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第五章 レオ帝国剣客拾遺譚 31話

 コブラとヤマトが階段を上がっている頃、キヨはハヤテと交戦していた。

 ハヤテはキヨに対して疑問を抱いており、それゆえに攻撃に隙がある。

 キヨはその隙をついて、攻撃を仕掛ける。

「いい加減にして!」

 それでもハヤテの実力はキヨよりも上であり、キヨは彼を抑え込むのに精いっぱいであった。

「キヨ殿! お覚悟!」

 口ではそう言っているが、ハヤテの攻撃に迷いがあった。キヨはすかさず攻撃を躱してハヤテから逃亡する。ハヤテはすぐにキヨを追いかけ、彼女の頭上を飛び越え、彼女の前に立ちはだかる。キヨは思わず舌打ちをする。

 それも演技である。キヨの目的はハヤテをコブラとヤマトから遠ざけることである。

 ホムラと言う強敵にヤマトが挑むにはあまりにも無謀である。キヨに出来ることはコブラとヤマトの敵を少しでも減らすことである。

「キヨ殿。大人しく捕まってもらえぬか?」

「断るわ。私はヤマトとコブラのためにも、捕まるわけには行かないの。一足先にホムラのところへ行って、一太刀浴びせてみせる」

「キヨ殿では兄上に一撃も当てることは敵いませんよ」

「それでもいいのよ。それで少しでも疲労させれば問題ない」

 キヨの目は強くハヤテを睨んだ。ハヤテは思わず息を飲む。ハヤテがキヨへの攻撃に迷いがある理由。

 それはコブラが放っていた王の素質についての疑問が頭から離れないからだ。

 所詮は敵の戯言だと、ハヤテは無視することが出来なかった。

 コブラが言い放った自分と彼女には存在すると言う王の素質。

 それが何なのか、わからずに脳にこびりつく。

 今自分を見つめているキヨの目にその答えがあるのだろうかとハヤテは考える。

 ハヤテはキヨに短剣の剣先を向けたまま、彼女に問いかける。

「キヨ殿。お主は、我が兄上。ホムラ=ヘラクロス王をどう思うでござるか?」

 ハヤテの問いかけにキヨは彼の目を見つめたまま、じっと見つめる。

「私は、失礼ですが、あまり好きではありません。私も王族であったのは幼き日でありましたから、何が良い王なのかわかりませんが、少なくても私が王になるならば、あのようなやり方は致しません」

