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チクシ大戦物語 第一章 ナノ国 

今回から、チクシ大戦物語が始まります。

これからしばらく、どうぞよろしくお願いします。

さて、今回は物語のイントロ部分で、一行はチクシ大島のナノ国へ上陸します。

トヨの想いの吐露というか、そんな感じです。

どうぞお楽しみください。

トヨノ御子 -倭国大乱-  強き黄金色の国 チクシ大戦物語


第一章 ナノ国 (今回はここです)

第二章 作戦

第三章 何のための戦い

第四章 義の旗

第五章 クマソ同盟

第六章 新しき世の胎動

第七章 粉雪の中の激突

第八章 仲間とともに

第九章 カワカミノ王子

第十章 緒戦

第十一章 南へ

第十二章 クマソタケル討伐戦

第十三章 武人の矜持

第十四章 もののけ

第十五章 ハヤト襲来

第十六章 月下の泉

第十七章 凱旋

第十八章 新しき世

第十九章 女賊

第二十章 もののけの息遣い

第二十一章 神の軍勢


第一章 ナノ国


「私はトヨ国が良いと思います」

 ヤスニヒコがそう言った。


 話は遡り、チクシ大島へ出発する前のこと。それぞれ忙しくしていて、結局直前まで訪問する国を決めていなかったから、その前の晩にみんなで酒を囲んで話し合いをしていた。トヨを除く六名がこの場にいた。


「確かにトヨ国は、ヤスニヒコ様のオオヤマトと血縁であり、適切であるかもしれませぬ。しかしながら、最近トヨ国は王が替わられ、新しい王は強欲な男であると聞き及びます」

 ヨナがそう口を挟むと、ヤスニヒコは不機嫌そうな顔をした。

「おう、ワシはイト国かナノ国が良いと思うぞ」

 オノホコがそう言った。

「イト国は海の国でありすぎますゆえ、参考になるのは海もあり作物も豊かなナノ国が、農業のための鉄器技術は進んでいると思われます」

「ヨナ殿は、ナノ国と言うのだな。兄上は?」

「うむ。確かにトヨ国は内海にありオオヤマトと似ているが、外海に面していてカノ国との取引が盛んで、しかも作物が豊かであるなら、ナノ国の方が、学べることが多いだろうな」

 こうした話し合いが行われた頃はまだトヨが来るかどうかわからなかったが、タケノヒコは、トヨが目指すであろう農耕技術を考えに入れていた。

「では皆の衆、ナノ国でよかろう」

 オノホコが決定し、タケノヒコも同意したので、一行の訪問先はナノ国と決まった。

「しかしながら」

 ヨナが付け加えてきた。ヨナは蒜が原の戦いの後、将軍という立場になっていた。

「ナノ国の王は若くて聡明な人ですが、近々戦が起こるようです。危険は覚悟せねばなりますまい」

 もともと技官であるヨナの言い方は率直で遠慮がなく、聞く者によってはトゲを感じる。話の成り行きを聞いていたスクナは「知ったかぶりめが」と、不快感を覚えた。しかしキビノ国の将軍であるため余計な口出しを控えていた。タケノヒコは、ヨナは物識りであると素直に感心した。オノホコはそんなこと全く気にしない。

「戦くらい、我らが加勢すれば勝ちは決まったようなものじゃ。あいさつがわりに勝ち戦にしてくれようぞ!」

 オノホコはそう言って豪快に笑った。


 この頃の航海は、と言ってもその後ながらく基本的には変わらなかったが、山や岬といった陸地のかたちを見ながら、さほど沖合いには出ないあたりを進む地乗り航法であった。そのため、夜は停泊せねばならない。もっとも外洋に出る沖乗りは別である。


