第五章 レオ帝国剣客拾遺譚 8話
ロロンは地面をじっくり見つめる。これから落下する地点をしっかりと見定める。落下地点の周りには丸状の長い植物が何本も生えている。不思議な形の植物で、キャンス王国にはなかったものだ。
草木にぶつかる。目を細め、地面をしっかりと見つめ、身体を半転させ、足を地面に向ける。
「皆さん。耐えてくださいね!」
足だけを龍のように変化させ、少しでも強度をあげる。地面に着地するも、足がそのまま地面をこすり、滑る。なんとか無事着地し、ロロンは安堵の息を漏らす。
「皆さん。もう大丈夫です」
ロロンはそっと抱えている力を緩め、腕を離す。コブラとキヨはそっと着地する。背中に乗っていたアステリオスもそっと降りる。
「翼は大丈夫? ロロンさん!」
「はい、痛みはしますが」
翼を無くしても、ロロンは背中から来る痛みに思わず小さく悲鳴を上げた。
キヨはロロンの衣類を捲って背中を見つめる。突然のことに驚いたロロンは胸部を必死に隠す。
「無理はしないほうがいいわよ。どうやら毒矢ではなかったようだけれど」
キヨはロロンの背中についた小さな傷をそっと撫でる。
「しばらくはここに潜伏か?」
コブラは辺りを見渡す。何メートルも伸びた不思議な筒状の植物が乱立している。あまり視界が良好というわけではない。周りの様子は観察できない。
アステリオスは自分の鞄からごそごそと取り出してその場に座り込んだ。
「何してんだアステリオス」
「いつか作ろうと思っていた物を、今このタイミングで作ろうかと。恐らくこの後必要になってくる」
「アステリオスさん。それは――」
アステリオスが作ろうとしているものをロロンは心当たりがあるようで心配そうに彼に話しかける。
「大丈夫。さっきので確信した。僕ならばこれを使いこなせる」
そこからはアステリオスは何も言わずに作業に入った。コブラは当たりに警戒しながらも、アステリオスの作業を見つめる。そこに見覚えのあるものが見えた。
硬そうな材質のものを削って形を整えている。コブラはそれをじっと凝視した。
「お前、それ、ロロンの鱗か」
「コブラ、よくわかったね」
「はい。この旅に出た後、一応儀式を達成したアステリオスさんに定例通り、私の鱗を渡したのですがアステリオスさんはそれを加工して使いたいと申しまして――」
キヨに応急処置をされているロロンは痛みで冷や汗をかきながらコブラに話しかけた。
アステリオスは立ち上がって、辺りに生えている植物を何度か叩く。
どうやらこの植物を調べているようだった。
「これ……中は空洞だね。面白い作りだ。それに硬い。キヨかコブラ、小刀持っていない?」
「あるけれど」
「これ、斬り落とせないかな?」
「そんなことしたら目立っちまうぞ」
「そうだね……」
アステリオスは頭を悩ませた。コブラは周りを観察する。今のところ人の気配はない。おかしい。あんな上空から撃ち落とされたのだ。落下地点を見られていてもおかしくないはずなのに。あるいは、ここは国の人間でも場所を特定するのがこんなんなほど入り組んだ森なのだろうか。
「よし、アステリオス。折れたその植物が欲しいんだな」
「うん。本当にこの腕ぐらいの大きさでいい」
「だったら俺が探してくる。キヨ。気配とかの察知はお前の方が得意だろう。任せていいか」
コブラの言葉を聞いたキヨが強く頷き。そっと自分の腕輪を撫でた。
「大丈夫。任せて」
「俺も迷わないように、この辺りだけにするつもりだが、任せたぜ」
そういってコブラはその場を離れた。アステリオスは作業に戻り、ロロンは植物にそっともたれ掛かって身体を休ませている。
キヨは弓を手にとって、いつ敵が来てもいいように意識を研ぎ澄ませる。
コブラは度々後ろを確認しながら自分のいる位置を判断する。アステリオスが求めているものを見つけたとしても、元の場所に戻れないのであれば意味はない。
「それにしても、この植物はなんなんだ? オフィックスにも他の国にもなかったな」
それを言えば、この国自体の文化が他の国とは違いすぎている。人間たちの着ている服もまったく違う。武器に使っている剣の形状もそっていてオフィックスの騎士たちが持っていた物とは大きく異なっている。
「おや? こんなところに、異邦人とは、珍しいね」
「っ!?」
コブラは目を見開き、その場から勢いよく飛び跳ねて声の方を睨みつける。男は自分のすぐ横まで近づいていた。だというのにコブラはその気配を一切感じなかった。その事実にコブラは気が動転した。
