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第五章 レオ帝国剣客拾遺譚 5話

「ヤマト……国王補佐って本当?」

「どうして……僕なの」

 幼い日。通告書が届いた日のことであった。

 それぞれが自分の将来を記された通告書に目を通した。ヤマト・タケル・ミコトの三人の中で一番驚いたのはヤマトであった。

「王の補佐なら、シュンスイ兄さんがいるのに……。どうして僕なの」

 王の補佐はしばらくいなかった役職である。その名の通り、王を補佐する者であるが、実質第二の王として王一人では抱えきれぬものの運営をすることである。

 偉大なものであったが、この職に就くということは――。

「じゃあ、ヤマトはどう足掻いてもこの国から出ることは出来ないってこと?」

 タケルは声を震わせながらヤマトに問いかけた。普通の騎士団や町の住人としての任務ならば仕事で国外に出ることもある。そうでなくとも国に申請すれば外に出ることも代理を立てることで可能だ。

 しかし、ヤマトが行う国王補佐は常に国にいて帝や王を守り、支えなければならない。そこに国外に出る可能性は万に一つもない。

「あのね、タケル。言いにくいんだけど……」

 ミコトがタケルの肩に優しく触れた。その手は震えていた。

「私も、巫女になることが決まったわ」

「そんな! ミコトのお姉さんがやればいいじゃないか!」

「お姉ちゃんが……病気になったのよ。まだ職務を全うできるけれど、いつまで持つかわからない。だから、私が後を継ぐことになったの。これからは鍛錬などで遊べる日が少なくなってしまうかも……」

「僕もこれから仕事を覚えるために兄、いや……王の元に付きっ切りになってしまう」

 ヤマトは絶望していた。兄は今まで補佐など必要としない人であった。だと言うのになぜ自分の将来が決まることタイミングで新たな補佐を作る必要はどこにもないじゃないか。

 タケルは父の職場であった食処を継ぐように書かれていた。この職であれば、父が健在で或る限り、食材調達を理由に国外に出ることは不可能ではない。なのだが――。

「二人と旅に出ることが出来ないなら意味はないね。二人とも僕の料理食べにきてね」

「うん。頑張ってこれるようにするよ」

「私も」

 三人のこの会話には全員の共通認識として『まもなく自分たちは一緒にいることができなくなる』と全員がわかっていた。

 ヤマトは王の補佐として常に王のそばにいる。到底一般庶民の食事処に脚を運ぶことはない。

 ミコトは巫女の仕事のため、恐らく自身の領土から出ることは今後ないだろう。

 そしてタケルも、そんな貴族二人の元へ遊びに行けるような身分の者ではない。

 少年少女時代を終えれば彼らはバラバラになってしまうことがわかり、皆が悲しい顔を浮かべた。

 特にヤマトは絶望した。彼はタケルとミコトとの旅を誰よりも祈っていた。

 性格故にそれを表に出すことはあまりなかったが、ヤマトの好奇心は国の外に向いていた。王族として城の中でしか過ごしていなかったヤマトを当時まだ4歳かそこいらだったタケルが連れ出して城下町を赴いてからと言うもの、外には希望が満ちているとヤマトは信じてやまなかったのだ。

「……」

 そんな彼をタケルがじっと見つめる。

 その後も3人は今までの日々を噛みしめるように日が沈むまで遊び倒した。いつもは見ているだけだったミコトも乗り気で彼らのはしゃぐ様子に混ざり、タケルもヤマトも、いつも以上に興奮して、町中を駆け回った。