 一行の船は程よい入り江に停泊している。

 その夜は、月あかりが煌々と辺りを照らしていた。

 波間はその反射に満ち、船の中も明るかった。むしろに包まって眠る水夫たちひとりひとりの顔がわかるほどであった。


 トヨは、おだやかな潮風に身をまかせ、そうした船内の様子をぼんやりと見つめながら考え事をしていた。

「眠れぬのか」

 タケノヒコが声をかけてきた。

 トヨはくすっと笑った。

「タケノヒコ様こそ」

「そうだな。私は、いろんなことを考えすぎて寝そびれてしまったようだ」

「どんなことなのでしょう?」

 トヨの問いに答えるべく、タケノヒコは星空を見上げ考えをまとめようとした。

「そなたの国に来てからいろんな事があった。いろんな事を学んだ。わが国の在り様と考え合わせていた」

「何か、わかったことはございますか」

「うむ。やはり、国は強くあらねばならぬ。それは変わらぬ。そして、民が明るくあることが大切だと学んだ」

「なぜ、そう思われるのです」

 なぜと言われても、答えを準備している訳ではなく、タケノヒコは困った。卑屈で利に聡いばかりの民と、明るく振舞うアナトノ国の民ではまるで違う。

 戸惑ったようなタケノヒコの横顔を見ながら、トヨが言った。

「今、タケノヒコ様はふたつのことをおっしゃいましたが、それらの基は、ひとつのことと、お思いになりませぬか」

 思いがけぬトヨの言葉に、タケノヒコはトヨの顔を覗き込んだ。

「タケノヒコ様、根は同じなのです。民が明るければ国を思う心も強くなりましょう。心が強くなれば、自然、体もついてくるものです。そして他国の辱めなど跳ね返すものです」

 タケノヒコは、おもしろいと思った。ここはひとつトヨの話につきあおうと、耳を傾けた。

「つまりは、食べ物なのです」

 話が飛躍したのかと思うと、そうでもなく、逆に突き詰めると、食べ物が全ての基なのだとトヨは言う。タケノヒコは王族であり、食べ物に困ったことはない。現に今回の旅も国許から多くの米を送らせているし、それは、旅先で物々交換にも使っている。ないと困るだろうと頭では分かっていても、実感するような経験はない。戦の最中でも不思議と困った覚えはない。トヨも王族だが、大飢饉のおり、みなが殺気立って繰り広げたののしりあいや、兄を亡くしたつらい経験から、食べ物の大切さが骨身に染みている。

 二人は船べりに腰を下ろして月夜の潮風をうけながら、遅くまで語り合った。


 翌朝も晴れた。

 この船旅は、天候には恵まれていた。その分、照り返しがまぶしく、暑くもあり、また、慣れない大型船でもあるためアナトから連れてきた三十人の水夫たちがつらそうであった。そこでタケノヒコたちも櫂をこぎ、帆を張り、みんな身分に関係なく程よい連帯感の中で旅を続けた。中心となるタケノヒコとオノホコの仲が良かったことも、周囲を明るくさせた。