「なぜでござるか?」

 ハヤテの剣先がさらにキヨに詰め寄る。

 キヨは首に刺さるかもしれない剣先の恐怖を必死に抑え込むように腕につけた腕輪をそっと撫でる。

「私が憧れる王は、民のために己を犠牲に出来る人でした。けれど、ホムラ王からはその気概を感じません」

 キヨがじっとハヤテを睨みつける。ハヤテは怒りを露わにして、剣先を押し込む。キヨは後退してその突きをしっかりと躱す。

「しかし、ホムラ王は正しい!」

 ハヤテは怒鳴った。それでもキヨは怯むことなくハヤテを見つめる。

「えぇ。ホムラ王は良い王ではあると思います。しかし、私は好きではないと言う話です」

 キヨは小刀を構える。ハヤテも再び小刀を構える。

 ハヤテから闘志を感じる瞬間、キヨは脱兎のごとく背を向け、さらに上階を目指して駆けだした。

 完全にキヨから攻撃が来ると思われていたハヤテは一瞬行動に遅れが出た。

 ハヤテは再びキヨを追う。キヨは小刀を後ろのハヤテに対して投げつける。

 ハヤテはこれをすぐに払い落とす。

「キヨ殿! お覚悟!」

 小刀のキヨの背に放つ。その刀にキヨが気づく頃には、キヨは躱すことが出来ずにいた。

「抜け、クサナギ」

 小さな声が響く、その直後、ハヤテが放った刀がふわりと揺れて落下してゆく。

 その不可思議な現象にハヤテは目を開いて驚いた。

「キヨ。済まない。待たせたな」

 その声と共にハヤテとキヨの間にヤマトが立ちはだかっていた。

 ハヤテはすぐに背から感じる殺気を感じ取り、その場から逃げる。

「ハヤテ様。申し訳ございません。ヤマトを捕らえることはできませんでした」

 言葉とは裏腹にコブラは悪戯っぽい笑みを浮かべている。ハヤテはその様子に舌打ちをした。

「コブラ殿! やはりあなたは!」

「とりあえず目的の一つは達成したんでな。二つ目の達成をしに来た」

 ニタリと笑みを浮かべながらコブラはハヤテを見つめる。

 ヤマトはキヨを介抱している。

「大丈夫かキヨ」

「えぇ。大丈夫」

「ヤマト、キヨ。先にホムラんところ行け。ハヤテは俺が闘う」

「済まない。ただ、コブラ。わかっていると思うが、お前がホムラを殴り倒さないとこの星巡りは達成されないんだからな」

「わかっている。だから必要な工程なんだよ」

 コブラはハヤテの方を見つめながらヤマトの言葉に答える。ヤマトは頷いてキヨと共にさらに上階へ向かう。ヤマトを止めようとするハヤテにコブラは立ちふさがる。

「兄上!」

 駆けてゆくヤマトに対して叫ぶハヤテに対してヤマトは振り返る。

「貴方は、ホムラ王を恨んでおいでか!」

 ハヤテの叫びにヤマトはじっとハヤテを見つめる。

「恨んでなどいない。否、恨んでいたが、今はその感情は捨て去った」

「貴方はレオ帝国に残らぬのですか!」

「……残らぬ。今はこの者たちが仲間であるから」

 ヤマトはそう言い放ち、ハヤテに背を向けて、走り去っていた。

「さて、ヤマトとキヨも行ったし、お前の説得を行おうか」

 コブラは気合いを入れるかのように両こぶしの関節をぽきぽきと鳴らす。

「説得。だからコブラ殿は何を言っているのでござるか?」

「キヨに聞いたか? 王の素質」

 コブラの言葉にハヤテはムッと唇を尖らせる。自分の行動は全てコブラの手の平の上なのではないかと考える。だからこそ、コブラの意図が理解できずにハヤテは困惑して小刀を構える。