「じゃあ、また今度な!」

「えぇ」

「うん」

 タケルが元気に分かれの挨拶をする。ヤマトもミコトも、それに答えるように挨拶をしてそれぞれの帰路へ向かった。

 そこから数十日もの間。3人は一緒に遊ぶことはなかった――。




 ヤマトは目を覚ます。また過去の夢だ。ここにいると思い出したくないことを無理やりこじ開けられるように思い出すから嫌気がさす。

「よう。起きたかい。ヤマト」

 目を覚まして最初に映ったのは長身に長い髪を紐で結われ、少し大人びた男の姿であった。

「シュンスイ兄さん。なぜここに」

「兄貴に呼ばれたのさ。久々の城だからな。色々見てまわろうかと思ってよ。そしたら牢に遥か昔にこの国を去った愛しい弟がいるって知って飛んできたんだよぉ」

 ヤマトの兄、シュンスイは地べたにどっしりと座っている。彼の横にはとても長い刀が置かれている。

 シュンスイは昔と変わらず飄々とした態度でヤマトに話しかけている。

「今はどのように?」

「俺は寺に入ったんだよ」

 寺とは、この国の死者を祀る建物である。僧侶と呼ばれる者たちがそこで鍛錬をしながら死者を弔い、巫女や帝が神事を行う際にも利用される場とされている。

 そして何よりも、その建物には、あのヘラクロスも祀られている。

「そこで日夜修行して働いているよ。あそこはご先祖様たちの魂も眠っている。それにあのクサナギの剣を始めとした神器たちも奉納されているからなしっかりと守んねえと――」

 そのような貴重な場所にシュンスイがいることにヤマトは納得した。シュンスイは兄弟の中で特にこと戦闘に置いては群を抜いており、あのホムラすらも凌駕していたことをヤマトは鮮明に覚えていた。国の重要文化財や墓を守るのにこれほど適任の男はいない。

 我ら兄弟の中で一番強かったということはこの国で一番強いと言っても過言はないのだから。

「さて、お前は10数年以上前の罪で囚われているわけだが、どうなるんだ?」

「全ては王の判断次第です」

 他人行儀に話すヤマトにシュンスイは少し落胆したような溜息を吐く。

 幼き日におどおどとしていた弟は、国を出て、心根の部分が芯の通った強い男になったのだと、彼の目からシュンスイは推測した。しかし、その言葉からはその意思を折られたかのように弱弱しい声に兄としての悲しみを感じたのだ。

「ヤマトよ。お前は好きなことをした。俺も好きなことをしている。その結末はどうなっても仕方ないさ。お前が死んだら俺の寺でしっかりと弔ってやるからな」

「兄さん。申し訳ありませんが、私が死ねば魂はオフィックス王国に行くでしょう」

「そうか。ならお前を弔ってやることもできないのか」

 そういうとシュンスイは立ち上がった。

「じゃ、そろそろ行くわ。兄貴に怒られちまう」

「待ってください。シュンスイ兄さん」

 己に背を向けて去ってゆくシュンスイにヤマトは吠えた。シュンスイは歩みを止める。

「なんだ?」

「寺にいた兄さんが呼び出されるとは、どういった要件なのでしょうか?」

「…………」

 ヤマトの質問にシュンスイは答えようかしばらく悩んだ。

「星巡りの儀式だかなんだかで、客人が来るそうだ。俺は寺の僧の代表としてその場に出席する。それだけだよ。じゃあな弟よ」

 ヤマトはシュンスイの言葉を聞いて目を丸くするほどに驚いた。

 シュンスイが去った後、ヤマトは今すぐこの手についた鎖がちぎれないものかと必死にもがいた。しかし、それでもこの鎖は取れるはずもない。

 ここからでも叫んでやりたい。彼らがこの国に来ているのであれば、叫んで忠告しなければならない。

 兄に逆らってはいけない『ホムラ=ヘラクロス』を敵に回してはいけない。

 しかし、叫べば兵たちがやってきてしまう。星巡りの儀式の内容はヤマトにも想像が出来ない。コブラたちが心配でならないのに何もできない自分に歯がゆさを感じて下唇が切れるほど強くかみしめる。

 どうすることもできない感情を発散させるようにヤマトはギリギリ届く牢の柱を脚で思いっきり蹴った。



 コブラたち四人はハヤテに連れられて城下にやってきていた。途中何度も興味本位で足を止めるアステリオスとキヨをロロンと共に引っ張っていったせいで思った以上に時間がかかり、案内役のハヤテも思わず苦笑いをしてしまった。

「さて、こちらがレオ帝国の王が住まう城。獅子城でござる」

 ハヤテがコブラたち四人に城を見るように促す。コブラは間近で見る城に対してまた眉を歪めた。この城の門の前に橋が架かっており、その間には深い水路になっている。それにこの橋、今は架けられているが、おそらく普段は城側に収納されるような作りになっている。