 やがて、ナノ国の港に着き、荷揚げを終えたとき、予定ではそのまま国に引き返すはずだった水夫たちのうち十名が、「このままお供させてくだせぇ」と申し出た。

「戦になるかもしれぬ。そなたたちは戻れ」

 トヨはそう命じたが、みな首をたてに振らない。それどころか「それならなおのこと王様たちをお守りしてぇ」と言い張る。

 オノホコが水夫たちに尋ねた。

「そのほうらは、戦で死ぬ覚悟があるのか?」

 水夫の中でも年長の者が答えた。

「わしらは先の大戦にも参加しました。覚悟はあります。こんな気持ちの良い王様たちのために死ねるなら本望だ」

 タケノヒコたちは相談し、結局同行を認めた。

 あわせて十七名は、年長であるオノホコを仮の大将とし、ナノ国へ上陸した。

 ナノ国の港は、それはもう大きなものだった。

 いくつもの桟橋があり、それぞれに色鮮やかなカノ国の船が停泊していた。


 水夫たちが適当な桟橋へ船をつけて、一行はナノ国への第一歩を印した。

 港の大きさや、人の多さ、向こうに見える立ち並ぶ倉を目の当たりにして皆一様に感嘆の声をあげた。中でもヤスニヒコは目を輝かせ、ときめく心を抑えがたかった。


 駆け寄ってきた港役人に、ヨナは国王への取次ぎを求めた。

 オノホコの名前を出しても、港役人は知らず、一行をうさんくさそうに眺めていた。

「そのほうらの目的は何だ。仮にもわが王の名前を出すなどあつかましいにもほどがある。事と次第によっては死罪もまぬがれぬぞ」

 そう言い放つ港役人に、オノホコが笑いながら話して聞かせた。

「まあ、そう言うな。確かに先触れもなく押しかけてきたことはお詫びする。しかしな、我々も国を背負う王族であるゆえ、国のため、領民のため一刻も早く学びたい事があってきたのじゃ」

「王族とはどこの王族か」

「さっきから申しておるであろう、ワシがオノホコ、キビノ国の跡取りじゃ」

「そんな者は知らん。それにキビノ国などワシらには関係ないわい」

 オノホコはニヤリと笑って言った。

「では、オオヤマトはどうじゃ、アナトノ国は?」

「黙れ!いよいよ怪しき奴。確かにそれらの国とは多少のよしみはあるが、そのほうは、キビノ国と申したではないか!」

「だからのうワシはキビノ国じゃが、この者がオオヤマトの王子タケノヒコ殿なんじゃ」

「はぁ?タケノヒコ様?先のイズツ国との大戦で、イズツの都を焼き払ったという?」

 驚いて目を丸くしている港役人に、タケノヒコは黙ったまま軽く会釈をした。

「なんじゃい。そなた結構早耳ではないか。ならば、この女子は詳しく知っておろう。アナトノ国のトヨノ御子殿じゃ」

「なんと!あの神懸かりとなって戦を勝ちに導くという御子様か!」

 オノホコは、してやったりというような満面の笑みを浮かべ、さらにたたみかけるようにまくしたてた。

「御子殿はお忍びのつもりであったが、そなた、そのお名を伺ってなおも知らぬ顔はできまい。早々に王に取り次げ。さもなくば神のお怒りに触れること間違いなし!」

 おおげさなオノホコの言いように、ヤスニヒコはたまらずくすっと笑った。しかし、トヨの雷名を知っている港役人にすればたまったものではない。「ははー」と恐れ入り、平伏した。

「分かればよい。早々に取り次げ」

 なんでそんな大物がここにきたのか。自分の手に余る大事ではないかと、港役人は応対に出てしまった自分の不運をのろいながら、一行を役所に案内した。


 その強引さは、いわばオノホコの作戦だった。使者を遣わし先触れとするような段取りを踏めば、体よく断られるかも知れぬ。それでは困るため、タケノヒコとトヨを巻き込み押しかけてきたのだ。国入りしてしまえば、ナノ国も断れまい。

 都まで使者の往復に三日はかかるというので、一行は、カノ国使節の接待所を宿舎としてあてがわれ、返事が届くのを待つことになった。


 さて、知らせを受けた宮殿は、当然のことながら騒ぎとなった。

 使者によると、一行は鉄器や農業の技術を学びたいという。なぜ各国の王族がそのようなことをわざわざ学びにきたのかと訝しむ声もあがったが、風聞によるタケノヒコやトヨの人相風体が使者の報告と一致しているため、偽者ではなかろうということになった。それに、もし本物であれば、鳥の国との戦を前にしており、味方に引き入れておくべきとの意見も多かった。そこで国王が一行を都へ招くと裁定した。もし偽者ならば、宮殿で成敗するまでのこと。 


