも頑固じゃなあ。いや、手ごわい手ごわい」

「笑い事ではない。今、そなたの孫はここにいるのだぞ」

 その一言は、長老の心臓をひとつきにし、表情を青ざめさせた。触れられたくない話であった。

「顔立ちはそなたに似ておる。眉間に大きなほくろがある。年は十四か」

 トヨはそう言う。それはまさに孫なのであろう。母を病で、父を戦で失い、それでもけなげに重臣の家柄の務めを果たすべく、初めて戦場に出たその日、不運にも流れ矢に首を射抜かれ死んでしまった。その孫が神の下にもいけず、いまだこの世にとどまりおるという。不憫にも哀れにも思えた。長老は頭をたれ、トヨの言葉に打ちひしがれた。しかし、トヨは遠慮しない。およそ湾曲な言いまわしなどせぬ性格であり、そのため多くの近親者から煙たがられている。この場でもその悪い面が顔をのぞかせ、さらに追い討ちをかけるように言った。

「かなしい目をしておる」

 その一言に、長老はもうどうにも我慢できなくなった。

 しわくちゃの顔をさらにしわくちゃにして、その大きな両眼から、大粒の涙をぽろぽろと流した。

「もっと甘やかしてやればよかった。もっと好きなことをさせればよかった」

 年をとると、感情の抑制がきかなくなるのであろうか。長老は大声をあげて泣いた。

「親を子を、戦で失ったものは皆いいしれぬ深い悲しみをおぼえる。私はその悲しみの気が見える。だから戦はいやじゃ。皆が安心して笑って暮らせる世にしたい。オノホコ殿の言いようを借りれば、それが私の望む新しき世なのだ」

「トヨ殿、孫は何か言っておりまするか」

「いや、何も言ってはおらぬ。ただ、そなたのそばにおる」

 長老は一層大声で泣き崩れた。

「すまなんだのう・・・すまなんだ・・・」

「そう思うなら、そなたも考えを改めよ。神の前には弱きも強きもない。同じ人間なのだ」

「そうかもしれぬ・・・」

 長老は泣き止まなかった。いい年をした大人が、と言えばそれまでだが、さすがのトヨも、この年で一人の家族もおらず、ただひたすらに悔恨の涙を流す長老が不憫に思えた。何かしてやれることはないかと考え、ふと孫を見た。するとその賢そうなその瞳は、「神のもとに送るにおよばず。時がくれば自分でまいる」そう伝えていた。この世にひとり残された祖父が気がかりなのだろう。トヨはそう察した。このふたりは美しい情で結ばれているのだと分かった。せめて何かしてやれることはないかと考え、そうだ。私が舞ってせめてものなぐさめにしようと思い立った。


 その頃、タケノヒコは預かった兵たちから無言の抗議を受けていた。

 末端の兵たちはまだよい。しかし大人兵たちからは「王族か将軍か知らないが、勝手にやってきたよそ者が、なぜ頭ごなしに我々に指図するのか」と陰口をたたかれ、それがサボタージュの形となって顕在化していた。アナトノ国の時とはずいぶん勝手が違うものの、タケノヒコはいつもと変わらぬ表情で、やるべきことをこなした。そして、あらかたの目処がたち、最後に予定戦場の視察に出ることにした。そんな遠くではない。およそ二日の日程だ。目立たぬよう狩り人の格好をし、スクナとシンのみを連れて行くことにした。その手配を終え、宿舎に戻ろうとした時、なにやら広場の方が騒がしいのに気づいた。

