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第五章 レオ帝国剣客拾遺譚 3話

 レオ帝国は子どもの年齢が7つになると、国の王であるホムラ=オフィックスからの命令が下される。子どもたちはその任務を全うするのだ。

 この国の人は将来を考えない。全ては王の采配で決まる。そうすることで足りない業務は発生せず、幼い頃から教育することで技術劣化も防いでいる。故に子どもたちにとって、儀礼の日は自分の将来を決定される大事な日である。子どもたちがみなそわそわと過ごす。

 それはヤマト・タケル・ミコトの三人もまた同じであった。

 全員に通告書が配布される。だから子どもたちはみんなその通告書を楽しみにしている。

 自分の将来がどうなるのか気になるに決まっているのだ。

 この国では、子どもは無謀な夢を持ってはいけない。皆が使命を持ち、それを全うすることこそ誇りなのだ。

「なんてくそったれなんだ」

「やぁ。起きたのかい? 兄さん」

 呆然と独り言を漏らした時に聞こえた声に思わず顔を上げる。そこにはヤマトと顔の似ている自分よりも小柄な青年がこちらを興味深そうに見つめていた。ヤマトは少し安堵の息を漏らす。

「……ハヤテか」

「兄さん。いつまでそうしているつもりなんだい?」

 ハヤテと言う名の青年は座り込んでいるヤマトに目線を合わせるために牢屋の前で座り込む。

「いつまでって……処刑されるまでだろう。それが兄の望みだ。万に一つも救いはない」

「……兄さんが王に逆らうからだよ」

「ハヤテ……お前はなぜここにいる?」

「僕かい? 僕はサボりさ」

 牢の前で胡坐を掻いているハヤテは欠伸をした後、憔悴しきっているヤマトを見つめている。

「お前は強かだな」

「部下の教育にわざわざ僕がずっと見張っている必要はないだけさ」

「……今は隠密部隊隊長だったか」

「そうだよ。僕すごいんだから」

 兄に褒められたと思ってハヤテは胸を張って鼻を高くする。

 その様子にヤマトは20年前のハヤテの面影を見て思わず微笑んでしまう。

「あぁ。本当に、よくやっているな」

「うん。兄さんの采配がいいんだよ」

「…………」

 ハヤテの言葉を聞き、ヤマトはぐったりと地面を見つめる。

 この国の住民は基本的に王である兄、ホムラ=オフィックスによって役割を決められている。

 その重要度も兄がその全てを采配している。兄がこの国全ての人間の将来を決めている。

 兄は天才であった。兄の言う通りにしていれば全てが上手くいく。ハヤテに誰よりも早く動き、人の情報を聞きつける身体能力があることを見抜き、彼を優秀な兵士にした。国民も兄を信用している。

 もちろん革命の法も存在する。兄に文句のある奴は彼に挑めばいい。勝てればの話だが――。

「ヤマト兄さんは……この国を出てから、何をしていたの?」

「……まぁ。色々さ」

 ヤマトの返事にハヤテは少し暗い顔をして立ち上がった。

 ハヤテとしては複雑な感情であった。自分はまた兄と話したいのだが、兄であるヤマト自身はもはや自分達兄弟を許すことはないことが表情で読み取れたのだ。

「じゃあ、そろそろ部下たちを見に行かないと。またね。兄さん」

「あぁ」

 そして牢ではまた一人になる。

 兄であり、王であるホムラ=ヘラクロスはヤマトを許すことはない。

 大任を任された器でありながら、その命令を無視し、この国を逃亡した者を決して許しはしない。

 ヤマトは兄を許すことはない。自分の親友の夢を、自分の夢を奪っただけでなく、親友の命までも奪った兄をことを決して許しはしない。

 それでもヤマトは勝てず、武器を奪われ、動きを奪われ、牢で一人兄の采配を待つばかり。

 これでは幼き日と何も変わらない。

「そういえば、コブラたちはどうしているだろうか」

 ふとよぎる仲間たちの顏にヤマトは心配の溜息を吐いた。

 星巡りの儀式の都合上、彼らはいずれこの国に来る。そして己の兄たちに出会うだろう。

 知られたくない過去を知るかもしれない。

(あぁ。そんなことになるならばいっそのこと早く死んでしまいたい)

「なんて思ったら、君は怒るだろうな。タケル」

(否、彼なら『君にそんな度胸はないよ』と失笑するだろうか)

