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第五章 レオ帝国剣客拾遺譚 35話<完>

 ハヤテが戸惑いながらも、部下の隠密部隊に国民に対しての伝令を指示している。

【次の王を国民の多数決で決める。故に、配布された紙に好きな者の名を書き、獅子城前で投書せよ】

 それが伝令の内容であった。隠密部隊は何も言わずにハヤテの指示通りに国内を駆け回る。

 コブラたちは、いまだに状況を理解できずにミコトを見つめている。

「ミコト、国民に決めさせる……とはどういうことだ」

 ヤマトが疑問を抱き、ミコトに問いかける。ミコトはゆっくりとヤマトの帆を振り向き微笑む。

「ただ、闘う力ではなく、人々を導ける力を位も家柄も関係なく持っている者が王になれる国だったら、タケルはきっと……王になれたでしょう?」

 ヤマトは想像した。明るい太陽のような少年。タケル。確かに、あのヘラクロスの血を持つヤマト自身も、この国の巫女であるミコトさえもその心を掴まされたのだ。

 もしタケルが王になっていたならば、それは国民皆に愛された良き王であっただろう。

「だが、あいつは断りそうだけどな」

 王なんかならないって言って、ひょこっと国外に旅をするタケルの姿が用意に想像出来て、ヤマトは思わず笑ってしまう。それにつられてミコトも笑ってしまう。

「ホムラ王よ。あなたの目指した無駄のない。国民皆が悩まずに済む役割分担を志した政は素晴らしかったと思います。それに救われた民も多いことでしょう。ですが、私は……タケルは、きっとやりたいことを自由に、どれだけ苦労しようとも、自分に向いていないとしても、やりたいことをやりたかった。国民全員に好きなようにやらせて、それを受け止めることが出来る王と言うのも良いのではないかと、思うのです」

 闘いで疲れ、壁にもたれ掛かるホムラに語りかけるミコトに対し、ホムラはゆっくりと俯いて大きく息を吐く。

「受け止める。か。母の言うやさしさというものがない私には、到底不可能なものであったな。ならば、ミコト。貴様にとって私が落第王であると言うもの納得がいく」

 諦めたように弱弱しい笑みを見せるホムラにコブラたちは少し物悲しさを感じながら見つめる。

「そんなことないですよ。ホムラくん」

 突然聞こえた声に、俯いていたホムラは顔を上げて声の方を向く。そこには、シュンスイとマコトがいた。

「姉さん。なぜこのようなところへ」

 マコトの姿にミコトが目を丸くして驚いている。ミコトはマコトが屋敷の外へ出ているところを見たのは久しいからであった。

「シュンスイ兄さん。その怪我は!?」

 対してヤマトもミコトの隣で驚いていた。先日会った兄が自分が付けたものとは違う傷を身体中に刻んで弱弱しく歩いていたからだ。

「へへ、ちょいとお前よりも先に兄弟喧嘩をさせてもらってな。なっ、兄貴」

 シュンスイは悪戯っぽく笑いながらぐったりとしているホムラを見つめる。ホムラはバツが悪そうにシュンスイから目をそらす。

 そんなホムラにマコトが近づいていく。

「ミコト? いくら私が寝床から動けぬとはいえ、この国の正式な巫女はまだ私ですよ? この国の行く末を見守らなければなりません。それに――」

 ホムラのところへ向かっている途中、通りかかるミコトの肩をポンと叩いて通り過ぎる。

 ホムラの元へついたミコトは、彼に目線を合わせるためにゆっくりと座る。

「私はホムラくんの数少ない友人なので」

 微笑むマコトの目をホムラは不思議そうに見つめ返す。

「ホムラくん。私が今こうしてあなたのそばに座っていられるのは、まだ生きているのは貴方が采配してくれた結果なのですよ? あなたは自分に優しさなどないと言いましたが、例え打算だったとしても、きまぐれだったとしても、私は貴方に優しさを感じました。ですから、そう自分を卑下なさらないでください」

 マコトの言葉にホムラは自分でも思ってもみなかったほどに突き刺さり、呆気に取られてしまう。

 マコト=ツクヨミ。たまたま自分と同じ年であっただけの病弱な少女。ホムラは初めて彼女にあったとき、これほどまでに弱さを体現した人間が存在するのかと驚いたことは覚えている。途中で病に伏した母とも違う。放っておけば何もしなくても死ぬ。強さとは対極にある少女。それがホムラが抱いたマコトの印象であった。