 ナノ国の国王はまだ若い。と言っても、平均寿命が三十くらいのこの当時にあって、その十五という年齢が果たして若いといえるかどうか。四年前、子を持たぬ国王であった兄が急逝したため、わずか十一才で即位した。あまり人に好かれなかった前国王と違い、明るく活発で、素直な心を持ち、人にも優しく接する現国王は、領民から慕われていた。彼は風のうわさで耳にすることの多かった百戦錬磨の大将軍タケノヒコや神の声を聞くというトヨノ御子には前々から興味というより憧れがあった。その二人が今、鳥の国との戦を前に来てくれたのは、神の思し召しではなかろうかと、心躍る思いであった。


 一行は都に行くこととなった。

 ナノ国は、大陸に向かって開かれた港が北にあり、その南およそ五里の内陸に都がある。ワノ国随一という港は前述の通り大きく、外海からは細くて長い半島のような砂州に守られ、その内海は湾曲していて天然の良港となっていて、さらに大規模な土木工事が施されているため大きな船も多数出入りできる。港の市はその周囲を堅固な柵や濠、そして逆茂木で固めてあるが、決して閉ざされているわけではなく、カノ国はもちろん各地の人々も多く逗留している。町いく人はみな着飾っていて、賑やかだ。店先には珍しい玉や貝殻、絹、木綿、油、鐘、鏡もある。アナトノ国も賑やかではあるが、その規模がまるで違っていた。

 都へ向かう日、この賑やかな港を離れるのを一番残念がっていたのはヤスニヒコだった。「私だけ、ここに残るわけにはまいりませぬか」と真顔で言ったため、皆に笑われた。しかし結局は皆と一緒に都へ向かった。


 ナノ国は、農地も広かった。

 広々とした平野にいくつかの大河が流れているため、水にも困らず、水田をひらくことが容易であった。

 道すがら、青々とした水田を見て、人並み以上に農業への思いが強いトヨがさかんに感心していた。誰にも話せぬつらい思い出であるが、トヨの兄が死んだのは、大飢饉の年。皆の食を得るため、無理を重ねての狩りが原因だった。

「しっかりした農業技術があれば、あのような悲しいことは起こらぬ」

 トヨはそう思っていた。

 神の声を聞く御子と言われても、全てが見通せるわけではない。分かることは分かり、分からぬことは分からない。そのため、先ずはしっかりとした技術を身につけておくことが必要で、神の助けはその先にあることを、誰よりもトヨ本人が一番わかっていた。


 田畑となっている広い平野を抜け、穏やかな丘陵地帯の先に、ナノ国の都があった。

 幾重にも濠や塀をめぐらせ、防備を固めてある。

 都が戦乱に巻き込まれた場合に備え、その東側にある急峻な山に城砦が築いてある。ナノ国は、ワノ国の各国だけに備えているのではない。カノ国との戦いも想定しているため、都が内陸にあり、城砦が山上にある。豊かな表面だけでなく、その裏にある過酷な立地条件に、タケノヒコは思いをめぐらせた。

 生き延びるには、強くなければ。と、改めて自分にそう言い聞かせた。


 大掛かりな歓迎の宴が催され、一行は、大いに歓待された。

 何しろ、三カ国もの王子王女が一度にやってくるなど、後にも先にも、今回限りであろう。しかし、やはり国王の憧れの強さが、歓迎ぶりに反映していた。

 国王は上機嫌で皆に酒を勧め、タケノヒコやトヨに話しかけてくる。国王が知りたがっているのはタケノヒコの武勇談であり、例えば、二百の手勢でクマヌ国の大軍を打ち破った竜山合戦の話、先の大戦でイズツの都を焼き払った時の話など、国王の興味は尽きることがない。

