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第五章 レオ帝国剣客拾遺譚 7話

 その日、タケルとヤマトは城を抜け出した。子ども心に少しはしゃいでしまったのも事実だ。フードを被り、顏を隠して、兄の目を盗み、夜のレオ帝国を走った。

「タケル! 本当に大丈夫!?」

「大丈夫さ! いい抜け道をしっている!」

 タケルがヤマトの前をひた走る。夜のレオ帝国は静かだ。振っている雨の音だけが響く。

 彼らが走ると、湿った地面から泥が跳ねて二人の脚に付着する。

 タケルは全ての町の者が眠る深夜に、雨の降る日ならば、抜け出すことが出来ると判断したのか。さらに門を潜らずにこの国から出る方法も把握済みという。

 ヤマトは心が躍った。タケルと共にこの国を出て旅に出るのだ。

「でも! ミコトは良かったの!?」

「しゃあないだろう! ミコトの場所わからないし! あいつ元々そんなに乗り気じゃなかったじゃん!」

 タケルはそう言いながらも走り続ける。確かにミコトは僕らが冒険に憧れる話をしても、聞き入れてくれるだけで、自分から旅に出たいとは一言も言っていなかった。

 けれど、それでもヤマトには罪悪感を拭えなかった。

 ミコトは少し素直じゃないところがあるように見えたのだ。意地っぱりで、ヤマトとタケルを小馬鹿にして姉貴肌を出しているが、彼女もタケルやヤマト同様に外の世界を夢見る少女だとヤマトは勝手に推測していた。