 だからこそ、ホムラは彼女に対して、優しさとやらを得るための実験材料にすることにした。やさしさとは、弱者を守ることだと思っていたホムラは、彼女を死なせないことにした。

 そこに特別な情などなく、彼女を死なせないようにしたからといって力が湧いてくることもなく、やはりやさしさなど不要であると見切った。それからは、補佐であるミコトを上手く扱うために生かしていたに過ぎない。

 そう思っていたホムラにとって、マコトに言われた言葉はあまりに予想外で、だんだんおかしくなって腹のそこからじわじわと笑いがこみ上げてくる。

「くふふ、くははは」

 突然静かに笑い始めるホムラにその場の全員が彼の顔を見た。

「そうか! 私は優しさを得てしまっていたのか! それはそれは! それなら、私も父と同じように、弱くなっていたのだろう。コブラたちに負けるのも頷ける」

 それなのに、なぜか悪い気がしなかった。自分に優しさがある。その一言でここまで心が満たされていることにホムラはおかしくなるほど戸惑う。

 なるほど、これがやさしさか。この温かさを前にすれば勝ち負けなどどうでも良いと思えるかもしれぬ。強さなどどうでも良いと思えるかもしれぬ。父が、母が、ヤマトが持っていたと言うのはこのような暖かさなのかと。

「こりゃ心地が良い。やさしさとはなんと心地の良いことか」

 それと同時に、ホムラは、自分にこの言葉をくれたマコトを愛しく思った。この者が死ねば、自分にこの温かさはまだ失われるかもしれない。そう思うと、自分は誰かを守るために強くならねばならないと言う気にもなってくる。初めての感情であった。

「ホムラ王」

「ハヤテ、今の私は一般人だ。王ではない」

「では、ホムラ兄さん。拙者も、兄上は上辺の言葉だと思うかもしれませぬが、兄上にお褒め頂いた言葉の数々、労いの言葉。その全てに心が救われておりました。それもきっと、兄上が拙者に向けた、優しさなのではないでしょうか?」

 ハヤテは自分の言葉に確証を得れぬのか、少し戸惑いながらマコトの隣に座り、ホムラと目線を合わせて答える。

 ホムラは、ハヤテがヤマトやシュンスイのように自分の手に負えぬものにならぬように意思をコントロールしていただけだ。そこに優しさなどなかった。

 むしろそのハヤテの言葉にホムラは先ほど感じた胸の暖かさを感じた。ホムラはゆっくりとハヤテの頭に手を伸ばし、彼の頭を撫でる。

「お前は優しいな。ハヤテ」

 今までされていなかったことをされてハヤテはあわてふためいている。自分も柄にもないことをしているなとホムラは自分自身に失笑してしまう。母がシュンスイやヤマトによくやっていたことである。

「兄上」

 ヤマトが立ったまま座り込んでいるホムラを見下ろしながら声をかける。

「なんだ? ヤマト」

「私はあの時、タケルの意志を継いで、この国を出ました。しかし、辿りついたオフィックスで私は、あの日々のショックが大きく、タケルが死んだことや、なぜ自分がオフィックスにいたのかの記憶を失っておりました」

 ヤマトの背中をコブラとキヨが見守っている。ミコトは少し下唇を噛みながら、ヤマトから目を反らす。他の物も、ヤマトをじっと見つめながら彼の言葉を待つ。

「ジェミ共和国で、タケルのことを思い出した私が最初に抱いた感情は、怒りでした。ジェミ共和国では、自分の別側面が現れて対話をするのです。私の別側面は兄上への怒りで支配されたまさしくネメアの獅子でした」

 ヤマトは過去の自分がしてきたことに対して言葉が掴む。心を落ち着かせるために、腰に携えてあるクサナギをぐっと握る。

「私は兄上を笑うことが出来ません。私もまた、優しさを知らぬ愚かな獣でした。それを、コブラが、キヨが、アステリオスやロロンが私を救うために必死になっている姿に私の怒りは払われて行きました。そして私はその心を以って、この国の人々と語り合わないといけないと思ったのです。そして父上、ミコト、シュンスイ兄さん、そして兄上の元へ向かいました。自分の故郷で、自分が忘れてきた優しさを取り戻すために」