 対してコブラは臨戦態勢を取らずにゆったりとした構えでハヤテを見つめる。

「聞いたでござる。だが、それで拙者とキヨ殿の共通項は見つからぬ」

「そうかねぇ?」

「そうでござる。やはり、王は民を導く者。ホムラ様こそふさわしい」

「俺はそうは思わない」

「なぜでござるか? ならば、ヤマトの兄上が王になるべきだと?」

「そうも思わない」

「なぜ拙者に王になれると申すか!」

 つかみどころのないコブラの言葉に苛立ちを覚えてハヤテは彼に怒鳴りつける。

 それでもコブラは落ち着いた雰囲気でハヤテを睨みつける。

「俺が思う王ってのは、人に愛されている奴だ。そして守りたいと思える奴だ。そして民のために動ける奴だ。あいつは国のために動いている。人のためなんか動いていない」

 コブラの言葉にハヤテはいまだに戸惑う。

 コブラの言う王が本当の王なのならば、ホムラは王ではないのだろうか。

 ハヤテは思い出した。ホムラに隠密部隊隊長として仕事を与えられた日。ハヤテはよく覚えている。その日、ホムラは自分に背を向けていた。

 弟であろうが関係ない。民全員に役割を与える。それこそが兄のやり方だ。

 皆が兄を尊敬している。兄を頼っている。しかし、兄は、民を信用などしているのだろうか。

 昔、自分が浪人を取り逃したことがあった。それでも兄は表情を変えなかった。わかっていたかのようであった。

 もしかしたら、兄は、ホムラは、人のことなど信用していないのかもしれない。

 ここで、自分がコブラも、ヤマトも、キヨも通すこともホムラからすれば些細なことかもしれない。

 その考えが一度でも過ぎった時、ハヤテの力は途端に脱力した。

「兄は、私を信用などしていないのでしょうか?」

「そいつはわからねえが、あいつは自分のことしか考えてねえよ」

「そのようなことは!」

 それでもハヤテは言葉が止まる。

 言いよどんでいるハヤテに対してコブラは腰に手を添えて、大きく溜息を吐く。

「さて、ここからは本題だ」

 コブラはハヤテに近づく。ハヤテの構えている小刀など物ともしていない。

 コブラはそのまま膝をついてハヤテに傅く。

「ハヤテ殿、ヤマトと私がホムラを倒した後、王となるべきは貴方です。どうか、前王の最後をしっかりと見届けませぬか?」

 コブラはレオ帝国の人間の話し方を真似ながら、ハヤテに問いかける。

 ハヤテはそんなコブラの行動に言いよどんで狼狽えている。

「否、ホムラ王こそが最高の王である。拙者は王の器ではない」

「否、民に愛され、人のために動くことの出来るハヤテ様こそ王にふさわしい」

 コブラは傅いたまま、ハヤテの言葉に重ねてゆく。

 苛立ちから小刀を傅くコブラの首に添える。

「貴方は斬れませんよ。そういった残酷性は持ち合わせていないでしょう」

 コブラは見透かすように答えながら、ハヤテの小刀など恐れもしない。

 その様子に狼狽えているハヤテの手が震える。

「コブラ殿。貴方は拙者に何を見ているのです」

「キヨ同様。俺が理想とする王の素質のみですよ」

 わざとらしい丁寧な言葉で傅き続けるコブラにハヤテは恐れを抱き震える。

「コブラ殿。拙者にはわからぬ。お主がなぜ拙者をそこまで持ち上げるのか」

 戸惑っているハヤテの声は震えている。コブラはゆっくりと顔を上げて戸惑っているハヤテに語りかけている。

「国は民を見ていればわかる。俺の持論だ。ハヤテ、お前が来た時、民はお前の姿に心を躍らせていた。俺とハヤテがやり合っていたとき、民はお前に加勢した。お前は民に愛されている。そしてお前は民のことを考えている。ならば良い王になる」

 コブラの言葉に偽りがないことは聞いているハヤテにはわかっていた。だからこそ、ハヤテは戸惑う。一番の王はホムラであるという絶対的自信が揺らいでいるのだ。

「ハヤテ殿、望むならば。貴方も加勢していただきたいですが、そうでなくても良い。ただ、俺たちとホムラの闘いをその目で見守っていて欲しいのです。もし、それが出来ぬのならば、ここで俺の首を斬ってもらって構わない」

 コブラは傅いたまま答える。ハヤテは生唾を飲む。

 ハヤテはそう答えるコブラの首に再び小刀を構える。

 ここで自分がコブラの言う通り、王室へついていけばホムラ王への裏切りとなる。

 それは出来ぬとハヤテは小刀をコブラに這わせる。それでもコブラは動かない。本当に斬られても構わないと言う覚悟があった。

 ハヤテの呼吸が少しずつ荒くなる。ホムラ王を裏切ることにならぬためにも、ここでコブラを斬るべきなのだ。しかし、それでも腕が動かない。

「コブラ殿。黙って牢に入ってもらえぬか」

「それは無理だ。決めろハヤテ、兄の闘いを見守るか、ここで俺を殺すか」

 コブラは地面を見つめたまま言葉を続ける。

 ハヤテはさらに呼吸が荒くなる。

 ホムラが統治している国は、悪いことが起こる前に全てホムラが全て処理していた。ハヤテの仕事は、この国の状況を報告するためのホムラの目でしかない。

 隠密の隊長といえど、殺生を行うようなことはなかった。

「……無理でござる。拙者にはコブラ殿の首を斬れぬ」

 その言葉を聞いた瞬間にコブラは立ち上がり、ニタリと笑った。

「ほらな。お前は俺を斬ることも躊躇出来る優しい奴だ。ホムラに加勢してもいい。とりあえずは俺についてきてホムラのところへ行こうぜ」

 コブラの言葉を聞いてハヤテは大きく溜息をついた。

「本当、コブラ殿には勝てないでござるな。全て手の平の上のようでござる」

「俺もあんたを王にするために必死だからな」

 コブラはケラケラと笑う。その様子にまたハヤテは肩を降ろす。

「では、参りましょうか。コブラ殿。貴方の判断が正しいかどうか、拙者も見極めようかと思うデござる」

 ハヤテはそういってコブラに背を向け、ゆっくりと歩き始める。コブラもその先へとついてゆく。

 ハヤテの中にはいまだに疑念の心がよぎる。自分が王にふさわしいのか否か、兄ホムラが民を信用していない王であるか否か、その全てはこのコブラについていって見守るしかないと自分の心に言い聞かせて、ハヤテは歩み始めた。


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