「先の大戦は、我が方便であるぞ」

 顔を酒で真っ赤にしたオノホコが話に割って入り、国王はにこやかに対応した。

「そうか。そなたの策であったか」

「そうじゃ。手立ての全部、ワシが考えた」

 国王は相好をくずした。いくさ話が好きなのであろう。

「そもそもイズツを滅ぼすにはまだまだ我らの力は足りぬ。そこで、しばらく立ち上がれぬくらいの痛手を負わせることが眼目であった」

「なるほどのう」

「イズツを右へ左へ走らせて、背後からタケノヒコ殿が都を襲い、敵が逃げ腰になったところを中央からワシが徹底的に叩いたのじゃ。見事な手立てであろう?」

「あれは殿軍がヤソであったからだ。ヤチトであれば、恐らくそなたが全滅しておった」

 トヨがそう言うと、オノホコは目を丸くした。

「誰から聞かれたのか?あの時の馬鹿大将の名を」

「聞いたのではない。私には見えたのだ。我先に逃げるヤソの姿が」

「見えたと申されるか!」

 国王はピシャリと膝を打ってよろこんだ。

「さすがトヨ殿!」

 周りで話を聞いていた重臣たちがざわめいた。そのうちの一人が聞いた。

「そういえば、トヨ殿はその時神懸かりとなって父上をお救いになられたのでしたな」

 この当時、人々の交流は現代人の想像以上に活発だ。特に人々の耳目を集める話は、あっという間に広がる。ナノ国の人々は既に知っていた。

 トヨは押し黙ってしまった。あるいは、その時の虐殺を思い出し、口にしたくないのかもしれない。そんな気分を、側で一部始終見ていたヤスニヒコが察し、代わって答えた。それは、天性の明るさを持つヤスニヒコならではの軽妙な語り口だった。

「そもそも、我らは縁を結んだ小国で、祝福の祈りを捧げる準備をしておりました。するとトヨ殿がくわと目を見開きすくと立ち上がり、両手を天に突き上げられ、それはそれは天地をも揺るがさんばかりの大音声で、本軍が危ない!父上をお救い申し上げる!と仰せになりました」

 身振り手振りのおもしろい話に、宴席の誰もが魅了され手をたたいたりしてはやし立てていた。

「いざまいろうぞ、五里向こうの小高き丘まで!」

 酔いの回ったオノホコが一番はしゃいでいた。

 肝心のトヨは真っ赤な顔をして、うつむいていた。

 タケノヒコは、微笑みをたたえながら、後の世でいう講談のような語り口に耳を傾けていた。

ナノ国王は、そんな座の愉快な雰囲気に満足していた。国王となってからというもの、心の休まる暇もなかった。なのに、今この場の楽しさはどうしたことか。いてもたってもいられぬようなこの楽しさは、どこかせつない、いとおしき時間のように感じられた。

 ヤスニヒコの話は、小高い丘の上から矢をもって眼下の敵を追い払い、トヨとユトの感激の対面へと移っていた。

「ユト殿は感激のあまり、涙をぼろぼろ流されて、いや、ちょっとは鼻水もあったかもしれぬ。両の手で涙を拭い鼻水を拭い、その手でしっかりトヨ殿の両の手を握り締められ、姉上、姉上、ユト殿はそう申されて、泣きじゃくるのみでございました」

 ヤスニヒコの熱演に宴席の者から、もらい泣きの声が聞こえる。

「ユト殿は、次は私の手を握るつもりか?せめて、一度涙と鼻水の手を拭ってくれぬか。と思っておりましたが、願いむなしく、くしゃくしゃの顔で、特大の鼻をかんだその手で私の手をわしづかみにされてしまいました」

 一同の者がどっと笑った。

「ユト殿は私の友なればこそ、今は良い思い出にございます」

 みなから拍手が起こった。

 まさに、宴もたけなわであった。


 翌日、オノホコの一行はあらためて宮殿に招待された。

 すっかり信用したナノ国王や重臣たちが、鳥の国との一戦に力を貸くれるよう、要請した。もちろん、オノホコもタケノヒコも異論はない。学ぶ事の見返りに、請われれば力になるつもりでいた。ただトヨのみが、「力にはなれぬ」と断ったので、国王たちは困惑し、その訳を尋ねた。