 ヤマトの言葉を聞き、ホムラはゆっくりと立ち上がる。闘っていた時に抱いていたヤマトへの嫉妬心は薄まっていた。自分が王でなくなったからかもしれない。マコトやハヤテが自分に優しさを見いだしてくれたからかもしれない。ボロボロの身体で何かを訴えかけようとしている弟の姿を労わってやろうと言うやさしさが自分の仲に芽生えつつあるのかもしれない。

 ホムラはヤマトをぐっと抱きしめた。

「今まで済まなかったな。ヤマト。そしておかえり」

「えぇ、兄上。ただいま戻りました」

 ハヤテは涙ぐんでいる。シュンスイはニヤニヤと笑いながら抱きしめ合う二人にとびかかり、二人ごと抱きしめた。そしてハヤテの方に目配せしてお前も来いと言うと、泣いているハヤテもまたヤマトに近づいて抱き付いた。



 城門では、爆ぜもろこしを片手に国民たちが戸惑いながら話し合っていた。あるところは白熱し、ある者はこれからの国を憂うように溜息を吐いていた。

 隠密部隊がしっかりと伝令を広めたのだ。国民それぞれが誰がいいかどうかを必死に話し合っている。

 城門の前でヤマトとキヨ、コブラはそんな人々を見て唖然としていた。

「はぁ、すげえな」

「あっ! コブラ!」

 唖然としているコブラを見つけて、店を片付けていたアステリオスとロロンが駆け寄ってきた。

「おかえり! 随分ぼろぼろだね」

「や、ヤマトさんも、キヨもボロボロに」

 三人は恥ずかしそうにえへへと照れてみせる。三人の照れ顔がまったく同じでアステリオスとロロンは彼らの付き合いの長さを感じて思わず笑った。

「星巡りの使者の方々」

 和気あいあいとしている五人に声がかかる。振り返るとそこにはシュンスイがいた。

「シュンスイ兄さん。他の皆さまは?」

「ん? 兄貴がまだ腰抜けちまっているからな。それに、帝に報告しないといけないこともあるから、俺だけ先に帰宅だ。それに、これをお前さんらに渡さないといけないしな」

 シュンスイはそう言って懐から一枚の札を取り出す。

「あっ! 星巡りの札!」

 アステリオスはその存在にきずいて慌てて鞄からその札を収めている箱を取り出し、それをヤマトに渡す。

「はい! ヤマトが戻ってきたなら、管理はヤマトの仕事でしょ!」

 アステリオスはニカっと笑うと、ヤマトは嬉しそうに微笑んで、その箱を受け取り、シュンスイの方を見つめる。

 シュンスイはこほんとわざとらしく咳込む。

「えぇー、コブラ様率いる星巡りの使者の皆さま。この度は、レオ帝国の星巡りを達成したので、ここにこの札を進呈します。ってなわけではいよ」

 しっかりとした表情を保っていたのに、途端にいつもの緩み切った表情になって札を雑にヤマトに渡す。ヤマトはその札を丁寧に受け取り、箱の中にしまった。

「悪いな。王の者たちは、これから国の変化が待っているから、帝への色々で今日は奔走しそうだ。おれもそろそろ帰らないと和尚さんに叱られちまう。このあと、あんたら五人はどうするんだ?」

「あたし画を書きたい! 書くものは決めているけど!」

「俺も流石に身体がボロボロだからな。今すぐ国を出るのは勘弁したい」

「僕もこの国の食べ物もっと調べたいよ! せっかく美味しそうなもの沢山あるのに焼き魚しか食べてないんだもん!」

「わ、私もこの国の花をもう少し……。実はキャンスでも見る花がとても大きく咲いているのを見つけたので――」

 シュンスイの言葉にヤマトを除く五人がそれぞれの願望を好き放題に話している。

 その様子にヤマトはまんざらでもない様子で溜息を吐いた。

「と、言うことなので、もう少し滞在しようと思います。せめて、この国の新たな王が決まるまでは」

「そうか。ならちょっと待ってろ」

 シュンスイはそう言って懐から紙を一枚取り出して筆で何か書き始める。

「この場所に行け。傷を癒すのに良い温泉がある。閻魔橋の近くだから、ヤマトでも案内が出来るだろう。あそこだよ。昔よく親父が連れていってくれた」

 シュンスイがそういうとヤマトはすぐに思い出す。幼い頃に、闘いで疲れた父がシュンスイとヤマトを連れていっていた広い温泉がある。昔あそこで泳いでいたなぁなんて思い出して思わず笑ってしまう。