 そうでなければ、毎日のようにタケルの国内冒険に付き合わないだろうと。

 故に、ヤマトはミコトに対して罪悪感を抱く。

「いいのかなぁ」

「いいのいいの!」

 タケルは意気揚々と走る。ヤマトは多少不安がりながらもタケルについてゆく。

 雨で身体が濡れることも気にならないほど、二人の身体は高揚としていた。

「ひゃっ!?」

 ビガン! と雷が鳴った。タケルは驚いて思わず躓いてしまう。ヤマトは慌ててタケルに駆け寄る。

「大丈夫!?」

「う、うん。凄い雷様だったね」

 ヤマトはタケルに手を差し伸べる。タケルは手で頬を軽くこすり、ヤマトの手を取る。

「今ので、大人たち起きないといいけど……」

「急ごう!」

 タケルの頬には先ほどこすりつけた泥がついている。

 そんなことも気にせずにタケルは走る。ヤマトもそれを追う。

 雨がさらに激しくなる。雨で視界が悪くなるしっかりと目で追わないと、見失ってしまいそうだ。

「ヤマト! もうすぐだよ!」

 タケルが嬉々として叫ぶ。ヤマトも興奮して口角が上がる。

「ついた!」

 タケルが見つけたと言う場所は門からかなり離れた壁であった。タケルは壁沿いにしゃがみこんで、手で地面を掘る。ヤマトはその様子を後ろで覗きこむ。

 すると、ちょうど子どもが入れそうな小さな穴がある。

「これ、城の外に繋がっているんだ! これで外に出よう!」

 タケルはにこやかな顔は雨でびしょぬれになっていた。それもヤマトも同じであった。

 雨なんか気にならないほどに二人は夢中になっていた。

 ここまでであればとても良い思い出になったのだろう。

 これ以上は考えたくない。思い出したくない。鮮明に見たくないのだ。

 そしてヤマトの意識は暗転する。



 ヤマトは目を開く。目の前には初めて顏を合わせる少女がいたが、ヤマトにはそれが誰なのか、理解した。

「……ミコトか?」

「えぇ、久しぶりね。ヤマト」

 小さい頃のミコトの面影はそのままに、落ち着いた雰囲気の良い美人に育っていた。

 けれど、その瞳はヤマトに慈愛を向けてはいない。ヤマトは彼女もまた兄と同じ立場の人間であると、ヤマトも一瞬揺らいだ警戒心を一気に強め、彼女を睨みつける。

「ヤマト、貴方に残念なお知らせよ」

「なんだ?」

「先ほど、王が話したと思うけれど、貴方の仲間を名乗った者たちは空に飛んで逃亡。それを私が撃墜しました」

「…………っ!?」

 ヤマトは目を見開いて彼女を睨みつける。その様子もミコトは狼狽えることなくじっと彼を見つめる。

「空を逃亡したと仰いましたか?」

「えぇ。突然翼を生やした女性が全員を抱えて逃亡しました」

 ヤマトの知り合いであるキヨに翼を生やすような能力はあるはずがない。自分がいない間にコブラたちは新たな仲間を見つけたと言うことだろうか。とヤマトは安堵した。

「ミコト。君は今何をしている。そしてなぜ私の前に現れる」

「…………」

 ミコトの威圧感が上がったことをヤマトは実感した。彼女の目が鋭くなる。

「私は、現在。国王補佐を行っております。ホムラ様に付き従い、敵を殲滅し、巫女の力を以って彼を占い、導くことも行っておりますよ。貴方が逃げた仕事です」

 ヤマトは思わず身体中から力が抜ける。絶望したのだ。自分が国を逃亡したことによって、自分が本来なさねばならぬ責任をミコトが代わりに受け持ったということになる。

「す、済まない」

 ヤマトは自身の力が抜けてゆき、肩を竦めてゆく。

「貴方は、なぜこの国を去ったのですか」

 ミコトは淡々とした口調でヤマトに問いかける。

「タケルに誘われたんだ。ミコトも誘いたかったけれど、君はその時、ツクヨミ家の中にいた。タケルも君がどこにいるかわからないと言っていた」

「そう。貴方たち二人は仲が良かったものね」

 ヤマトは震えながら答えたのに対してミコトは感情を見せぬように淡々と話す。その様子にヤマトは戸惑った。ミコトは確かに大人びた少女ではあった。しかし、ここまで冷静に冷ややかな目で昔の友を見下ろすような者ではなかったはずだと目を疑った。

「貴方は明日。城下にてホムラ様から直々に首切りをされます」

「そうか……」

「貴方のお仲間は現在、ハヤテが追っています。彼ならば確実に彼らを捕らえるでしょう。貴方が助かる可能性は一割あれば上出来と言ったところでしょうか」

 ミコトはそういうと矢を一本ヤマトの牢の中へ放りこんだ。

「みっともない最後でしょうが、この矢で首か、心臓を自ら突くのが良いかと思われます。いくらホムラ様といえど、実の弟を手にかけることを行うのは酷だと思いますので」

 ミコトはそう言ってヤマトに背を向けた。ヤマトはミコトの行動の意図を読み取ろうとした。ヤマトはじっと放り投げられた矢を見つめた後、ミコトの背を見つめる。

「ミコト殿」

 ヤマトの言葉に足を止め、こちらに振り返るミコト。

「兄に、実の弟を殺すのが酷だというならば、今ここで貴方が私の心臓を貫けば良いのでは?」

 ヤマトがこの質問をした理由はたった一つであった。ヤマトは現在両手を手錠で縛られている。故に放り投げられた矢を使って自害するなど不可能に近いのだ。それこそ、可能性は一割にも満たない。

「私に、昔馴染みを殺せと言うのですか? なるほど、私にも貴方と同じ業を背負わせたいのですね。タケルをその手で殺めたように」

「それは誤解だ」

「どちらでも良いですよ。タケルは死んだのですから」

 ミコトは冷たい目をしてヤマトを見つめる。ヤマトは彼女の言葉に思わず口元が震え、次の言葉が思いつかず、意識したくなかった事実をミコトに突き付けられて、俯いてしまう。

「ヤマト」

 ミコトが小さな声で彼を呼んだ。先ほどとは少しだけ声色が変わっていて、驚いたヤマトは顔を上げて彼女の表情を見つめた。彼女は悲しそうな表情をしていたが、その目はじっと何かを見据えているように強かであった。

「私は今でも許していないから、私を誘ってくれなかったこと」

 変わった声色で言っている彼女の言葉から、ここだけが彼女の本音であることがわかる。ヤマトは状況を察して思わず心に光が宿る。

「あぁ。誠に申し訳なかった。今ここで、改めて謝罪したい」

 ヤマトは姿勢を直し、今の状況で出来る最大限の敬意を表してミコトに頭を下げた。

「明日、貴方はホムラ様に殺されます。そしてまた、貴方とタケルだけで行ってしまうのですね」

 ミコトはその言葉だけを言って、今度こそ地下牢屋を去っていった。

 ヤマトは足で必死にミコトが放り投げた矢を自分の元まで引っ張りよせる。

 両足で器用に矢を立てて、彼はじっとその矢を見つめた。その後、大きく溜息を吐く。

「一割あれば上出来……か。ふっ。信じるには十分な確率だな」

 ヤマトは矢を倒し、自身も横たわる。

 きっとまたコブラたちが助けに来るときに大きな音がするだろう。それを目覚まし代わりにすれば良い。彼らが助けに来た時に、全力を出せるように、今はじっと体力を温存させよう。そう近い、ヤマトは目を閉じた。



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