「私には見える」とだけ、トヨが答えると、その場がざわめきだした。

「それは、わが国が負けると言うことですかな」

 長老がおだやかに尋ねた。

「そうではない。オノホコ殿とタケノヒコ様がおられるゆえ、負けることはない」

 それを聞いて安心したのか、その場のざわめきが、やや静まった。

「では、なぜでござろうか」

 無骨な武人らしい男が聞いた。

 トヨはいつもの見下ろすような厳しい言い方をした。

「言ってもよいが、言えばそなたらの国のありように意見することになるぞ」

「わが国に、なんら不都合がござりましょうや」

「ないと言われるか」

 場の空気がピンと張り詰めた。

 オノホコが場を納めようと、口をはさんだ。

「まあまあ、みなの衆、トヨ殿は女子の身でここまで長旅だったのじゃ。ここはひとまずゆるりとしてもらおう。その代わり、ワシとタケノヒコ殿が働きますゆえ」

 ヤスニヒコも、便乗した。

「オノホコ殿が手立てをめぐらせ、我が兄が戦えば、敵はひとたまりもありませぬ。どうか我らにおまかせあれ」

 ナノ国王も険悪な空気を嫌い、口を出した。

「みなのもの、ヤスニヒコ殿もそう申されておる。ここはそのようにすればいかがか」

 さきほどの無骨な武人らしき男が言った。

「なるほど、お二人がおられれば心強いが、手勢はわずかに十数名。あくまで我らの指図に従ってもらわねば困ります」

「キビノ国の跡取りであるこのワシに、そのほう、従えと申すか!」

 間髪を入れず、オノホコが怒りをあらわにした。

「タケノヒコ殿、この者に、何か言ってやれ!」

 それまで黙っていたタケノヒコが口をひらいた。

「オノホコ殿、跡取りであるそなたの心はよくわかる。しかし私は跡取りではなく、国王からの頼みごとという形であればかまわぬぞ。目的は敵に勝つことだからな。ただし、トヨ殿を危険な目にあわせたくない。そこをわかっていただきたい」

 オノホコは、その体から急に力が抜けていくのを感じた。

「まったく、人が良すぎるぞ。タケノヒコ殿は。そうじゃのう、味方どうしで四の五の言ってもしかたないのう」

 国王が、潮時と見て裁定した。

「では、オノホコ殿は我が本営にあって私を助けてくだされ。タケノヒコ殿以下は将軍とともに、いくさ場へ行ってもらえまいか。国王である私からの頼みじゃ。そしてトヨ殿はごゆるりとなされよ。そして何かあればいつでも私に申し付けられよ。それで良いな」