「ヤマト? 温泉ってなんだ?」

 知らない単語を聞いたコブラとキヨは二人並んで首を傾げる。

「あぁー。そうか、オフィックスにはなかったな」

「キャンス王国でも聞きませんね」

 ロロンとアステリオスも温泉の存在に首を傾げている。

「レオ帝国の領土には地下から暖かいお湯が溢れてくる場所があるんだ。そこを大きく掘り出して形を整え、大きな風呂場にしている」

「ってことは、ずっと暖かいお湯が出るのか?」

「そうだな」

「火も使わずに?」

「そうだな」

 コブラとキヨが行動にしてくる質問をヤマトが淡々と答える。

「あぁ。たまに山を掘ると出てくる暖かい水ですか。あれなら私も一度」

 ロロンがドラゴン時代に洞窟の中を気まぐれに掘ったら暖かいお湯が溢れてきたことを思い出す。しかし、あまりに勢いよく溢れてきたので、そのお湯はすぐになくなってしまった。

 レオ帝国はそれを商いにするほどまで整備していると言うことにロロンは驚いた。

「そこの旅館、和尚さんもよく使うから。俺からの招待状があれば特別待遇で部屋抑えられるだろう」

「部屋ってことは宿屋なのかい?」

「あぁ。温泉に隣接する形で寝泊まりとか、飯屋がある大きな建物がある」

 シュンスイの言葉に四人は興奮した。

「行きたい! ヤマト! そこ泊まりたい!」

「食べ物! そこでご飯も済ませようよ!」

「ゆっくりと風呂に浸かる。その肌も治るといいのですが」

「温泉からの風景ってのも捨てがたいかも」

 全員がひっきりなしに話しかけてくるので、ヤマトは少し鬱陶しいと思ったが、この鬱陶しさすらも懐かしく、心地の良いものであった。

「ありがとうシュンスイ兄さん。遠慮なく活用させてもらいます」

「良いってことよ。俺も顏見せれそうだったらその旅館に顔出すわ。じゃあな」

 そういってシュンスイはコブラたちの元を去っていった。

 その背中をヤマトは少し寂し気に見つめ続ける。

 コブラはそんなヤマトの背中にとびかかる。

「ほら! ヤマト! 早く行こうぜ温泉!」

「暖かい風呂! 美味しいご飯! 綺麗な景色が私たちを待っている!」

 やけにテンションの高いコブラとキヨとアステリオスはその後も「温泉! 温泉! 温泉!」と高らかに叫びながら小躍りで旅館へと向かう。ロロンとヤマトはそんな三人のテンションについていけず、しかし湧きあがる高揚感も抑えきれず二人で目を合わせながら微笑んで騒ぐ三人の後をついて歩いた。


 旅館は広い大きな部屋に通された。部屋の中に仕切りがあり、キヨとロロンはそこで眠ると言うことらしい。

 旅館では、ヤマトがロロン相手に腕相撲で30秒負けなければ儀式達成の疑似星巡りの儀式を行ったり、キヨはツクヨミ邸で見たサクラのことを思い出しながら、筆を走らせている。

 コブラは他の者たちよりも長風呂を、身体から湯気を出しながら部屋に戻ってくる。アステリオスはそのコブラに続いて両手いっぱいにレオ帝国の食べ物を抱えながら帰ってくる。

 五人はそれぞれがそれぞれ旅館での夜を満喫する。その日々はおよそ二日間に渡って彼らの傷ついた身体を癒した。

「ここが、お前が生まれ育った国だったんだな」

 窓から月が見える。キヨはいまだに集中して部屋の端で絵を描いている。話しかけても無視するほどの集中によほどの大作を描いているのだろうとコブラとヤマトは彼女の邪魔をせぬように仕切りの戸を閉めた。ロロンとアステリオスは疲れ切ったように二人でくっつきながら眠っている。

