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第五章 レオ帝国剣客拾遺譚 6話


 王の補佐と言う仕事は言うなれば予備の王にして王に一番付き従う奴隷である。兄も幼い頃から父、ムサシ=ヘラクロスの元で王族補佐をしていたそうだ。だが、兄は有能であったが故に王族補佐を始めた七歳の頃から既にムサシ=ヘラクロスに王の責務を任されていた。

 そんな王の補佐に選ばれたヤマトは、優秀な兄が死ぬまでは永遠に兄、ホムラ=オフィックスの奴隷である。国を出ることも叶わず、会いたい者に会うことも叶わぬ。

 毎日、兄と稽古をし、兄の書類を纏め、彼の仕事をずっと見つめているのみ。全てが彼の行動によって自分の行動が決まる。

 別に積極性のある子ではなかった。幼少期にも、いつもタケルについて回って遊んでいたのだ。きっと兄はそんなヤマトの従属センスを見抜いてのことであったのだろう。

 だが、別の者の行動に従うことで見つかることがある。ヤマトにとって、誰かに従うのであれば、それはタケル以外にありえなかったのだ。

 兄は優秀すぎた。故に、ヤマトは王の補佐をする頃にはもはや逆らおうと思うような敵もおらず、穏やかな日々となっていた。彼の元にいても、事件は起きない。

「ふんっ! ふんっ!」

 ようやく出来た短い自由時間も鍛錬に使う。素振りを繰り返す。ホムラと自分が使う道場の中は静かで、落ち着ける場所として、ヤマトは気に入っていた。

「ヤマト! ヤマト!」

 王の補佐をして既に半年以上経った頃、道場で素振りをしていると、道場の外から聞き慣れた声がした。ヤマトはその声を聞いてすぐに振り返った。

 道場の窓から、見覚えのある顏の少年が覗いている。

「ヤマト!」

「タケル!」

 ヤマトはすぐに周りを確認した。兄の姿はない。ヤマトはすぐにタケルが覗き込んでいる方へ近づく。

「久しぶりだな! ヤマト!」

「うん! いいの? ここにいても」

「あぁ、俺はお前たちと違って割と自由だからな」

「み、ミコトには会った?」

 ヤマトは小さな声でタケルに問いかけた。タケルも状況を理解して声の音量を落とす。

「ううん。流石はツクヨミ家だね。ある場所も国の山の方だし、ミコトがどのあたりにいるかもわからないからさぁ」

「そう……」

 ヤマトは落胆する。ここ半年はミコトに会っていない。彼女もまたヤマトと同じように忙しい日々を送っているのだろうと思うと、心配になる。

「でさ、本当はミコトも誘いたかったんだけど、良い話があるんだ!」

 タケルがそういってヤマトに耳元をこちらに向けるように指示する。ヤマトはその後耳をタケルの口元に頑張って寄せる。タケルは小さな声で呟いた。

 大きな地鳴りと共に目を覚ます。上で何かあったのだろうか。

「もしかして……コブラたちか?」

 そのことを考えると、身震いして牢を蹴る。もし、コブラたちが来たのであれば、今の地鳴りはきっとコブラが何かをやらかした証拠だろうと判断する。ならば、もうコブラは兄、ホムラと敵対関係になってしまったのであろう。