「何じゃろう。鐘や太鼓や鏡がたくさん集められておる様子」

 そうスクナが言い、シンが「私が見てまいります」と申し出て駆け出した。しばらくすると広場の人ごみを押し分け、息を切らして戻ってきた。

「タケノヒコ様、どうやら急にトヨノ御子様が舞いを奉納されることになったようで、そのための準備のようです」

「また、御子様も突然に」

 スクナは、なかば呆れたようだった。

「それでは、我らも見物しよう」

 タケノヒコは笑顔でそう言うと、人ごみの方へ歩き出した。

 タケノヒコはトヨの舞が好きなのだ。この世でなにより美しいと思っていた。


 舞の舞台とおぼしきところが良く見える場所に三人は陣取った。

 やがて陽もおち、かがり火が煌々と灯され、いよいよ始まるかという頃には、大勢の見物人でごったがえしていた。

「タケノヒコ様、御子様は異国の音曲でも舞われるのでしょうか」

 シンが心配そうに訊ねた。

「うむ。しかしワノ国の音曲は大体同じ調べだというぞ。現にアナトノ国の音曲もオオヤマトと似ておったであろう。それに、トヨ殿は物心着く前から舞の修練を積んだらしく、どんな音曲でもすぐに合わせて舞えるそうだ」

「ほう、さすがは御子様ですなあ」

 スクナがそう言った、ちょうどその時。太鼓が大きな音をたてた。

 民衆が、わあっと歓声をあげ、鐘が打ち鳴らされ、多くの鏡がかがり火を反射させ、幻想的な世界が出現した。やはりオオヤマトの音曲と似ていた。これならトヨ殿も恥はかくまいとタケノヒコは思った。民衆の手拍子とともに、祈祷の衣装をまとったトヨが舞台の真ん中に現れ、人々がさらに大きな歓声をあげた。この時代の舞は、単なる芸能ではなく、神に捧げるという意味合いがあった。神は何より舞いを喜ばれると信じられていた。

 ナノ国の音曲が奏でるリズムに見事に乗ったトヨは、美しく舞った。

 タケノヒコは我を忘れて魅入っていた。

 民衆も引き込まれていく。

 一番前にいた長老も、にこやかに見物していた。

 やがて、そのリズムは激しいものとなり、いよいよクライマックスがやってきた。

 鐘や太鼓が連打され、人々は手拍子をとり、足を踏み鳴らし、一体となって陶酔を深めていった。タケノヒコの思ったとおり、そのリズムはわずかに違う程度であった。トヨの舞はわずかな違いをものともしない圧倒的な美しさで、人々を魅了した。国王もオノホコも見物にきていて、領民とともにさかんに手拍子をしていた。

 太鼓の大きな音とともに、トヨの舞は終わった。


 翌朝早く、タケノヒコら三人はナノ国の道案内ひとりを伴い、予定戦場の下見に出かけた。

 この戦い全体を有利にすすめるため、緒戦にはぜひとも大勝し、勢いにのる必要がある。

 ナノ国と鳥の国はそんなに離れておらず、およそ八里の距離しかない。ただその間には小高い丘のような山々が連なっていて複雑な地形となっている。緒戦でタケノヒコらが潜んでおく場所は、ナノ国から三里先のところだ。三人は鹿狩りの格好をして、山に分け入った。そして道筋を見、山の並びを確かめ、沢水のありかなどを頭の中に刻み込んでいった。



第三章 何のための戦い


 全ての準備が整った。いよいよ出陣である。

 大勢の見送りのもと、ナノ国の将軍、ゲンに率いられた兵三百が出発した。

 タケノヒコの兵は伏兵であるため、その夜、密かに出発する予定だ。しかし、トヨが体調を崩し臥せってしまったため、やや気がかりではあった。タケノヒコはトヨを見舞い、「よくよく看病せよ」とヤスニヒコに命じた。


 夜。

 松明も持たず、タケノヒコ軍が出発した。

 みなが寝静まった頃合いである。なるべく物音をたてずに進めと命じてある。

 予定では明日、戦端が開かれる。

 展開を急ぎ、兵の休養と食事の時間を確保する必要がある。しかしながら急ぎすぎても敵の物見に見つかる恐れがあるため、ほどよい頃合いが大切だった。

 先発したゲン軍からは予定地点に予定通り陣を張ったとの報せが届いた。あとはうまく敵がひっかかってくれることと、タケノヒコがうまくやることだった。いつもながら、オノホコ殿の策は間合いが難しいなと、さすがのタケノヒコも苦笑した。唯一の救いは、あれほど反抗的だったナノ国の兵が、戦を前に、内心はともかく表面的には従っていることだった。