 縁側から月を眺めているコブラとヤマトはゆっくりと茶を啜る。

「生まれ育ったと言っても、人生のほとんどはオフィックスで過ごしているよ」

「どうする? やっぱりこの国に残るか?」

「何をいまさら」

「あのミコトって女のこと好きだったんだろ?」

 コブラの突然の言葉にヤマトは茶を口から思いっきり噴き出してしまう。

「き、貴様。何を突然」

「俺、意外とそういうのに敏感なんだよなぁ。オフィックスにいた頃も、そういうのに協力していたこともある」

 ヤマトの動揺にコブラは図星であったことを認識してニヤニヤと笑う。

「前も行ったが、俺はお前の監視がなくても星巡りを達成させる。兄貴とも和解したんだ。お前が故郷で平和に過ごすのもいいだろう。オフィックスに戻ってもお前に待っているのは平和じゃない」

 コブラはニヤニヤとしていた表情をやめ、真剣な目で月を睨んでいた。ヤマトはそんな彼の横顔をじっと見つめる。

「確かに、そうかもな。オフィックスでは私は気味の悪い黒髪の異邦人であった。例え星巡りを終えて国へ戻っても、我々に賞賛が送られるとは思えない」

「だったら、この国で平和に過ごすのもいいんじゃないか? 惚れた女もいる国だし」

「お前、だからそれは違うと――」

 ヤマトはコブラににじり寄り、否定しようと試みたが、途中でその気が失せてやめた。

 ヤマトの心にはそれ以上の感情が溢れてきたからだ。彼は再び月を眺める。

「コブラ。私はお前と共に星巡りの旅に出るぞ」

「本当にいいのか?」

「あぁ。それがタケルの意志であり、俺の意志だ。恥ずかしいが、聞いてほしいことがある」

 ヤマトはいまだ月を眺めたままである。

 コブラはそんなヤマトの横顔をじっと見つめる。

「この旅を終えたら、私はオフィックスとレオ帝国を繋ぐ道を作ろうと思う。ウロボロスを建てたスタージュン卿の養子なのだ。それくらいの地位までは上りつめてみせる。オフィックスに戻り、ウロボロスを撤廃し、行き来できるようにして、私もいつでもレオ帝国に顔を出すことが出来るようになったらと考えているんだ」

 ヤマトが語った夢のような話にコブラは嬉しそうににやけた。

「いいねぇ! それ。どうせだったら全部の国とオフィックスを繋ぐ道を作っちまおうぜ。俺もあのウロボロスって壁は気に食わなかったんだ。あの壁ぶっ壊して、誰でもどこでも行きたい場所に行ける。いたいところに入れるってのはすげえいいことだと思うんだ。元々家がない俺なんかはな」