「侵入しづれえ」

「コブラ、仮にも国の騎士団の前でそういう物騒なこと言わないでよ!」

 思わず漏れた声にキヨが横っ腹を小突く。その様子にハヤテがケラケラと笑う。

「いえいえ、コブラ殿の言葉は王にとってはこれ以上ない褒め言葉であります」

「この城は、王が建てたのですか?」

 ロロンが首を傾げて答える。

「えぇ。我が国の王は継承してすぐにやる仕事が己や帝を守る城の建設なのです」

 ハヤテはその言葉と共に城に架かっている橋を渡る。四人もそれに続く。

 ハヤテは扉を開く。コブラたちは少し圧倒され、生唾を飲む。

「では、どうぞ」

 ハヤテが全員を城に入れた瞬間であった。人の気配がした。

「よくぞ参った。星巡りの使者よ」

 コブラたちは驚いた。こんな扉に入ってすぐの部屋にまさか王がいるとは微塵も思っていなかったからだ。

 その男は足を折り重ね、とても整った座り方をしている。見たことのない座り方だ。

 しかし、それでも目の前の男こそがこの国の王であることがわかるほどの圧力をコブラたち四人は感じ取った。ハヤテはすぐに膝をついた。

「王よ。なぜこのような場におられるのですか」

「何。こちらが呼んでいるのだ。こちらもなるべく客人に楽をさせなければな。この城の上階に向かうにはちと階段がつらいであろう」

 王がゆっくりとした所作で立ち上がり、こちらに近づき、一番前に立っていたコブラをこのチームのリーダーと判断し、コブラに握手を求める。

「このレオ帝国で王をしている。ホムラ=ヘラクロスという者だ」

 コブラは今までこのような挨拶を受けたことがなかったので戸惑ってすぐに手を握り返すことはできなかったが、拙い動きでホムラの手を握り返す。

「俺の名はコブラだ。なぁ、聞いていいか」

「ちょっとコブラ。王に対して失礼よ!」

「いえ、かまいません。赤髪の君。して、質問は何かな」

「あんた、今ヘラクロスっつったなどういうことだ?」

「それは、我々王族が、あのヘラクロスの末裔であるからです」

 その言葉に納得したように驚いたのはロロンであった。

「確かに、似ています」

 ロロンは声が漏れた後、まずい。と言った具合に手で口を隠した。自分のことを知らぬ者の前で長寿の存在であることがバレてはいけないと悟ったのだ。

 キヨは別の意味で、ホムラをじっと見つめていた。似ているのだ。どう見てもヤマトとソックリである。ヤマトがもう少し歳を取り、目つきを悪くすれば、きっと彼のような姿になるであろう。

「ヘラクロスの末裔とはすげえ。俺、ヘラクロスの冒険が大好きでな。その血を継いだ奴と会えたのは嬉しい」

 コブラはにっかりと笑った。握手を終えるとホムラはこちらに背を向けて歩き出す。

「客間にご案内いたしましょう」

 ホムラの言葉に従って、コブラたちはさらに城の奥へ進む。似たような光景が続くので、コブラはなおさらこの城は現在地を把握しづらくこれまた厄介な作りになっている。

「では、こちらです」

 ホムラが扉を開くと、そこには不思議な床、そこに置かれた不思議な四角い何か。そして知らない者が二人、先んじて座っていた。二人を見るに、この四角いものの上に直接座るものなのだとコブラたちは理解した。これがレオ帝国の椅子なのだろう。

 事前にコブラたちの情報を得ているからか。その四角い平らな椅子の数はこの場にいる全員の数と一致していた。

 ハヤテとホムラは部屋の奥側に向かい、空いた椅子に座る。全員が足を折りたたんだ不思議な座り方をしている。コブラたちもそれに習おうとしたが、違和感が残って落ち着かない。

「普通に胡坐を掻いてもらってかまいませんよ」

「悪い」

 コブラは謝罪をしてその四角い椅子の上で足を雑に曲げた。この四角い椅子。座ってみるとすこしふわふわした座り心地で木で出来た椅子よりも座り心地はよかった。

 皆が座った後、改めてレオ帝国側に座っている四人を観察する。

 先んじてこの部屋にいた男もまた、ヤマトに似ているような気がしてならなかった。清は彼をじっと見つめてしまう。

「紹介しよう。この国にて僧をやっているシュンスイと言うものだ」

「俺達の国で言う神官とかみたいなものか?」

「んー、どっちかって言うと祭司様のようなものに近いよ」

「クミルさんが行っていたものだ」

「ってことはあんたが星巡りの――」

「まっ、そういうこったな」

 シュンスイは屈託なく答える。この厳かな空気の中でも飄々としているのは彼の個性なのだろうか。とコブラを除く三人は感じていた。この状況下で恐らく肩の力が抜けているのはシュンスイのみで緊張していないのはコブラと彼のみであろう。