 空が白む頃、予定地点に達した。

 事前に打ち合わせていたため、兵たちは無言のまま、それぞれが携帯してきた干し肉や握り飯を食い、そして眠った。タケノヒコは警戒の兵を周囲に配置し、自らも眠ることにした。


 日が高くなった頃、太鼓の音が鳴り響いた。

 谷底に展開しているゲン軍からの合図だ。

 ゲン軍が、これからおとりの部隊を繰り出す。鐘や太鼓を打ち鳴らし、にぎにぎしく行軍する。途中の田んぼを荒らし、ムラを襲い、敵の部隊が迎撃に出てきたところで一戦し、敵わぬと見せかけ、本隊とタケノヒコの軍が待ち構える地点まで誘導してくる。


「はたしてうまくいくものか」という思いは皆が持っていた。しかし確かに全兵力が籠城されては厄介なため、今はこの策に賭けるしかなかった。


 タケノヒコや対面の山中にいるスクナの軍も息を殺してひたすら待った。幸い、敵の物見にも発見されていない。

 日がたかみに昇り、やがて下りはじめた。敵はまだ現れない。

 日が長い影をつくりはじめ、あたりは黄金色に染まりはじめた。先発隊の本軍に気づかれぬよう遠くまで侵攻するとはいえ、あまりに時間がかかり過ぎていた。

「失敗か?」そんな思いが皆の心を支配しはじめた。

 その時。

 遠くから鬨の声が聞こえた。

「きた!」

 隣にいるシンが、喜色をたたえ、タケノヒコを見た。タケノヒコは頷き、片手を高々と掲げ、全軍に攻撃準備の指示を伝えた。

 声がだんだんと近付いてくる。

 やがて、必死になって逃げてくるおとり部隊が見えてきた。

 その背後から怒涛の勢いで鳥の国の兵が襲いかかっている。

 鳥の国は、よほどナノ国に恨みがあるのか。およそ全軍ではないかと思われる大人数が、わずか百名足らずのおとり部隊に襲いかかっている。あれでは、おとり部隊の兵は生きたここちがしないであろう。

 ようやくおとり部隊の兵は本軍が構えている本陣に逃げ込んだ。

 本陣と言っても、盾をまわりに並べただけの簡素なつくりであるため、鳥の国の兵たちは攻撃の手をゆるめなかった。前衛の軍がまずとりつき、盛んに矢を放っている。主力の兵が続々と追いつき、本陣を包囲しはじめた。

 後続の敵兵がいないことを確かめ、タケノヒコは矢の届く位置まで前進を命じた。

 本陣では盛んに鐘や太鼓を打ち鳴らし雄たけびをあげ、タケノヒコの軍の物音をかき消していた。

 オノホコからあらかじめ指示されていた通りだ。

 理想的な位置に布陣し、タケノヒコは長弓隊へ命じた。

「放て!」

 無数の矢が放たれ、そして、敵の後方へ退路を断つべく、突撃を命じた。

 やや遅れてスクナ軍も同じように矢を放ち、突撃を始めた。

 鳥の国の兵は大混乱をきたした。

 タケノヒコ軍は敵を包囲しつつ、ゲン軍と挟み撃ちするような格好で、さかんに攻め立てた。

 やがて落ち着きを取り戻した鳥の国の兵たちは、なんとか脱出するために、組織的に退路方向へ一点突破の攻撃を始めた。

 タケノヒコは後方にあって、冷静に敵兵の動きを読み、効果的な采配をふるった。

 鳥の国の兵は、死に物狂いの攻撃で脱出したものの、多くの者が捕らえられるか負傷するか討ち死にするかという散々な結果となった。

 ナノ国にとっては期待以上の圧勝であった。

 戦はただの叩き合いでしかないという時代の枠の中にいた鳥の国と、策をもってあたるという新しい概念のもとで行動したナノ国で、大きな明暗がついた。鳥の国の戦死者は五十名を超え、負傷者を含む捕虜は百名を超えた。全兵力のおよそ半分が消えたことになる。大勝利の報せが、早速ナノ国の都に走った。