 コブラはニカっと笑ってコブラを見つめるヤマトの方を見る。ヤマトは嬉しそうに微笑んだ。

「我がスタージュン卿が建てたウロボロスをぶっ壊すとは聞きずてならぬな」

「お前も撤廃とか言っていただろう。似たようなもんじゃないか」

「似て非なるものだ。まったく貴様は野蛮だな」

「なんだとぉ!」

「やるか!」

 二人が今にも殴り合いの喧嘩を始めようかと言うぐらいまで睨み合っていると隣の部屋から大きな声が響く。

「できたー!」

 その声に2人して驚いて肩をビクつかせる。すると、閉めていた戸が激しく開く。

 そこには達成感に満ちた表情のキヨが満面の笑みで立っていた。

「完成したの!」

「おう。それはよかったな」

「ぜひ、見せてくれ」

「うん。見てて! 今から私同じ絵もう一枚描くから!」

 そういって彼女は出来上がった絵をヤマトに渡すとすぐにまだ部屋へ籠っていった。

 コブラとヤマトはキヨのその行動に思わずずっこけてしまい、先ほどまでの喧嘩しそうになっていた空気が分散されたようで、なんとも言えずに唖然としていた。

 その後、ヤマトが持っている絵を二人して眺めると、二人はその画を見て、穏やかな笑みを浮かばせた。

「よし、寝るか」

「そうだな」

 コブラとヤマトはそのまま二人して横になった。

 真っ暗な部屋にキヨだけが月明りに照らされながら、小さな提灯の明かりで二枚目の絵を仕上げていた。



 レオ帝国の入り口。コブラたち五人は身支度を整えて経っていた。

 キヨはギリギリまで浴場の風呂に入っていたので、まだ髪が濡れている。その目は真っ黒なクマが出来ている。

「き、キヨちゃん? ちゃんと身体を休めたの?」

「う、うん。大丈夫だよミコトさん。私。夜でも歩けるよー」

「キヨ。もう朝だよ。どうしてこれから歩くって言うのに徹夜するかな」

 キヨの疲れ切った姿に呆れたアステリオスが溜息を吐いている。

 ロロンはそっとキヨの前に周り、キヨを背負っていく。

 これから国を出るコブラたち五人をハヤテとミコトが出迎えに来ていた。ハヤテはいつもの黒装束ではなく、豪華な羽織を身に纏っている。ハヤテ本人がその衣装に違和感を抱いているのか、少し着心地悪そうにそわそわしている。

 ヤマトはそんなハヤテの頭をわしゃわしゃと撫でる。

「よく似合っているぞ。ハヤテ王」

「や、やめるでござる兄上。恥ずかしいでござるよ」

「そうですよ。ヤマト。我が王に無礼です」

「ミコト姉さんも、やめてください」

「早く慣れてください。ハヤテ王」

「そうだぞ。ハヤテ王。お前がこれから民を導くんだ」

 ヤマトとミコトは意地悪そうにニヤニヤとしながらハヤテ王と何度も連呼する。

 国民の意志で王を決めると言う前王ミコトの政策の結果、国民たちが選んだ王はハヤテ=ヘラクロスであった。隠密部隊として常に町を駆け、困っている人に手を差し伸べて支えてきたことを国民たちはしっかりと見ていたのだ。誰を王にしたらより良い結果になるかはわからなかったが、ハヤテになら任せても良い。ハヤテが王ならば、自分たちが支えてやりたいと国民たちが思った結果なのだ。これにはコブラも鼻が高いのか、ふふんと胸を張っている。