「シュンスイ。少しは慎みを持て。なんのために寺に入れたと思っている」

「へいへい」

 ホムラがシュンスイを叱責すると、シュンスイはそれでもニヤニヤと笑みを浮かべながらも、それ以上言葉を続けることはなかった。

「そして彼女が私の補佐兼豊作を願う巫女を行ってもらっている。ミコト=ツクヨミと言う者だ」

 ホムラに紹介されたミコトと言う女性は言葉を発することなく頭を深々と下げるのみであった。

「そして拙者がこの国の軍事を取り仕切っているハヤテと言うものでござる。と言うのは先ほども話したでござるな」

 ハヤテは会話に割って入ってケラケラと笑う。

「では、改めてそちらも名乗ってもらおうか」

「あぁ。さっきも言ったが、この星巡りの儀式を行っているコブラだ」

 コブラはその後、次はお前だと言わんばかりにキヨの方を目配せする。キヨはすぐに理解して慌ててミコトがやったように頭を下げながら言葉を放つ。

「旅の同行者キヨと申します」

「珍しい赤髪であるな」

 ホムラはキヨの赤い髪に注目する。

「はい。申し遅れました。私キヨ=オフィックス。オフィックス家の一人娘でございます」

「ほぉ、そうであったか。幼き日に父と対面していた君の父、ヤクモ=オフィックス殿を拝見したことがある。なるほど、赤い髪はオフィックスの王族の証明なのか」

 ホムラは一人納得したように何度も頷く。

 しかし、その後に何か疑問に思ったのか、シュンスイが首を傾げる。

「ん? だが、それだったらそこのお姫様が王位を継承する儀式になんじゃねえのか?」

「それは……。ちょっとこちらの国にも色々あってね。俺がこの儀式を行う者になっちまっている」

「そうであったか。まぁ、各国事情はあるであろう。我らもそこまで追求するつもりはない」

 ホムラは淡々と答える。アステリオスは次は自分だと感じたのか、軽く咳払いをする。

「タウラス民国からコブラたちの冒険の仲間になったアステリオスと言います」

「ハヤテからの報告では異国文化に大層興味を持つ少年だとか。頭の冴えている少年と言うのは良い者だ。ぜひ我が国にも欲しい逸材である」

「勿体ない言葉です」

 ホムラはその言葉の後、ロロンの方を見つめる。

「あっ、きゃ、キャンス王国から彼らの仲間になりました。ロロンと申します」

「キャンス王国。あのドラゴンが棲むと言う隣国か。我が国のならず者共がそちらの国に流浪していると聞いている。何かご迷惑はかけていませんでしたか?」

「いえ、キャンス王国は他国の者を受け入れる風土がありますので、むしろ彼らのおかげで我が国は潤っておりました」

「ふむ。ここで不要だった者たちも、他国では何かしら役に立ったということか」

 コブラはホムラの言葉に何か引っかかるものがあり、眉をピクリと歪ませる。

「さて、皆の紹介が終わったことだ。改めて貴君ら星巡りの使者たちに儀式の内容を離さねばなるまい。シュンスイよ」

「あぁ。じゃあ話させてもらおうかね」

 シュンスイはまるで重い腰を上げるように「よいしょっと」と声を上げて立ち上がる。

「まず、星巡りってのはその国の伝統などが反映されているもんだ。この国の成り立ちを説明させてほしい」

 シュンスイがそういうとコブラたち四人は全員彼の方を見つめる。

「この国は小さな村であった。そこにネメアの獅子って化け物がいた。それをヘラクロスが倒し、この国を立国した訳だ。さて、じゃあネメアの獅子ってのはなんだったのかって話なんだが――」

「シュンスイ。回りくどいぞ」

「歴史は大事さ。兄貴、ここからはあのヘラクロスの冒険にも書かれていないことだ。あの本の読者ならなおのこと知りたいだろう?」

 シュンスイは笑みを浮かべてコブラたちを見つめる。コブラたちはコクリと頷く。

「さて、じゃあそのネメアの獅子って言うのはだな。実は当時力に溺れていた村の村長の息子だったのさ。彼は力自慢で、なんでもその暴力で支配しようとしていた。まさに獅子奮迅の如し! 村の者たちも村長の息子と言う権力と、単純な腕力の二つで逆らうことが出来なかった。そこにやってきた部外者であり、ネメアの獅子よりも強かったヘラクロス! 彼は力に溺れ、化け物と化したネメアの獅子を鎮めた。それがレオ帝国の歴史さ。一説によると力に溺れた村長の息子が星術で本当に獣になってしまったと言う説もあり、我が寺には、その獅子となったネメアの皮も保存され――」