 その日の暮方。

 ナノ国軍の全軍が大勝利に酔いしれる中、捕虜の扱いをめぐってゲンとタケノヒコの間でひと悶着起こった。タケノヒコはひとまず縛りあげ、都へ送れという。ゲンは、そんな手間はかけられず、皆首を刎ねよと主張した。

 タケノヒコは言う。

「これは、何のための戦であるか。戦いのための戦いなど、あってはならぬ。人が人として生きるための戦いでなければならぬ」

 ゲンは言う。

「おかしなことを。戦いの目的は戦うことだ!勝つことだ!全ては勝った我々の意のままである!」

 両者譲らなかった。見かねたゲンの副官が、「国王に使いを走らせ、裁断を仰ぎましょう」と仲裁し、そのように決まった。返答がくるまで、兵百名をもってタケノヒコが監視にあたる事とし、ゲンはほとんど無傷だった五百名近い兵たちを率いて明日の朝鳥の国の都へ向かう事になった。


 さて、はじめの使いで大勝利を聞き、満面の喜色を浮かべていた国王であったが、次の使いで捕虜の扱いを問われると、すっかり困惑してしまった。捕虜の首を刎ね、勝利の凱歌をあげるのはナノ国の伝統でもあった。しかし、タケノヒコの機嫌を損ねるわけにもいかず、ましてや百名を超える捕虜など、前例がない。それに、まだ若い国王は、そのような大人数を処刑するほど冷徹でもなかった。

捕虜を殺すなとはタケノヒコ殿らしい。

 オノホコがそう思っているところに、国王からの下問があった。

「オノホコ殿は、どう思案なされるか」

「国王陛下のよろしきように。しかしながら、先のイズツ国との大戦においても、タケノヒコ殿はそのようになされた。おかげで必要以上の抵抗は受けずに済んだと聞いております」

「それは、どういうことか」

「先の大戦のあと、みなで話し合った折、どうしてそうなったのか考えましたが、皆殺しにされると思うと人はみな必死で抵抗するものだと思われます。しかしながら、生き延びることが許されるという道があるのなら、ほとんどの者がその道を選び、あまり抵抗せぬばかりか、感謝する者さえ現れる始末」

「なるほどのう」

 一人の重臣が口を挟んだ。

「国王、さりながら、捕虜の処刑は我が国の伝統でござりますれば」

 まわりの重臣からも同調者が出た。

「さよう、迷うことはありませぬ。首を刎ねましょうぞ」

 多くの重臣が処刑を唱える中、静観していた長老が口をひらいた。

「国王陛下、実はな、ワシの傍には今でも孫のトノミがおるそうです」

「何?トノミが?」

 突拍子もない話に一同失笑する中、国王ひとりが身を乗り出した。国王とトノミは年も近く、長老のもとで兄弟のようにして育った。

「トヨノ御子殿がそう申されておった。ひとり残されたワシが気がかりで黄泉の国にもいけぬらしい」

「トヨ殿がのう」

「ワシはトノミが不憫でならぬ。もっとやりたいことをやらせれば良かった、甘やかせば良かったと後悔しきりじゃ」

「トノミは何か申しておるのか」

「いや、何も申しておらぬそうです。ただ、かなしい目をしておると」

 重臣の一人が口を挟んだ。

「長老殿。この場は老人の愚痴を聞く場ではござらぬぞ」

 しかし、国王が制した。

「かまわぬ。ジジ、続けよ」

「親が子を、子が親を思う心は鳥の国の民とて同じ。人の心のありようは同じじゃ。ここで百人も処刑すれば多くの者が悲しむ。その悲しみは恨みとなっていつか必ず国王に襲いかかりましょうぞ」