「な? お前は王に向いているだろう?」

「コブラ殿……。いまだに拙者は王にふさわしいかわかりませぬ」

「大丈夫だ。お前は良い王になれるかはわからないが、悪い王にはならない」

 コブラはケラケラと笑いながらハヤテの肩をパンパンと叩き続ける。

「では、ハヤテ、レオ帝国を頼んだぞ。私がまた帰ってこれるように」

 ヤマトが真剣な眼差しでハヤテを見つめる。ハヤテはそれに答えるようにキリッとした姿勢になった後、ヤマトに対して胸を張った。

「お任せください兄上。ホムラ兄さんのようにうまく導けぬかもしれませぬが、このハヤテしっかりと兄上が戻る場所を守り通してみせます」

「うむ。任せたぞ!」

 ヤマトとハヤテはぐっと握手をする。

「本当、この旅が終わったら、またタケルの墓参りにも来てくださいね」

「あぁ。もちろんだ。その時にはここのみんなも一緒に」

「そうね。タケルは賑やかな方が好きだろうし」

 そう言ってヤマトとミコトも固く握手をする。

「あっ! ミコトさん! こ、これを――ツクヨミ邸に!」

 やっと意識がはっきりしてきたキヨが慌てて鞄を漁り始める。ロロンが一度キヨを降ろす。キヨが画版入れから一つの大きな画を取り出す。

 ミコトはそれをキヨから受け取ると、その絵を見て嬉しそうに微笑んだ。

「いいですね。この絵」

「はい! 今度またレオ帝国にこれから、この画のようなことをしましょう!」

「えぇ。ぜひ。それまで私も、このハヤテ王を支えていきます。キヨちゃん。残りの旅も気を付けて」

 ミコトはキヨの頭を優しく撫でた後、彼女をぎゅっと抱きしめた。キヨもそんなことを抱きしめる。

「さぁ。キヨ。まだ疲れ切っているでしょうから私がおぶりますよ」

「いいってロロン。俺がおぶっていく」

 ロロンは背中がくすぐったくなることを思い出したコブラはロロンから割って入り、キヨをおぶる。

「変わりに、俺の荷物とキヨの荷物持っててやってくれ」

「はい。では」

 そういってロロンはキヨとコブラの荷物を背負う。

「では、行くか」

「次は、ヴァル皇国だったな」

「ヘラクロスの冒険だと――」

「わ、私やっぱりここでミコトさんと一緒に暮らそうかなぁ」

 キヨが何か思い出したように震えた声で言うが、コブラはそこも予想通りだったのか、キヨが逃げれないようにしっかりとホールドする。

「そいつはダメだ。キヨ。さぁ! 次の目的地に向かうぞ野郎どもー!」

「お化け怖いから嫌だー!」

 キヨが泣き叫びながらそんなことを無視してコブラは走ってレオ帝国から外へと走っていく。アステリオスとロロンもそんなコブラに続いて走っていく。ヤマトだけが最後に振り返ってミコトとハヤテに微笑んだ後、手を振って四人の後を追ってレオ帝国を去っていった。

 国を去った五人の影が見えなくなるまで、ハヤテとミコトはその場に立っていた。

「兄上、本当に行ってしまいましたね。少し寂しいです」

「そうですね。けれど、また会えるでしょう」

 ミコトはそう言ってキヨから受け取った絵を嬉しそうに眺める。

 その絵は自分とヤマトとタケルの三人で見た大きなサクラの木の下で、みんな一緒に囲んで楽しそうにしている絵であった。

 ムサシ、ホムラ、シュンスイ、ハヤテ、マコトと、そして自分。

 そこにコブラたち五人。全員でサクラの花の前で楽しそうに笑っている画であった。

 ハヤテもその絵を覗き込む。

「いい絵でござる。今度、レオ帝国のみんなだけでも、やりましょうか」

「いいですね。ホムラ様は来てもらえるでしょうか?」

「来てくれるでござるかなぁ」

 なんて二人で話しながら空を眺める。

 あの日以来、ホムラは隠居に入ったが故、二人はホムラがどこに住んでいるか、知らないのである。



 同時刻。ムサシ邸の道場。

 ムサシは真剣な趣で正座し、横には竹刀を置いている。

 その目線の先に、土下座し、同じく横に竹刀を置いているホムラの姿。

「父上。今日も、稽古をよろしくお願い致します」

「あぁ。しっかり励めよ。息子よ」

 二人とも白い道着に身を包んでいる。二人は竹刀を手に取り、無駄のない所作で立ち上がり、互いに竹刀を構える。

 二人の無駄のない丁寧な呼吸に道場は静寂に包まれた。ホムラは目の前に自分を攻撃しようとしている男がいると言うのにその者から恐怖を感じなかった。

 それは自分が強いからではないことはすぐにわかった。父から優しさを感じたのだ。

 きっと自分はいまだに父に恐れられているだろう。自分の中にまだ相手を潰してやろうと言う意思が残っているような気がする。雑念が残っている気がする。

 二人ともゆっくりと呼吸を整えて、互いの目を見つめ合う。

 そしてどちらかの足がすっと動きはじめ、道場内に竹刀の音が響いた――。

 その音は日がくれるまで続いた。



 レオ帝国は新たな道を進む。ヤマトは、過去に置いてきた全てを拾い集め、改めてコブラたちの仲間となった。ヤマトの腰には、クサナギとは違うが、シュンスイが作ったというクサナギと形状の近い刀が携えれれている。

 ヤマトはもう一度振り返る。なんとなくタケルが見てくれているような気がしたのだ。

「じゃあ、みんな。行ってきます。おーい! 待ってくれ」

 ヤマトは誰に言うまでもない独り言を言って、遥か先を歩いているコブラたちの元へと駆けてゆく。その途中。コブラが即興で作った小さな落とし穴に落とされて、キレたヤマトとコブラが喧嘩をする。ロロンは慌てふためき、アステリオスはケラケラと笑い、キヨは呆れたように、何度も溜息を吐く。

 コブラ一行の旅は、ヤマトが戻ってきて、まだまだ続くのであった。


 というわけでかなりの長さになってしまいましたが、星屑拾いのコブラ第五章これにて終幕です!

 本になった場合、これは前編後編で二巻構成になるかと思われます(;´Д`)


 皆さん、お気に入りのキャラクターなどがいれば幸いです。次回、ヴァル皇国は本編でも少し触れましたが、冥界下りのお話になります。今回ほどのバトルシーンはない。一章や四章のような雰囲気のエピソードになると思いますので、楽しみに待っていただければなあと思います。


ここまで読んでくださった皆様まことにありがとうございました。

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