目の前の男は腰に二本の刀を携えている。そこからコブラは彼を敵として認識し、懐刀を構える。
「おいおい、こんなおっさんに刃を向けるもんじゃあないよ」
男はヘラヘラと笑っているが、整えられた身なりに、二本の刀。そして只ならぬ気配に、コブラはこの男が国側からの刺客であると悟るのは必然であった。
コブラが取った選択は、速攻による攻撃であった。
コブラは地面を蹴り、懐刀を男の肩をしっかりと狙う。
「いやぁ、物騒だなぁ」
男はニヤリと笑いながらコブラの攻撃を躱し、コブラの肩と腕を掴んで投げ飛ばした。
コブラは男の強さにさらに目を丸くした。
「落ち着きなよ少年。私はたまたま通り過ぎた小市民だよ」
男はコブラの腕を引っ張りコブラを立ち上がらせる。コブラを掴んでいる腕からコブラは敵意を感じなかった。コブラはどちらにしても目の前の男には敵わないと察したので、対応を変える。
「悪い。旅の者なんだが、どうも警戒してしまってね」
「いいってことさ。どうだい? このレオ帝国は?」
「……あまりいい国とはいえねぇな」
「そうかい。そうかい」
男はコブラが言った言葉にもにこやかに返事をした。
「んで? その旅の者はどうしてこんな竹林にいるんだい?」
「竹林?」
「あぁー。ここのことだよ」
男は少し戸惑ったように頬を掻いてコブラの様子を観察する。
「もしかして、竹は、他の国にはないのかい?」
「竹? この周りに生えてるこれか?」
「そうそう」
気の抜けた笑みを浮かべる男をコブラはじっと睨みつける。どこかで見たことがあるような気もするのだが、思い出せない。
「あぁ、この……竹ってやつがちょっと欲しくってな。へし折るのもどうかと思って、折れているものがあるかなぁっと探していたんだ」
「そういうことだったら」
男は腰に携えた二本の刀を抜き、一本の竹を勢いよく切り裂いた。
コブラはこの男には何度も驚かされる。竹の一本は勢いよく倒れていく。派手な男が響いて目を丸くした。
「ちょ、ちょっと! 切り倒すなよ」
「どうしてだい?」
「あまり目立つのも困るんだよ」
「あぁー、そうなのかい。悪い」
飄々とした男は倒した竹をコブラの足元までうんしょっと引っ張っている。
「それで? 丸々一本必要なわけじゃあないんだろう?」
きょとんとした首を傾げる男の雰囲気にコブラは終始引っ張られてしまった。
「あ、えっと、腕ぐらいの長さが欲しい」
「そうか」
そういうと男はさらに竹をコブラが要望した長さだけ切り落として、コブラに投げた。
コブラは慌ててそれを受け止める。
「ほら、受け取れ、ここの竹は誰かの所有物とかじゃねぇんだし、切り落としすぎたりしない限りはいいだろ」
コブラはいまだに自分の立ち位置がふわふわしていてどうすれば良いか戸惑った。コブラは自分がこのような状態になることに慣れておらぬが故に戸惑う。男はそんなコブラの前に立ちあがってなぜかコブラの頭をガシガシと掴む。
「ちょ! な、何しやがる」
「いやぁ、なんか人を頼ってこなかった奴の雰囲気がしたんでな。思わず」
ケラケラと笑う男にわしわしとされてコブラはさらに調子が狂う。
「お前一人じゃねぇだろ。数百メートル先に人の気配がある。三人。んで、お前さんが渡っていた方角から、あんたの仲間であると読み取れる。
「あんた……そんな遠くの人の気配が分かっているんのか?」
「まぁ、この竹林みたいに人が少ない場所だったらだがなぁ」
そういって男はわしわしと掴んでいた手を離して、コブラを見下ろす。
「あんただけ単独行動している。そして佇んでいる三人が動かないところを見ると、訳ありだな。誰かが怪我して動けないか、何かから身を潜めているか。どっちにしても、寝床が欲しいんじゃねぇか?」
ニタリと笑う男にコブラは警戒心を強める。
「よかったらうちにきな。隠居爺の小さな家だが、この竹林で身を潜めるよりはマシだろう」
コブラは彼を信じていいものか悩んだが、その提案は魅惑的で拭いきれぬ不安を抱えたままコクリと頷いた。
「よし、じゃあ。その竹持って、三人の元へ向かおう。俺の名はムサシって言う。よろしくな坊主」
そういってムサシはコブラの背中をバシっと叩いて三人がいる方角へ歩いていく。コブラはいまだに彼の雰囲気を掴み切れず戸惑いながらも彼の背を追っていく。
ただ者ではない。今まで出会った誰よりも強者のすごみを感じると言うのに、その威圧感はまったくない。手を伸ばしても掴めぬまるで雲や空のような、不思議な男であった。