たまらず、重臣の一人が叫んだ。

「いくら長老でも、聞き捨てならぬ。畏れ多くも国王に襲いかかるなど!」

 オノホコが言った。

「それは、言葉のあやでござろう。要は憎しみの輪が永劫に続くということですな。たしか昔、ワシもトヨ殿にそう言われたことがあったのう」

 国王がつぶやいた。

「トヨ殿か」

「国王!妄言に耳を貸す必要はありませぬ。さっそく処刑のご指示を」

 オノホコがなだめるように言った。

「まあ、待たれよ。よくよくお考えくだされ。ここで百人も失えば、占領後の働き手に困りますぞ」

 それもそうだと、一同がざわめいた。しかし、伝統を重んじる声の方が大きかった。

 国王は立ち上がり、きっぱりと言った。

「トヨ殿に会う。決断はその後じゃ」


 トヨは臥せっていた。

 しかし、その能力は昂ぶっていて、遠くであった戦の様子もあらかた見えていた。

 国王が訪ねてくることも見通せていたから、ヤスニヒコには出迎えの準備をするよう頼んでいた。

 はたして、国王がやってきた。

 ヤスニヒコは、トヨの能力に舌を巻きながらも国王を出迎えた。

 国王はいきなりの訪問にもかかわらず行き届いた出迎えに訝しみながらも、従者を従えて宿舎に入ってきた。

「夜分にすまぬ。お体はいかがか」

 トヨは床についたまま答えた。

「すぐれぬ。しかし、そなたが訪ねてきた訳は見えておる」

 その言葉に、まだ若い国王は好奇心がくすぐられた。

「ほう。おわかりか。ではその答えは?」

「なりませぬ」

「やはり、そうか。してその訳は?」

「長老殿が言われた通り。人は人として生きております。その心のありようをお考えください」

 ナノ国王は若く純粋な心を失ってはいない。国の伝統も大切なのはわかっているが、百名もの命を助けられるならそうしたい。そういう心のうちを隠しつつ、重ねて聞いた。

「しかしそれだけでは国の者を納得させられず困っておる」

 トヨは、聞かずとも国王の心のうちを察していた。それならば。

「神のお告げにございます。その証拠に今宵これから雨が降る。それは神の御嘆きの雨。しかし明日、国王が処刑はせぬと布告されれば、雨はやむ」

「それはまことか?」

 トヨは国王の眼を見つめて、うなずいた。

「まやかしであれば、いくらトヨ殿とてただでは済まぬぞ」

「まやかしではありませぬ」

 ことの成り行きにヤスニヒコの方が慌てた。

「国王陛下、トヨ殿は今、病にふせっておいでなので」

 トヨは何の迷いもなくきっぱりと言い切った。

「かまいませぬ」

 国王は、これで百名もの命を奪う重責から解放されたと思った。名分も面目もたつ。もしもの時は何とでも言いつくろえばすむと踏んだ。一安心した国王は、ふと別の話を思い出した。

「そう言えば、ジジに語った新しき世とやらも神の御心か」

 トヨがうなずくと、国王は屈託のない笑顔を見せた。

「そうか。では神のお告げに従おう。みなにもそう申し伝えおく。よろしいか」

「かまいませぬ」

「夜分に済まなかった。養生なされよ」

 そう言うと、国王は帰って行った。

 ヤスニヒコはヤスニヒコは慌てて外に飛び出し、雲ひとつない夜空を見上げ、ため息をついた。


 それから一刻も経った頃。

 トヨは安らかな寝息をたてていたが、ヤスニヒコは気が気ではなかった。もし雨が降らなかったらどうしようと、そればかり考えていた。もしもの場合は、トヨをひっかついで逃げようとも思っていた。