 ヤマトは穏やかに目を閉じる。

 もし、コブラたちが来るのであれば、その時は全てを語り、謝罪しよう。

 ヘラクロスの冒険を愛する彼らの夢を、あまり壊したくはないのだけれど――。

 ヤマトは繋がれ、身動きが取れぬ身体で、身体が眠るのを待つように、じっとタケルとの思い出、コブラたちとの思い出、オフィックスでの思い出を噛みしめる。




 晴れやかな朝。

 ロロンは誰よりも早く目が覚めたので、皆の衣類を乾かしていた。

「皆さん。起きてくださーい」

 ロロンが皆を起こす。アステリオスは皆の分の食事を用意し、キヨとコブラは地図を見て今日のルートを確認している。

「そろそろ着くわね。レオ帝国」

「あぁ。夕方までには着くが」

「どうする? 一日様子を見る?」

「……いや、ヤマトのことが気になるし、それにあのヘラクロスが建てた国だ! 早く行きたい」

「そうだね。じゃあ、今日の昼餉は簡単なものを今のうちに用意して歩きながら食べられるものを今のうちに用意しておこう」

 アステリオスが先日籠池で生け捕りにしておいた魚を捌いてスープを作ってくれた。それをコブラとキヨが食べている間にアステリオスは別の魚を丸焼きにしている。

「それが今日の昼食か?」

「うん。これを焼いて身をほぐして丸めて草で包んでおくんだ。僕がタウラスで鉱石とか探りに行っていた時にたまに作っていたんだ」

「身のほぐしは手伝います」

 焼き終えた魚から骨を取り除いているロロン。キヨはその様子を見てスープをがっつり飲み干した後。

「だったら私そのすり身の形整えとくねぇー」と手伝い始めた。

 見た様子手伝うことがなくなってしまったコブラはゆっくりとスープを堪能することにする。



「昨日のお話の続きですが、なぜかヘラクロスに似ているヤマトさんですが、確実にレオ帝国の人間でしょうね」

「そこまで断言できるのか?」

「えぇ、コブラ。私はキャンス王国の討伐させるべき龍でしたから色んな国のあぶれ者が私の前に現れました。ヤマトさんは黒い髪の珍しい方だったのですよね? 私を倒しにやってきたレオ帝国の方々もみな黒髪でした。恐らく、レオ帝国の人間の身体的特徴なのでしょう」

「髪は血筋とかに大きく関わるもんね」

 と自身も珍しい真紅の髪をしているキヨが頷く。オフィックスの人間はコブラも含めて基本的にブロンズ色の髪をしている。例外はそれこそ王族の血を引いているキヨやその親たちくらいである。

「いるといいなぁ。ヤマト」

「いるだろう。どうせ」

 アステリオスの期待した声にコブラは気の抜けた声で答える。

「どうしてわかるの?」

「勘だよ」

 キヨの意地悪な質問にコブラは冷たく答える。

 その様子を見て笑うキヨはロロンに耳打ちしながら。

「自分が一番心配してんのよ。喧嘩友だちいなくなったから」とあえてコブラに聞こえる声で話す。

 コブラはそれに怒り心頭し、キヨを追いかけまわす。キヨはケラケラと笑いながらコブラから逃げる。

 おそらくキヨはこの追いかけっこがしたいがためにコブラを揶揄ったのだと、その様子を見ているアステリオスとロロンは微笑ましく見守る。

 ロロンは最後尾を歩きながらそうやってはしゃいでいる三人を見つめていると、ヤクモたちを思い出す。

 特にあの中にいた貴族の娘、ヒルデ=スタージュンのことを思い出す。

 使命を投げ出してでも手に入れたいものを見つけて外に出れて、このように楽しい毎日を過ごすことが出来て、本当に幸せであるとロロンは感情が高ぶる。

 ヤマトと言う男は、このような日々を過ごしていたにも関わらず、ジェミ共和国を最後に一人で先に行ってしまったと言う。彼をそこまで駆り立てた何かがこの先にあるかもしれない。

 ロロンはきっとヤマトも使命に押しつぶされそうになったのではないかと考えた。だとするならば、早く出会って、彼とも旅をしたいと、考える。

 そしてそれこそが、ヤマトとの日々に焦がれているこの三人に対しての一番の恩返しだと己を鼓舞する。

「あっ! あの大きな城! あれがレオ帝国じゃねぇか!?」

 コブラの大きな声がしてロロンが上空を見上げる。そこには他の国とか違う造形の城がそびえ立っていた――。

「何あの建物! 不思議な形!」

「文化が圧倒的に違うみたいだね! どんな食べ物あるから!」

「急ごうぜ!」

 三人は気持ちがうわついて走り出してしまう。ロロンは完全に出遅れてしまい、慌てて自分も走って彼ら三人を追いかける。

「ま、待ってくださいよー!」

 そして四人は第五の国、レオ帝国へと辿りつく。


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