「異存ござらぬ」と、オノホコが大声で答えた。


 宿舎に戻ると、タケノヒコたちは、さっそく武具の手入れを始めた。

 出陣は五日後と決まり、もうあまり時間がない。

 オノホコは、国王から聞いた山河のありようを土間に描き、ヨナとともに手立てを考え始めた。

 スクナがつい、愚痴をこぼした。

「まったく、せっかく歓待を受けて、しばらくは贅沢三昧できると思うたに、またもや戦でございますか。このところ戦続きでございますなあ」

 ヤスニヒコがくすっと笑った。

「まあ、そう言うなよ。我らが勝利に導けば、それこそしばらく贅沢三昧だろうな。褒美もくれるかもしれぬぞ。そなたは、どんな褒美がよいか?」

「そうですなあ、それなら女がよろしゅうござる。国を出てからずいぶん触れても…」

「ばか!」

 ヤスニヒコが慌てて話をさえぎり、トヨの顔色をうかがおうとした。

 しかし、トヨはいなかった。

「おや、トヨ殿は?シン、そなた知らぬか?」

 シンは、苦笑いしながら答えた。

「ご安心ください。もうずいぶん前にふらりと出ていかれました」

「よかった。スクナ、そなた気をつけろよ。トヨ殿の前でそのような話はするな」

 スクナは、からかうように言い返した。

「では、ヤスニヒコ様はいかが?」

「当然。その道では兄上より上だ。兄上は死んだヒナとやらに妙に義理立てしているから」

「ヒナとは誰ぞ?」

 オノホコが口を挟み、タケノヒコは苦笑いした。

 妙な話となったので気分転換にでも、トヨを捜しに行こうと思い立った。


 都中捜したが、トヨはどこにもいなかった。

 ひょっとして田んぼの様子でも見に行ったのかと思い、門番に尋ねたところ、やはり西の方へ行ったという。タケノヒコも都を出て辺りを見回すと、遠くのあぜ道にトヨらしき人影をみつけた。


 辺りは、夕日に包まれ、豊かに実った稲穂が黄金色に輝いていた。

 ときおり風がわたり、ゆさゆさと、その重そうなこうべを揺らしていた。

 タケノヒコはトヨに近寄り、声をかけた。

「捜したぞ。戦が近いゆえ、敵の物見が潜んでいるやもしれぬ。都の外には出ない方がいい」

 トヨはかがんでいて、顔をタケノヒコに向けた。

「タケノヒコ様が守ってくださるのでしょう?」

 タケノヒコは笑ってうなづいた。

「タケノヒコ様」

「何だ」

「この黄金色の景色、美しいとはお思いになりませぬか」

「ああ。美しい」

「私の望みは、こういうことなのです」

「それは?」

「土地神さまがお許しになる限り、原野を農地に変えたいのです」

 先日、船の中で聞いた話とつながる話だろうと思い、タケノヒコは黙って話を聞くことにした。

「ほら、都でも、もうあちこちでご飯をたく煙があがっているでしょう」

「うむ」

「そして、やがてみんながご飯を食べると、喜びの気が満ちるのです。大人も子供も。今日もおなかいっぱい食べられたという感謝とともに。私も本当にうれしくなります」

 このような話、誰も理解してくれないだろうとタケノヒコは思った。人々の気が見えるというトヨならではの話だ。今、トヨはとても優しい顔をしている。黒髪が秋風になびく横顔は、黄金色の夕日にも映え、美しくもあった。

「タケノヒコ様」

 トヨは、タケノヒコを見つめた。

「うむ」

「私は、タケノヒコ様の国へ行っても良いのです」

 いきなりの申し出にタケノヒコは内心戸惑った。初めて会った時から見透かされていた内なる思いではあったが。

「私には分かります。タケノヒコ様がそのようにお父上から命じられていると。でもこれは神の思し召しなのです。それに私もオオババ様にお会いしたい。オオババ様なら、きっと私の全てを分かってくださる・・・」

 話の展開、つじつまがタケノヒコにはよく分からなかった。しかし、トヨには本当に見えていて、トヨの中ではつじつまがあっているのであろうと思った。オオババ様も同じように話が飛躍する。いちいち言葉の端々に振り回されるのは愚かなことだ。それに、父の密命はともかく、トヨが一緒にきてくれるなら、タケノヒコには素直に嬉しかった。

「今、タケノヒコ様の喜びの気が見えました」

 トヨは笑顔でそう言った。

 タケノヒコは照れくさかったが、微笑みながらうなづいた。

 トヨもわずかに顔を紅に染めた。

「でも、約束していただきたいことがございます」

「何だ?」

 トヨは照れたように田んぼを見つめた。

「いつかきっと国中に、立派な田んぼをつくって、このように黄金色に輝かせて、その前で、二人で笑ってくださいね」

 そう言ってトヨが笑った時、大きな風が渡って行って、トヨの髪をなびかせた。

 タケノヒコは微笑みのままトヨを見つめていたが、やがてうなずいた。


第一章 了 



完読御礼!


一人でもお読みくださる方がおられましたら、頑張って連載を続けたいと思います。

どうぞよろしくお願いします。

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