 しかし、それらの事は全て杞憂に終わった。

 あんなにきれいに晴れ上がり、星がまたたいていたのに、急に風が出てきたかと思うと激しい雨が降り始めた。

 よかった。

 ヤスニヒコは心からそう思い、安心したからか、深い眠りに落ちていった。


 翌朝。

 ヤスニヒコは目を覚ますと、跳ね起きて外の様子を見に戸外へ出た。

 空の色は鈍く、生あたたかな風とともに激しい雨が降っていた。

 ちょうどその頃、宮殿には国王をはじめ重臣一同が集まっていた。

 トヨの言葉に、長老を除く全員が半信半疑だった。

 国王が裁断を下した。

「神の御心に従い、捕虜の処刑はとりやめる」

 その言葉に悔しさをにじませる重臣もいた。

 伝統を覆され、なかばあきれる重臣もいた。

 しかし。

 雨は上がった。

 雲の切れ目からひとすじの光芒が輝いた。

 重臣たちからどよめきの声が上がった。

 長老が満面の笑みで、国王の肩をたたいた。国王は振り返り、長老に笑顔を見せた。

「トヨ殿は、まこと神の使いなり!」

 オノホコが、そう叫んだ。

 みな、トヨの不思議な力に驚嘆するばかりであった。

 そして、捕虜は殺さず都へ連れてこいという使いがタケノヒコのもとへ走った。


 当初の予定通り、長老が主力軍を率いて出陣しようとしていた頃、タケノヒコが捕虜を連れて都へ戻ってきた。

「おう、タケノヒコ殿、ご苦労であったな」

 長老はタケノヒコの姿をみとめると、そう語りかけてきた。

「これは長老殿。こたびは私の願いを聞き届けてくださりありがとうございます」

「まあ。トヨ殿よ。神の御心らしいでの」

「あらかたの成り行きは使いの者から聞きました」

「そうか。ワシはこれから出陣するでの、そなたから捕虜の者どもに申し聞かせてくだされ。我が国王は、手向かいせぬ限り、決して処刑はせぬとおおせじゃ。それに、戦が済めば、全員鳥の国へ帰してやるとも言われておる」

 タケノヒコは笑った。

「それは、よかった」

 長老は目を細めて言った。

「トヨ殿の言われる新しき世がそこまで来ておるのかも知れぬな」

「新しき世と?」

「まあ、よしなに」

 笑いながらそう言うと、長老は全軍出発の命をくだし、出陣していった。


 タケノヒコは国王のもとに出向き、戦の成り行きと捕虜の連行について報告した。

 期待どおりの働きを見せたタケノヒコに、国王は何度も感謝の言葉をのべた。そして「これほどの大勝であるから、もう出陣せず、病にふせるトヨ殿のそばにいてやればどうか」と勧めた。

「何事もつめが肝要と心得ます。一日だけ兵たちを休ませ、また戦場にまいります」

 タケノヒコはそう言い、国王を納得させた。


 宮殿を出ると、広場の方が騒がしかった。

 捕虜たちが何かをしているようだった。

 警戒の兵に何事か尋ねると、「捕虜たちに、夜露をしのぐ小屋を建てさせているのです。百人も入るような家はありませんから」と答えた。

 タケノヒコは合点がいった。それは、国王が捕虜たちを処刑するつもりはないことの証明でもある。タケノヒコはシンに、明朝出陣すると兵たちに伝えるよう指示し、トヨの見舞に行った。

 トヨは思ったより元気そうで、捕虜を殺さずに済んだ事が何よりうれしいと言っていた。


 ちょうどその頃。

 宮殿の奥では、捕虜百名の利用方法を、オノホコと重臣たちが冷徹に計算していた。

 オノホコは、捕虜は「人質」であるとし、これを活用すれば戦を早く終わらせることができると提案した。その考えに重臣の幾人かが賛同した。

 つまり、籠城兵たちに「手向かえば捕虜の命は保証しない。しかし、降れば捕虜ばかりではなく、籠城兵の命も助ける」と通告することにしたのだ。これによって内部崩壊を早めることができると期待した。そして、国王の裁可も得ぬまま、使者を走らせた。


 そんなことなど思いもよらぬタケノヒコとトヨは、国王の人柄を信じ、つかぬまの安息に心をなごませていた。

完読御礼!

楽勝と思われた戦いは、次回以降思わぬ展開を見せます。

お楽しみに。

で、連載のペースですが、これからは週一に限らず連投できればそうして行こうと思っています。

どうぞよろしくお願いします。

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