「シュンスイ様。話が逸れております」

 ずっと俯いているミコトが静かな声でシュンスイを静止する。綺麗で透き通る声であった。女性であるキヨとロロンから見ても目の前の少女ミコトは美しい女性であった。

「悪いね。ミコトちゃん。基本寺にいるもんだから久々の外に興奮しちまってんだな。じゃあそろそろ兄貴が怖いから本題だ。つまり、この国は下剋上! 外部の者が王を倒したことで立国された国ってことさ。つまり儀式の内容は――」

「俺を倒すことだ」

 シュンスイの言葉を遮るように重々しい声でホムラが答えた。シュンスイは一番いい所を取られて残念そうに溜息を吐いた後、ゆっくりと座った。

 コブラはニヤリと笑った。

「倒すってのはどうやってだ?」

「正式に試合を申し込んでも良い。知能戦でも良い。なんだったらここで早速挑んでも良い。ただ条件はこの俺が負けを認めることだ。死闘である必要もない」

 その言葉にロロンがそっと胸をなでおろす。アステリオスも、喧嘩祭りの件があるので、あまり死闘のようなものは好ましくなかった。

 二人と違って、キヨはまだ不安を拭いきれなかった。

「じゃあ、お前を殴れば良いのか?」

「ほらア!」

 コブラの一言に対してキヨは思わず叫んでしまった。

「あぁ。それでもかまわない」

「じゃあ条件はあんたを一発殴り飛ばしたら。でいいか」

「あぁ。それでもかまわない」

「じゃあ決まりだ――」

 その言葉と同時にコブラはホムラに対してとびかかった。速攻で勝負を決めるつもりだ。アステリオス、ロロン、キヨの三人は驚いている。

 それに対してシュンスイ、ハヤテ、ミコトは落ち着いた表情でコブラの方を見てもいない。

 ホムラはとびかかってくるコブラをそっと見つめ、殴りかかる彼の腕を掴み、座っていた姿勢を起き上がらせて反転。コブラの身体を背に乗せて一気に投げ込み、コブラは地面に叩き込まれる。