 階段を下りる足音がする。重々しくゆっくりと響く。

「ヤマト」

 牢の前に、ホムラ=オフィックスがやってくる。


「なんですか? 王」

 牢の中のヤマトをホムラは見下していた。とても血の繋がった者にする目ではなかった。

「ヤマトよ。今、お前の仲間と名乗る者がやってきた。彼らは俺がお前を処罰と言ったら、儀式の内容を、俺を何度も殴り倒すと言っていたよ」

 ヤマトはその言葉だけで言い放ったのはコブラだと察して思わず失笑しそうになる。

「やはり、私を処罰するのですね。死刑でしょうか?」

「あぁ。切腹でも良いが、貴様にそのような度胸もないであろう。友を見殺しにしてでも生きながらえようとした貴様にはな」

 ヤマトは兄へ威嚇するように檻を強く蹴る。その様子にもホムラは驚く様子がない。

「よって、貴様を見世物として殺すことにした。俺への反乱分子を完全に消滅させる。未来永劫俺に逆らう者が現れぬように」

 そんなことをしなくても、もはや兄に逆らおうとするものは存在しないだろうに。とヤマトは嘲笑った。兄は徹底している。己の国を、己を守るためには全ての力を注ぐ。

 この獅子城も、己の強き肉体も、国政も、兄は完璧だ。兄に感謝している者がほとんどであろう。良き行いで得た信頼だけではなく、恐怖心による威圧も兄は欲した。

 その贄となるには、王の血を引きながらもこの国を出ようとした己こそふさわしいのだろうとヤマトは自分の境遇に哀しい笑みがこぼれる。

「明日。お前を処刑する。国を脱走した我が弟ヤマト=ヘラクロスは王に託された使命を全うせずに国外逃亡した重罪人としてレオ帝国の歴史に刻まれるだろう」

 ホムラはそう伝えると踵を返して去ろうとする。

「ホムラ兄さん」

 ヤマトの小さな声にホムラは振り返る。

「私が全て悪であることは認めましょう。ですが、貴方は自分と血の繋がった家族を殺すことに、何の躊躇も揺らぎもないのですか」

「……あぁ。それがこの国のために必要なことならばな」

「……やはり私はあなたが嫌いだ」

「そうか。これから殺す相手に好かれても気分が悪いだけだ。それで良い」

 そう言ってホムラは階段を上がっていった。

 ヤマトは強がっていた意識がほつれ、身体を横にする。動けぬ身体では、せめて気持ちだけでも強きでなければならぬと下唇を強くかみしめる。

 コブラたちならばやってくれる。自分を助けてくれる。否、自分も彼らを助けなければならない。今はじっとこらえる。彼らの無事を祈って、じっとこらえる。



 二人を抱えて、さらにアステリオスを乗せて羽ばたくのは慣れぬ故に安定しない。

 それでも飛ばなければならない。どこへ向かってよいかはわからぬ。それでもこの三人を、ヤマトに会わせなければならない。ロロンがこの国にやってきて、そしてヤマトがこの国にいると知ってすぐに感じた使命であった。

「大丈夫? ロロンさん」

「えぇ! 少しくすぐったいですが……」

「ごめん」

「皆さんも振り落とされないようにご注意を――」

「ロロンさん! 後ろ!」

 ロロンに抱えられているキヨが叫ぶ。ロロンは咄嗟に振り返り、目を見開く。

 遠くの方から一閃――。矢が飛んできているのを確認した。ロロンは咄嗟に軌道を変えるために身体を反らすも、矢は彼女の翼を貫通する。

「――っ!?」

 ロロンは痛みを耐えるためにじっと下唇を噛みしめる。しかし、翼が傷ついた彼女にバランス良く飛ぶことは出来ず、コブラとキヨを抱きとめる力をぐっと強める。

「アステリオス! すみませんがしっかり捕まって!」

「うん!」

 ロロンは絶対に皆を離さぬように抱きしめる。

 翼が安定しないロロンは身体を回転させながら落下していく。

「足で着地させるので、私にしっかりと捕まってください!」

 ロロンはしっかりと落下していくポイントをしっかりと見つめる。ロロンはこの三人を守ることを強く意識する。

 大丈夫。自分は守護竜として国を守っていたんだ。この三人だって、守ってみせる――。

 そしてロロンは三人を抱えて地面に落下してゆく。




 ハヤテは空を飛んでゆくロロンを呆然と見つめていた。その隣にはシュンスイもいる。

 そして二人の間を一人の少女が走り抜け、跳躍した。

「ミコトさん!」

 ミコトはハヤテすらも飛び越えられないと言う橋をなんなく飛び越え、着地、その後一気に駆けていった。その手には弓を持ち、腰には矢が数本入った筒を携えている。

「はぁ。流石はミコトさんだ」

「ハヤテよりも速いんだったか?」

「はい。正直、隠密部隊は拙者よりもミコトさんの方が向いていますよ。ただ、彼女は王の元で仕事している方がさらに向いている」

「とにかく、橋を架けて俺達も追うかい?」

「いえ、追うのは拙者が、兄さんは寺へお戻りください」

「あいよ」

 シュンスイとハヤテはそう言って橋を架けるために一度城の中へ戻る。

 ハヤテの言葉をミコトは聞いていない。ミコトはさらに地面を駆け、その目は空飛ぶロロンをじっと見つめている。一瞬後ろを確認する。城の前にいたハヤテとシュンスイはもう城内に戻ったようだ。

 ミコトはかろやかな足取りで屋根を駆け上がる。住民たちも一瞬驚いて悲鳴を上げるが、相手がミコトであるとわかると安堵の声を漏らす。

 屋根に登った彼女は足を止め、弓を番える。

 じっと。ロロンの方を見つめ、弓を引いて、狙いをつける。

 彼女は表情一つ変えずに、矢を放つ。矢はまっすぐ飛び、身体を反らせようとしたロロンの羽を貫く。

 ミコトは舌打ちをする。彼女は落ちてゆくロロンの方角をしっかりと確認する。あのあたりは山岳地帯である。ツクヨミ家の屋敷や、寺のある西の方角である。

 ミコトは一度頷くと、弓を下げて立ち上がる。

 登っていた屋根を下りた当たりでハヤテがこちらに向かって走ってくる。

「ミコトさん。奴らは?」

 ハヤテの後ろにも部下が五人ほどついている。ミコトはじっと彼の目を見つめた。

「ミコトさん?」

「彼らなら私が矢で撃ち落としました。今東の方角へ落下していきましたよ」

「わかりました! 行くぞ!」

「はっ!」

「ミコトさんは?」

「私も仕事を終えたので、王の元へ、貴方と入れ違いで再び彼らが王を襲ってくる可能性もあるので」

 ハヤテはミコトの言葉を聞いて頷くと、そのままミコトの言う通り東の方角へ向かって部下共々走り去っていった。

 三人の中で一番足の速かった自分が、どうしてこんなところで立ち止まっているのだろうと、ふとタケルとヤマトとの日々を思い出して胸が苦しくなる。

 王の補佐。それは王を守り、次期王として己を鍛えるための役職である。だが、ホムラ=オフィックスの元では意味が変わる。

 何者も逆らえぬ最強の王の元での王の補佐とは、ただただ彼の横に付き従い、露払いをするだけの王の奴隷である――。




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