「第一戦目は俺の勝ちってことでいいか?」

 地面に叩きつけた瞬間にもう片方の腕も足で踏み込んでいる。両腕を固定されてしまえば立ち上がることは出来ない。コブラは悔しそうに歯ぎしりをする。

 三人はあわあわと動揺している。

 その中でシュンスイが思わず爆笑してしまう。

「ハハハ。速攻で勝負しかける度胸ある奴も大したもんだが、流石は兄貴だな」

「シュンスイ。笑っていないでこいつを抑えておいてくれ。俺が離した瞬間にまた殴りかかってきそうだ」

 ホムラは警戒している一方で、何やら嬉しそうにほくそ笑んだ。

 シュンスイはのっそりと立ち上がり、その長い刀をコブラに突き付ける。

「わかった。わかった。今回はもうやめておくから!」

 コブラは諦めたように叫ぶと、シュンスイも刀を鞘に収め、自身の席に戻った。しかし。刀は握ったままだ。いつでも抜けるという証明であろう。

 コブラも舌打ちをしながら席に戻る。キヨが心臓に悪い! と小声で言いながらコブラの背中をパンパンと叩き続ける。

「でも実際、全員で王を殴るつもりで行った方が良かったと拙者は思いますね」

 事の一部始終を見ていたハヤテは思わず失笑してしまう。

「これからは拙者も、そしてシュンスイの兄貴も、そこのミコトや町の侍たちも敵になってしまうっすからね。王を守るのは当然」

 コブラたち全員が目が真剣なものになる。ホムラはじっとそんなコブラを睨みつける。

「安心しろ。我々は防衛しかしない。貴君らが攻め込まない限り、我々も君たちを襲うことはない」

 ただ一発殴るだけで良い。それでも国全土が盾になるならば、その難易度は一気に上がる。

「そうだ――」

 しばらく緊迫した空気になり、沈黙が続いていた部屋でアステリオスが思い出したように小さな声を漏らす。全員がアステリオスの方を見つめる。

「あの、ヤマトって人をご存じではないですか?」

「――っ!?」

 レオ帝国側の四人全員が目を見開いた。ホムラは一度ゆっくりと息を吐いた。

「ヤマトならば、国外逃亡の罪で、現在牢に捕らえている」

「国外逃亡!?」

 コブラたち全員が驚く。

「さて、君たちと我が弟ヤマト=ヘラクロスはどういった関係だ?」

 ホムラはじっとコブラたちを睨みつける。コブラも嫌な予感がして彼を睨みつける。空気が一気に冷たくなる。

「ヤマトは元々俺達と共に旅をしていた奴だ。なぜ捕らえられている」

「我々の国の事情に口を挟むでない」

「いや、ヤマトは俺達の仲間だ」

 コブラは一度感じていたホムラへの警戒心が一気に跳ね上がる。

「あ、あの!」

 キヨがコブラとホムラの話を割って入る。

「ヤマトは牢に捕まっているって言っていましたけれど、どうなるんですか?」

 キヨの質問に対して、シュンスイ、ハヤテ、ミコトもそっと見つめる。

「処罰するつもりだ。王の責務を全うせねばならなかった者が、無責任に逃げた腰抜けは重罪だ」

 コブラはじっと彼を睨みつける。その感情には怒りの感情があることをキヨとアステリオス、ロロンは察していた。キヨもアステリオスも同意である。

「決めた」

「ん?」

 コブラは静かに言った。ホムラはコブラを冷ややかに見つめる。

「あんたを一発殴るだけじゃダメだ。ヤマトを連れ戻して、その上でお前をボコボコに何度も殴り倒す。それが儀式の達成でいい」

「ほう。国の罪人の解放を望むとは、それこそ国家への反逆だぞ」

「うるせえ」

 その瞬間だった。ハヤテが小刀を取り出し、シュンスイは刀を構えた。その光景を見逃さなかったのは、アステリオスであった。

「ロロンさん!」

 アステリオスはロロンに叫ぶ。ロロンはすぐにアステリオスの言葉の意味を理解した。ここが一階で良かった。最上階ならば逃げ道は上空にしかない。

 ロロンは腕だけを一瞬ドラゴンの姿に戻し、地面を一気に叩きつける。

「――っ!? 今のは」

 一瞬。シュンスイの声がする。突然叩きつけられた轟音にその場にいた全員が驚愕する。

 床が破裂し、土埃が発生し、視界を遮られる。

「な、なに!」

「逃げるよ! キヨ!」

 驚いているキヨとコブラをロロンが一気に抱え込んで走り抜ける。アステリオスも急いでロロンについていく。

「追え!」

 ホムラの声と共にハヤテが目を鋭くしてロロンたちを追いかけた。

「あのお嬢様、意外と早い!」

 それでもアステリオスが追い付かれる。抱え込まれたままのキヨが懐から投げ石を取り出してハヤテに向けて放つ。

 ハヤテはそれを冷静に対処する。しかし、どうしても足を止めざるを得ない。キヨはこれが目的であった。

「アステリオスさん。乗ってください!」

「えっ、わ、分かった!」

 アステリオスは一気にロロンの背中に飛び乗る。ロロンはひゃ!っと小さく声をあげたが、そこから我慢しているが口元がニマニマしている。

「皆さん! 目を閉じてください! キヨさん! 足止めありがとうございます!」

 ロロンの声を共に、全員が目を閉じる。ロロンは城の門を突進で砕く。

 ハヤテはそれでも意味がないと考えていた。今、この城の橋は畳んでいる。跳躍力に自身のある自分でも難しいのだ。三人抱えながら飛び越えることは。

「やりなれていませんが――!」

 橋の前でロロンは意識を背中に向ける。人型サイズの小さな翼を背中から生やして、空へ飛んだ。

「なっ!?」

 追っていたハヤテは驚愕した。空を飛ぶ人間がいるとは、想定していなかったのだ。

「おいおい、逃げられちまったのかい? ハヤテよ」

「も、申し訳ないです。シュンスイ兄さん」

「いんや、ありゃしょうがねぇ」

 シュンスイはじっと空を飛んで逃げてゆくロロンを見つめた。

「あれは……ドラゴン――」

 シュンスイはまるで新しいおもちゃを買い与えられた子どものように邪悪な笑みを浮かべた。


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